提出されたノートを抱えてのそのそと階段を降りる。
薄っぺらなノートでも×クラス全員分となりゃそれなりに重い。
こんなもん、普段ならぜってー自分じゃやらねンだけど。
なんかな、罪の意識ってやつなのかねぇ。
ちょっと自分を苛めたい気分になっちまったっつーかよ。
ま、そんな殊勝な気分で教室から職員室へ、珍しく自分で運ぼうと頑張ってみた。
教室出て階段手前で既に後悔。
やっぱやめときゃよかった。
慣れねーことはするもんじゃねーな。
階段を降り切って廊下が開けると右手奥、数メートル先に職員室。
だるさを隠さないため息を一度吐いてから90度、右向け右でそこに向かった。
フットワークなんかクソ食らえ。
ずるずると引きずるように両足を前に出すとスリッパはぺたりぺたりと情けない音を出す。
それがまた脱力感を増す絶妙のスパイスになっちゃったりして、正直もう勘弁して欲しい。
なんで学校の廊下ってのはこうも無駄に長いんだかな。
亀と良い勝負のできる速度で目的地へと歩を進めると前方がざわめく。
湧き出すように現れた体操服の集団がこっちに向かって歩いてきた。
もしかしなくてもこれはあれだ。
この先にあるのが生徒の靴箱って事とさっきまで眼下に広がっていた光景を合わせて考えればこの集団は間違いなく俺が教室から眺めていた連中。
だったら中に俺のとっておきが混じってるはず。
ぞろぞろと歩いてくる生徒をやり過ごす振りをして俺はノートを抱えて壁際に寄った。
青と赤の縁取りの、白い集団は軽い会釈をしながらばらばらと通り過ぎていく。
それがだんだん疎らになって。
最後の最後でお宝発見。
大分前から視線は合ってて。
でも絡まないように気をつける。
ゆっくり近付いた新八が軽く会釈をして脇をすり抜けようとした瞬間、俺は自分の目を疑った。
視線は新八の胸元に釘付けで、うっかり意識の逸れた手元から力が抜ける。
やべ、と思った瞬間にはもう手遅れ。
崩れたバランスは立て直しようがなくて、あーあと思ってる間にノートの山は崩壊した。
「せっ……先生っ」
ほぼ目の前で起きた崩壊に新八の驚いた目が俺を見る。
当然、とっくに通り過ぎていた幾人かの生徒も振り返る。
視線が集中した。
「わりわり、なんともねーからさっさと教室帰れー」
纏わり付く視線が鬱陶しくて俺はなおざりに顎をしゃくってそれを散らす。
そうすると誰一人躊躇する奴はいなくて、再びわらわらと立ち去っていく。
何々、どうしたの?から、なーんだ、何でもねーのかよってな反応になるわけだ。
自分で散らしといてなんだけど。
まぁ大変、先生僕(私)拾います、なんて出来た生徒はいやしないのよね……目の前に一人しか。
新八はしゃがみこんで俺が落としたノートを拾い集めてくれた。
期せずして今この廊下に俺達は二人きり。
けど嬉しいはずのこの状況に、俺の気分は少し曇る。
脳裏に焼きついた、新八の胸元が神経をちりちりと刺した。
「大丈夫ですか?」
何も知らない新八は半分近く落ちたノートを抱えたまま俺を見上げる。
その表情はいつもとなんも変わらねぇ。
「ん?ああ、大丈夫。サンキュ、載っけて」
手元に残ったノートを軽くあげて促せば、新八は緩く首を振る。
「運びます」
「授業、遅れるぞ?」
「……自習、だから」
ちゃんと聞こえたのに。
言葉の意味がわからなくて俺は新八の顔を見た。
運ぶと言ったすぐ後で逸らされた視線。
俯き加減の小さな頭。
綺麗に巻いた旋毛は左巻き。
思わず唇を寄せそうになるのをぐっと堪えて、唇の代わりにノートを載せる。
「わっ」
ぽんと軽く弾ませると首を竦めるみたいに新八の肩がちょっと上がった。
ノートの束を新八の手元の束に重ねて全部持たせる。
「せんせ?」
きょとんと見上げる黒い瞳が堪らない。
ちょっと屈めば唇に届く魅惑的な距離に、本日二度目の理性を総動員。
ポケットを探って鍵を出す。
ノートの一番上にのっければチャリ、と軽い金属音。
そうしておいて預けたノートを新八の手から取り上げた。
「屋上の鍵」
ノートごと軽く揺すれば新八が察する。
「これ置いてくっから、先行ってろ」
察してくれたはずの新八はちっとばかし驚いた目で鍵と俺を見比べた。
ん?
ちょ、あれ?
反応が、なんだかちょっと微妙じゃね?
「……違った?」
もしかしてそういう意味じゃなかった、とか?
嫌だね、先走っちゃいましたか。
勘違いほど恥ずかしいものはないんじゃねぇの?
自己完結の思い込みと相手を巻き込んだ勘違い、似て非なるこの二つの温度差は思いのほか大きい。
俺はハム子にはなれねんだな、としみじみ反省。
駄目な大人でごめんねハニー(誰か突っ込めー)。
「新八君。先生もっそい恥ずかしい。今のなかった事にして。鍵ポッケに戻して行っていいぞ」
生憎と顔から火が出るなんて純情さは持ち合わせてなくて、でもかなりバツが悪いこの事態。
両手が塞がってると誤魔化す動作もできなくて気まずさは二割増し。
意味無いように見えて結構重要なのね、仕草って。
ったく、なんだよこのセルフ羞恥プレイはよ。
こういう時、自分はMじゃねぇなと実感する。
こんな勘違いの恥ずかしい状況で楽しい事は一つもない。
やっぱ俺ってSなのよね。
何故ならば。
新八の黒い瞳が羞恥に揺れる瞬間に、俺の心は動くからだ。
あ、今更?……はいはい、そうでしょうとも。
別にな、苛めたいわけじゃねーんだよ。
ただ……少し(や、ホント少しだって)無茶な俺の要求に、時々戸惑うその表情は何ものにも代えられないわけで。
ヤメラレナイトマラナイ、とかなんとか。
それは俺が新八を綺麗だと思う瞬間の一つ。
美醜ってやつは性別には関係ないと俺は思ってる……とはいえ、男に関しては新八限定。
新八変態倶楽部の会長、坂田銀時です。
軽蔑してくれてかまわねーけど……新八には言うなよ?300円あげるから。
しばしばお馬鹿な思考は大暴走。
気配が動いて音が鳴る。
見れば目の前に浮き上がる銀の鍵。
揺れる金属を辿った先には綺麗に切り揃えられた丸っこい爪。
俺は無意識に、水色の表紙から離れて移動するそれを視線で追いかけた。
行き先は白衣のポケット……と思ったら、小さめの手のひらにチャリンと収まる。
先にある、眼鏡越しの黒い瞳は俺に視線を合わせない。
「先に、行ってます」
綺麗に染まったほっぺのピンク。
淡い残像を残して踵を返した小さな背中。
俺はといえば両手にノートを持ったまま。
はい、はい、はい?
先に行ってますってのはどういう意味だ?あれ、俺国語の先生じゃなかったですか?
先に屋上に行ってます、で合ってますか?正解ですか?
え、マジで?
ちょっと今新八君魔法使いませんでした?
俺、軽くメダパニ状態なんですけど。
降って沸いたラッキーに、その姿が階段に消えるまで。
俺は情けなくもただじっと見送るしかできなかった。






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