「あと一時間だったのにな」
「頑張ってたんですけどねー」
プレゼントに山盛りにもらった酢昆布で両手と枕元を埋めて眠る神楽を銀時は隣で寝そべって、新八は枕元に座ってそれぞれみていた。
誕生日の間は工場長だから日付が変わるまで楽しむのだと頑張っていた神楽だったが、襲い来る睡魔には勝てず午前零時を目前にして夢の中に陥落してしまった。
「酢昆布の夢でも見てンのかね」
枕元に散らばる箱を一つ指先ではじいて銀時は可笑しそうに笑った。
「酢昆布かどうかはわかりませんけど……いい夢だと思いますよ。だって嬉しそうですもん」
そう言って新八は握り締めた酢昆布を抜き取った神楽の手をそっと布団の中に入れてやる。
肩口まできちんと布団をかけてやってから額にふわりとかかった桃色の髪を優しくかきあげた。
宇宙最強を誇る夜兎族の少女。
眠る姿は歳相応でひどくあどけなかった。
「満足してくれたかなぁ」
予算の都合で本当に最低限の事しかしてあげられなかったけれど。
「心配しなくてもありゃ大喜びだろが」
ごろりと寝返りを打って銀時が仰向けになる。
「しかしまぁ、こういうのってなんかくすぐってーな」
「銀さんは?」
「ん?」
「銀さんは祝ってもらうのとか嫌ですか?」
神楽の元から銀時の方へ。
新八は膝をずらしてにじり寄り、逆さに顔を覗き込んだ。
銀時の懐に入れてもらえて大切にされている。
それはわかっているのに。
銀時の中にはまだいくつもの扉があって、新八はそれを開けることができない気がした。
全てを知りたいとは思わないけれど、一つも教えてもらえないことは寂しい。
「あー、もしかしてさっきの気にしてんのか?」
「だって、先月じゃないですか」
「……だな。けどなー」
そう言って銀時は珍しく困ったような顔をする。
上から覗き込んだ逆さまのその顔が、なんだか照れ臭いのを我慢しているように見えて新八はふと思う。
もしかしたら照れているだけなのかもしれない、と。
自分に与えられるプラスの感情に対して銀時はたいていのらりくらりと逃げてしまう。
きっと、与えられる感情に慣れていないのだ。
時々垣間見える銀時の過去。
白夜叉と呼ばれていた頃の彼を新八は知らないけれど。
きっと、感情すら奪い奪われる時代を生きてきたのかもしれない。
「銀さん」
「ん?」
寝ている銀時の頭の脇に両手を付いて唇を触れ合わせる。
「お誕生日、おめでとうございます。来年からは絶対お祝いしますからね」
かっこよく決めたかったけれど、自分の感情とは裏腹に一瞬にして熱くなった顔はきっと真っ赤に違いない。
それでも新八は精一杯の真摯さで銀時を見つめた。
来年も、再来年も、その先だってずっとずっと。
銀時がここに居る事を感謝したいと思うのだ。
「誕生日のお祝いなんて、銀さんは子供っぽくて嫌かもしれないけど、でも……」
銀時が身じろいで新八は口を噤む。
そのまま起き上がる気配を見せたので覆いかぶさっていた身体をよけた。
むくりと布団の上に起き上がった銀時は新八に背を向けたまま頭をかきむしり、あーとかうーとか声にならない唸り声をあげている。
「ぎ、銀さん……?」
照れ隠しだと思うのは自分の気のせいで、本当に嫌だったのだろうか。
何か怒らせてしまったのだろうか。
そう思って新八は少し不安になった。
「どうしたらいーんかねぇ、ったく」
ため息交じりの呟きは捉えどころがなくて。
けれど、それは新八の気持ちを沈ませるのには十分だった。
「……やっぱりそういうの、嫌ですか?」
向けられたままの銀時の背中。
新八はだんだん視線が下がっていくのを止められない。
「僕……僕、お風呂入ってきますね」
銀時の返事を聞くことが怖くて、この場の空気にいたたまれなくて、新八は膝を上げる。
「待てよ」
立ち上がろうとしたところで銀時に止められた。
「お前変なこと考えてんだろ」
「変なことって……なんですか」
「すげー後ろ向きなこと」
銀時の指摘は図星だったけれど、そうだ、とは言ってしまいたくなかった。
言葉にしたら涙になりそうだったから。
「泣いてんのか?」
沈黙をどう受け止めたのか、銀時が尋ねる。
「……泣いてません」
きゅっと唇を噛んで、新八は止めたくせに未だに背を向けたままの銀時の浴衣を睨む。
「泣いてんだろ」
「泣いてませんっ」
「……泣きたいんだろ」
「……っ」
銀時が後ろを振り向いて。
新八は反射的に手の甲で口元を押さえた。
視界が霞んでいくのを止められない。
涙をこぼしてしまいたくなくて瞬きを繰り返した。
「新八」
伸ばされる腕を振り払えるはずもなくて、新八は引かれるままに銀時の腕の中に納まる。
背中からぎゅっと抱き締められた。
「俺も大概わかりにくいからよ、悪ぃとは思ってんだよ」
耳元で銀時の声がする。
「全部な、ホントにすげー嬉しいんだよ」
「でも……」
「キャー、マジで?うっそ、うれし〜……とかできねーだろ?」
銀時のおどけた口調に思わず吹き出しそうになって新八は口を押さえた。
「別にしてもいいと思いますけど……」
「勘弁してくれ」
脱力した額が肩に乗せられて銀髪がふわりと頬を擽った。
単なる新八の思い違いでやっぱり照れていただけなのだ、そうわかった途端なんだか背中が温かくて、現金だとは思うけれど涙がひいていくのがわかる。
それでも、一つだけ気になって新八はポツリと口にしてみた。
「銀さんため息吐いたから、呆れられちゃったと思ったんです」
あの時の気持ちを思い出すとまだ心臓がぎゅっとなる。
切ないなんて感情は銀時に出会うまで知らなかったのに。
「悪かった」
銀時の掌が新八の手の甲を覆うように重ねられる。
ぎゅっと握られて長い指先が掌を擽る。
「嬉しいとかよ、幸せとか……あとお前が好きだなー、とかな。そういう気持ちが一杯になっちまって、どうしようもなかったんだよ」
めったにない銀時の本音の告白に新八は心が満たされていくのを感じる。
嬉しくて、掌にあたる銀時の指をぎゅっと握り締めた。
「じゃあ、これからもずっとお祝いしてもいいですか?」
小首を傾げるみたいに直ぐ横にある銀時を見上げていう。
「あー、まぁよろしく頼むわ」
言い方こそぶっきらぼうだったけれど銀時の声は耳にくすぐったいほど幸せで、新八は自分で振ったにも拘らず耳に熱が集まるのを止められなかった。
風呂から上がった新八は先に寝ていた銀時の布団の中に身体を滑り込ませる。
万事屋には布団が二組しかなく(神楽は普段押入れの中に毛布を持ち込んでいる)一組は神楽が全身を使って占領しているため残りは当然一組しかないのだ。
「10月のいつなんですか?」
眠るために明かりを消したけれどまだ眠りが訪れる気配はなくて。
銀時もまだ眠る気配を見せなかったから、布団に並んで天井を見上げて薄い闇の中で新八は聞いてみた。
「俺の誕生日?」
「そうです」
「10日」
「10月10日なんですか?」
「そだよ。糖だけに10、みたいな、ね」
「それは……凄い偶然ですね」
静寂の中でお互いの声が天井に向かって溶けるように広がって散ってゆく。
「自分で決めた日だから偶然も糞もねーんだけどな」
「自分で?」
意味を知りたくて、新八は仰向けの身体を銀時のほうを見るように横に向けた。
耳の下でそば殻の枕がうるさいくらいにがさりと鳴る。
闇に慣れた目が捉えた銀時の横顔はじっと天井を見据えていた。
「俺、自分の生まれた日って知らねんだよ」
そういって銀時も新八にに向き合うようにごろりと身体を返した。
自分の耳元で鳴るのとは違う響きが銀時の頭の下から聞こえる。
一つの布団に並べた枕は隣りあわせ、お互いの顔は息が届きそうなほど近くなる。
「知ってっか?10月って神無月って言うだろ。年に一度神様がどっかに集まって空っぽになっちまう日なんだと」
銀時の長い指が黒髪を絡めゆっくりと引くように滑っていく。
「信じたことないけどよ、いねーってんならその方が気ぃ楽だろ?だから決めた」
繰り返される指の動きがしゅるりと優しく耳を擽る。
「銀さんらしいですね」
そういえば銀時の生い立ちの事を知らないなとぼんやり思って、でも聞かされた話はすんなりと心に入って新八は納得する。
悲壮感はなかったから、気持ちは穏やかだった。
「後ろめたいことが一杯、ですか?」
からかう様な新八の質問に銀時の方眉が上がる。
「まあ身奇麗ではねーわな」
髪から頬を滑らせて指先が唇をなぞる。
「お前のねーちゃんには言えねぇな、とかな」
「ばれたらどうなるのかなぁ」
「少なくとも俺はもう日の目は見れねぇだろな」
「ですね」
新八の唇が笑みの形を作る。
「笑い事じゃないよ?新八くん」
二人の関係を後ろ暗く思っているわけではなかったが、たった一人の身内である妙にこの事を伝えるのははばかられた。
いつまでも隠しておけるものではないとわかってはいても今はまだ言えない。
乾いた衣擦れの音が闇に響いて銀時の身体が新八に乗り上げる。
新八がちらりと隣の神楽に視線を向けた。
「神楽はいっぺん寝たら起きねーって」
「起きたら困るようなこと、するんですか?」
「……してーな」
額に口付けてから見下ろしてくる銀時をじっと見て新八はその視線から逃れるように身体ごと横を向いた。
「口ばっかり」
抱き締めて口付けて、たくさん触れてくれるけれど。
それ以上の事を銀時はしない。
新八の年齢を考えて銀時が躊躇しているのはわかっている。
大切にされているのだと思うことはとても嬉しい。
でも、常識だとか姉の目だとか、そういうもの全てがどうでもいいと思えるくらい求めてくれたらと思う気持ちも新八の中にある。
そんな風に求めてもらえるくらい魅力的になれたらいいのに。
自分の発想が女々しく思えてなんだか恥ずかしい。
「銀さん、してくれないじゃないですか」
全部が銀時のせいのような気がして、八つ当たりだとわかっていながら責めるような口調になってしまった。
身体の上からふっと重みが消えて目の前にどさりと銀時の顔が落ちてきた。
「新八、デッドラインぎりぎりだ」
きゅっと鼻をつままれた。
「そんなことばっか言ってっと銀さんライン超えちゃうから止めてくんない?」
どうせ超えてくれないくせに、とこんな時ばかり見せる大人の分別に少しだけ歯がゆくなるけれど。
「来年、神様が見てない時ならしてくれますか?」
闇に紛れてだから言える事。
でも、慣れた目は少しビックリしている銀時の表情を捉えてしまって。
顔が熱くなるのがわかった。
「ったく、お前ら姉弟はホント最強だな」
かなわねーよと呟いて片手で顔を覆った銀時はごろり仰向いた。
「誕生日が楽しみだなんてガキみてーな気持ち、初めてだよ」
「楽しみですか?」
「当たり前」
「なんかやらしいですね」
「……おまえねぇ」
銀時は脱力した声とともに掌をぽんと黒髪に乗せた。
その手を取って新八は両手で包む。
節くれだった長い指は新八の手には余る。
硬くなった掌は銀時が刀を握り続けた時間を物語っていた。
攘夷戦争。
銀時が命を懸けて潜り抜けた戦いを、新八は幼すぎて言葉でしか知らないけれど。
今ここに生きて銀時が存在することが何よりも嬉しいと思う。
「明日からまた頑張りましょうね」
「何を?」
「仕事に決まってるじゃないですか」
「あぁ、お仕事ね」
「しっかりしてくださいよ。お祝いするのだってお金かかるんですから、今からしっかり貯めとかないと」
「しっかり者だねぇ」
掌を包む新八の手を握り返して銀時は口元に運ぶ。
手の甲にそっと触れて。
「新ちゃん、明日の朝ごはん何?」
「……玉子焼き」
「だけ?」
「冷蔵庫に卵しか入ってないんです。神楽ちゃんのお祝いするのにぎりぎりで……」
米だけならあと3日分。もう味噌もない。
万事屋の内情は結構切迫していた。
「……頑張るわ」
「お願いします」
何気ない、明日の約束を交わす幸せ。
特別な、来年の約束を交わす幸せ。
そこに向かって共に歩んでいける幸せ。
冷蔵庫の中は空っぽだけれど、ここには幸せが溢れている。
どうしようかと少し悩んで、でも離したくなかったから掴んだままだった銀時の手を胸元に寄せた。
あまりにも恥ずかしい行為なのではと思いはしたけれど、今日はこのまま眠りたかった。
銀時も手を握り返してくれたから。
おやすみの挨拶を交わして瞼を閉じる。
脳裏に浮かぶのは色とりどりの紙テープと折り紙リング。
明日はまずリビングの後片付けをしなくてはいけない。
でもきっと、あそこにはまだ今日の余韻がふわふわと残っていて。
片付けてしまうのが勿体無いなと思いながら新八はゆっくりと意識を手放した。
2006/10/27 UP
自分設定万歳(ごめんなさい)。
神無月のネタは大好きな宮部み○き先生から拝借してます。
神様は出雲の国に集まるんですけど、銀魂に日本地図設定であてはめていいのかわからなかったので曖昧な感じになってます。
変な話でごめんなさい。
こんなのばっか浮かびます(汗)。
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