「えっと……キス、しないんですか?」
「して、いいんですか?」
「え……あれ?……えと……」
「嘘、嘘、ジョーダン。ごめんな」
黒髪をかき混ぜた。
「新八を我慢する練習を、してみた」
なーんて笑って見せても実のところ一杯一杯で。
俺の理性なんて新八の眼差し一つで簡単に切れる。
黒髪に置いた手の平を、丸い後頭部に滑らせてそのまま引き寄せた。
もう一度吐息のかかる距離でじっと見詰めて。
「けど、やっぱ無理っぽいので……してもいーか?」
返事を聞く前にとっくに唇は触れていたけど、あと一歩のところで踏み止まって自分の限界に挑戦。
新八の唇がゆっくりと動いて俺の唇を擽る。
手が胸に付く。
「あの……」
「ん?」
「先生一人で我慢してるみたいになってますけど……こんな風にされたら、僕だってキスとか、したくなるんですけど……」
んん?幻聴?
「今、キスしたくなるって言ってくれた?」
「はい」
「聞き間違いじゃなくて?」
「じゃなくて」
「ならキスしていい……と」
唇を捉えようとしたら。
「いいですけど……」
言葉は許してくれるのに、新八の手が俺をせき止める。
指の腹を唇に感じて。
「……言ってる事とやってる事が違わねぇ?」
俺を止めてる新八の手をとってじっと見たら赤くなった。
「してもいいんだろ?」
俺が近付くと、新八が引く。
「あ……」
距離が詰まらないまま新八の身体はゆっくりと後ろに反って、ついには床に倒れこんだ。
掴んだままの手に力がかかって、背中が付くと同時にふっと抜ける。
新八の手を開放して脇の下、胴の両脇辺りに手を付くように上から覗き込んだ。
「ほれみなさい。新八君が変な風に拒むから、なんかやらしい感じになっちゃったでしょーが」
俺の下に新八がいる。
ここが学校で、今が授業中なんだってこと、忘れたくなる。
「新八、いいのに駄目な理由を教えてほしいんだけど」
「だから……その……」
目が泳ぐ。
肘を曲げて少し距離を縮めると、手の甲で口元を覆って、覚悟を決めたように俺を見た。
「さ、さっきみたいなのは、駄目、です」
少しだけくぐもった声。
「さっきのって?」
口元を覆う手をどけて、両手を頭の横に縫いとめる。
そうして新八を見下ろす事はかなり倒錯的で。
この体勢でキスしたらちょい自信がねぇ。
高校教諭、坂田銀時被告(何歳?)、なんてテロップ付きで報道されかねない事をやらかしそう(実際もう俺は踏み越えちゃってるけどな)。
危険信号の黄色が点滅して、俺は早々に新八を引き起こした。
「さっきのキスのなにが駄目?」
後頭部の髪と制服の背中をさっと掌で払ってやって、俺は新八の前にしゃがんだまま膝の上で腕を組んだ。
新八もごそごそと居住まいを正す。
そこで正座をしちゃうところがまたなんとも可愛い。
膝の上で拳を握って、そのあたりに視線をさまよわせたまま新八が呟く。
「だから……し、舌とか……入れないで……んっ」
声が耳に入って、言葉の意味を認識した瞬間、俺の手は速攻新八の口を塞いだ。
もう結構手遅れだけど、それでも、だ。
「あんな、新八君。そういう事を軽々しくその口で言わないように」
入れないでって涙目で(いや、涙目じゃねーけども)言われたら、入れたくなるのが男の性なのよ?
手が上がって、新八が口元から俺の手をもごっと外す。
「だって、こわいです……」
掴んだ俺の手を膝の上でぎゅっと握る新八の指先はひどく柔らかい。
「頭の中が、先生で一杯になって……こわくなるから……学校であんなキス、しないで下さい……」
握る手の、強さと柔らかさに、俺は深く反省をした。
新八に、甘えすぎてたかもな……って。
「そだな。ここ、学校だもんな」
俺にとっては新八に会える貴重な場所でもあるけども、本来学校は勉学に励む所。
青春の坩堝だとも思うけどな。
ま、学校ではなるべく我慢するって方向で頑張ってみっか。
「そんじゃ、これからは廊下ですれ違っても知らない振り、な」
掴まれたままの手を握り返せば新八の視線が揺れて、俺の気持ちも揺らぐ。
「そういうの、辛いか?」
俺たちの関係を、俺自身は何も恥じる事はないと思ってるけど、所謂世間一般で言うところのモラルって奴は許してはくれない。
新八だってそうだ。
まだ16なのに。
もっと可愛い異性の恋人作って、太陽の下で明るいデートしたりとか。
そういう普通の幸せを、俺が潰しちまった。
「俺、お前に会っちまって……よかったんかな……」
辛いかって新八に聞いときながら、情けないことに俺は自分で辛くなった。
こういうのって考え出すとドツボに嵌る。
俺は相当情けない顔をしてたに違いない。
新八が膝立ちになる。
手がするりと抜けて俺の首に回された。
「僕……本当の恋愛とかってよく、わからないですけど……ちゃんと先生のこと好きです。先生に会わなかったら、きっといろいろ違ったかもしれないけど、でも、先生に会えて嬉しいです」
顔を少しずらすと新八の耳が頬に触れて熱が伝わる。
薄い胸から伝わる鼓動は俺までドキドキしそうなくらいに早鐘を打ってる。
「キスは、違うけど……僕の一番最初は全部坂田先生だから……し、してくれるなら、ですけど」
「新八は全部俺でいいわけ?」
「先生が、いいです」
こんなに荒んだ世の中で。
「先生が、好きです」
どうしてこいつはこんなにも綺麗なんだろう。
会えてよかったのは俺の方なのに。
お前がいいのは俺の方なのに。
俺がこいつを自分のものにすることは許されるんだろうか。
「後悔しねぇ?」
「したほうがいいですか?」
「いや……やだけども」
「だったら、そんなこと聞かないで下さい」
「わり」
抱きついたままの新八を道連れに、俺はその場に尻餅をつく。
細い身体に腕を回してぎゅっと抱き締めた。
舌を入れたらキスだけで溶けちまうくせに、言葉一つで俺を簡単に引き上げてくれる新八はどこまでも不思議な存在で。
唇で、耳から辿ってすっきりした顎を辿る。
「そんじゃ練習すっか」
「練習、ですか?」
「そ、俺は我慢の。で、新八はキスに慣れる練習」
「なんでそんな練習……」
「そりゃ、昼休みは我慢する気ねーもん。だから、そん時に舌入れちまわないように練習しとかねーと」
な?って顎に唇を付けたまま笑えば新八が困ったような顔をする。
「そんな……」
「んじゃ、新八はやだったら先生殴る練習、でもいいぞ?」
「……」
「愛のムチだと思うから、心配いらねーし。さっきの頭突きも効いたしな」
冗談ぽく言ったら新八が俺の顎に手の平を当てた。
「……ごめんなさい」
新八が謝るような事なんて、きっと生きてくうちで数えるほどしかないんだろう。
この痛みだって新八の所為なんかじゃ全然ねーし。
「そんな顔すんじゃねーって」
手をとって指を絡める。
「お前もう謝んな。ごめんなさいって思ったらその度にキスしろ、な。したら逆にありがとうで釣りが出んぞ?」
絡めた指をぎゅっと握る。
「何ですか、それ」
新八がそっと笑う。
「だーから、キスしてくれてありがとう、だろが」
俺も笑った。
新八に出会って、俺はありがとうの意味を心の底から実感してる。
感謝するって、なんかすげーいいよな。
目の前で、新八が一度下唇をキュッと噛んで。
一呼吸置いてからそっと俺に重なった。
触れる、重なる、絡めあう。
自然と脳裏に浮かぶ順番に、無意識に舌を伸ばしそうになって慌てて自分の歯で止めた。
イデッ。
ちっと噛んだ。
そこにあるのに触れられない、それは思う以上に凄い誘惑。
舌が、迷う。
唇舐めるくらいならいいんじゃねーかとか。
早くも理性はぐらぐらで。
唇を、離す。
「新八、やっぱさ、我慢は身体によくねーと思うんだよな。だからベロチューの練習にかえねぇ?」
意志薄弱な俺の提案に、新八の首は横に振られた。
「絶対に無理だから駄目です。先生頑張ってください」
だよねー。
脱力した顎を新八の肩に乗っけて俺はため息をついた。
「新八、飴、一日4本に増やしてくんない?」
情けない声でお願いしたら「考えときます」って可笑しそうに返された。

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