※このお話は坂田先生が遂に本懐を遂げられる展開となっておりますのでご注意ください。
書くのが私なので内容的には大した事はありませんが(笑)
食器の触れ合う音がする。
水に濡れたそれがカチャリと鳴る度に水切り籠に丁寧に洗い物を重ねていく新八の手が見える。
身体に馴染んだ流れるような動き。
夏はテーブル、冬は炬燵。
年中出しっぱの便利な2WAYの天板に頭を寝かせて、俺は滅多に見ることのできないそれをゆっくりと眺めた。
懐いた板は白。
暑い時は白がいいとか新八が言うから、梅雨が明けた頃茶色から裏返した。
綺麗に片付いた台の上には俺の頭とさっき外した眼鏡だけ。
数十分前まで上に並んでた食事は俺の腹ン中。
胃の中がまだ温かい。
レンズに映りこむテレビの映像がさっきから目の端でちらちら騒ぐ。
頭の上からは話し声に沸く楽しげな笑い。
いつもは首っ引きの娯楽の王道テレビ様、だけどもこんな日は流石に頭を素通りしてく。
目と耳が、新八の存在だけを追いたがる。
視線の先の小さめの背中。
それを覆う白いシャツ。
布越しに、綺麗に浮き上がる肩甲骨を想像してみる。
なだらかな隆起。
例えば。
そっからふわっふわの羽毛に覆われた真っ白な羽が生えてても、俺は驚かない。
寧ろ実は仕舞ってあんじゃねぇかと、思ってるし。
それが羽ばたいていつか俺の元から飛び立っちまうんじゃねぇかと思ったりも、するし。
いつまでここに居てくれんのかね、とか。
離すつもりは勿論ねぇけど、思うところは……いろいろある。
はぁ。
まだ夏仕様、覆いのない台の下はスカスカする。
すっかり、寒くなった。
そろそろ炬燵に切り替えっかなー。
動きが止まって、きゅっと。
新八の手が蛇口を捻る音がした。
今日は俺の誕生日……だって事を新八は、知らない。
だって教えてねぇから。
別に祝って欲しいわけじゃねぇし。
ただ、傍にいて欲しかった。
志村と並んで帰宅する新八を見つけたから、通りすがりに体調の悪い振りをした。
みっともねぇ、笑っちまうくらい陳腐な猿芝居。
志村は気付いて、新八は騙された。
振り、だとしても俺を選んでくれた。
それだけで十分だと思わなくちゃいけねぇのに。
『姉さん、お願い、坂田先生具合悪そうだし……』
『だからって新ちゃんがいく必要はどこにもないでしょ?』
『僕が、そうしたいから……ごめんなさい』
申し訳なさと愛しさと、愛されてる充足感と。
どんどんと欲が出る。
欲が出すぎて怖くなる。
「先生、紅茶とコーヒーどっちにしますか?」
洗い物を終えた新八が盆を運んでくる。
帰りがけにスーパーで食材、新八がバイトしてるコンビ二でケーキを買った。
俺が甘いもんを買うのは珍しい事じゃねぇから新八にとってはいつもの、俺の中でだけちょっと特別な苺ショート。
二つあるそれを皿に移して飲み物を用意してくれる。
飯食って、おやつまで用意して。
俺の仮病なんてとっくにばれてっけど、新八は何も言わない。
「コーヒー。カフェオレで……てか寧ろコーヒー牛乳で。砂糖はMAXな」
甘く甘く、甘ったるく。
新八を我慢できるくらい、溶けそうなくらい甘くしてほしい。
俺のリクエストは新八の眉間に微かな皺を作らせた。
「駄目ですよ。砂糖は二個で我慢してください」
「何で?」
「だって、とうとうお医者さんに厳重注意されたってこの間……」
「でも、甘くしてくんねーと……」
どうなっちゃうか、わかんねんだけど。
俺の言動に多少の困惑。
「新八」
それでも。
手を差し出せば素直に傍にきてくれる。
水仕事で冷えた手。
けど泣きたくなるくらい温かいそれを引き寄せて。
「何か、あったんですか?」
腕の中に納まって、労るように俺を気遣う。
「少し、休んだ方が良いです。今日の先生、何か変」
「何か変って何ですか。先生はいっつも変ですよー」
冗談めかしてみても、俺を見詰める黒い瞳は誤魔化されてはくれなくて。
「今日の先生は、怖いです」
俺を怖いと思った事は一度もない、いつかそう言ってくれた唇が今日は反対を綴る。
結構、胸に痛い。
気持ちが顔に出たのか。
俺を見た新八はユルユルと首を振って、慰めるみたいにそっと体温を摺り寄せた。
「どっかに、行っちゃいそうで……怖いです」
普段あんま甘えてこない新八が、精一杯に気持ちを伝えようとしてくれる。
鼻の奥がツン、となるような。
「姉ちゃん、怒ってたな」
俺達三人の関係は薄氷の上にある。
体重の乗せ方を一歩でも間違えたら氷は割れる。
不本意ながらの暗黙の了解。
無意識の牽制。
主にそれは俺と志村の間にあるもんだけど。
新八を連れ出す俺を見て、微かに引き攣れた志村の頬。
感情を隠すように送り出しはしたけど、多分俺は腹ん中で半殺しにされてんだと思う。
「なぁ新八」
見上げる瞳の覆いを外して。
「別れっか」
口をついて出たのは絶対の禁句。
めちゃめちゃ中2レベルな俺。
まるで気を引きたい子供みたいだ。
泣かせたかった好きな子の、瞳がゆっくりと濡れていく。
嬉しくて、悲しくて、自分のした事の意味を考えて。
ああ、なんだろな、この気持ち。
だんだんと溢れるそれが、そっと流れて。
めちゃめちゃ綺麗で。
俺のシャツをぎゅっと掴む指先が震えてる。
じっと俺を見詰めたまま、涙は止まる事無く溢れては落ちるのに。
「先生が……そう、したいなら……」
新八は俺に従う。
例えば。
俺達の仲を壊そうとする第三者がいるとするなら、新八は臆する事無く向かっていける強さを持ってる。
俺の事が好きだと、強く真っ直ぐな気持ちを示してくれたあの日の事を、決して忘れたりしないけど。
終わらせようとするものが俺の気持ちだったなら。
新八はそれすらも受け入れようとする。
どこまでも、どこまでも、新八は際限なく俺に優しくできていて。
「んなこと、死んだってするわけねーじゃん……」
涙でくしゃくしゃの顔を袖口で拭いて唇で触れる。
熱い目元に口付けて鼻筋を辿って口元に。
「ど……して?」
だったらどうして。
重ねる瞬間、零れる疑問。
言葉も、キスも、温もりも。
俺の行動の意味が分からずに、きっと聞きたいことは沢山あるんだろう。
幾つもの疑問符に、でも告げる答えはたった一つ。
「新八が、好きだから」
欲しくて堪らない。
新八が、俺のものなんだって感じたくて堪らない。
「泣かせたかった、んだよ」
どうしようもない最低の我侭。
突き放す言葉に従順に、それでもシャツを強く握り締めた指先の震えが忘れられない。
「最低で、ごめんな」
俺の身勝手は新八にとってただの暴力でしかきっと、なくて。
多分、傷つけた。
「もう絶対、言わねーから」
癒してやりたくて、傷に届くように口付ける。
ふかく、ふかく。
閉じる直前の瞳はやさしく潤んで、横たえる身体は逆らわない。
絡む舌は俺を慰めるみたいにも思えて。
癒すつもりが、癒された。
小さな声が新八から零れて唇を離す。
濡れたそれが名残惜しくて舌で撫でれば迎えるようにまた開く。
拒む道理はどこにも無いから、俺は乞われるままに小さな口の中に舌を入れた。
熱く濡れた口中で、震えながらも寄り添ってくれる愛しさは絶対に失くしたくない。
二度目に離した唇から零れた吐息すら惜しかった。
上気した頬に口付けて輪郭を辿ってゆっくりと降りる。
同時に滑らせた指はボタンで閉じた鎖骨で止まった。
新八は俺を拒まない。
何もかもを受け入れてくれるから、このボタンを外すことは容易くできる。
けどそれじゃ意味がない。
「新八」
ボタンに掛けた指でシャツを引いて、その先の肌に乞うように触れた。
ここを開けばどうなるのか、お前はちゃんとわかってる。
新八の目が俺を見て。
答えるように手が上がった。
手の平が俺の手の甲を撫でてボタンに触れる。
震えて力の入らない指先で、ようやく一つだけを外して力絶えた。
パタリと投げ出された手の平に、気持ちを込めて重ねる手の平。
握り締めると握り返してくれるそこからは、まだ震えが伝わってくる。
いろんな想いがあり過ぎて。
でも言葉にしたらこれしかなくて。
「ありがとな」
伝えられたのはありきたりな言葉。
返ってきたのは。
「先生、お誕生日」
泣きたくなるような優しい微笑と。
「おめでとうございます」
この上ない祝福だった。
「もしかして知ってた?」
新八が許してくれた続きのボタンを順番に外しながら。
「何を、ですか?」
所在無げに両脇でもじもじしてる手を首筋に回させる。
「誕生日」
臍まで外して肌蹴ると露になる新八の肌。
「教えてなかったろ?」
「ちょっと前からお、んなの子達が……騒いでて……ん」
浮いた鎖骨を軽く撫でて甘く噛めば新八が息を呑む。
「へえ……それで小耳に挟んでくれたって?」
「だ、だって……気になって……」
顔を覗き込んだらふい、と逸らされた。
「今日ついて来てくれたんは、だから?」
新八は外したままの視線でコクリと頷く。
「一度家に帰ったら来るつもりで……」
「んじゃ、最初から?」
俺が誘わなくても?
「そ、です……」
視線が戻って俺を見る。
「迷惑かもしれないって、思いましたけど……」
すぐ傍の、甘そうな唇に齧りついた。
「ふ……わ……」
「プレゼントは新八君、って感じでいーの?」
「そんな大層なものじゃ、ない、ですけど……」
「何言ってんの、一生モン……だろ」
耳の下を軽く吸って下へ滑り降りる。
男にしては優しいラインの肩口にそっと歯を立てると抱きつく腕に力が篭った。
胸元の甘やかな色付きを舌で濡らせば縋るような指先が髪を掴む。
「せん、せ……」
回した舌先で尖らせたそれを強めに吸えば音を嫌がる新八の耳が赤くなる。
「音や、で……あっ」
「何で?」
「恥ずかし……い」
肌が熱を帯びる。
「可哀想だけど、聞いてやれねぇな」
「ぅ……」
唇をあてる度に立つ小さな音に、合わせるように新八が跳ねた。
シャツの隙間から手を入れて腕を回す。
背中を辿る指先に当たる、浮き出た骨。
ゆっくり上って肩甲骨へ。
ああ、ここに羽が仕舞ってあんだなって、馬鹿みたいに本気で思う。
「新八ここにさ」
「ん……」
「羽、仕舞ってんの?」
「は、ね……?」
「天使の、とか」
「天使……」
「そ、こっから真っ白い羽がばさっとさ」
形をなぞると新八の背中が浮き上がった。
押し付けられた胸に誘われて口付ける。
「ま、さか……ないです、そんなの」
「ねぇの?」
「ないです」
「ホントに?」
顔を上げて、見つめた瞳は涙の膜で吸い込まれそうに潤んでる。
どこまでも落ちていけそうなその黒に、澱みの陰は見つけられない。
「ぼく……そんなに、きれいじゃ……ない、です……」
堪らず、ってのがぴったりくる。
俺の言葉に眉を寄せて、口元を甲で隠す新八の瞳に涙が盛り上がる。
見る間に溢れたそれはすっと目尻から零れ落ちた。
「先生がぼくのこと、そういうふうにみてくれるの、うれしいけどです……でも、本当は、少しだけ、くるしいです」
理想と現実の狭間で。
押し付けてるつもりはなかったけど、俺の言動が少なからず新八を苦しめてた事実に胸が痛かった。
抱き締めて、胸元に頬を寄せる。
育ちきらない細い身体。
この身体を開く事は罪だと知ってる。
無意識に逃げてた事も否定は、しない。
多分俺はどこかで怖がってた。
「罪」だから怖いわけじゃなくて。
純粋に、俺が新八に触れることへの恐怖。
この俺が新八に触れてもいいのか分からないから。
許される事に甘えまくって、でも最後の一線を越す勇気はなくて。
でも。
そんな俺に新八は手を伸ばしてくれた。
「新八」
伸び上がって鼻先を寄せる。
「お前の事、めちゃくちゃ可愛いし」
摘んだ耳たぶは酷く柔らかい。
「すげぇ大事にしてぇと思ってっけど」
遊ぶように指先で揉んで淵を撫でる。
「でも神聖視してるとか、そんなんじゃねぇから」
キスをして。
「俺は、お前に、ちゃんと欲情する……めちゃめちゃする」
証のように、新八を欲しがって形を変えた下半身を押し付けた。
ズボンの布地を押し上げたそれを新八の柔らかい、剥き出しの腹が受け止めてくれて。
擦れる弾力に眩暈がする。
やべ……腰動きそう。
飛びそうになる理性を奥歯を噛んでグッと堪えた。
「な?」
初めて触れさせた俺の欲に、頬を染めはしたけども。
「……はい」
涙を湛えた瞳は安心したように微笑んでくれた。
「お前に泣かれっとホント参るから」
「……さっきは泣かせたいって……」
「俺が泣かすのはいんだって。けど1人で悲しくなって泣かれんのはやなんだよ」
「わがまま……」
「そりゃ、新八に関してはなんも譲りたくねぇし」
何もかもを独占できるなんて思っちゃいねーけども、わかってても欲しい気持ちは止まんねんだよ。
「先生は、もっと大人なんだと思ってました」
「どっこい、ただのヘタレたおっさんだよ。幻滅しましたか?」
歳だけなら立派に大人だけどもね。
まあ俺がダメダメなのは今更だから、減るだけの幻想があるかどうかも怪しいけどな。
新八はふるふると首を振る。
「大事にされたり、駄目なところ見せてくれたり……そういうの、先生の特別みたいですごく嬉しいです」
そう言ってくれた新八の笑顔はやっぱり綺麗で。
「やっぱ絶対羽、しまってんだろ」
疑わしくて背中を撫でる。
新八は擽ったそうに身を捩って。
気の済むまで確かめさせてくれた。
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