冬の温度





万事屋の和室。
真ん中に敷かれた布団で一人、神楽は横になっていた。
室内は薄暗く暖房はない。
布団の中で抱き締めるように身体を抱える。
一番酷かった峠を越えたとはいえまだ少し身体が震える。
この冬、江戸を恐怖に陥れた「ニョロウィルス」。
江戸の住人達をばたばたと薙ぎ倒したそれは例外なくこの万事屋にもやってきて。
けれど意外にも銀時や新八を素通りし、宇宙最強と謳われた夜兎族である神楽に取り付いたのだ。
神楽が寝込んで今日で二日目だった。





襖がそっと開けられて薄闇の中に一条の光が差し込む。
光の幅がだんだんと広がり逆光が人の輪郭を暗くかたちどった。
「神楽ちゃん、具合どう?」
万事屋の母、新八が顔を覗かせる。
両手に何か塊を抱えて部屋に入ってくると神楽を素通りし、そのまま足元の方に移動する。
傍らを通る時新八の足が畳を踏みしめる音が神楽の耳にミシリと響いた。
「ちょっと布団捲るからね」
その言葉を意味として理解する前に全ては終わる。
足元がふっと軽くなって冷やりとした外気が入り込み、次の瞬間一転してふわりと暖かい空気と共に閉ざされた。
「なにアルカ?」
足元にごろりと置かれた塊をつま先で弄りながら神楽は新八の顔を伺うように見た。
「お湯が沸いたから湯たんぽ、入れてみたんだけど……どうかな」
万事屋にある暖房器具は二つ。
一つは来客用に居間で使用しているファンヒーターで、もう一つは茶の間にある炬燵だ。
ファンヒーターは空気が乾燥してしまうからと使用を見送られ、炬燵で寝るといったら新八に絶対に駄目だと叱られた。
結果、部屋を温める手段がなく、お登勢のところにあるという電気毛布を借りてきて暖を取るという事に落ち着いたはずだったのだが。
毛布をかけられた神楽は、その布から伝わる温度にどうしても馴染む事が出来ず、駄々をこねまくってスイッチを切る事を新八に許してもらった。
結局自分の体温のみで布団の中で震える羽目になったのだが構わなかった。
新八が入れてくれた湯たんぽ。
布に包まれた塊はホカホカとした温もりで神楽を足元から温めていく。
万事屋に湯たんぽなんてものは存在しなかった。
きっと神楽の我侭に頭を痛めた新八が買ってくれたに違いない。
ホッとするような柔らかい温度が眠りを誘うようで心地よかった。
「熱くない?」
「ぬくいアル」
「良かった」
布団を直した足元をぽんぽんと二回叩いてほっと笑った新八が枕元まで膝で移動する。
「少しはご飯食べられそう?」
感染して最初の日は何を食べても戻してしまい、もう本当に死ぬかと思ったものだ。
宇宙最強だと謳われてはいても、ウィルスには勝てない現実が無性に悔しかった。
けれどそれももう今日で終わりだ。
「もう二日も酢昆布食べてないネ。信じられないアルヨ」
少し拗ねるみたいな口調で訴えれば新八がくすりと笑う。
「もう大丈夫みたいだね。熱もないみたいだし」
そっと額を撫でてくれた。
ゴスッ、ガラッ、っと襖が開く音がして。
目をやれば足で器用に戸を開く銀時の姿が視界に入る。
「ちょっと銀さん、手が塞がってるなら声かけてくださいよ。行儀悪いでしょ」
文句を言いつ、新八は銀時の両手を塞ぐ盆を受け取るために立ち上がった。
「固ぇこと言うなよ、ぱっつあんよぉ。呼んで待ってる間のタイムロス考えたらこの方が早ぇだろ?」
手の開いた銀時は襖を、今度はきちんと手で閉めてからぶらりとぶら下がる電気の紐をかちりと引いた。
薄暗かった室内に氾濫する光に神楽は一瞬目を閉じた。
「どうだ、神楽。ちったぁ食欲出たか?」
神楽の頭上にドカリと腰を下ろした銀時は逆さまに顔を覗き込んできた。
「しっかしまぁ、お前に取り付くたぁ見上げたウィルスだ。俺達だったらやばかったんじゃねぇの?」
冗談ぽくにやりと笑うけれど。
発熱したとき大急ぎで医者を呼びに行ってくれた事を神楽は知っているのだ。
「銀ちゃんに取り付いたらバカが移るからウィルスの方がお断り言ってるアルヨ」
「んだと、こら」
銀時の手が神楽の髪の毛を乱すようにかき混ぜた。
束ねていない髪は枕の上に流れるように散らばる。
それを逆に新八の手が直してくれる。
「ホント、元気になったね」
新八の嬉しそうな視線がくすぐったい。
「おかゆ、ちょっとだけ味付けて作ったから。食べられるだけ食べてみて」
「二日振りに喰いもんにありつけるアルネ〜」
「あの”ニョロウィルス”もお前にかかりゃ二日で退散かよ」
「うっさいアルネ。日ごろの鍛え方がモノをいうネ。羨ましかったら毎日酢昆布食べるヨロシ」
「あほか。取るならぜってー糖かカルシウムだって。これ間違いねぇから」
「銀ちゃんは生き方全て間違ってるアル」
「あーったく嘆かわしいね。おい、新八」
「「どう思う(アルカ)!?」」
二人に同時にがっと視線を定められ“糖、カルシウムVS酢昆布”の判定を委ねられた新八は、その勢いに一瞬だけたじろいだ。
けれどあまりにも真剣な二人の視線に思わず吹き出してしまった。
「僕は緑茶が好きですよ」
心得た新八は自分の好物で判定を濁す。
「「えェェェェェ」」
不満そうな二人の顔を笑顔でいなし、銀時が持ってきた盆を膝元に寄せた。
土鍋の蓋を取れば暖かな白い湯気がもわりと立ち上る。
二日ぶりに鼻腔を擽るご飯の匂いに神楽の腹が正直に鳴った。
それを聞いた新八は大き目の匙で少し多めに粥を盛る。
「無理に食べちゃ駄目だよ」
「わかってるアルヨ。うひゃ、寒いアルッ」
湯たんぽで温まった布団から這い出た途端、神楽は外気に触れた身体を震わせた。
それを包むように新八が背中に赤い半纏をかけてくれた。
それでも温もりは足りなくて。
「銀ちゃん」
「んあ?」
「座椅子やって欲しいアル」
「……意味がわかりません」
「背中が寒いから銀ちゃんが人間座椅子になるアルッ」
立ち上がった神楽は銀時の腕を引っ張る。
「ちょっ、あぶねっ……」
ほぼ回復した神楽の力で引っ張られ、銀時は布団に乗り上げた。
神楽の意図するところを理解して、ぶちぶちと文句を言いながらも布団の上で足を組むと自分の膝をぽんと叩く。
「おら、これでいいのか」
「へへへ」
銀時が作ってくれたスペースに神楽が身体を収めると頭の上に顎を乗せられた。
「お嬢さんは我侭だな、ったくよ」
口ではそう言いながらも銀時の手は布団を引き上げ神楽のお腹の辺りまできちんと覆うようにしてくれていた。
「はい、どうぞ」
人間座椅子に収まったのを見計らった新八が茶碗を差し出す。
柔らかく煮られたとろりと白い粥。
立ち上る湯気が食欲を誘う。
それでも神楽は膝にかかった布団に手を突っ込んだままで茶碗を見詰めていた。
「食べないの?」
お腹は鳴っているのに手を出そうとしない神楽に新八は茶碗を差し出したままで首をかしげる。
「手が冷たいアルヨ」
それだけで、やっぱり新八も神楽の意図を察してくれて。
「しょうがないなぁ、もう。こういうのは特別だよ?」
「へーい」
新八が、一口分掬った粥をふぅっと冷まして差し出してくれる。
口に含んで数度咀嚼するだけで飲み込めば、空っぽだった胃袋に熱が通うのがわかって。
芯から温まる気がした。
「美味いネ。空腹は最高のスパイスアル」
「どういう意味だよ、もぅ」
照れ隠しの神楽の暴言に新八は怒って見せるけれど。
唇はすぐに二口目を冷ますためにすぼめられた。
新八の吐息が熱い粥を優しい温度まで冷ましてくれる。
繰り返されるその作業は徐々に神楽の身体をホコホコにしてくれた。
「何やってるアル、銀ちゃん」
土鍋の粥があと少しになったところですぐ脇で口をあける銀時に気付く。
「いや、なんかすげぇ美味そうだから一口貰おうと思って」
「私のお粥アル」
「椅子になってやってんじゃねーか。けちけちすんなよ」
「……一口アルヨ?」
「おう」
「最後の一口は絶対私アル」
「わーってるって」
「なら譲ってやるアル」
「おっしゃ、交渉成立。新八……ってあれ、新ちゃん?」
二人のやり取りを横目に土鍋に残った粥を全て茶碗に移した新八は、粥を掬った匙ではなく丸ごと一式を銀時に差し出した。
「はい、これで終わりですから。食べるなら後は銀さんが神楽ちゃんに上げてください。僕鍋片付けてきます」
……天然め。
新八に対して二人同時に脳内でつっこんだのはいうまでも無かった。
「今日は冷えるな。銀さんも手が冷たくなってきちゃったよ」
今さっきまで平気な顔で普通にしていたくせに、銀時はわざとらしく布団の中に手を潜り込ませた。
布団の上からもこっと一塊になった神楽と銀時の視線。
その強さに新八は彼らの言わんとする事を察する。
目は口ほどにものを言うとはこのことか、と実感した新八は茶碗と匙を持った両手を中に浮かせたまま小さくため息をついた。
「あんたらホントに効率悪いですね」
「空腹も最高のスパイスだけど、愛情も最高のスパイスだからな」
「……どういう意味ですか」
「更に美味くなるってことだろ?」
「……どうだか。はいどうぞ」
新八が掬った粥をそのまま差し出す。
それを一瞥して。
「ふーってしてくんねぇの?」
「もう冷めてるじゃないですか」
「けど、それが一番大事なんだけど……」
「逆に冷たくなりますよ?」
「いや、だから、愛情がね……」
「ホントにもー、注文が多いですね」
その注文をどんどん聞いてしまうから、嬉しくて自分達が調子に乗ってしまうのだという事に気付かない新八が可愛くてたまらない。
既に冷めてしまっている柔らかい粥を律儀に冷ましている新八を見て、布団の中の一塊は間近で見合わせた顔をこっそり崩すのだった。



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