定春がスナックお登勢の前で足を止める。
降りた神楽はゆっくりと階段を上った。
いつも駆け上がる階段を、今日は一歩ずつ一歩ずつ、時間をかけて上る。
それはまるで呼吸をするみたいなリズム。
玄関の前でぴたりと止まって大きく深呼吸をする。
気持ちを落ち着けて、ガラッと戸を引いた。
「ただいまヨー」
声をかけると奥からパタパタと足音がして、新八が迎えてくれた。
「神楽ちゃん、おかえり」
新八の、真っ白な足袋のつま先を見る。
怖くて顔が見られなかった。
「神楽ちゃん?」
下を向いたままの神楽に合わせるように新八は玄関の上がりに正座をする。
顔が見えそうになって思わずぎゅっと目を瞑った。
「ちょっと神楽ちゃんてば。どうしたの。僕、なんかした?」
持っていたお重を下ろされて、そっと手を握ってくれた。
さらりとした温もりにふっと気持ちが解されて、神楽は思い切って目を開けてみた。
玄関先で正座をしている新八は立っている神楽が見下ろす位置にいる。
恐る恐る開いた瞼の先で心配そうな新八が見上げているのが見える。
その表情は昨日別れたあの時のままで。
纏う空気だって変わっていない。
何もなかったのだろうか。
少し銀時に腹を立てていたくせに、変わらない新八に逆に心配になってしまって神楽は今度はマジマジとその姿を凝視した。
何も、ないわけではなかった。
ガラス越しに見える少し泣きはらしたような目元。
隠そうとしても着物ゆえにどうしても見えてしまう首筋辺りに散る赤い痕。
溢れる情報に囲まれた生活の中で、嫌でも知識は身につくものだ。
神楽だってそれなりに知っている。
この赤を散らしたのは銀時だ。
二人の間には確実に何かがあった。
でも。
それは新八の何を変えるものでもなかった。
新八は、銀時に綺麗に愛されたのだ。
嬉しくて、ほっとして、安心したら力が抜けた。
玄関先に座り込む新八に、ダイブするように飛び込んだ。
「うわっ」
受け止め切れなかった新八が神楽ごと後ろに倒れこむ。
「何やってんですか、おめーらは」
いつまでたっても戻ってこない二人を気にして顔を出した銀時が丁度そこまで来ていて、呆れたように見下ろしている。
その顔に、神楽は笑顔で言ってやった。
「銀ちゃんただいま」
「おう、おけぇり」
その顔はなんだか照れ臭そうで。
誤魔化すみたいにやっぱり頭を掻いていた。
「神楽ちゃん、重いよ」
「レディに向かって重いとは失礼ネ、新八。デモクラシーがないアル」
「デ・リ・カ・シ・ー。それよりも、ご飯食べるでしょ?おかずちゃんとあるよ」
妙の作ってくれた朝食は、朝から可哀想な卵のオンパレードで。
夕食は新八のおかずで凌げたけれど、朝の分を残しておけるほど神楽の胃袋は可愛くはなかった。
「おぉぅ、流石ネ。もうお腹ベコベコだったアルヨ」
「んじゃ、いつまでも乗っかってねーでさっさと降りろ」
両脇に手を入れられ銀時に持ち上げられる。
「銀ちゃん抱っこ」
「あん?」
方眉を上げる銀時に神楽はしつこくねだる。
「しょーがねーな。どんだけでけぇ赤ん坊だよ、ったく」
文句をいいながらも銀時はよっと勢いをつけて身体を持ち上げてくれた。
「銀ちゃん、ちょっとそのままネ」
「あぁ?」
歩き出そうとする銀時を止め、神楽はその場で足をすり合わせるようにして靴を脱いだ。落ちた靴がころりと転がる。
「神楽ちゃん、行儀が悪いっ」
「へへへ」
文句をいいながらも、やっぱり新八は靴を揃えてくれる。
「よそ様の家でこんな事絶対にしちゃ駄目だよ?勿論うちでも!」
「了解アル」
「定春もご苦労様。ご飯あるから早くおいで」
「ワォンッ」
定春の足を拭いてやって、新八が神楽の持ち帰ってきた重箱を手に取る。
「あれ?重い」
空のはずの重箱がドシリと重くて思わず神楽を見た。
「姐御から銀ちゃんにお土産ヨ」
「俺に?」
「そうヨ。全部一人で食え、言ってたアルヨ」
昨夜泊まりに行った時、神楽は寂しい気持ちを隠しきれなかった。
妙に何かを言ったわけではない。
妙が何かを聞いたわけでもない。
それでも、何か感じるものがあったのかもしれない。
「……そーだな。もう腹ァ括んねーとな」
「どういう意味ですか?」
「どういう意味だと思う?」
「……僕も半分食べます」
「わりぃな」
玄関先に突っ立って、顔も見ずに会話を交わす。
神楽は銀時に抱き上げられたまま、その肩越しにずっと新八を見ていた。
何も変わっていないと思ったけれど、やっぱりそれは間違いだった。
新八は、昨日までの新八よりずっと幸せそうで。
昨日までよりずっと温かくて優しい空気を纏っている。
「早くご飯食べましょう。僕お腹すきました」
「そだな、これ食う前に美味いもん食っとかねーとな」
そんな事を自然に言われて。
神楽と目が合って、ちょっと照れたみたいに笑う新八。
変わらない。
変わったけれど変わらない。
それが無性に嬉しくて。
「新八、昨日銀ちゃんの布団で寝たアルネ」
「なっ、なんでっ?」
「銀ちゃんの布団、ダニがいるアルヨ。いっぱい喰われてるネ」
何処、とも言っていないのに新八は真っ赤になって首を押さえた。
ぺしっと銀時の手が神楽の尻を叩く。
「おっしゃ、んじゃ今日は天気もいいから布団でも干すか」
「そそそそ、そうですねっ」
「じゃあ私今日の夜は真ん中ヨ?」
「わーった、わーった。んじゃ飯、食うぞ」
居間へと向かう銀時の手にもう一度ぺしりと叩かれた。
「新八、ちゃんと玉子焼き焼いてくれたカ?」
「うん、ちゃんとあるよ。今日は結構綺麗に巻けたと思うんだけどなー」
食べてもいないのに、新八の焼いた黄色くて甘い玉子焼きの味が口いっぱいに広がった。途端に腹がグゥと鳴る。
「早く食べたいネ」
そういったら新八は嬉しそうに笑った。







黄色くて甘い玉子焼きで満たされたお腹。
太陽の光をたくさん吸い込んだふかふかの布団。
きっと、二人の関係は何かが変わったのだろうけれど、それでも変わらない二人に挟まれて。
こんな幸せはきっともう手放せないんじゃないかと思う。
たった一人で地球に来て、いいことなんて何もないと思っていたけれど。
パピー、マミー、そしてどこかにいるお兄ちゃん。
相変わらずお金はないけれど、地球ですごい宝物を見つけたよ。
それは両手では抱え切れないほどに大きくて、その中に包まれてるよ。
いつか、また会えるときがきたのなら。
この幸せを皆にも分けてあげるからね。





降ろされたソファの前のテーブルの上。
新八の言うとおり、いつもよりも数段綺麗に巻かれた黄色い玉子焼きが白いお皿の上でピカピカと輝いていた。
それはとてもまろやかに甘そうで。
神楽は鳴いていた胃袋がほっこりと温かくなるのを感じていた。

20070117UP

はー、終わった。
別に逃げてませんよ(笑)?何故ならこれは神楽ちゃんのお話ですから(開き直ったよ、この人)
銀さんが新八を俺のもんにしていいか?って聞いて、銀ちゃんの馬鹿ってなる神楽ちゃんがある日頭に降りました。
迷走しましたがなんとかまとまりました(はー良かった)。
これで既成事実は作っちゃいましたが、今後書く話がこれ以前、以後、というのはあまり考えないと思います。
感じるままに読んでいただければ、と思います(無責任)。
いやいやいや、でもこれ銀新?

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