「御伽噺だったらここでめでたしめでたし、なんだけどなー」
新八の身体を腕に抱いたまま銀時がボソリと呟く。
首に腕を回してしがみ付いたままだったから、その声は耳元で思いのほか大きく響いた。
回した腕を緩めて銀時との間に隙間を作る。
見詰める銀時の表情は複雑な感情が混じっていた。
「俺たちには先がある」
「銀さん?」
欲しいといってくれた銀時に新八は応えて、望みは叶ったはずなのに。
純粋に嬉しい、という表情を銀時はしていない。
戸惑いを隠せなくて新八はそっと俯いた。
それを遮るように額がこつんと当たる。
そっと口付けられた。
「今更でかっこ悪ぃんだけどよ」
新八を支える為に腰の後ろで握り合わされた銀時の手が一度ぎゅっと握り直されるのを感じる。
「俺のもんになるって意味、お前ちゃんとわかってっか?」
念を押すような真剣な瞳。
新八の気持ちを大切にしようとしてくれている。
16歳の新八にはその経験も、知識だって殆ど無いに等しいけれど。
「わかってます。その、銀さんとせっ……せ、せっくすする……って、ぎ、銀さん?」
強く抱き締められた。
「あー、駄目だわ。お前の口からそういう単語が出ると激しく興奮しそうになんですけど」
「なっ……ぶっ」
そのまま銀時諸共ソファにドサリと倒されて胸に顔をぶつけた。
新八は仰向けに伸びる銀時の身体の上に乗せられていた。
「男同士のは、わかるか?」
「えっと……多分……」
「多分てなんだ、多分て。んな中途半端なことじゃ駄目だろ、ん?銀さんにちゃんと言ってみなさい」
頬に伸ばされた銀時の掌。
親指にゆっくりと唇を辿られた。
下から見上げてくる視線は外れなくて。
「だ、だから……その……お、お尻に……」
「ここ?」
銀時の掌が袴の上からその場所を包む。
「やっ……」
丸みを辿った指先に太ももの付け根をそっとなぞられ肌が粟立つ。
今まで何度も銀時には触れられたけれど、その手の意味を意識して辿られるのは今日が初めてで。
心臓が口から飛び出してしまいそうになる。
「ケツがなんなの?」
「し、知りませんっ」
「知らねーの?」
「っ……知らないですっ」
一応の知識として知ってはいたけど口になんてできなかった。
それをわかっているように銀時が下からにやりと笑う。
「じゃあ教えてやる。銀さんのを、僕のお尻に入れてくださいって言ってみ」
「なっ……そんなの、言えませんっ」
「えー、いいじゃん。言ってみろよ」
「あ、あんた馬鹿でしょっ、馬鹿っ」
「はいはい、馬鹿でけっこう毛だらけ猫灰だらけってな」
「わっ」
両脇で踏ん張っていた腕をとられ、そのまま銀時の胸の上に引き倒された。 
掌が髪を撫で、背中を撫でる。
その動きは緩やかで、鼓動を早める新八の心臓を撫でてくれるようだった。
「新八」
「……はい」
「別に、挿れたいばっかじゃねぇけどよ」
さっきから、セクハラまがいの事ばかりしてくるくせに、その声は少しも欲望の色を滲ませてはいない。
銀時がまだ自分を抑えているのがわかる。 
「でも、俺はお前の事、女抱くみたいにちゃんと抱きてぇって思う」
銀時の呼吸が胸に乗った新八の身体を同じリズムで上下させる。
「お前の事女扱いするつもりはねぇ。けど新八の身体、ちゃんと抱きたい。だから、やだったら言え。まだ間に合うぞ?」
新八は胸の上に手をついて銀時の顔を見る。
「今は、お前が覚悟決めてくれただけでも十分だと思ってっから。諦める気はねぇから逃がしてはやんねーけど、もう少しなら待っててやれる」
冷静な声とは裏腹に瞳には欲望の火が灯り始めていた。
それでも自分の事は二の次で、新八の気持ちを気遣ってくれる。
それが無性に嬉しくて、新八は自分からそっと銀時の唇に口付けた。
「明日になったら、勇気が出ないです……」
「……どういう反則技だ、そりゃ。ときめいちゃうだろが」
少しずつ大きくなっていく銀時の瞳の中の炎。
それを煽るのが自分自身であることが嬉しくてたまらなかった。
「ホント、お前は腹ぁ括ると強いな」
参りましたと呟いて銀時は勢いよく起き上がった。
腹の上に乗せた新八も器用に持ち上げる。
「かっこ悪いついでにもう一個」
「なんですか?」
「あー、なんだ、その……こういう展開になるとは思ってなくてよ。なんも用意してねんだよ」
ソファに足を投げ出した銀時は指先で顎を掻く。
「用意、ですか?」
その投げ出された足の間で正座をして、新八は首を傾げた。
「そ、用意。今から買い物行ってくっからよ。風呂沸かしといてくんねーか?」
「はい」
返事をすると銀時が立ち上がった。
「んじゃ、行ってくっから。洗ってやっから、先入んじゃねーぞ」
「は、はい」
屈み込んで触れてきたのは約束みたいな軽い口付け。
最後に髪をクシャリとされて。
「いい子で待ってろな」
そういわれた途端なんだかもう顔を見るのが恥ずかしくて、新八は俯いたまま出て行く銀時の気配を見送った。
出かけた銀時が帰ってくるまで。
どうしようかと思いながら新八はそわそわする。
取りあえずは風呂のスイッチを入れた。
けれど、それ以外に何をすればいいのか分からない。
和室の畳に座って新八は考える。
眼鏡は外したままにした。
必要ないと思うからだ。
銀時に外されたまま、居間のテーブルに置きっぱなしだ。
畳の目が少しぼやける。
布団を、敷いたほうがいいのだろうか。
でも、これからする事を考えるとそれはあまりにも生々しくて気が引ける。
でも、帰ってきた銀時がそれを用意するのもなんだか嫌なのだ。
でも、自分で敷くのも恥ずかしい。
でも、でも、でも。
そればかりが頭の中で高速回転しているようでだんだんくらくらしてきた。
考えていても埒が明かない。
新八は息を吸い込み勢いをつけて立ち上がった。
押入れを開け、畳の上に布団を敷く。
もう夕暮れ時。
でも眠るにはまだ早い時間。
そんな時間にこんな用意をするのはなんだか背徳的で居たたまれない。
あまり考えないようにしてさっさと新しい布を布団にかけた。
ビンとした白い敷布。
上に乗れば窪んだ部分に皺が寄る。
枕は一つ。
二つ並べるのはなんとなく嫌だった。
ここまでしてしまうともう本当にする事がなくて掛け布団も捲らぬままに座り込む。
膝に乗せた掌が微かに汗ばむ。
心臓がドキドキして落ち着かない。
今すぐここから逃げ出してしまいそうになる。
覚悟は、とっくに決めている。
でも、それとこれとは全く別の話だ。
覚悟を決めたって恥ずかしいものは恥ずかしい。
その気持ちを振り切るように新八は布団の上に立ち上がった。
ここから逃げ出してしまわないように。
決意を形にする為に。
深呼吸を一つして、ゆっくりと着ている物を足元に落とした。



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