……もっそい落ち込んでんですけど。
朝とは一転、俺はどん底の気分で授業のために教室に向かう。
新八は約束の場所に来なかった。それってつまり振られちゃった?
いや、ないないない、それはない。
新八はドタキャンとかそういう筋の通らない事をするような子じゃないと、まだ彼を良く知らない俺ですら言い切れるまっすぐな人間だ、という妙な確信がある(なにこの日本語)。
きっと何か事情があったに決まってる。
そう思っては見るけれど、やっぱショックは大きい。
はぁ。
ため息を誤魔化すみたいに扉を開けた。
「授業始めんぞー」
用具一式を教卓にドサリ。
起立、礼、着席。
出席を取ったら一人欠けていた。
志村妙の姿がない。
「志村どしたの?」
今の俺には志村のしの字も胸に痛い。
なんですかこれは。
姉弟そろって志村失踪?
「うぉーい、志村の不在理由誰か知ってっかー」
ざわざわと教室内の空気が揺れる。
んだよ、誰も知らねーのかよ。
志村、志村、はぁ、新八どこ行っちゃったの?……って違うか。
「仕方ねーな。授業始めんぞ。んじゃ……」
教科書に手を伸ばしたと同時に教室後方のドアが開いて不在だった志村妙が入ってきた。
「遅くなってすみません」
一言の謝罪と共に席に付く。
男女の差はあれど、よく見るととても似た姉弟だ。
新八のが断然可愛いけど。
席に着いた志村は一見して具合が悪くて、とかでもなさそうだ。
「んじゃ、席に着いたところではい、志村。遅刻の理由を30字以内で述べよ」
「ああ、すみません。弟がちょっと」
弟がちょっと。
弟がちょっと。
弟がちょっと。
志村さん、あなたの弟さんは新八君ですよね。
ってことは、新八がちょっとォォォォォォ?
「弟がちょっと、では理由になんねーので却下。ちょっと、の部分を30字以内で述べよ」
動揺が表に出ないように精一杯の冷静さを装って俺は再び問いかける。
こういうとき、死んだ魚のような目がおおいに活かされる。
煌めかなくても役に立つじゃん。
「4限目の体育で倒れたっていうもんですから保健室に」
志村は何故かにこやかだ。
多分大したことがないからなんだろうけど「保健室に」で切られたら気になって仕方ねーじゃねーか。
きっちり30字にまとめやがって、ちくしょう。
「倒れた、って?」
病気か怪我か、大したことなかったとしても新八が倒れたんだ、気にならないわけがない。
「言うと30字超えますから」
にっこりって、鬼かこのやろう。
「いや、超えて良いから」
原稿用紙一枚にしときゃよかった、くそ。
「バスケのボールで脳震盪、だそうです。本当に鈍くさいったら」
容赦ねーな、おい。
そういう態度は裏を返せば心配する必要のない安心感からくるんだろうけど。
ボールが当たって脳震盪って、俺はすげー心配なんですけど。
「ついててやんなくていーのか?」
「はい、ご心配なく」
笑顔でシャットアウト。
「ああ、そう」
シャッター降ろされちまったらもうこれ以上は聞けない。
実際問題、俺が新八の事気にしすぎるのもこいつらに変に思われるし。
俺としてはもうすげー心配でたまんねーし、この時間自習にして今すぐ保健室に行きたいくらいだけどそこはぐっと我慢するしかなかった。
「んじゃ、揃ったとこで授業始めっから。教科書開け」
「……先生、逆さまなうえにそれ、ジャンプです」
俺の意識はもう半分以上保健室に飛んでいた。
いつも以上のグダグダ感で授業を終えて俺は一旦職員室に戻った。
正直今すぐにでも保健室に様子を見に行きたいけれど、授業の合間じゃクラスの生徒とか来てるかもしんねーし、気を付けるに越したことはない。
扉を開けると人影はまばら。俺、速攻戻ったからな。
教科書を机に投げ出して椅子を引く。
腰を下ろして突っ伏した。
早く授業始まんねーかな。
こういう時の五分、十分って何でこうも長げーんかな。
今日はやたらと忍耐の日だ。
楽しい初デートの日だったはずなのに、何がどうしてこうなったのか。
「お疲れ様でーすっ」
勢いよく扉が開いて同じくらい勢いのある声が同時に響いた。
近藤先生だ。
彼の席は俺の机の左斜め前。
腰を下ろすのを待ってから俺は新八の事を聞いてみた。
「先生んとこの志村が脳震盪おこしたってうちの志村から聞いたんだけど、大丈夫なんスか?」
「ああ、心配はないですよ。本人もちゃんと意識がありますし、保険医も問題なしといってます。念の為今日は午後の授業は休ませて俺が家まで送ることになってるんですよ」
はい?
「送っていったらお妙さんに、近藤先生今日はありがとうございました。よろしかったら上がってお茶でもいかがですか?(裏声)なんていわれたら困りますね。いやいやお妙さん、俺たちは教師と生徒、そんなことは許されませんよ(本気)嫌ですわ、近藤先生、愛があればそんなもの関係ないじゃないですか(裏声)そうですねっお妙さん、愛してまっがふっ」
一人芝居で盛り上がってる近藤先生の顔面に黒い表紙がめり込んだ。
あ、この表紙見覚えある。
「失礼します」
明らかに挨拶の順番がおかしかったけどまあそんなことはどうでもいい。
満面の笑みで志村妙が立っていた。
「坂田先生、忘れ物です。職員室に用事があったので私が届ける羽目になりました」
近藤先生の顔面からぽろっと落ちて机にばさり。
志村がぴっと指差したのは3Zの出席簿だった。
「わ、わりぃな」
斜め前の机から俺はそれを引き上げた。
「お、お妙ひゃん」
「近藤先生、変な妄想はやめていただけませんか?果てしなく迷惑です」
テレビで笑いながら怒る人ってのを見たことあるけど、本当に笑いながら怒ってる人を見るのは初めてで、すげー怖い。いっそ殺してっていいたくなる感じ。
「し、志村、用事って何?」
「坂田先生じゃありません」
そういった志村は鼻にティッシュを詰めている近藤先生に向き直った。
途端に近藤先生の顔に笑顔が広がる。
この人って本当にめげねーよな。
本気でこいつのこと好きなんだなぁ。
「俺に何か御用ですかっ?」
「ええ、弟の荷物をまとめていただこうと思って」
「そんなのは後で俺が持って行きますよ。お妙さんの手を煩わせることじゃありませんよ」
「送っていただくというお話ですけど、あれお断りしましたよね?」
「いやいや、遠慮はいりませんよ。大事な俺の義弟ですからね」
「……誰が誰の義弟だァァァァァァァァァ」
勢いよく蹴りを食らって、キャスター付きの椅子に乗ったまま近藤先生は向こうの壁まで滑っていった。
新八と付き合うということはこの姉と戦うこと。
いきなり現実を見せられた。
だからって揺らぐようなもんじゃないけどね。
「志村、弟のことだけど」
拳を握って肩で息をしてる志村に俺は切り出した。
「俺、原付で来てるし、良かったら俺が送ってやるよ、お前の弟」
「自分で帰れると思いますけど」
「いやいや、頭打ったんなら大事を取った方がいいって」
「でも……」
「俺もう授業ねーから。HRも特に連絡事項ねーし掃除済んだらそのまま解散で構わねーから」
「何も出ませんよ?」
「あほか」
俺がほしいのは新八だけなの。
「じゃ、そゆことでいーな?」
「わかりました。じゃあお願いします」
こういうの、たなからぼたもちっていうの?ひょうたんからこま?(やべ、おれ現国教師じゃん)まあとにかくとんとん拍子に話が転がった。
すげ−ラッキー。
「近藤先生って何組でしたっけ」
「すぃーぐみでふ」
C組ね。
白衣を脱いでブルゾンに着替え自分の荷物をまとめると俺は新八の荷物を受け取るためにC組の教室へと向かった。
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