混雑する昼の購買で俺は要領よく(こういうのは得意なの)昼飯を調達する。
今日は焼きそばパンとカツサンド。
デザートはシュークリーム(でかいやつ)。
飲み物はフルーツ牛乳にした。
それらの戦利品をぶら下げて、階段を二段飛びする勢いで(悲しいかな、気持ちだけ)屋上へと向かった。
扉の前にはまだ誰もいない。
鍵を持ってるのは俺だから、ここに姿がなければ新八はまだ来てない。
いいよ、いいよ。
新八だったらいくらでも待ちますとも。
一週間以上待ったんだから今更後数分なんて屁でもないっつの。
扉を開けるとさっき非常階段で見た綺麗な青空が広がった。
風も丁度良い感じで吹いている。
俺は一番眺めの良い場所に陣取って腰を下ろすと空を見上げた。
街中の喧騒を風が運んで耳に届ける。
子供の笑い声とか車の音とか。
人の生活してる音。
こんなに穏やかな気持ちっていつ振りだろうな。
そんな事を考えながら流れる雲をまったり眺めていたら扉の開く音がした。
少し、探すような足音。
近付いてくるそれに俺は何故だか少し緊張した。
「いた。先生、こんにちは」
青い空を背中にして約一週間ぶりの新八がひょっこり顔を覗かせた。
「おぅ、久しぶり」
見上げた先で新八が柔らかく笑ってる。
それだけでこの数日間のどろりとしたものが全部流れちまった。
「隣、座って良いですか?」
「駄目」
「え……?」
ずっと触れてなかった新八の。
体温を感じるのに「隣」なんかで我慢できるわけがない。
「隣、でいいと思ってんの?」
立てた膝に乗っけた手の先が新八の制服のズボンに丁度当たって、俺は伸ばした指先でちょんと布地を摘んでみた。
誰もいないのに新八は周りを一度見回して手に持った弁当を置く。
そうしてからそろそろと俺の膝の間に身体を沈めた。
あと少しの隙間を俺は手を引くことで埋めた。
向き合う身体を反転させて腕の中に収める。
胸に当たる背中の温度に呼吸が楽になるのがわかる。
顎で肩を挟んで腕でぎゅっと抱き締めた。
隙間なくくっ付けば自然に体温が馴染んでいく。
俺達がパズルのピースなら絶対に隣り合せに決まってる。
ああ、新八だ。
本物だ。
これって夢オチじゃねーよな。
「新八君、一体どんだけ振り?すげー会いたかったんですけど」
「そ、ですね……僕も、会いたかったです」
「ホントに?」
疑う俺の言葉にちょっと傷ついたみたいな表情で身体ごと横向いて。
見上げてくる顔に少しの罪悪感。
頭を抱いて髪に口付ける。
「悪かった……けど、昼もこねぇし、バイトも休みだし。俺ばっか会いたいのかと思った」
「そんなわけ、ないです」
膝を抱えて俺にコテンと凭れる新八。
可愛い。
……この可愛さが、俺に対してだからなのか、誰にでも天然にそうなのか、最近わりと真剣に悩んでる。
新八、ぜってー計算とかしねぇだろうから自然にやってそうでこえんだよな。
一回何とかして実態調査してーんだけどな。
「なんか、色々……忙しくて」
俺の思考をよそに新八は疲れたみたいに小さくため息をついた。
まさか、あのM女になんかされてんじゃ……。
「実習の先生、厳しいのか?」
「そんなことないです。ただ、宿題出すのが好きみたいでそれに追われちゃって……」
なにしてくれてんだ、あの女。
バイトも休まなきゃいけないほど宿題出すなんて限度をしらねぇんじゃねぇの?
でも、そういうことに他人がとやかく口出すわけにもいかねぇし(いくら気に喰わなくてもな)。
「変な事とかされてねぇ?」
俺達の関係がばれてる事はないと思うから、新八が何かの標的になるとかいうのは心配ないだろうけど。         
あいつの変態振りを目の当たりにしてるだけに不安は拭えない。
「変な事って……別に、何も」
くすりと笑ってそうはいうけど、新八の態度は「全く何もない」って雰囲気じゃなかった。
「なんかあったんか?」
新八の腕が俺の胴に回された。
俺も抱き締め返す。
「どした?」
新八が甘えモードなんてのは珍しい。
「さっちゃん先生、凄く先生の事好きなんだなぁって」
「なんか言われたのか?」
学校中で当たり前みたいに蔓延してる例の噂を、新八が鵜呑みにしてるとは思わない。
けど、こんな事を言うからにはきっと他に何か原因があるんだろう。
「いつも、授業の前に「今日の坂田先生」っていう時間があって」
「はぁ?」
なんだそりゃ。
「今日もどれだけ先生がかっこよかったとか、そういう感想を聞かせてくれる時間なんです」
あの女、まともな授業やってんの?
「先生とさっちゃん先生が付き合ってるとか……噂は信じてないけど。でも、そういうの聞いてると、先生の隣にいるのは女の人の方が当たり前なんだなぁって思って、なんか……」
新八の小さなため息が俺の胸に当たる。
形のない吐息の塊は、それでも新八の唇から零れたってだけで俺の胸を痛くする。
胴から離れた腕が、俺の首筋に伸ばされる。
しがみ付いてくる体温はとても温かくて。
「先生の事好きだけど、でも……僕にはそれしかないんだって思ったら、どうしようって……」
同じ性を持つ。
俺にとってはただそれだけの事だけど。
新八にとって多分それは一番大きく圧し掛かるのかもしれない。
新八が、どれだけ柔らかく俺を受け入れてくれても目の前に突きつけられる現実は確実に新八を苦しめる。
俺自身が新八を何一つ救ってやれてないこの事実にただ情けなくなるばかりで。
「俺だって、お前の事好き、しかねぇよ?」
新八だから好きなんだ、なんてただの綺麗事でしかねぇけど。
これは偽りのない俺の中の真実。
そういうの、全部新八に伝えられたらいいのに。
「そんなの……」
首を振る新八の髪が頬に軽く当たる。
「先生が、僕の事好きだって言ってくれるだけで十分です」
「なんでそんなに控えめなの。もっといっぱい我侭言ってみたら?」
「先生の事独り占めしたいって、結構我侭だと思うんですけど……」
まあね、確かにそうかもしんないけども。
新八の場合、思ってたとしてもそれを態度で示すって事をしないから(悪い意味じゃねーよ)、やっぱり我侭も控えめなわけよ……てか、控えめな時点でもう我侭じゃねーしな。
正直、新八だったらなんでも「=可愛い」に繋がっちまうから我侭だろうが控えめだろうがそんなんどうでもいいんだけどな。
「欲しいならなんでもやるから。欲しいもん、欲しいだけ持ってけ、な?」
俺がこいつにやれるもんなんて、きっと無いに等しいんだろうけど。
肩口の、丸い後頭部を掌で撫でたら巻き付いた腕がぎゅっと締まった。
鼻を啜る微かな音。
「泣いてんのか?」
「……泣いてないです」
「そっか」
新八の身体を受け止めたまま空を見上げる。
流れる雲が新八のくれる安らぎと同じ速度でゆっくりと過ぎていく。
その穏やかさに肩から力が抜けるのを感じながら、新八の腕が緩むまで俺はずっと空を見ていた。



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