非常階段の踊り場で俺は胡坐をかいて座り込む。
手すりに背中を預けて力を抜くと風が吹きぬけた。
気持ち良い。
あれから一週間と半分、俺は疲労困憊していた。
気が付くと、あの女が視界に入る。
時空を移動してんじゃねーかと思うくらい意識すると視界にいるからたまらない。
しかも、恐ろしい事に拒絶が効かない。
拒絶をすると頬を染めてもっと……なんてねだるような変態さんに、俺はどう対処したらいいのかさっぱりわからなかった。
いつの間にやら校内にはお付き合いの噂まで流れてるし。
こういうのは否定すればするだけドツボに嵌るのがわかってるから、俺はあえて否定も肯定もしなかった。
あの女はといえば肯定しかしやがらねぇ。
おまけにあることないこと尾ひれ背ひれを付けやがる。
それを責めればあいつの頬がまた赤らんで。
結局、何この悪循環、って虚しい結果にしかならない事を俺は早々に悟ったね。
んで、結局できることはたった一つ。
無関心を装う事。
別に何言われたってかまやしねぇのよ。
たった一人、俺のこと信じてわかってくれるあの子がいたらね。
ただ、その肝心の「たった一人」に実習生事件以来全く会えなくて、それが俺の疲労の原因だった。
精神的疲労。
胸ポケットから取り出した煙草をひょいとつまんで一本銜える。
新八に会って自然とご無沙汰になっていた喫煙習慣が、ここ暫くの間で復活しちまった。
それだけストレス感じてるってことなんかねぇ。
甘いもん喰うと新八思い出すから余計辛い。
必然的に手段は喫煙しかなくなるわけで。
青い百円ライターでかちりと火をつけて、ため息と共に吐き出すための煙を肺一杯に吸い込んだ。
吸って、吐き出す。
久しぶりのそれは美味くも不味くもなく、ただ気を紛らわせるだけの効果しかなかった。
それでもないよりはましだ。
紫煙が風に乗ってゆっくりと流れるのを目で追う。
太陽がきらりと視界を掠めるのに俺はライターを翳してみた。
百円の、安いプラスチックを通して光が透ける。
青は癒しの色っていうけど。
俺を癒せるのはこの世で唯一人だけ。
……新八は、色に例えると何色なんかなぁ。
基本は淡いパステル系な気がする。
マシュマロみたいなふんわりしたピンクになってる時はもうたまんなかったりするわけよ。
かと思えばハッとするような鮮やかさで俺を驚かせてくれるし。
あー、会いてぇ。
会いたくてたまんねぇ。
どういうわけかここんとこバイトも休んでるみたいで、バイト前の逢瀬もままならないわけなのよ。
俺、一週間以上新八に触ってねーの。
顔も見てねーの。
これは由々しき問題だろ?
絶対的に新八が足りねんだよ。
暴れるっつーの。
ライター越しの濃い青空を銜え煙草で覗いていたら視界に何かがきらりと光って。
視線をずらしたら、その先に俺の切望して止まない姿があった。
新八。
マジで新八。
夢でも幻でもねーよなっ?
渡り廊下の窓越しに、向こうも俺に気付いたみたいで、ちょっとビックリした顔でこっちを見てた。
本物だ。
久しぶりに見た姿。
視線でその姿を見るだけでも何かが俺の中に浸透していくのがわかる。
あー、俺新八に関しては変態とか思われても別にいいから。
ライター仕舞って立ち上がった拍子に銜えた煙草の先から灰が零れた。
ごめん新八、不可抗力。
ちゃんと携帯灰皿持ってっからな。
心ン中でちょっと言い訳をして、手すりから身を乗り出すように新八に向き合う。
俺がエスパーなら今すぐ瞬間移動とかぜってーするし(ああもどかしい)。
新八は、何事かと気にする友人だかなんだかを先に行かせて周りを確認した後俺に向かって口をパクパクさせた。
なにか言葉を繰り返してる。
四文字?
手と口が、何かを食べる仕草をする。
あ、「べんとう」かも。
俺も食べる仕草をしてから「べんとう?」と唇を動かしてみた。
したら新八の手がおっきい丸を作ってくれた。
なんだよあれ、可愛いんですけど。
それから指が上を指した。
それでもう十分だった。
屋上で弁当。
俺達が校内で唯一気兼ねなく一緒にいられる場所だ。
昼休みまであと一限。
俺は指でOKサインを作って新八に返した。
「銀さぁん。さっちゃんの、愛情弁当(ハート)め・し・あ・が・れ」
四限目の終わった職員室で俺は天国から地獄に落とされた。
そいつは俺の机の上で足を組んで待ち構えてた。
お色気とか狙ってんのかしんねーけど、私も一緒に食べて的なそれ、意味ないから。
ここ数日、懲りもせずこいつは俺に弁当を作ってくる(箱一杯に納豆が詰まってるのを弁当というのかどうかはしらねぇけど)。
「あのよ、馴れ馴れしく名前、呼ばないでくんない?許した覚えねーんだけど」
だいたい新八にだってまだ呼んでもらった事ねーのに冗談じゃねっつの。
「やだっ、銀さんたら許すとか許さないとかって、もうっいやらしいんだからっ。みんなの前で恥ずかしいじゃない」
いや、恥ずかしいのはお前の頭だから。
「シャイなのね。そんなところも素敵だわ。いいわ、わかった。坂田先生って呼べば良いのね。他人行儀なところがちょっとそそる感じで案外良いかも」
……なんかまたスイッチ入ってるし。
付き合ってらんねー。
「あ、やだっ、待って坂田先生っ」
誰が待つか。
部屋を出ようとした時に、入れ違いに近藤先生が入ってきた。
「ああこんな所にいたんですか。猿飛先生、探しましたよ。はい、これ」
どうも、と俺に軽い感じで挨拶をして近藤先生は猿飛に小さな紙束を手渡した。
「猿飛先生忘れてったでしょう。駄目ですよ。大事な小テスト。昼休み中に採点済ませて今度の授業で答えあわせしますよ」
近藤先生が神に見えた。
3へ