いくら傷が浅いとはいえ手当てが絆創膏程度で済むはずもなく、銀時の胴には今包帯が巻かれている。
血の跡の拭われたそこに両側からしがみ付かれて数十分。
新八が離れない。
神楽が離れない。
「新ちゃん、神楽ちゃん……銀さんおしっこの我慢が限界超えそうなんだけど、そろそろ許してくれませんかね?」
「…………」
銀時の訴えに両側からしがみ付いた二人が返すのは沈黙。
十分に心得た自業自得を溜息にして、銀時はやれやれと頭を掻いた。
黙って出かけて、怪我をして帰宅した。
開けた戸の向こう側、玄関先に座り込んで出迎えた二人の表情を思い出す。
静かな怒りを秘めた、泣き出してしまうのを堪えるような。
手当ては新八がしてくれたけれど、帰宅してから二人とも一切口は利いてくれない。
いっそ怒鳴り散らされた方がどんなに楽かと思うほど、徹底した二人の沈黙は容易く銀時を打ちのめした。
「なぁ、悪かったって……めちゃめちゃ反省してっから」
口を利いてくれない代わりに片時も傍を離れようとしない。
その行動は泣かれるよりも遥かに心に堪える。
「銀さんと、口利いてくれよ」
腕を回し、しがみ付く二人の頭を抱えこむ。
手の平に触れる柔らかな黒と緋はそれを拒みはしなかった。
「銀さんが悪かったです、ごめんなさい」
くしゃ、と撫でて軽く寄せると四本の腕が胴を締める。
そして同じように銀時を見上げると異口同音に言い放った。
『思い知ったかクソ天パ』
目尻の赤らむ新八の黒と、拗ねたような神楽の青と。
泣かない二人の強い視線が言葉と共に銀時を射る。
抱き付いて離れない身体。
そこから伝わる温もりは、守られることなど望んではいなかった。
育ちきらない小さな身体は守られるのではなく、守ろうとしてくれている。
視線と腕の強さから痛いほどに伝わってくる気持ちに、敵うはずなどなかった。
「参りました」
銀時は素直に負けを認める。
「もう一人で無茶したりしませんか?」
「はい、しません」
「今度からやんちゃする時は私達に助っ人頼むって約束するアルか?」
「約束します」
銀時は十分な反省の気持ちを込め、神妙な顔つきで交互に二人と視線を交わす。
新八と神楽はそれを受け、互いに顔を見合わせて。
「なら、許してやるネ」
「そうだね」
満足そうに笑った。
「新八君、神楽ちゃん……便所行きたいのはマジなんで、そろそろ本気で銀さんやばいんだけど」
両側に張り付いた温もりは心地良く、正直離したくはないけれど。
差し迫った生理現象には打ち勝てず銀時は訴えた。
「ついてくアル」
「はい?」
しかし神楽がそれを一刀両断する。
「銀ちゃんは今日一日私から離れちゃ駄目アル」
「や、でも便所くらい銀さん一人で行けるよ?」
「だーめーアールー」
駄々を捏ねるように神楽の腕が強くなった。
困り果てて見た新八は銀時と神楽、どちらの意も酌みたいのがわかるほど眉を八の字に寄せていた。
その眉間の皺の可愛さは反則で、神楽が顔を伏せてしがみ付いているのをいい事に銀時は唇を寄せる。
「ちょっと、銀さん……」
刻んだ皺を深くして僅かな抵抗をしはしても、ぽっと染まった頬の赤さが銀時の心を温めてくれる。
「いーじゃん」
「いいわけない……」
文句を言おうと開きかけた唇もそのまま塞いでしまおうとしたところで、ツンツンと邪魔が入った。
「うぉっ」
「銀ちゃん、そのくらいにしとくネ。膀胱破裂さすアルよ」
「どこ突付いてんだてめっ、出ちゃうだろーがっ」
「男は我慢ネ」
「何その厳しさ」
「あはははは」
「新ちゃん、笑い事じゃねーよ?」
毒気を抜かれてため息を付けば両脇の二人は顔を見合わせて楽しげに笑う。
難しい言葉は何もなく、ただ寄り添う温もりだけで独り善がりを諭された。
それが嬉しくもあり、恥ずかしくもあり。
「んじゃ」
銀時は感情を誤魔化すように立ち上がる。
ありがとうなんて、素直な言葉は口にできない。
それは二人もきっとわかっている。
「銀さんちょっくらお便所いってくっから」
「ラージャ!」
ソファのスプリングで跳ねた神楽が背中に飛び乗った。
「ちょっ、神楽っ」
「トイレにレッツゴーアル」
「お前銀さんが怪我人だってわかってんの?」
「唾つけとけば治るアルー」
「ったく……」
声だけは渋々と、けれど銀時の腕はしっかりと神楽の身体を背負い直す。
負う重みとはこんなにも温かいものだっただろうか。
「言っとくけど、お前絶対目ぇ瞑っとけよ?」
「乙女アルな」
「ちげーよバカ、んなあほな事ばれたら星一個潰せる禿に俺が潰されんだろーがっ」
「仕方ないアルなー、でも私も見たくないから心配要らないネ」
「ならついてくんな」
「それとこれとは話が別ネ」
「口ばっか達者になりやがって、この酢昆布娘はよ……ほれ、新八」
「え?」
神楽との遣り取りを、ぼんやりと見守っていた新八に手を差し伸べる。
「新ちゃんも、ちゃんとついてきてくれんだろ?」
我の強い周りに掻き消され、新八はいつも自分を一歩控えてしまう。
神楽も勿論大切だけれど。
「おいで」
それとは全く違う次元で銀時が一番欲しいと思う存在。
「……はい」
伸ばされた手を引き寄せて、指と指をしっかり絡めると新八が綻ぶように笑った。
「傷、痛まないですか?」
「おー、結構平気」
「よかった」
絡まる指を握り返して新八が安心したように息を吐いた。
嬉しくて、照れ隠しに手を引けば。
「銀ちゃんは倖せ者アルなぁ」
歩きだす背でしみじみと神楽が呟く。
「……そうかもしんねぇな」
返す言葉は口から自然に零れ落ちた。
背負う背中も繋ぐ手も、まだ少しぎこちない。
守られるという事も、銀時にとっては面映い。
口約束はしたけれど、本当はあまり自信がなくて。
きっとまた、懲りずに怒らせてしまう気がする。
その度二人にやり込められて、こんな風に降参するのだろう。
想像なのに、何故か確信。
思い浮かべると銀時の口元は緩やかに綻ぶ。
泣きながら、笑いながら、繰り返す日々。
少しずつ心に馴染んでいくそれが、愛すべき日常なのだと。
教えてくれたのは。
寄り添う温もり。
20101221 UP
次郎長篇という途轍もない公式話があるのでそれはそれで置いといて、という感じで寛大にお願いします(笑)
いつの何、とか原作エピソード的な時系列は特に考えてないです。
イチャイチャする親子。
愛しくて、ただ泣きたくなるような。
そんな気持ちで書きました。
行き先がトイレなのが締まんないですけども、それもらしさって事で(笑)
短いお話ですが訪問してくださった皆様に。
一年の感謝を込めて捧げます。
もんぺ