愛車にキーを差込んでエンジンをかける。
やんなきゃいけねー最低限の用事を済ませて速攻かました終業宣言。
それって教師以前に社会人としてどーよ、とは思うけど。
ここは一つそういうの抜きにして人としていかせていただきたい(人としてもどーなのよってのはもう置いといてちょーだい)。
午後六時半を回った時計の針と薄っすら暮れた紫の空。
志村はもう出かけただろうか(あれ、志村がいなかったら俺家に入れんの?)。
志村家に行くのは今日で四度目だ。
一度目は新八と初めて会った日。
信じられっか?
あいつ、援交しようとしてたんだぜ?
顔も知らないおっさんに、自分の身体を売ろうとしてた。
勿論、止めたあん時はちょっと顔を知ってるってだけで新八の何を知ってたわけじゃない。
でも今ならあいつがそんなことするようなタイプじゃない事ちゃんとわかってる。
いつか理由を話してくれる日がきたらって思うけど、そこら辺は成り行きに任せつつ。
なんにしても良かったんだよ、俺達会えて。
新八が俺以外と、なんて考えたらマジで震えがくる。
俺があの日あそこで見つけなかったら今頃どうなってたんだよって話ですよ。
怖くて想像すらしたくねぇ。
あの日あの時あの場所で……ってな歌があるけどよ。
ホントにあそこで出会ってなかったらって思うとゾッとする。
やっぱ運命なんだよな。
出会うべくして出会ったんだよ。
キモくてもかまやしねぇ、俺は運命論語っちゃうよ?
二度目は脳震盪で倒れたのを送ってった時で、三度目は初詣の日。
二度あることは三度目までっていうからよ、まさか四度目があるとは思わなかった。
しかも家に入るのは初めてなんだよな。
やベー、なんか緊張してきたかも。
取り合えずコンビニで見舞いの品でも買ってくかね。
序でに俺の晩飯と。
新八の家でってのも流石にあれだし(俺にだって分別はあんのよ?)。
自分の食うもんは適当でかまわねーけど、新八食欲ねーだろうし、どうすっかな。
迷走中の暗がりの中、一際明るい看板が見えて俺は原付を駐車場に止めた。
自動ドアをくぐると店員のいらっしゃいませの声。
条件反射、気持ちも何もあったもんじゃねぇ。
多分風でドアが開いたってこいつらは声高々にいらっしゃいませを言うんだろう。
コンビニに愛は売ってんのかねぇ。
新八もコンビニでバイトをしてる。
高校生だけど、家庭の事情を考慮して深夜まで働く許可が下りてる。
違法でも何でもそこは人情ってやつなのかもな。
とにかく週四日。
それが俺の近所のコンビニだったりすんのはこれまた運命ですか?ってね。
バイト前は俺ん家でちょっとだけまったりするのがプチデート(あと送ってく帰りとな)。
俺は時々新八のシフト時間に買い物に行ったりする。
新八のいらっしゃいませってすげーいいんだよ。
こういう惰性的な心ない感じじゃなくて、ほっとするみたいなあったかさがあって……正直、俺以外にそういう笑顔向けるの止めねぇ?って言いたくなる。
実際言ったら多分笑われるけどな。
『コンビニ』すらキーワードになって思考は新八に繋がる。
正真正銘新八馬鹿だな、俺は。
さっさと買うもん買って行きますが。
早く会いてぇ。








新八の家が見えて、俺は門の脇に原付を止めた。
門柱に「志村」の表札。
過去三度、来たのはいつもここまでで。
ここから先に入ったことはない。
呼び鈴を押す指を一度だけ躊躇して、ボタンを押した。
少しの間があって玄関の扉が開く。
顔を出したのは志村妙。
まだバイトには出かけてなかったみたいだ。
俺の顔を見る表情は複雑そうで。
「見舞い、来た」
コンビニの袋をちょっと上げて見せる。
それをちらりと一瞥、それ以外は特に無反応。
玄関から出てきた志村は門の鍵を開けて俺を招き入れた。
「どうぞ」
どう見ても歓迎はされてない、俺は明らかに招かれざる客だった。
だからって帰るつもりもねーけど。
「お邪魔します」
初めて超える境界線。
一線を越えるって表現、よくあるけど。
ある意味俺は今、新八との一線を越えた気がしてる。
少しの距離を歩いて玄関の扉。
開けた志村はさっさと行っちまって。
目の前でパタンと閉じた扉がもっそい「歓迎されてない」感を醸し出す。
容赦ねぇな、おい。
けど気になんかしませんよ?
扉を開けると人が二人も立ったら一杯になっちまう狭さの、けどすっきりと整頓された玄関口。
立った脇に揃えて置いてあるスニーカーは多分新八のだ。
俺の靴が比較対照物になっちまって。
足、ちっせーの。
ホント小柄だな。
「二階ですから」
靴の大きさに顔を緩めてる俺を尻目に辛うじて玄関先には居てくれた志村はさっさと先に立って二階へと上がっていく。
築何年なんだろうかとふと考えるくらい、少し年季の入った作りだ。
階段は踊り場がなく二階に直通。
踊り場の余裕がないから傾斜もかなりきつい。
すれ違うためにはどちらかが譲らなくちゃいけないくらい幅もなくて。
迫ってくるような両脇の壁が呼吸を圧迫する錯覚。
決して大きくも立派でもない、でも両親が残してくれた志村家の財産。
ここが新八の帰る場所。
家族が揃ってた時はきっと狭いながらも温かくて楽しい、倖せな場所だったんだろう。
今がそうじゃないなんて、俺が判断できるような立場じゃねーけど。
でもなんとなく。
ここは、新八を閉じ込める檻に見える。
この場所から新八を連れ出しちまいたい衝動に、駆られる。
単に俺のやっかみなのかもしんねーけどな。
足を一歩運ぶたびに板がキュッと小さく鳴いた。
「なあ、お前なんか怒ってんの?」
前にある背中に、多分普通なら聞きにくいだろう事を聞く。
無神経なのかもしんねーけどこういうの、気持ち悪くてやなんだよな。
「どうして私が怒らなくちゃいけないんですか」
止まる事無く、振り向く事無く志村が返す。
「怒ってんのかどうかはわかんねーけど、お前の態度にゃ明らかに棘があんだろが」
「気のせいじゃないですか?」
そのまま志村は階段を上がりきって脇に避ける。
上りきった先は壁。
90度左を向くと突き当たりにドアがあった。
志村の指がそこを示す。
「あそこが弟の部屋です。私もう出かけるので。弟の事、くれぐれもよろしくお願いします」
くれぐれも、の強調具合はハンパなくて。
刺された釘は五寸釘。
下手すると致命傷なんですけど。
「り、了解」
「あと、お茶とか出しませんから」
「あ……そ」
ま、いいですけどね。
お茶は買ってきましたからお構いなく。
それはいいんだけども。
……一体なんなのよ、この剥き出しの敵意はよ。
志村はお茶の代わりに冷たい一瞥を残して自分の部屋(新八の部屋までの通路途中にある)に入っていった。
新八を思っての静かな開閉音。
でも俺の耳には痛く響いた。
ガシガシと、頭を掻き毟りたい気分。
もやもやしてんのって苦手なんだよ。
いっそひとおもいに……って思うじゃん?
なんかあったなら罵ってくれたほうがどんだけ楽か。
持久戦になんのかもしんねぇな、こりゃ。
っと、扉が開いた。
出てきた志村は未だ階段先に突っ立ってた俺に向かって。
「私、朝まで帰れませんけど、鍵はポストに入れておいて頂ければいいですから」
笑ってない目と張り付いた笑顔。
それは言外に「さっさと帰れ」という匂いを含ませた威嚇だった。

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