*この話は以前書いた「玉子焼き」の銀新サイドのお話です。内容もそういうものです。
やっているのが18禁ならば、この話は18禁なのだと思います。
でも私は必要だと思うから書きました。なので、あえて裏にするというような事はせず、普通にUP致しました。
大切に書きたい話だったので今できる精一杯で頑張って書きました。
どう受け止められるかはわかりませんが、お楽しみいただけたら良いなと思います。
超えそうで超えないもどかしい路線がお好きな方は飛ばしてくださいね。


















見送って、新八は神楽に別れを告げる。
いつも通りのはずなのに。
何も変わらないはずなのに。
何かが違うと感じるのはどうしてなのか。
ぴしゃりと閉じた扉を暫し見詰めつつ、新八はゆっくりと居間へと戻った。







「ねぇ銀さん」
向かいのソファに腰を下ろして新八は軽くため息をつく。
「やっぱり神楽ちゃん、なんか変じゃないですか?」
出かける神楽の為にと少し早めに夕食を作ったけれど、それを食べていく事はせず彼女は出かけてしまった。
見たかった番組は既に終わってしまったらしく、銀時の意識は既に広げた新聞に向けられていた。
流したままの画面は誰に見られるわけでもなく、やたらと賑やかな情報番組が流しっぱなしの状態になっている。
新八は、見ていないなら消せばいいのにと何度思ったか知れない事を癖のようについ心の中で呟いてしまう。
「気のせいなんじゃねーの?」
返ってきたのはあまり興味がなさそうな生返事。
新聞から目を離さないままで、だ。
いつもなら神楽の事となると父親並に心配するくせに、どういう風の吹き回しなのだろう。
新八は立ち上がってテレビのスイッチを切る。
銀時が一瞬視線を寄こすが特に文句を言うわけでもなかった。
賑やかだった女性司会者の声が消えた途端に室内が静まり返る。
神楽の不在など珍しい事ではない。
けれど、何故だか今日は静けさが一段と沁みる。
それは銀時のせいでもあるのだろう。
今日はいつもより、口数が少ない。
銀時も。
神楽も。
昨日から、なんだかおかしいのだ。
新八が買い物を終えて帰ってきた時、二人はここに居て。
何故かソファで向かい合っていた。
直前まで何かを話していた気配と、漂う雰囲気。
甘いものを残す銀時に、やたらと甘えてくる神楽。
勿論、そういう日もあるのだろうとは思うけれど、それを差し引いても昨日の空気は何かがいつもと違っていたのだ。
なんでもないとのらりくらりとかわされた後、神楽は急に恒道館に泊まると言い出して。
さっきそれを見送ったところだった。
もの言いたげな瞳と、ぎゅっと残された温もり。
あれは一体なんだったのだろう。
出かける直前の神楽の様子を思い出し、新八は胸がもやもやする。
「銀さんも神楽ちゃんもやっぱり変」
二人がなんでもないのだと言うほどに、それは新八の中で大きな違和感となっていく。
突然の外泊を言い出した神楽と残っている銀時。
自分の知らない何かを共有している気がする。
自分一人だけ、蚊帳の外にいる気分だ。
二人がそんな事をするはずがないことも十分に承知しているのだけれど。
新八は不貞寝をするように珍しくソファにごろりと横になった。
テーブル越しに見える銀時は新聞の陰になって足しか見えない。
新聞の、おそらく銀時の顔があるだろう辺りに視線を向けて。
「……銀さんの馬鹿」
無性に言いたくなって、気持ちのままに呟いた。
その声に反応してか、ガサリと新聞がたたまれて。
「何、その通り魔的暴言。銀さん傷ついちゃうよ?」
畳んだ新聞をテーブルに放り投げた銀時はソファの背もたれに両腕をかけだらりと力を抜く。
「だって……二人ともやっぱりなんか変ですもん」
見詰めてくる視線の強さに耐えられなくて、新八は銀時から目を外してソファのシートに指を滑らせた。
「さっきから変変変変って、ヘンダーソンさんですか、あぁ?」
合皮のつるりとした感触に指先を遊ばせれば爪が表面を擦るカリカリという音が伏せた耳から入り込む。
「だいたい俺と神楽の様子が変で、何で俺だけ馬鹿呼ばわりなのよ」
頬の辺りに痛いほどの視線。
けれど、怒りを感じるわけじゃない。
「銀さんが隠し事してるみたいで、気持ち悪いから……」
何もかもを話して欲しいわけじゃない。
隠し事があったって構わない。
でもこんな風に、何かがおかしいと感じさせるなら、それがなんであったとしても話して欲しいと思うのだ。
「隠し事なんて……なんもねーよ」
零すように呟いた銀時が天を仰いだ。
「おっさんはなー、今、ターミナルの天辺から飛び降りる勢いの覚悟でいんだよ。心臓ばくばくいってんだっつーの」
らしくもない銀時の発言に目を向けてみるけれど。
「緊張感ゼロじゃないですか」
様子が変だとは言ってもいつも通りの昼行灯であることには変わりない気はする。
何か悩みを抱えてでもいるのだろうか。
「そりゃね、これでも銀さんクールを気取ってみてんだよ?」
新八の心配を他所に銀時は些か得意げな様子でそう言った。
気取ったクールが成功してるかどうかは知らないけれど。
「……」
「あれ、おもっくそスルーなの?」
どうして欲しいのかなんて手に取るように分かったけれど、新八はあえて無視をした。
ちょっとした意向返しのようなものだった。
「……馬鹿銀時」
聞こえるように呟いて新八は銀時に背を向けるように身体を返した。
照れ隠しで、いつもふざけた言動をする男なのだと知っている。
ふざけていても茶化しても、人の気持ちを踏みにじったりするような事だけはしないことも知っている。
今回のこれだって、銀時なりに何か思うところがあってのことなんだろうと思ってはいる。
それでも、頭で分かっていても心が寂しいと感じてしまうのはどうしようもない事なのだ。
まるで聞き分けのない子供みたいな自分が、本当は恥ずかしくて、
嫌で嫌で仕方がない。
でも、銀時に「なんでもない」といわれる事がほんの少しだけ寂しいと思うのだ。
銀時の気持ちが自分に向いている事が、夢みたいに嬉しいのに。
本気とも冗談とも付かないふれあいに、時々不安になる。
自分の年齢に、銀時が留まってくれている事も、わかっているけれど。
そうしてくれることに本当は別の意味があるのだとしたら。
それを知ってしまうのは少しだけ怖い。
愛も恋も無縁の16年間を過ごして来た新八にとって、恋愛感情は難かしすぎてわからない。
自分の銀時に対するこの感情がそうなのかどうか。
それを判断する基準すら、持ち合わせてはいないのだ。
一人で立つ銀時の背中を見る度、それを温めたいと思うこの感情。
それに名前が付いてしまったら、何かが変わってしまうだろうか。
いつか銀時は、隣に並ぶ誰かを見つけるのかもしれない。
自分では決して与えてあげる事のできない、温かい命を銀時に与えてあげられる誰か。
それまでの限られた時間なのだとしても、銀時の隣に居たいと思う気持ちは怖いくらいに新八の中で日々育っていくのだ。
お通の事を、好きだと思う。
思うけれど。
自分を元気付けてくれた彼女の力になりたいというそれは銀時に対するものとは全く別の感情だ。
お通を欲しいとは、思わない。
でも、銀時は。
銀時の事は欲しいと思う。
誰かが見つかるまでのつかの間のものだとしても、銀時が自分のものになるのならそれはどんなに幸せだろうかと思う気持ちを止められない。
銀時に、必要とされたい。
止まらない、自分の浅ましい感情が嫌で仕方がない。
確かな言葉を面と向かって言われたわけではないけれど。
それでも、自分の事を好きでいてくれる銀時が不誠実な人間でないこともちゃんと分かっている。
それでも。
それでも。
被害妄想に頭がぐるぐる回る。
止まらない思考が深みに嵌ってどこかに消えてしまいたくなる。
なのに銀時の視線は相変わらず痛いほどに背中に刺さって。
見ないで欲しかった。
銀時の前から、今のこの自分を消してしまいたいのに。
欲しがる自分を知られたくないのに。
こんな感情はきっと苦手な人だと思うから。
いつもならもう少しうまく隠せると思うのに、今日は怖いくらいに銀時の視線を感じて少しもうまくいかない。
多分顔を見てしまったら上手く笑える自信がない。
視線から逃れるようにソファの背に向かい、新八はできるだけ小さく身体を丸めた。
嫌だと、思う。
背中越しに空気が動いて、銀時が立ち上がったのが分かる。
こないで欲しい。
見ないで欲しい。
明日になったらもっと上手に隠すから。
今日だけは。
そんな新八の感情を無視するように気配がゆっくり近付いて、振動とともに足元の布が沈んだ。
曲げた膝の裏側に、多分腰掛けたのだろう銀時の身体が当たる。
触れるそこから震えが走って、緊張に強張っていくのが分かる。
「新八、拗ねんなよ」
腰にぽんと大きな掌。
雰囲気的に体温が低く見える銀時だが、血の通った掌は思いのほか温かい。
「拗ねてなんか……」
「ほら」
背もたれに顔を埋めるように小さくなろうとするのに、伸びてきた手に腕を掴まれ身体を引き上げられた。
何を思う間も無く背中と膝裏に回された腕に身体を掬い上げられて。
次の瞬間には銀時の膝の間に居た。
今し方膝裏と腰に感じていた体温が今は背中全体を覆っている。
そう意識しただけで、息が、できなくなる。
肩越し、耳の辺りに銀時の息。
いつもなら軽くかわせるじゃれ合いなのに、今日は感情がめちゃくちゃで。何一つ取り繕える気がしない。
「銀さん、は、離して……」
「駄目だ」
呼吸が乱れるほどに心臓が早鐘を打つ。
触れた場所から伝わりそうなそれを知られたくなくて、新八は銀時から離れようと前のめりになる。
けれど銀時は許してはくれず、腕と、覆いかぶさる背中で身体を包み込まれてしまった。
「離して……」
涙が、滲む。
「銀さん、やだ……」
ひとつとして、怖いものがあるわけではない。
身体を包む体温も、かかる吐息も、呼ぶ声すら優しいのに。
ああ、違う。
優しいから怖いのだ。
この優しさに、縋って溺れてしまいたくなる自分がいるのを知っているから怖いのだ。
銀時のためならば、いくらでも自分を差し出せる。
自分の全てを銀時の為に差し出す覚悟はいつでも新八の中にある。
でも、自分が銀時を欲しがる事はいけないことのような気がするのだ。
昔から。
自分から手を伸ばすのは苦手だった。
「お願いだから……離、して……」
きっかけは些細な事だったはずなのに、どうしてこんなにも感情が乱れてしまうのかわからない。
まるでビンの蓋が外れてしまったようにどんどんと、隠しておいた感情が溢れ出して止まらない。
「新八」
呼ぶ声に、答えてしまいそうな声を飲み込む。
抱き締められて、名前を呼ばれて……こんなに怖いと思ったのは初めてだった。
「なあ、新八」
腕の中でひたすらに身を縮める新八を、銀時は苛立つ事もせず根気よく抱き締め続ける。
「お前に隠してる事なんて、ホントになんもねぇから」
腹の辺りに回されていた腕が少しずつ上へと上がっていく。
「銀さん今からターミナルの天辺から飛び降りっから、な?死ぬか生きるかはお前次第」
言葉の意味を考える前に唇が耳に触れて、両肩を包み込むようにぎゅっと抱き締められた。
「あのな」
背中が燃えるように熱い。
「俺な」
銀時の鼓動が少し早くなった気がした。
「死ぬほど新八が欲しんだけどよ……俺のもんに、なってくんねぇか」
らしくない、弱気を含んだ銀時の声。
いつだって仕掛けるのは銀時で、新八はそれを受け入れてきた。
時には邪険に振り払う事もあるけれど、全ては銀時が許してくれるから成り立つ事だった。
本当にその手を離されたら立てなくなるのはきっと自分のほうなのに。
いつまでこの手を伸ばしてもらえるのか。
それはいつも影のように新八について回る不安。
なのに今、銀時の声が自分を欲しいと告げてくる。
似合わない不安を滲ませて、言い聞かせるように耳元で。
新八は、恐る恐る背後を振り返る。
気付いた銀時が腕を緩めて拘束が解けて。
自由になった身体を完全に振り向かせた新八は銀時の膝の間に正座をした。
不安定なそれを支えるように銀時の腕が腰に回る。
「僕のこと、欲しいって……ホントですか?」
開いた銀時の膝の間の僅かな隙間。
不安定な足場がぐらつくけれど、支えてくれる腕の確かな安心感。
「ホントもホント。銀さん嘘付かない」
口調はふざけていても目の前にある瞳に冗談の色がない。
新八が欲しいのだと、自分に伸ばされるこの手を掴んでもいいのだろうか。
「今、だけ……?」
「は?なんだそれ」
銀時が欲しい気持ちを、欲張らないよう勝手に我慢してきたくせに。
欲しいといわれて気持ちが緩んで、卑屈な自分が顔を出す。 
「だって、僕……男だし……」
「そんなん言ったら銀さんだって男なんですけど。しかもおっさんなんですけど?」
ふっと額に息をかけられて前髪が揺れた。
「可愛い彼女とか、欲しくねーの?」
考えた事もなかった。
いつも見ていたのは銀時の背中だったから。
「別に……」
緩く、横に首を振った。
「新八、ベロ出して」
「舌、ですか?」
「ん、べってしてみ」
わからないながらもいわれるままに舌を出す。
あかんべをするように伸ばした舌を外気に晒すと銀時の顔が近付く。
次の瞬間、逃げる間も与えられずに唇からはみ出た舌を優しく吸い上げられた。
「っ……」
とっさに引き抜いた舌はちゅるっと音がしそうなくらいに生々しくて。
恥ずかしくて新八は両手で口を押さえる。
「お前可愛すぎ」
銀時の手が眼鏡を外して片手で器用に蔓を畳んだ。
テーブルに置く為に前のめりになると新八は後ろに反らされて。
「わっ」 
ぐらつくのが怖くて思わず目の前の身体にしがみ付く。
眼鏡を置く音がコトリと響いた。
「綺麗事に聞こえるかもしんねーけどよ、男とか女とかじゃなくて、志村新八が欲しいんだよな、俺」
しがみ付いた身体を傾いたままの体勢で抱き締められて、首筋をそっと吸い上げられた。
「お前がそうやって顔真っ赤にして恥ずかしがんのも、駄目な俺のこと説教して怒んのも、心配して泣くのもよ、全部俺のもんにしてぇと思うし。そんで、やっぱ毎日隣で笑ってて欲しかったりすんだけど……そういうの、どうですかね?」
いつも根拠のない自信に満ちた銀時の声が少しだけ頼りなく聞こえるのが自分の所為だという事実。
新八が坂田銀時を欲しいと思うように、銀時も志村新八を欲しいと思ってくれている。
銀時の言葉が、頑なだった新八の心を溶かしていく。
「だったら……もっと、ちゃんと仕事……して、ください……」
抱き締める銀時にしがみ付いて、泣き出しそうな声の震えを堪えるだけで精一杯だった。
「うん、ま、前向きに対処します」
「何ですか、それ」
「いーじゃん」
「いーじゃんじゃ、ないです……」
回される腕が優しくて、伝わる体温が優しくて。
嬉しくて嬉しくて。
泣き笑いの声しか出せなかった。
こんなにも誰かを欲しいと思うのはきっと生涯最初で最後なんじゃないかと思う。
こんなにも、誰かのものになりたいと思うのも。
だから、この気持ちに名前をつけてしまいたくはなかった。
「なぁ新八、そろそろ地面が近付いてんですけど。おっさんの事助けてくれんの、くれないの?」
傾いた新八の身体をしっかりと両腕で支えながら銀時の目が訴えるように見つめてくる。
照れ隠しなのか眠たい瞳はくすぐったいほど優しくて、身体が芯から溶けそうになる。
それに巻き込まれ、ずっと付きまとっていた不安が緩やかに流れていくのがわかった。
不安が全て消えたわけではない。
自分から手を伸ばす事も、やっぱりまだ怖い。
けれど、差し出される銀時の手を怖がらず、掴んでもいいのだとわかったから。
少しずつ、勇気を出していけたらと思うのだ。
銀時から離さない限り、きっともう自分からは繋いだ手を離したりできないし、したくない。 
「僕……銀さんのものに、なりたいです」
目の前にある首筋に腕を伸ばしてぎゅうっと力を込めた。
心も身体も。
自分の全部を、銀時のものにして欲しかった。



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