11月3日。
世間一般には「文化の日」という祝日である。
だがここ万事屋ではその一般常識は適用されなかった。
「今日はこの偉大な工場長である私のためによく集まってくれたアル」
ソファの上に行儀悪くも仁王立ち。
腕を組んでふんぞり返った神楽は今日の主役だった。
「おめでとうございまーす、工場長」
「ワンッ」
神楽のために集まった(とされる)二名と一匹はぱちぱちぱちと場を盛り上げるための拍手をする(一匹はしっぽをパタパタ床に打ち付けていた)。
「さあ愚民ども、今日は無礼講アル。遠慮なく好きなだけ食うといいネ」
得意げな神楽の頭上には新八お手製のボール紙で作った王冠が乗っている。
金色のやや鈍い輝きを、ぺたぺたと周りに貼り付けた折り紙が演出していた。
身体には「工場長」と書かれたたすきを斜めにかけている。
この世で一番高い地位にいるのは神楽にとっては工場長なのだ。
だから今日、彼女は「一日工場長様」だった。
室内はカラフルな輪を繋げた、やはりこれも新八お手製の折り紙の飾り。
世間とはずれているが、神楽の誕生日である今日11月3日は万事屋にとっての祝日だった。
「あのー、工場長」
向かいのソファで銀時が挙手をする。
「何アルか、愚民A。意見があるなら言うヨロシ」
ソファの上に乗ったまま、背もたれを椅子にして腰掛けると神楽はびしりと銀時を指差し意見を促す。
「好きなだけ食うには選択肢が二つしかないんですけどー」
神楽の席の前には金の延べ棒のごとく箱入りの酢昆布が堆く積み上げられている(ご丁寧に皿に乗っている)。
銀時と新八、定春の前にも神楽によって支給された同じものがそれぞれ置かれていた。
銀時の皿に一つ、定春の皿に二つ、新八の皿に三つ。
その皿で囲むように、テーブルの真ん中に大きなホールケーキが鎮座していた。
他には飲み物があるだけで料理は何もない。
「しかも何、この差別」
銀時が指摘するのは皿の上の酢昆布の数。
数もさることながらそれが「酢昆布」であるという事実が虚しさを倍増させる。
「支給は歩合制アル。それぞれの今日の働きに見合った支給額ネ。銀ちゃんはもらえるだけでもありがたいと思ってほしいアル」
「ケーキ作ったの俺じゃねーか。しかも定春にいたっては今日はまだ排泄しかしてねーだろっっ」
バチコーーーンッ!!
酢昆布が一箱銀時の額にクリ−ンヒットした。
「新八が止めなかったらこのケーキは今ここに半分しかなかった……違うアルか?」
じっとりとした目で神楽が銀時を睨み付けた。
「こんだけデカイんだから半分くらいいーじゃねーかっ」
確かにケーキは大きかった。
四等分したワンピースを四人で分けても一般人には十分なくらいの大きさだ(おそらくこの中で該当するのは新八だけだが)。
甘いものを、食べるだけでなく作るほうも得意な銀時の製作である。
涎を垂らさんばかりの形相で完成したケーキを凝視している銀時を、部屋の飾り付けが一段落した新八が見つけなかったらケーキの形は円ではなく半月だったことは間違いない。
「気持ちの問題ヨ。誠意がないアル。たくさんあるから少しくらいいいだろう、なんて大人は汚いアルよ、銀ちゃんは不潔アルッ」
よよ、と泣き崩れるまねをして神楽は大げさにソファに蹲った。
「この俺が、他人のためにこんなでっかい糖分を与えてやることがどんだけ凄いことなのかわかってんのか、このっ、大体酢昆布だって買ってやったやつじゃねーか」
「これは誕生日プレゼントアルッ」
ガルガルと、今にも掴みかからんばかりの二人に一つため息を付いて、新八はことりと湯飲みを置いた。
「もー、二人ともストップ。銀さん大人気ないですよ。神楽ちゃんもせっかくの誕生日でしょ?楽しくしようよ。定春も待ってるよ」
定春は床に伏せ、二個の酢昆布を涎の海に沈めながらもおとなしく待っていた。
いつものことだとしばらくはお茶を飲みつつ静観していた新八自身そろそろお腹を満たしたい。
何よりも、純粋に神楽にとってのめでたい日を楽しく祝ってあげたかった。
もちろん本気ではなくじゃれあっているだけだとわかってはいるけれど。
「テーブルに載らないから並べてないだけでちゃんと他にも作ってありますから。ケーキと酢昆布は食後にしてとりあえずご飯食べようね、神楽ちゃん」
神楽の了解をとり酢昆布を脇に退けると一番場所を取るケーキを持ち上げる。
「重た……」
ふわりと空気を含んだスポンジは、ずっしりとしたデコレーションによって思いの他重量があった。
ふらつく新八の手元を銀時が反対から手を伸ばし支える。
「ありがとうございます。でも銀さん、よくこんなの作りましたよね」
感心したような新八の眼差し。
「食うのも作るのも菓子に関しちゃ負ける気はねーよ」
銀時は得意げに言う。
それを聞いて新八はため息を一つ。
「勿体無いなー。銀さんが他人のためにお菓子を作れたらきっとおいしいケーキ屋さんとかできるのに……」
そうしたらもっとお金を稼げるのにな、と心底残念そうに新八は呟いた。
「無理ネ。ケーキ屋銀ちゃんなんて開いたらいつまでたっても店頭にケーキが並ばないアルよ」
背もたれに肘をついて神楽がからかうように言う。
「うっせ、他人にくれてやる糖分なんてこれっぽちもねーんだよ」
忌々しそうに毒づく銀時に新八と神楽は顔を見合わせてくすりと笑った。
そんな銀時が作ったケーキが今日この日にあることの意味を、神楽だって新八だってちゃんとわかっていた。
ちゃんと大事にされている。
銀時の懐に入れてもらっている。
それはどんなに幸せなことなんだろう。
銀時の両手が塞がってるのをいいことに神楽がさっと手を伸ばし指先ですばやく生クリームをすくう。
「テメッ」
「へへへ」
勝ち誇るように笑う神楽。
「ったくよ、誕生日だからって何でも許されると思ったら大間違いだっつの。新八、さっさと運ぶぞ、非難だ非難」
「銀さんが一番の危険人物なんですけど?」
「しーんぱちっ」
結局のところただの照れ隠しなのだとわかっているから新八も軽口をたたいてみた。
ぶつぶつといいながら銀時が台所に向かって歩き出す。
新八もそれに遅れないように皿の端を持って後に続いた。
すれ違う瞬間に生クリームの付いた指先を舐めた神楽が幸せそうに微笑んだのをちゃんと新八は見ていた。
「お待たせー。ケーキ切るよ」
食事を終えて食器も片付け後はケーキを残すのみとなったすっきりしたテーブル。
何もないとやはりケーキの大きさは一層際立つ。
丸いケーキに包丁を入れようとした新八の手にふっと銀時の手が添えられた。
片手はもちろん新八の腰を抱いている。
「……銀さん、手、離してくれませんか?」
「なんでよ」
「こっちがなんでよ、ですよ。切りにくいでしょーがっ」
包丁を持っているから大げさには動けず、新八は言葉で精一杯の抗議をする。
「ばっ、おめ、ケーキ入刀つったら夫婦の共同作業じゃねーか。俺が一緒にやらなくてどーするよ」
「寝言は寝てから言ってくださいよ」
「今寝てっから」
「じゃあ夢から覚めてください」
「別に減るもんじゃねーだろが。新ちゃん、付き合ってちょーだいよ」
甘えるみたいに擦り寄られる。
「もー、変な人」
呆れて、笑って、許して。
結局はいつも絆されてしまうのだと新八は自覚する。
「じゃあ、最初は真ん中で半分に切りますからね」
せーの、で包丁を入れようとしたその瞬間、絶妙のタイミングで銀時の額に酢昆布が飛んだ。
本日二度目である。
「テッ」
「神楽ちゃん?」
突然のことに二人の動きは当然止まる。
当の神楽は何事もなかったかのように今度はソファの上で胡坐をかいていた。
「この紋所が目に入らぬアルか」
酢昆布の箱を某黄門様の印籠よろしく二人に掲げて言い放った。
「あぁ?ただの酢昆布だろが」
銀時は額をさすっている。
「ただ、じゃないアル。誕生日の酢昆布アルよ」
どうだと言わんばかりの神楽は実に得意げだ。
「だったらなんだよ」
「今日は誰が一番偉いアルか?答えるネ、愚民A」
「へーへー、工場長様、だろ」
「わかってるならヨロシ」
神楽はすっくと立ち上がり二人に近づくと銀時を脇に押し退けた。
「工場長様が新八と切るネ」
銀時に取って代わり神楽の小さな手が新八に添えられる。
背が低いので片腕は新八の胴だ。
自分を挟んでまたもや一触即発状態の二人に新八はため息を付かざるを得ない。
じゃれ合いだとはわかっていてもいちいち揉められてはたまったものではない。
たかがケーキを切るだけなのに……。
次からは切り分ける必要のないものにしようかと本気で考えてしまう。
「そんなに切りたいんなら二人で切ればいいじゃないですか」
「それじゃ意味がねーっ」
「それじゃ意味がないアルっ」
綺麗なユニゾンが新八に返る。
ケーキを切る切らないではなく、自分自身が争いの原因なのだとは思いもしない新八だった。
「だったら、今日は神楽ちゃんが主役だから神楽ちゃん。銀さんはまたお誕生日にやりましょうよ……って、あれ?そういえば銀さんのお誕生日っていつですか」
考えてみたら銀時の誕生日を聞いた記憶がなくて新八は尋ねた。
ケーキを切るのを渋々神楽に譲った銀時は懐に入れた手でぽりぽりと腹を掻きながらソファに腰を下ろす。
「俺?あー、10月」
「10月……って、先月じゃないですか。なんで言ってくれないんですかっ」
「いーって。んな祝うような歳じゃねーよ」
「生まれてきた事を祝うんだから歳なんて関係ないですっ。もー、10月なんてまた一年待たないといけないじゃないですか」
「そうヨ、銀ちゃん。また一年も待ったら銀ちゃんよぼよぼになっちゃうアルよ」
「勝手に耄碌させんじゃねーっての。いーから早くケーキ食おうぜ。銀さん糖分足りなくて死にそうだよ」
鈍い反応を訝しく思いながらも、それ以上の追求は無駄だという事を知っていたから新八は目の前のケーキを切ることに専念した。
銀時は自分の誕生日があまり好きではないのかもしれない。
自分は、銀時に出会えたことがこんなにも嬉しいのに。
そう思ったら鼻の奥がツンとした。
「新八?」
下から神楽に見上げられ、手が止まっていたことに気づく。
「へへ、ごめんね。切ろっか」
気を取り直して柔らかいスポンジに刃を入れる。
半分に切って神楽に。
また半分に切って銀時に。
残りを定春と新八で半分に分けて。
神楽がやりたいというので買ってきたたくさんのクラッカーを気の済むまで鳴らして。
クラッカーが吐き出す何色もの紙テープと折り紙で作ったカラフルな鎖。
溢れる色の洪水に囲まれて神楽はとても楽しそうだった。
神楽の誕生日を楽しく祝ってあげたい気持ちに嘘はない。
それでも。
銀時のことが気になって仕方がなかった。
食べかけのケーキを賭けてじゃんけん勝負をする二人をぼんやりと眺めながらケーキを口に運ぶ。
甘いはずのそれが舌に苦く感じることがなんだかとても寂しかった。
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