『目に青葉 山不如帰 初鰹……志村新八に体操服』
なんて申しますと5月ですか?って気分にもなりそうですが、何を隠そう今は8月だったりするんだな。
8月なら夏休みじゃねーのかって?
……テコ入れです。
『夏休みの中だるみをぶっ飛ばせ!三日間集中講義登校日』ってなモンがこの銀魂高校にはあるわけよ。
夏休みに中だるみすんなって意味わかんねーんですけどもね。
休みな時点でもうダルダルだと思うんですけどもね。
まぁ……集中講義っつっても最初の一時間だけ担任の授業で渇入れて以下各自自由自習みたいな、要はお前らどうせ家じゃ宿題なんかやんねーだろうから学校で強制的にやらせとけってことなわけ。
そういうわけでのこういう事態。
目の保養でもなくちゃやってらんねーって話なわけよ。
こう……なんてーか、しみじみと感じる風流、とでも申しますかね。
何を隠そう今、俺の視線の先には志村新八の姿がある(目の前、じゃねぇところがなんとも残念なんだけども)。
“志村新八”が誰か、なんて説明が今更必要な初心者はいねーよな?……よし。
で、だ。
我が校は今時エアコン設備がない。
どんだけ地球に優しいんですかっちゅーね。
教室の隅では扇風機が回ってる次第です。
でも今日はなんとも素晴らしい好天気。
暑いのは暑いんだけども空気はカラリと乾いてて、窓からは頗る気持ちのいい風が入ってくる。
だからそれほど辛くはない。
けど過ごしやすいとはいえ夏だから。
あっちーなだりーなとうだってるとこに校庭の新八発見。
したら例え三階の窓越しだってそら見ちゃうだろ?
この暑い中運動って、ま近藤先生らしーっちゃらしーのかもな。
校庭で動き回る白い体操着。
青いラインに袖口を縁取られた白い半袖に縁と同色のジャージ。
何の変哲もない体操着。
でも中身次第でそれは世にも素晴らしい萌えアイテムの一つに早変わり。
個人的には新八だけ短パンに、と思わなくもねーけど、他のやつらに新八の生足拝ませるのも業腹だしな。
これはこれでいっかとも思う。
って、あー、鈍くせーな……ちょ、すげかわいんですけど。
やっぱ他と比べちまうと体格的にちっせー。
あいつ骨格が華奢だからあんま鍛えても実になんねータイプだよな。
新八自身どう感じてるのかはわかんねーけど(まあ新八も男の子だし?体格とかって気にすんのかもしんねーけどな)でも俺の腕にジャストフィットなあの身体は抱き締めてるとたまんねぇの、わかる?
校庭の左半分に色違いを着た女子がいるけど、やっぱ新八がダントツ(欲目じゃねーと思うけど?)。
はぁ?三階から校庭の人間の認識ができるかって?
おいおいお嬢さん、俺の新八EYEを舐めてんの?
こう言っちゃなんだけど、俺の身体にはあらゆる高性能新八センサーが付いてっからね。
それが反応しちゃったら、そりゃもう穴があかんばかりに見るしかなくね?
違う?俺なんか間違ってる?
新八がいたら見る。
これ、基本なわけよ。
「先生」
呼ばれて。
「あー?」
「朗読、終わったぜ?」
目を向けた方向には全員座った教室でただ一人、教科書片手に立っている生徒が俺を見ていた。
ここで軽く妄想。
もしこれが新八なら、授業中の部屋の中に立ってるのは俺達二人きり。
新八の朗読する声が静かに流れる教室内を、俺はゆっくりと歩く。
隣をすり抜ける瞬間、新八も俺も視線はどっちも教科書なのにまるで見詰め合ってるみたいな緊張が走るわけよ。
なんかそういうのってめっちゃエロい気がすんだけど。
「んじゃ次は357ページ」
でもまァ現実はそんなに甘ったるくもないわけで。
俺は窓越しに視線を戻して投げ遣り気味に指示を出す。
「あんた手に持ってんのジャンプじゃねーかっ、教科書はそんなに厚くねぇんだよ!」
俺の手にある青春のバイブルを指差して、新八とは似ても似つかねー三白眼がキレた。
んだよ、ったく面倒癖ェな。
渋々だけども一応意識を教室に向ける。
教科書開いて真面目に聞いてた奴、あきらかに別ごとやってる奴、寝てる奴、様々だ。
広くはない室内をぐるりと見回して……ふむ(ちっとベタな感じで顎に手を当ててみる)。
ま、めったにない機会だしな。
今日は俺のクラスのほんの一部を気の向くままだらだらと紹介してみましょうかね。
俺が飽きるまで、だけど。
んじゃ、まずはこいつな。
朗読野郎、土方十四郎。
黒髪、三白眼、黙って睨まれりゃキモの小さい奴はひとたまりもないって感じの外見で、まぁ一目置かれてるとかそんな感じ?
俺?俺はそんな三角の目で睨まれたくらいじゃ怯まねーよ。
そんなもんにびびるほど俺も若くねーっつかぶっちゃけ面倒くさい。
10代のパッションにはおっさんついてけねーのよ。
こいつは外見に似合わず意外に生真面目で、ちょくちょく俺の授業に駄目出しくらわす小姑みてーな野郎だ。
はぁ、ったくよぉ……いーじゃねぇか。
俺は新八が見たいんだっつーの。
「あぁ?お前ら月曜だってのにジャンプも買ってないんですか?今週は合併号だぞ。何しに学校来てんだこらぁ」
「あんたが何しに来てんだっ」
教科書を机にバシッ……って、あー、熱いねぇ、青春だねぇ。
「まぁまぁ、土方さん、あんま怒ると禿ますぜぃ」
怒る土方を尻目に冷静な茶々を入れたのは沖田総悟。
色素の薄さと綺麗な顔立ちの、一見して王子様キャラ。
だけどその実態はSの国の王子様、というね。
こいつは俺と同じ匂いがする。
真面目な土方とそれを茶化す沖田、印象としてはセットだな。
実際仲のほどは知らねーけど(興味もねぇし)結構つるんでるのを見かける。
まぁ沖田が土方で遊んでんじゃねーの?ってのが俺の見解だけどもな。
「とりあえずジャンプを読みに、じゃねーことだけは確かですぜぃ」
携帯弄りながらの沖田の言葉に教室内がどっと沸いた。
沖田君、携帯はマナーモードにしときなさいよ?
軽く手を上げて、肩で息してる土方を座らせると俺は窓際から離れ教壇へと場所を移した。
でっかいため息を一つ吐いて手に持っていたジャンプを教科書と取り替える。
はあ……今日はこのまま自習にしてもいいですか?
「先生、さっきからなに見てたんですか?」
あら居たの?ってな唐突さで質問を飛ばすのは山崎退。
暇がありゃ所構わずミントンのラケット振ってるジミー君だ。
ミントン同好会を立派な部にしようと地道に頑張ってるらしいですよ。
「んー、青春の汗と煌めき?」
風が吹き込んで窓際のカーテンを揺らす。
「どっかのクラスが体育やってるからじゃないですかねぃ」
沖田の席は窓際。
そこから見える体操服の集団を頬杖ついて眺めてる。
……って、お前何携帯構えてんの?
なんか狙ってんの?
最近裏で怪しげなもんが流通してるとかしてないとかって噂に聞くけど、ひょっとして黒幕お前なの?
黒髪眼鏡の可愛い子はオフィス坂田を通してもらわないと困るんですけどォォォォ!?
こりゃちっと事実関係を把握しとく必要ありだな。
「やーだ、先生ってばエッチィ〜」
囃し立てるのは通称ハム子。
本名は……なんだっけ。
しっかり煮込んだチャーシューみてーな顔色になってっけどそれは有りなの?
最近の女子高生ってわかんね。
「ハム子の体操着見ても先生勃たねーから心配すんな」
「公子だってば、もう。先生、それってセクハラだしぃ〜」
……なんで嬉しそうなんだよ。
勘違いと思い込みは倖せな人生を送るための大事な調味料かも知れねーな。
お前は倖せになれるよ、多分。
「新ちゃん……」
ざわめく教室の中。
クラスの誰も気付かないその呟きを、けれど俺の耳は確かに捉えた。
俺の見ていたものの名を呟く、そいつの席もやっぱり窓際で。
的確にその姿を捉えた後でこっちを向いた。
新八によく似た黒い、でも確実に違うキツイ瞳。
俺の視線の先にあるものを、唯一正しく理解する者。
志村妙。
この世でただ一人、新八と強く深く繋がる絆を持つ存在で。
俺との関係性を言葉で表すなら“天敵”ってのが一番しっくりくる。
風邪引いて熱に魘された新八が、こいつの前で俺の名前を口に出しちまった“かもしれない”事件があって。
それ以来俺に対するこいつの風当たりは以前にも増してかなりきつい(もともと好かれてねーのもあるしな)。
あからさまに何がって訳じゃない。
ただ肌で感じる空気感みたいなもん。
恐ろしいほど、それは言葉よりも雄弁だ。
こいつは新八を溺愛してる。
だけど志村は新八の姉で。
深く強い絆だからこそ、新八から尤も遠い存在であるともいえる。
俺と、こいつと。
だから多分、立場は互角だ。
血と性別と。
越えるのが困難な壁はどっちなんだかな。
「女子高生で鼻の下が伸びるなんて、先生もずいぶん低俗なんですね」
笑顔から繰り出される志村の辛らつな攻撃を。
「そうだな。先生の脳みそは甘露煮だからな」
俺はにやりと打ち返す。
チラリと校庭を見て、戻した視線がかち合って。
散った火花は青かった。
敏いやつなら勘付くような、室温を下げる一瞬の緊張感。
「んじゃ、教科書33ページな。こっから二ページ読んで、この時の主人公の心情をノート1ページに書き綴っとけ。チャイム鳴ったら提出ですよ〜」
それを散らすように俺は課題を押し付けた。
目に見えない緊張をかき回すようにブーイングが湧いて、やがて一人また一人と渋々教科書に目を落とし始めた。
一通り見回して俺は窓際へ移動した。
手摺に凭れて新八を探す。
ほんの数秒で俺の視線は新八の姿を正確に探し当てた。
ああ、ヤバイ。
もう俺の中には溢れ出すほどに新八が浸透していて、到底回復は見込めない。
あいつに、溺れたくて堪らない。
風が吹きぬけて。
新八が何かに気付いたように立ち止まる。
くるりと振り向き見上げる新八と、俺の視線が繋がった。
新八も俺を見つけて。
瞬間、時間が止まった気がした。
音の消えた世界の中で俺の好きな顔が綺麗に笑う。
視線が絡んだ数秒後、少し照れたような微かなはにかみを残して新八は動き出した。
その他大勢の集団に埋没していくその姿を、見失うのは難しかった。
俺は手摺の上で組んだ腕の中に綻びそうな口元をそっと埋める。
眺めつづける左の頬に刺すような視線。
その主は、見なくたってわかる。
新八とは似て非なる黒い瞳。
俺達の関係を、きっと認めたくなくて。
視界の隅にちらちらしてる俺の事をきっと消したいと思ってる。
殺人は罪なのだと、法律で決められてるからこうして生きてられるだけで。
じゃなきゃとっくの昔、板書中に背後からズドン、だね。
刺すような痛い視線を甘んじて受ける。
それが今の俺にできる精一杯の事だった。
ごめんな、志村。
お前の大事な、たった一人の弟だけど。
俺は、新八が欲しい。
だから、いつかきっと。
お前の大事な弟、俺が貰うから。
タコ殴りにされる覚悟はしとくから、命だけは勘弁な。
なんて。
心の中の弁解が志村に届く筈も無く。
終業のチャイムが鳴り響くまで左側の痛みは消えなかった。
きっとそれは。
一生消えない痛みなのかもしれなかった。
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