銀時が一口食べたものの、土鍋全ての粥を神楽はその胃袋にしっかりと収めた。
満足気にお腹を叩くとドカリと人間椅子に背中を預ける。
「なんか今日は静かアルネ」
通りに面した万事屋にはいつも賑やかな喧騒が飛び込んでくる。
もう十分に夜と言って差し支えない時間ではあるが、このかぶき町ではまだ人々が家に篭ってしまうような時間帯ではない。
だが今日は全ての音がスポンジで吸い込まれてしまったかのように、怖いくらいに静まり返っているのだ。
食べている間はそれほど気にしなかった神楽だが、今こうして一息ついてみるとその静けさがやけに耳に付く。
「もしかして江戸は”ニョロウィルス”によって滅びたアルカ?」
奇しくも流行に乗ってしまった、自分を寝込ませるほどのウィルスの猛威を思い出す。
「怖ぇ事言ってんじゃねぇっつの」
「うぇい」
後ろから伸びた銀時の手が両頬を抓まむ。
「ちっとだけ、窓から外見てみろ」
銀時に言われて神楽は新八をちらりと見た。
笑ってくれたので、安心して立ち上がると障子窓をからりと開けた。
ひやりとした空気が頬を刺して、見下ろした眼下。
そこには深く明るい青が広がっていた。
「雪……雪積もってるっ」
町を真っ白に覆いつくした雪は今、夜の闇の中ただひたすらに青白く広がる。
「昨夜から今朝にかけて凄ぇ降ったんだよ」
重く立ち込めていた雪雲は地上にのみそのこん跡を留め、もう空からは消えていた。
今は濃紺の空に浮かぶ丸い月が白い雪をうっすらと染めている。
見下ろす通りにはいつもよりは少ないが確かに人はいて、でも音は全て雪の中へと吸い込まれていく。
不思議なくらい、世界はただただ静かだった。
「もうお終いだよ」
神楽の視界を遮るようにすとんと窓が閉められる。
「あーっ」
不満の声をあげると隣で仕方なさそうな顔をした新八が笑っていた。
「今日はもう寝なくちゃ駄目だよ。明日遊びたいでしょ?」
「明日は遊んでもいいアルカ?」
「ちゃんと寝て、しっかり治ったらいいよ」
「もう完璧ヨ」
「じゃあ明日に備えて寝とこうね」
「了解アル」
神楽の不満を上手に掬って新八は布団へと誘導する。
既に脇に移動した銀時が布団を捲っていた。
神楽が布団に入ると新八の掌が前髪をかきあげてくれて。
「ちょっと汗かいてるみたいだから、身体拭いて着替えだけしとこうか。お登勢さん呼んでくるから待っててね」
立ち上がろうとする新八を神楽は呼び止める。
「別に新八でいいアルヨ?」
「なな、何言ってんの神楽ちゃんっ、女の子でしょっ」
冗談なのに真っ赤になって、新八は足音も荒く出て行ってしまった。
玄関の開閉音が幾分乱暴だった。
「おめぇはばかか」
呆れた銀時に額をぺちりと叩かれた。
「だって……ホントに新八ならいいと思うから嘘は言ってないネ」
新八には性別を超えた不思議な信頼をつい寄せてしまう。
多分母親のようだと常日頃思っているのが強く現れるのだろう。
「私だって新八欲しいアル」
銀時ばかりズルイと、わかっていても心の隅でいつも感じている。
だからつい、拗ねたような口調になってしまった。
「あんなぁ……おめぇが体調崩してからこっち、俺はずっとあいつに構ってもらえなかったんだぞ?二言目には神楽ちゃんがーつってよ」
二日間、常に枕元にいてくれた新八の空気を思い出す。
時々タオルを替えるついでに額を撫でてくれた掌の温度を思い出す。
銀時も大事、神楽も大事。
新八は分け隔てるような器用なことはきっと出来ない。
わかっていても。
「でもやっぱり、時々銀ちゃんにむかつくアル」
「なんだよその理不尽な感じは」
銀時の手が癖のある髪をがしがしと逆立てる。
「あん時よ、あいつの事俺のモンにしたいっつってお前に言ったけどよ……けど別になんも変わっちゃいねぇだろ?」
銀時は新八を抱くけれど。
心まで自分のものに出来たとは思っていない。
「あいつ、すげぇ真面目だからよ。二本しかない腕、片手ずつちゃんと俺達に平等にくれてよ。両手繋いだまま、真っ直ぐ引っ張っていっちまうんだよ。どっちが、とか考えてねぇぞ、絶対」
胡坐をかいた片膝に頬杖を付いた銀時は「だろ?」という顔で神楽の目を見た。
「新八は俺達のモン、って事でいーんじゃねぇの?」
「……姐御には勝てないアル」
新八の、たった一人の肉親。
多分この世で一番濃く深く、新八と繋がっている人。
お妙と、銀時と、神楽と。
三者三様にそれぞれが新八が欲しくて。
流石に妙も含めて新八は皆のもの、とは言えないだろうし言いたくはないのだろう銀時は言葉を飲み込むように口を閉じた。
「そしたら私、姐御に付くネ。新八は姐御と私のもの。たまに銀ちゃんと私のものアルネ」
「おまっ、それは果てしなくずりぃだろうがっ」
神楽は笑う。
こんなにも、皆が新八を欲しいと思っているのに。
それでも新八が3人いればいいのに、とは思わないのだ。
この世にたった一人の、かけがえのない存在。
きっと皆、たった一人のあの新八に焦がれてる。
「銀ちゃんは、いつか姐御から新八取るアルカ?」
「……さあなぁ。腹ぁ括ってはみたものの……ってとこだな」
そう言って銀時は曖昧に笑った。
「週一くらいなら姐御んとこに泊まりにいってやるアル」
「そりゃぁ……ありがとよ」
なんだかんだ言ったって結局新八は新八自身のものだから、全ては新八が選ぶ事なのだけれど。
くだらない事を言いあっている自覚はあって。
神楽と銀時は互いに顔を見合わせて笑った。
「銀ちゃん、アイス食べたい」
「……神楽ちゃん。雪積もってんの見えなかった?」
「食べたいネ」
「お前なぁ……」
「新八と買いに行って来て」
「……わーったよ。買ってきたらぁ」
「へへ、バニラがいいアル」
笑う神楽の乾いた額に冷えた銀時の掌がそっと乗る。
温度が曖昧になる頃に、玄関の扉が開く音がした。


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