基本的に、一週間の始まりは月曜日。
心も身体も重い朝だ。
正直、行きたくねぇ……と思いながら家を出る。
着いた途端にもう帰りてぇって思うし。
でも今日は違うんだな、これが。
目覚まし鳴る前に目が覚めたのなんて生まれて初めてだよ。
起きて、飯食って、支度して。
いつもより30分も早く家出ちゃってるし。
風を切る原付のスピードも爽快だ。
年に一度あるかないかのこんなサワヤカな一日のスタート。
それは全てゴールに待つ新八に向かってる。
そうなんだよなー。
今日は新八と初めて昼飯を一緒に食う、とかいう中学生みたいなうれしはずかし、な月曜日。
俺は年甲斐もなく、キャラに似合わず(大きなお世話なんだけど)
朝っぱらからうきうきしてるわけですよ。
どんだけはしゃいでんだってはなし。
でもこういう心の潤いって大事だよねぇ(俺が言うのもあれだけど、でも俺が言うから説得力もある、とも思うダロ?)。
ゴールに待つ志村新八は16歳、高校生男子。
俺の受け持ちクラスの生徒の弟。
俺は姉ちゃんの担任だから、たまに教室に来るのを見てたりして存在は知ってたんだけども、それ以上でも以下でもなくて。
あの日、ぶらりと繁華街に足を運んだ自分を褒めてやりたいね。
深夜の繁華街で訳ありの援交未遂現行犯。
よく知りもしないのに、新八にそんな事をさせたくないってそれだけで強引に連れ出した。
まあきっかけはあれなんだけども、それで結局は坂道転げ落ちるみたいにして自覚に至っちまったわけだ。
教室で見かける度にずっと気になってたもやもやした気持ちは要するに「一目会ったその日から恋の花咲く事もある」ってやつだったわけ。
自覚、告白、デートの約束。
すげーだろ、ちゃんと手順踏んでんだぜ。
しかも初デートは屋上で一緒に昼ごはん、と来た日にゃ、あんた一体いつの学生さんだい?ってな感じで。
でもそんなんカンケーねーのよ。
あいつ目の前にしてみ?
己の穢れっぷりを嘆きたくなるから。
兎に角だね、新八君とは清く正しい交際を致したいと思ってるわけ。
せめて一月くらいはね。
あん?短いって?
んだと、こら。
俺にとってどんだけ凄い譲歩だと思ってんだ。
まだ手しか繋いだ事ねーんだぞ、っこのやろう。
まぁこんな綺麗な気持ちで恋愛したことねーからさ、正直戸惑いもあるんだけどな。
あー、早く顔が見てーなぁ。
「お、坂田先生じゃないスか。おはようございますっ」
ブルゾンのポケットに手を突っ込んでのろのろ歩いてたら背中から「ファイト一発」みたいな挨拶が飛んできた。
朝っぱらから元気なこの人は同僚の近藤先生。
多分俺の対極にいるような人なんじゃないのかといつも思う。
とにかく元気。
朝から肉喰ってそうだよ、この人。
「あー、おはようございまっす」
「珍しく早いじゃないですか。今日は何かあるんですか?」
いつも職員室の扉を開けると全員に注目されるような時間にしか登校しない俺がこんな時間にいるのはそりゃ珍しいよな。
でも真実は言えません。
新八君とのデートが楽しみで、なんてな。
「やー、なんか早く目が覚めちゃったんで。家に居てもすることねーからたまには早く来てみようかと」
「そりゃいい心がけですね」
ははははは、と白い歯がキラーンと光りそうな勢いで笑い飛ばされた。
ばしばし背中叩くのやめてくんないかな。
何人もの生徒が足早に校舎の中へと消えていく中。
「おはようございます」
後ろからの挨拶。
え、この声。
「おう、志村か。おはよう」
近藤先生が挨拶を返す。
紺色のダッフルにクリーム色のマフラー。
傍らに立ったのはやっぱり新八だった。
「坂田先生、おはようございます」
「……おはよ」
え、なにこれ。
「志村、今日は一人か?あー、お姉さんはどうした、ん?」
「僕は今日日直なんで先に。姉はもう少し遅いと思います」
「そうかそうか、休みというわけじゃないんだな。ははははは」
「じゃあ失礼します」
「おお、ごくろうさん」
ぺこりと頭を下げた新八はチラッと俺の顔を一瞬見てから(ちょ、ちょ、ほっぺが赤かったのは寒さのせいですかっ?すげ、かわいんですけどっ)校舎に走っていってしまった。
近藤センセと新八と。
なにその親しげな感じ。
「今のは?」
「志村ですか?受け持ちの生徒ですよ」
え、うそ。
あんた新八の担任だったの?
くそ、羨ましい。
「彼にはお妙さんという美しい姉がいましてね。自分で言うのもなんですが、俺とは運命の赤い糸で結ばれているんですよ、はっはっは」
そっちは知ってるよ。あんた有名だもんね。
しかも俺担任だし。
考えたら俺、この人と同じ立場になっちゃったってことなんだよな。
他人事だったのに。
教師と生徒か。
別に悪いことだとは思わないのに、世間の目は冷たい……多分。
早く昼休みになんねーかな。
思いがけず朝っぱらから見られたから新八に触りたくて仕方なくなっちまったじゃねーか。
びゅーっと吹き抜けた木枯らしに首をすくめつつ、俺は校舎に足を踏み入れた。
新八、抱き締めたら温かいんだろうなぁ。
授業開始の予鈴にはまだかなりある。
近藤先生はまだ笑ってた。
長い長い午前中の授業を終えて、俺は今約束の場所にいる。
本気で時空を超えたいと思ったのは初めてだ。
まじで長かった。
とにかく時計が気になって、一分ごとに見てたかも。
俺は試練を乗り越えて今この場所にいるわけだ。
屋上への扉は施錠されていて、基本立ち入り禁止。
でも職員室には管理のために使用する鍵がかけてあって、俺はその合鍵を持っている。
隙を見て勝手に作ったとか、そういうことはちょっとあれなんで伏せとくけど。
だから結構屋上独り占め、みたいな感じで使用させてもらってる(勿論無許可)。
授業終了を知らせるチャイムの音が校内に響く。
これで午前中の授業は全て終了だ。
間延びしたような鐘の音を俺は屋上に続く扉の横、壁にもたれて聞いていた。
授業が無かったから早めに来て座ってたらちょっとケツが冷えたかも。
鐘の音が消えてしまうと、静かだった校舎内の空気が少しずつざわめきだす。
白衣のポケットに手を突っ込んで常備している甘味を取り出し包みを剥がす。
時間つぶしに飴でも舐めて待ちますか。
無くなる頃には新八も来るデショ。
……と思ったんだけど。
飴がなくなって軸だけになっても階段下から新八が現れることはなかった。
もう一本舐めても結果は同じ。
新八が現れる気配はないのに時間はどんどん過ぎていく。
次の時間は授業が入ってるから仕方なく俺は昼食を口に運び始める。
もしかしたら……って思いながら、足音がするたびに意識が逸れて。
それでも結局新八の姿が見えることはなくて、俺は一人で昼休み終了のチャイムを聞くことになった。
えーっと……あれ、新八君?
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