「お前ホントにまめだね」
食べ終わったごみを袋にまとめて脇に退け、代わりに掌でコンパクトなケースを弄びながら白衣のポケットをちくちく繕う新八を横目でちらり。
「そもそもなんでこんなもん持ってンの?」
パンを食おうと思ったら、その前に、と言って新八に白衣を脱がされた。
今俺の手の中にあるものは、その時新八の制服のポケットから出てきた物だ。
いわゆるソーイングセットってやつ。
その針と糸で、俺の白衣は今修繕されてる。
プラスチック製のそれはなんか異様にファンシーで、ピンク色。
お星様とか飛んでますよ?
「姉が中学の時に修学旅行のお土産だってくれたんです」
「あー、なるほどねー……ってこらこら。そーじゃなくて。なんで持ち歩いてるかって意味だろ」
「持ってると結構便利ですよ?色々入ってるから」
男女差別をするつもりは毛頭ねえけど、やっぱちょっと思うじゃん?
こんなファンシーなデザインのピンク色を。
十六歳の男子高校生がなんの照れもなくポケットに入れ……るわな、新八なら。
そういう衒いのないところが新八らしさだし、好きな部分でもあんだよね。
しかも姉ちゃんの中三の修学旅行って、何年前よ。
どんだけ物持ちいいのよ。
昭和初期ですかってなるだろが。
うわー、もうこの子お母さん?
アンケート取ったらきっとお嫁さんにしたいbPだよ……っていうか、クラスのやつにも気軽にこんな事してやってんじゃ……。
「できました」
勝手にエスカレートする俺の妄想にブレーキをかける新八の声。
手の中の物を取り上げられて、代わりに白衣をポンと渡された。
決して綺麗ではないけれど、一針一針丁寧な新八らしい縫い目。
指でそっとなぞってみたら、なんかあったかくてうれしかった。
「これでもう飴落とす心配はないですけど……先生、これなんですか」
新八の手が差し出したのは俺の定番キャンディーだ。
「五本ありますよ?」
あ、ちょっと怒った顔してる。
ばれちゃった。
「一日三本て約束しましたよね?」
新八の目が笑ってない。
ちょっと(え、かなり?)度を越して甘いものが好きな俺は、実は医者に注意を受けてたりする糖尿病予備軍(あくまでも予備軍ね。ここ大事だから。テストに出んぞ?)。
だけど自己管理が出来なくて、事ある毎に新八に怒られてる三歳児以下な俺。
飴は一日三個まで、なんて小学生みたいな約束もつい先日したばかり(てか、させられました)。
「いやいやいや、これは違うのよ。入れてただけで食べるつもりはなかったんだってばってばってば」
ごそごそと白衣を着こみながら一応言い訳なんかをしてみたけども。
「……絶対、嘘」
あ、やっぱり。
わかってたけど信用ないのネ、俺。
自覚ありだから性質が悪ぃと自分でも思うけど。
普段は優しいカーブを描く新八の眉が釣り上がってきてる。
あ、ちょっとヤバイ。
新八の手から一本とる。
引いたのはストロベリー……なんてお洒落だなおい、苺だ、苺。
定番だ。
ピンクの包み紙を見てたら甘ったるい苺の味が自然と舌の上に甦った。
暫くそれを指先でくるくる回して俺は思案に暮れる。
新八は隣で怒ってる。
残りの四本は制服のポケットにしまわれてしまった。 
飴で木琴のバチのようにとんとんとん、と顎を叩いて……。
「だったらさ、飴二個分、新八のキス頂戴よ」
そしたら我慢するよ?と新八の唇を飴でとん、と叩いて。
ふっくらとした唇の上でカラフルな球がポンと弾んだ。
「で、でもっ、ちゃんと三個って前に約束したじゃないですかっ」
怒ってるのに新八の頬はほんのり赤くて、この飴のピンクのとこにちょっと似ていた。
舌の上の甘さが強くなる。
「なんだけどねー。しょうがねぇじゃん?守れないって事は出来ないって事なのね。だから、なんかご褒美くれないと」
あまりにも理不尽だ。
んなこと俺が一番わかってる。
新八にしたら納得いかないだろう。
でも、俺は新八からのキスが欲しかった。
「……僕は身体の心配して言ってるのに……ずるいです」
俯いて、膝を抱えこむように新八は自分の上履きをいじっている。
俺は尻をずらしてよいしょと新八を跨ぐと背中から抱きしめた。
腹に腕を回して肩に顎を乗せる。
やすやすと抱きこめてしまえる小さな身体。
いつも精一杯俺のことを想ってくれてる優しい体温。
前に回した手でがさりと飴の包みをはがして、現れたピンクと白の球体を新八の唇に寄せた。
「ん」
とんとんとん、とノックして。
ぐいっと覗き込んでも新八は俺を見ない。
でも唇がほどけたから。
開かれた柔らかい唇にそっと飴を押しこんだ。
カチリ、と歯に飴があたる硬質なのに柔らかい音。
耳に届いたそれはいつも舌でなぞる新八の歯並びを思い出させて。
背中が粟立つのを感じた。
「へんへーのふぁは」
「あ?」
不意に新八が宇宙語を喋り出して。
翻訳できずに?を飛ばしてたら身をよじった新八が俺を見た。
ちゅぽん、と口の中から飴を抜いて。
「せ・ん・せ・い・の・ば・か……です」
甘い息で教えてくれた。
それからまるでぶつけるみたいにちゅってして。
キスだって認識するのに数秒を要してしまった。
「そんだけ?」
「……だ、だって」
「新八君、飴の代わりだよ?だったらちゃんと舐めさせてくんないと」
俺の行動を察知して逃げようとする小さな顔。
とっさに顎と後頭部を固定して、息がかかるほどに近づける。
薄紅色の唇を舌でなぞると新八の空いた手が白衣の袖をクシャリと掴んだ。
「っや、せ……ん……せ」
拒絶したのは言葉だけだったから俺は止めなかった。
唇をなぞり歯並びをなぞってそっと舌先を触れ合わせる。
「……んっ……ぅ……」
逃げないのを確かめて、ゆっくりと新八の舌の形を辿って心ゆくまで味わった。
柔らかい舌はさっきまで舐めていた飴の甘さと新八自身の甘さ。
俺にとってこの世で一番甘いイチゴ味だった。







カラン、というかすかな音が耳をかすめて俺を正気に戻す。
視線の先でゆっくりと階段を落下していくのは新八の手にあった飴だ。
その指先は今俺の白衣をぎゅっと掴んでる。
絡めた舌をそっとほどいて唇を離すと新八の口が小さな息をつく。
身をよじった新八がそのまま胸元に顔を埋めてきた。
全身の体重を俺に預けてくる。
条件反射で当然の如く腕を回した俺は次の瞬間固まった。
「先生……気持ち悪い……」
言葉は時に凶器だ。
ポツリと漏れた新八の一言は鋭い切っ先をもって俺の心臓に突き刺さる。
「し、新八君……今なんて……?」
すげー甘い余韻に浸ろうと思ってた俺は全身の血の気が引くのを体感する。
声が震えるなんて情けない体験をするとは夢にも思ったことなかったけど、実際俺の声は動揺してたんじゃないだろうか。
「気持ち悪……い」
気持ち悪い。
俺が?キスが?何が?どうして????
死ぬ間際には過去が走馬灯になって頭を廻るっていうけど、こういう時もそうなわけ?今俺の頭ん中には新八に出会ってからの時間が駆け廻ってる。
それは可愛くて、優しくて、温かくて。
……あれ、もしかしてこのままイッちゃうのも結構幸せ?
いやいや、待て待て、落ち着け俺。
腕の中に本物抱き締めてるのにそれ駄目だよ。
さっきのはきっと何かの間違い。
聞き間違い、そうそれ。
最近耳掃除してねぇからなー。
今度新八にやってもらおう、うん、膝枕でな、あはははは。
……俺、新八と終わる気はこれっぽちもねぇからっ。
「新八」
爆弾発言の真意を知りたくて胸元を覗き込んでふと気づいた。
衝撃的過ぎて動揺しちまったけど、気持ち悪いとか言ったわりには新八は依然として俺に凭れたままだ。
心なしか身体が震えてる。
「おい、大丈夫か?どした?」
少し身体を離して覗き込んだ新八の顔は血の気がなかった。
「新八っ?」
掌を額に当てるとひんやりとして指先も冷たい。
おいおいおい、なんだよこれ。
腕の中の新八の状態に引いた血の気が更に引いた。
「おい、新八?」
ぺちぺちと頬を叩くと閉じていた瞼がうっすら開く。
「具合悪いのか?保健室行くか?」
気持ち悪いの意味がわかって、でも安心するどころじゃなくて俺はまた別の意味で動揺しまくってた。
「……ん、大丈夫で……す」
新八はそういうけれど、首筋に当たる熱のない額が俺の背筋を冷たくする。
「けど、お前……」
腕の中の身体を温めてやりたくて俺は抱き締める腕を強くした。
「しばらく……このまま……」
そう言った後に大きく息を一つ吐いてまた目を閉じてしまった。
情けない話だけど俺はどうしてやることもできなくて新八の細い肩をただ摩るしかなかった。
叩きつける雨の音と新八の少し浅い呼吸。
何百人もの人間が同じ建物に居るはずなのに、ただその二つだけが今ここに存在する音で。
俺はずっとそれを聞いてるしかなかった。


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