出稼ぎに来た地球で出会った地球人。
駄目な天パと駄目な眼鏡。
きっかけは出会い頭の事故だったけれど、なんだかんだで結局自分は助けられた。
ジャンプを買うためだとかなんとか誤魔化しながらも来てくれた銀時と、強くも無いくせに自分のできうる限りで力になろうとしてくれた新八。
大騒動になってしまったけれど、定春だって置いてくれた。
二人ともがそれぞれに不器用で、優しくて。
憎まれ口ばかり叩いてしまうけれど、神楽は二人が大好きだった。
万事屋の一員である事が誇りだった。
銀時と二人でボケて、それに新八が律儀にも一生懸命ツッコんで。
怒られながらも楽しくて、毎日が本当に幸せだった。
そういう無邪気な日々が、いつまでも続けばいいとずっと思っていた。







「ただいまヨー」
定春の背に乗って今日も江戸中を駆け巡った神楽は空腹感を満たすべく万事屋へと帰還した。
玄関を開け挨拶と共に室内に入る。
しかし、いつもなら掛かる新八のお帰りの声と姿は無く、かわりにソファにいたのは死んだ魚……ではなく、のような目をした銀時一人だった。
「おぅ、おかえり」
組んだ足にジャンプを乗せ、テーブルに用意された菓子を口に銜えている。
茶菓子の用意がしてあるという事は新八のいた証。
けれど、姿は無い。
「新八はどしたネ」
「んー?」
空いてる場所にぴょんと座り、用意してある桃饅頭を一つ手に取る。
卓上に湯飲みは三つ。
銀時の分と伏せて置いてある新八と神楽の分。
神楽は中央に置いてある急須から自分の分のお茶を注いで用意する。
お茶はまだ湯気が立ち上るほど温かく、つい先ほど用意されたものとわかる。
「ねぇ銀ちゃん、新八は?」
「このお茶煎れて茶っ葉が切れてるの忘れてたーっつって飛び出してった」
あと一回分で無くなるなと思っていたのを綺麗に忘れていたらしく銀時の分だけお茶を注ぐと「ちょっとスーパーまで行って来ます」と走っていってしまったという。
お茶っ葉は頻繁に使用する消耗品だから新八にとって常備しておきたい一品なのだ。
「ホントに新八はマミーアルナ」
いつも小言ばかりでうるさいけれど、自分の事を想って言ってくれているのだとちゃんとわかる温かさ。
風呂上りに髪を拭いてくれる優しい手が好き。
不恰好に巻かれた甘い玉子焼きが好き。
いちいち反応を返してくれる一生懸命さが好き。
男の癖に、なんて少しも思わない。
神楽は新八を地球でのマミーみたいだと思っている。
照れ臭くてつい反対の態度ばかり取ってしまうけれど。
優しくて可愛い新八が本当は大好きなのだ。
「銀ちゃんもそう思うアルヨナ?」
さっきからジャンプに目を落としたきりで反応の鈍い銀時に神楽は話を振ってみる。
「んー、まぁな」
けれど返ってきた反応はやっぱりどこか冴えなくて。
見れば、銀時の前に用意されたお茶は嵩が減っていないし、桃饅頭も一口齧ってはあるものの、中の餡には到達していない。
新八の目を掠めては甘いものを盗み食いするような超甘党のこの男が、だ。
「銀ちゃん、なんか変アル」
二個目の桃饅頭を頬張りながら神楽は銀時の隣に移動する。
「腹でも下したアルカ?」
膝からジャンプを抜き取ってもちらりと一瞥しただけで文句も言わない。
最初から読んでいたのかすら怪しい。
「あのよ、神楽」
「はいヨ」
口中の桃饅頭を、もぐもぐごくんと飲み込んで。
胡坐をかいて銀時に向き直った。
「何ヨ、銀ちゃん」
振ってはきたものの一向に話し始めようとはしない今日の銀時はやっぱりどこか変な感じがする。
空気も言葉も、いつになく歯切れが悪く神楽は尻の辺りがムズムズした。
銀時の前に置いてある、一口齧った桃饅頭に手を伸ばしてもやっぱり文句は飛んでこない。
いつもとは違うなんだか良くわからない居心地の悪さを誤魔化したくて、神楽は手にした銀時の食べかけを口に運んだ。
早く新八が戻って来てくれたらいいのに。
そう思いながら咀嚼する桃饅頭の味はよくわからなかった。
食べ終えて、お茶を飲み干してしまうともうする事が無い。
どうしようかと思いながら空になった湯飲みを置いたその時に銀時が動いた。
コトリ、という音を合図にするように銀時は神楽に向き合い同じよ
うにソファの上で胡坐を組む。
「あのよ……」
正面から銀時に見据えられ神楽は胡坐に組んだ足首に乗せた手にぎゅっと力を込めた。
「な、何アルカ、今日の銀ちゃん気持ち悪いヨ」
思わず口を吐いてでてしまった言葉に銀時は自嘲気味な笑みを浮かべた。
「気持ち悪いはねぇだろが」
首の後ろに手を当てて一つ大きな息を吐く。
それから後頭部をガシガシと掻いて。
「あのな」
じっと見られる。
「新八の事、なんだけどよ」
いつも生気のない目をしている銀時の、視線に魂の宿る瞬間を神楽は知っている。
時に激しく、時に静かに。
守ろうとするもののために強くなる銀時の視線を神楽は何度も目の当たりにしてきたのだ。時には自分のためにも注がれるそれが一番強くなる時に、その先に誰がいるのかを知っている。
「新八をよ……俺のモンにしても、いいか?」
いつもの軽口とは違う声音は視線と同じだけの真剣さをはらんで神楽の耳に届いた。
新八を銀時のものに。
それが何を意味するのか、神楽にはわかった。
知らないけれど、わかる。
何をどうする、なんて具体的なことではないけれど、でもわかるのだ。
銀時の顔を見て。
馬鹿正直すぎて泣きたくなる。
優しすぎて泣きたくなる。
神楽が嫌だと一言言えば、きっと銀時は引くのだろう。
新八の意思を尊重して、神楽の気持ちを考えて、そうして自分を隠して何もなかったみたいに冗談に紛らせてしまうのだろう。
「……馬鹿ヨ」
銀時の不器用な優しさに。
「銀ちゃん馬鹿ヨ」
新八を取られてしまう一抹の寂しさに。
「銀ちゃん大馬鹿ヨ」
泣きそうなのを誤魔化すように唇からは言葉がこぼれる。
でもきっと、涙がこぼれるのならばそれは嬉しくて、だ。
想われてる事が嬉しくて、何かが変わってしまう事がほんの少し寂しくて。
「銀ちゃんのくるくる天然パー」
「せめて“マ”を付けてくれ」
苦笑交じりの銀時の声。
「……銀ちゃん、ホント馬鹿ネ」
「……すまねぇな」
神楽の前で、憚ることなく新八に触れるけれど。
肝心な事はいつもはぐらかして。
それでも。
だからこそ、新八の事を本当に大切にしているのだとわかる。
好きで、好きで、大好きで。
だから二人とも幸せになって欲しいのだ。
「新八泣かせたら、ブッ飛ばすアル」
そう言ったら銀時の大きな掌にわしわしと頭を撫でられた。
がらりと玄関の戸が開いて。
「ただいまー」
お茶の葉を買いに行ったはずなのにそれ以上の荷物を抱えた新八が顔を出す。
「おかえり」
「おかえりヨ」
「……二人で何してんですか?」
ソファの上で胡坐をかいて向かい合っている二人の姿に新八はきょとんとした表情をする。
「悪巧みとかじゃないでしょうね……?」
銀時と神楽、という組み合わせに新八は不振の色を隠さない。
「ちょっと新ちゃん、君は銀さんたちをなんだと思ってるんですかね」
「別に、なんだと思ってるわけじゃないですけど……碌でもないことやらかすことにかけては天才的なコンビだとは思います」
「銀ちゃん!私、天才的言われたネ、今すぐデビューできるアルカ?」
「お前は何処にデビューする気だ。お茶の間が沸くからやめなさい」
笑いながら新八が傍に来る。
ふっと鼻先を掠める。
温かくて柔らかい、甘い匂いが新八を包んでいた。
それがあんまり優しかったから、我慢できなくて腕を伸ばした。
「ちょっ、銀さ……って、えェェェェっ、神楽ちゃん!?」
神楽は新八の袴にぐいっと手をかけて引っ張った。
何の構えもなかった新八はあっさりとソファに腰を下ろされて、向かい合う銀時と神楽の間にすっぽりはまる。
ドサリと新八が落ちたところで神楽はその身体に横からしがみ付いた。
その様はコアラかもしくは小猿のようだ。
「新八今フツーに銀ちゃんの仕業と思ったアルネ?」
からかうみたいに突付いてやれば瞬間的にその頬が赤くなる。
隣の銀時をちらりと見つつも、見てません、と取り繕うように誤魔化そうとする様子は年上なのに酷く可愛い。
銀時は隣でなんだか複雑そうな表情をしていた。
「神楽ちゃん、変なこと言わないでよ」
「変な事ナイネ。事実は小説より奇なりナリ」
「……使い方間違ってるよ。……でも、神楽ちゃん、なんかあったの?」
横から、身体を腕と足で挟まれてしがみ付かれながらも新八は何か様子の違う神楽を心配そうに覗き込む。
「別に何もないアルヨ。新八自意識過剰ネ。それより甘い匂いするの何アルカ」
新八を包む甘い匂い。
きっと銀時を惹きつけて止まないのだろう優しい匂い。
神楽だって惹きつけられる、特別な甘さ。
それは新八自身の匂いもきっと混ざっているのだろうけれど、お腹の中までホコホコと温めてくれそうな匂いの正体が知りたくて神楽は新八が手に抱えたままになっている紙袋に首を伸ばした。
熱でしなった皺の寄った茶色い紙袋。
甘い匂いの大元はここから来ている。
「タイヤキ、買ってきたんだよ」
新八の手ががさがさと袋の口を広げると、こんがり狐色に焼き上げられた甘い魚がしっぽを覗かせた。
「慌てて出ちゃったからきっともうお饅頭、ないだろうなぁと思って。ここのタイヤキ、すごく美味しいって評判らしいんだ。大江戸ウォーカーに載った事あるって姉上が教えてくれたんだよ。どうせ僕の分は銀さんのお腹の中でしょ?」
「新ちゃん?何で銀さん限定ですか」
「え、違うんですか?」
純粋に、信じられないという表情で新八が驚く。
「私が食べたヨ。銀ちゃんの分も食べたネ。三個食ったアル」
「えー、銀さんの分もって……銀さん具合悪いんですか?」
無類の甘い物好きの銀時が、相手が神楽とはいえ自分の分の菓子を奪われる事は珍しい。新八の分を囮にしても自分の分は死守しそうなものなのに。
新八は心配そうな顔を隠そうとせず銀時を見た。
「んにゃ、別に」
「本当ですか?」
「ホントだよ」
冗談ぽく銀時が返せば安心したようにほっと笑う。
「だったら丁度良かったですね、はい」
隣に座る銀時に一匹手渡す。
きっと一番大きなものだ。
「はい、神楽ちゃんも」
これは二番目。
笑う新八。
「……私、三個食べたヨ」
普段ならそんな事は思わないのに、何故か今日はほんの少しの罪悪感が心を掠めて珍しく遠慮がちな声がでた。
「えー、別に気にしなくていいよ。食べてかなかった僕が悪いんだし。これは神楽ちゃんの分として買ってきたんだから食べられるんなら食べていいよ?」
万事屋の食に関する弱肉強食を、新八はちゃんとわかっていて、流れの勢いで怒ったりする事はあるけれど、本当に腹を立てるわけではない。
新八が奪う側になることは決してないのだけれども。
「はい、じゃこれ神楽ちゃんの分ね」
残っているタイヤキの、大きい方を神楽の手に乗せて、新八は最後に残ったものを手に取った。
それはとても温かく、甘そうで。
「……そっちがいいアル」
「え?」
神楽がボソリと漏らす。
「新八のタイの方が餡子が多そうアル」
「えー?変わんないと思うよ?」
「絶対そっちのが沢山詰ってるアルヨ。新八半分こスルネ。半分こして私の分を頭と頭にするアル」
「何それー」
「人の持ってるもんてな美味そうに見えんだよな。替えてやれば?」
「しょうがないなぁ」
渋々、という態度を繕っているけれど、二つに割られた鯛の頭の方が大きく見えるのはきっと気のせいじゃない。
本当は、餡子の量なんてどうでもいいのだ。
それが温かく美味しそうに見えるのは新八の手にあるせいだから。
「はい、これでいいの?」
「へへ、サンキューアル」
「嫌なタイヤキだなぁ」
交換したしっぽとしっぽをくっつけて新八は項垂れた。
「じゃあ片方俺が食ってやろっか?」
「何言ってんですか。あんたはちゃんと一匹あげたでしょーが。これは僕の分ですっ」
「けち」
「何でけちですかっ、もー」
銀時の冗談に真面目に対応しながら新八はしっぽを齧った。
新八が、自分の分の饅頭がないだろう、と代わりに買ってきたタイヤキはやっぱり三匹で。
神楽は新八を挟んで伸ばした先にある銀時の腰を、ドスンと足の裏で蹴ってみた。
勿論本気ではなかったけれど。
「痛てーよ」
銀時も本気で怒りはしない。
「銀ちゃんお茶煎れるネ」
新八の胴にぎゅっと抱きついて、代わりに銀時を台所に差し向ける。
「やっぱり二人ともなんか変じゃないですか?銀さんも元気ないみたいだし。本当に何もないんですか?」
タイヤキを口に銜えたままあっさりと台所に向かおうとする銀時に新八は困惑を隠せない。
「別になんもねーよ。元気が爆発しそうです。ホントだよ。最近おしっこに寄ってくる蟻の数が倍増したから相談に乗ってもらってたとかそういうのじゃ全然ないから」
「えぇっ、それって本当なんですかっ?たっ、たいやきっ口から出してっ」
銀時の発言に自ら甘味を与えてしまったことに慌てる新八。
「銀ちゃんのおしっこはもう蜂蜜あるよ。ねっとりしてればいいアルヨ」
「そうそう、最近切れが悪くてねぇ……ってコルァァァァ、んなわけあるかァァァァァァァァ」
「ど、どっちなんですかっ」
強ち冗談では片付けてしまえないやりとりに新八はちょっと涙目になっている。
「や、冗談だって」
「そうヨ、新八。心配する事ないアル。銀ちゃんのおしっこはまださらさらアルヨ」
「そう、さらっさらだから」
「……ホントですか?」
『うんうん』
銀時、神楽、同時に頷いた。
しっかり者の癖に変なところで抜けていて。
もう本当に、馬鹿みたいに可愛くてたまらない。
「新八」
「なに?」
「今日、新八のところに泊まるアル。姐御に言っといて欲しいネ」
温くなってしまったお茶の入った急須を持ち上げようとした銀時が一瞬神楽を見た。
「いいけど……」
「新八はこっちに泊まるアルヨ?」
「僕、帰っちゃ駄目なの?」
「女同士の話もアルネ。男子禁制、アル」
「あ……」
新八の頬がすっと朱を刷いた。
様子がおかしかった事にも絡めてもしかしたらおかしな結論に辿りついてるのかも知れない。
でも、新八なら何を思っていても構わなかった。
それすらも、何故か微笑ましく、愛しいのだ。
13年しか生きていない神楽だけれど、それは本能的に感じるものであり、その感情は自然と自分の中に馴染むのだ。
決して恋情ではないのだけれど。
「新八は銀ちゃんと男同士の話でもすればいいアルヨ」
自分で決めたことだけれど、やっぱりちょっとだけ悔しくて。
神楽は銀時に向かって思い切りあかんベーをしてやった。
苦笑する銀時。
でも、通り過ぎる瞬間にぽんと頭に乗せられた掌は温かかった。







「晩御飯、食べてけばいいのに」
作った夕飯のおかずを詰めた重箱を風呂敷に包みながら新八が言う。
「きっと姐御がご飯作ってるから口直しがないと死んでしまうヨ」
妙本人の前では決して言う事のできない本音を神楽が漏らす。
「ははは……」
頻繁に妙の料理を口にする機会のある神楽は多少の耐性はできているが、それでも辛いものがあるのだろう。
「じゃあこれ、はい」
三段の重箱を包んだ風呂敷を玄関先で渡される。
受け取った神楽はそれを一旦下に置く。
見上げる新八の顔は頭一つ分高くて、でも神楽はいつもこの存在を
守りたいと思っている。新八は神楽の心を守ってくれるから。
胴に巻きついて、ぎゅっと一度抱き締める。
「どうしたの?」
新八にしてみれば、よくあるいつものお泊りで、何も特別な見送りではない。
銀時は居間のソファでテレビを見ている。
二人で見送るような事でもないからだ。
それでも、神楽にとってはお別れで。
離れがたくて顔を見る。
ちょっと困って小首をかしげる新八の顔。
纏う空気も何もかも。
もうこの新八には会えないのかもしれない。
「……銀ちゃんの馬鹿」
「え?」
「なんでもないアル。いってくるヨ」
「はい、行ってらっしゃい」
手を振ってくれる新八の笑顔をしっかりと目に焼き付けて。


明日会う新八はどんな風に変わってしまうんだろう。
明日会う新八は笑っているだろうか。
明日もし新八が笑っていなかったら、絶対に銀時をぶっ飛ばす、と心に決めて神楽は玄関の扉に手をかけた。


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