仕切りなおしてやっと昼飯。
勿論新八は腕の中から出さないままで、俺達は弁当を食う。
「先生、食べにくくないですか?」
膝に広げた弁当箱から鶉の卵を摘み上げながら新八がやや振り返り気味に俺に聞く。
「別に。片手で食えるから平気」
カツサンドに齧り付きながら答えると新八は「器用ですね」って感心しながら摘んだ卵を口に運んだ。
ああなんだ、この幸せは。
このまま時が止まればいいのに、とかいう背中が痒くなるような感情は、こういう時に生まれんだなー。
新八に出会って俺は確実に乙女になってんな。
自分がこういう事できちまう人種だったなんて初めて知ったね。
すんません、おっさんだけど乙女です。
「新八、芋くんねー?」
「これですか?」
「そう、はい、あーん」
くれるとも言ってないのに一方的に受け入れ態勢を整えてやると新八は箸で摘んだ芋を口に入れてくれた。
「美味い」
「ありがとう、ございます」 
芋っつってもポテト、とかのおしゃれな感じじゃなくて、おかずの残りの煮っ転がし。
甘辛いのがすげー美味い。
新八の弁当は基本シンプルで、お袋の味的なもんが多い。
「姉ちゃんの弁当も同じおかず入ってんの?新八が作ってんだろ?」
全体的に茶系な弁当を、あの「志村」は文句も言わずに食ってんのかねぇ。
「まさか。姉のおかずはもう少し彩がいいですよ」
「何で違うおかずにすんの?」
「だって、姉は女の子じゃないですか。友達と食べるお弁当は可愛い方がいいでしょう?僕は食べられたらそれでいいから……」
……あのな、寧ろお前が可愛いんですけど。
こんな風に、こいつは皆に幸せ配ってんのかねぇ。
俺はどうしたらいいわけよ、なぁ。
姉とはいえ羨ましい。
「新八の弁当、毎日食えたらいいのにな」
いつもちょっと摘むたびに思うけど、それは叶わぬ願いってやつだ。
姉ちゃんの分といつも二つ作ってるそれが、三つになったら一体誰の分?ってことになる。
いくら担任だからって姉ちゃん経由も難しい。
仮に、俺が金払って作ってもらうとか副業的な感じにしようにも、俺達にはそれをしても不自然じゃないだけの接点が、残念ながらない。
暗中模索の闇の中、鼻先で良い匂いがして。
「お腹膨れるほどは無理ですけど、これからおかずちょっと多めにしますから、それで我慢してください」
そういいながら新八は蓮根のきんぴらを口に入れてくれた。
やっぱり美味かった。
「飯も」
「先生パンじゃないですか」
「美味いおかずにゃ白飯が合うんだよ」
まるっと作ってもらうより、こっちのがかなり良いのかもしんねーな、とちょっと思い直しながら新八の弁当のほぼ三割を胃袋に収めた。
「食う?」
俺の拳くらいありそうなでっかいシューの袋を新八の前で(腕回してっからな)開けながら聞く。
「もうお腹いっぱいです。先生パン半分くれたし」
「そ?んじゃ」
袋から出したでっかい塊に齧りつく。
ちょっと穴を開けて吸うとクリームが口の中に流れ込んだ。
「食べ方、子供みたいですよ」
間近でそれを見た新八が笑う。
「こういうでっかいのはな、齧った途端ぐわってクリームが飛び出んだよ。卵かけご飯でも卵入れる穴最初に掘るだろ?あれと一緒だ」
いろんな甘味を効率よく合理的に食うために日夜研究を欠かさない俺が開発した食い方だ。
因みにソフトクリームとかもコーンの先っちょから吸うのが好きだ。
あれ、結局吸うのが好きなの?
「でも、クリームついてますよ」
新八が指で自分の口元を指す。
その部分に何かがついてる違和感。
自分の舌でそれを舐める前に、俺の脳裏に浮かんだどうしようもない欲望。
「新八拭いて」
そういったらポッケからティッシュを出そうとしたから。
「手、使わないで拭いてくんねぇ?」
腰にまわしてた腕で手を押さえた。
近づけた顔はクリームが口元に付いて、きっと締まりもクソもあったもんじゃねぇけど。
「ホント、子供みたいですね」
もっと照れて時間がかかると思いきや。
新八は呆れたみたいに笑ってあっさりと実行。 
柔らかい舌で丁寧に舐めてくれた。
あれ、これってお母さんモード?
付いてるご飯粒とって自分で食べちゃうとか、そういう感じなの?
新八、こういうことはナチュラルにできちゃうの?
ってか、普通にいつも誰かにしてるの?
鈍器的なもので頭を殴られたくらいの衝撃。
でも。
転んでもただでは起きません
唇の脇を這う舌に自分の舌を触れさせる。
その感触にハッとした新八の小さな舌が引っ込んだ。
「新八君っ」
「っ……はいっ」
「こういうこと、いつも普通にやってんの?」
「こういうことって……」
「汚れた口元拭いてやったりとか、他の奴にもこういうこと、あっさりやってあげてんの?先生もっそい気になんだけどっ」
詰め寄る勢いで問いかけたら、たった今自分のした事を客観的に認識しました、って感じで新八の顔が赤くなった。 
その様子に取りあえず安堵のため息。
「あ、の……小さい頃母がよくしてくれて。だから、なんか自然に自分の中にあるっていうか、あのっ、でも、するのは先生が初めてでっ……」
ああそうなんだ。
「他の奴にはしねぇ?」
「っ……するわけないですっ」
「了解、了解」
しどろもどろな様子に一安心。
「ぜってー坂田先生限定サービスにしろよ?」
「は、はい」
一生懸命な新八の髪をかき混ぜながら、俺は残りのシュークリームを腹の中に納めた。
全部食い終わって。
俺は改めて新八を抱えなおすとゆっくりと壁に凭れる。
流れる雲は相変わらず緩やかだ。
眠くなりそうでやべー。
昼休み、あとちょっとなのに。
「お、あの雲さっき食ったやつに似てねぇ?」
もこっとした雲の塊を指差したら新八に笑われた。
「そうですね。雲って美味しそうですよね」
「だよな」
ああ、なんか俺すげぇ甘やかされてるかも。
今日だけで俺はどんだけ子供だと思われたんだかしれねぇな。
背中を預ける新八の後ろ髪に鼻先を埋める。
男の匂いを嗅ぎたいなんて、勿論思った事あるわけねんだけども、新八は性別とかそういうの超越してると思うんだよな。
いつも小奇麗でさらっとしてる。
そのまま呼吸をすると今日腕に抱き締めてからずっと感じていた違和感が確かなものになった。
決して不快なわけじゃなく、単純に「いつもと違う」ってだけの感覚。
「新八、シャンプー替えた?」
柑橘系っぽい匂いが黒髪からして。
「替えたっていうか、その時一番安い特売品を買ってるんで。決まったのは使ってないんです」
「ふ〜ん」
俺、前のフローラル系よりこっちのが好み。
あ、今引いただろ。
別に良いよ?変態上等、どんと来い。
実はあんたら羨ましかったりすんじゃねーの?
でも、これは俺だけの特権だから。 
「先生は……」
新八の身体が俺に凭れるようにごろりと横を向く。
鼻先が丁度白衣の胸元に当たって。
「煙草の匂い、しますね」
まるで猫が甘えるみたいに顔を寄せる。
「会えない間の暇潰し。やだったらごめんな」
「別に嫌じゃないですよ……この匂い、先生に初めて会った日のこと、思い出します」
みとれるほどに甘い表情。
胸元でそんな顔見せられて。
我慢……デキルトオモイマスカ?
顎を上げさせて新八の唇にキス。
触れるだけ。
合わせるだけの軽い接触。
当然触れるだけじゃ物足りない(約一週間分の我慢が入ってんだからな)。
でも約束だから舌は入れらんねぇし(学校じゃベロチュー禁止なんだよ)。
頭ではわかってんのに身体が勝手に暴走しようとするから。
だから取りあえず唇を離した。
「新八大変、先生、我慢きかねぇんだけど。どうしたらいい?」
「どうって……じゃあ僕離れましょうか?」
「なんてつれない事言うの。駄目に決まってんだろが。てか、もうここ新八の指定席だから」
腕の力を強くして閉じ込める。
また、唇を触れさせる。 
一度、二度、三度。
すげー、柔らかい。
こんなに触れさせてくれるのに、舌は入れちゃ駄目なんてな。
匂いだけ嗅いで食えないうなぎの蒲焼だよ?
まあそれだけでオカズになるとこは似てっけどな。
はい、品性下劣ですんませんね。
でも改めません(断言)。
俺ががっつきすぎるから。
怖くなる新八の気持ちも可哀想なくらいわかんだけど……やっぱ我慢、したくねぇ。
てか、無理だろ、これ。
「ホントに舌入れちゃ駄目なの?ちょっとくらいなら良くね?」
「駄目、絶対に駄目ですっ」
もっそい勢いで首を振られた。
ちょっとへこむわぁ。
でも舐めたい。
どこでもいいからとにかく新八を舐めてぇんだよ。
これがホントの俺のデザートだったりしてな。
そんなつもりは全くなかったけど、その考えは案外的を得てんのかもしれなかった。
あ。
「新八」
「はい」
「こうしよう。先生、舌入れねぇから。新八、入れて」
「は、え……っ?」
新八の頬が見る間に染まっていくのを間近で眺める。
「新八が、先生の口ん中、舐めて」
これってかなり名案じゃね?
「で、出来ないですっ」
「なんでよ。さっきは舐めてくれたじゃん」
あっさりとクリームを舐めとってくれた濡れた感触を思い出す。
「はい、あーん」
さっきはこれで芋を入れてもらいました。
今度は新八君の舌を入れてもらえる……わけねーか。
だって手で口を塞がれちまったもん。
「駄目って言ったら駄目です」
新八は、甘いけど甘くない。
絶妙だね。
「わーかりました、諦めます」
あれが出来てこれが出来ないって、ホント天然だな。
残念。
ま、あんまやるとセクハラになっからな(もうその域を超えてます、とか言う苦情は新八以外からは受け付けませんので悪しからず)。
「大人しく諦めっから。その代わり」
口を塞ぐ新八の掌に舌で触れると慌てて手が逃げる。
それを掴んで手首を捉える。
「先生の名前呼んで」
見上げてる新八の顔は意味がわからないって表情だ。
「……?」
「俺の名前」
新八は俺の言葉にきょとんとしてる。
「……坂田、銀時?」
俺のフルネームを、新八の声がきちんと綴った。
新八が俺を呼ぶ場合、せいぜい良くて「坂田先生」止まりだもんな。
考えてみたら初めてなんですけど。
嬉しくて、細い身体をぎゅっと抱き締める。
「もっと、呼んで」
「えっと……銀時、さん……とか?」
耳元の声は戸惑いの色を隠さない。
それでも俺の名前を呼んでくれる。
けど、銀時さん、なんて俺自身呼ばれ慣れなくて。
「すげーくすぐってぇ」
笑ったら。
「せ、先生が言えって……」
新八の体温が上がった。
「わーるかったって」
顔の見えない肩口の黒髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜて、身体を離す。
「なぁ銀さんって、呼んでみて」
新八がその声で呼んでくれるなら、本当はなんだっていいんだけども。
「……銀さん」
うわ、なんだこれ。
「もっかい」
「銀さん」
名前呼ばれてこんなに幸せって……なんかもう俺末期じゃねーの?。
「……もう一回」
「銀さん」
新八の声がそう呼んでくれるだけで、教師と生徒って名前の枷が消える気がする。
「……これから、そう呼んでみねぇ?」
提案に。
「学校じゃ無理ですよ」
そう言って笑うけど。
綴る唇に抵抗はなさそうだから。
「そんじゃ今度ベッドの中で練習すっか」
「なっ……」
にやりと笑ったら、顎をグイッと押しのけられた。
「先生は、言うことがいちいちやらしいですっ」
「しょーがねーじゃん。先生は健康な成人男子で、新八君のこと大好きなんだもんよ」
顎を押す手を拘束して開く。
「絶対に、いつかお前の事、抱くから。覚悟しとけよ」
宣言したら。
「そんなの……とっくに出来てます」
返り討ちにあった。
新八の顔を言葉も無く凝視するしか出来ない俺に、当の新八は不意打ちみたいなキスをぶつけてするりと立ち上がった。
「僕の初めては、全部先生だって……言ったじゃないですか」
見上げれば。
青い空を背にした新八の顔がある。
流れる雲の速さに合わせるように、予鈴がのんびりと鳴り出した。
「じゃあ、僕……行きますね」
「ん、あ……おう」
去っていく背中を見送りながらも俺の頭はほぼ思考を停止していた。
久しぶりって事を差し引いても、これはちょっと甘すぎなんじゃねーか?
軽い眩暈を覚えた俺は白衣のポケットに手を入れる。
常備している飴を掴んで……思い直してシャツの胸ポケットから煙草を取り出した。
これ以上甘くなったら俺死ぬから。
「覚悟決まってなかったの、俺の方じゃんよ……」
自分が男だという不安に揺れたりもするけれど。
新八はただ真っ直ぐに俺だけを見てる。
それがどんなに幸せなことなのか。
新八に出会っちまった俺には嫌って程わかる。
言葉にする術なんてしらねぇけども。
これをどうやって新八に返してやろうかと考える作業はやたらと甘いだけで。
少しでも中和できたら、と吸い込んだ煙は何故か舌に甘かった。



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