バランス
和室で畳んだタオルを手に持ち脱衣所に向かうために居間を通り抜ける。
その時に眠る銀時に気付いた新八は足を止めた。
居間に並べたソファの上にはこの万事屋の主人である坂田銀時が横になっている。
読みかけで胸に伏せられたジャンプが呼吸に合わせてゆっくりと上下している。
それを見ていると何かの拍子に落ちてしまいそうな気がして、新八はジャンプをテーブルに戻そうと近付いた。
持っていたタオルを卓上に置いて眠る銀時の傍に立つとそっと雑誌をはずす。
銀時が起きる気配はない。
けれど。
気配に敏い男の事だ、既に意識は浮上しているのだろう。
新八は眠る銀時の傍にしゃがみ込む。
きっともう起きているのに、眠るふりをするのは優しさだろうか。
銀時は新八の想いに気付いている。
好きだという想いが親愛ではなく、特別な名前であることに。
けれどもそこに触れることはしない。
新八自身もどうしたいのかはわからなかった。
どちらかがバランスを崩せば壊れてしまう危うさ。
このバランスが崩れたらきっと新八はここにはいられない、と思う。 だから銀時も知らないふりをする。
そうしてもらえる程度には気に入ってくれているのだという事実は胸を切なく甘くする。
それでも。
真綿で首を絞めるような優しさに新八の呼吸は少しずつ苦しくなっていく。
いっそ息の根を止めてくれたら、と思うのに、自分からは怖くて何もできずにいる。
「銀さん……」
銀時の肩口にそっと額を当ててみる。
いつも大抵面倒くさそうに、それでも必ず弱者に伸ばされる優しい腕は自分のものにはなり得ない。
「キスしても、いいですか……」
顔も上げずに新八は呟いた。
返事が返ってくるはずもないことはわかっている。
「なんてね、へへ、冗談です。ごめんなさい」
誤魔化すみたいに鼻をすすって新八は顔を上げた。
立ち上がってタオルを持つ。
「銀さん、寝てばっかいないで少しは仕事もして下さいよ」
全部を消してしまいたいみたいに明るい声で、「眠る」銀時に小言を残して新八はその場を立ち去った。
脱衣所の扉の開閉音を聞いてから銀時は目を開けた。
さっきまで居た新八の気配。
肩口に残る温もりを手で押さえてみる。
新八は、今きっと一人で泣いているのだろう。
蹲って声も出さずに涙を流す。
そうしてまた明日には笑っているのだ。
そうさせているのは自分なのだという自覚は、自分で自分を殴り倒したくなるほど忌々しい。
それでも、新八の涙をこの手で拭うことはできなかった。
この手で、触れていいのかわからなかった。
新八はバランスが崩れる事を怖がっている。
銀時は崩れたそれがどう転ぶかを知っている。
知っていながらも崩せないのは、新八が生きてきた綺麗な16年を自分が貰う事を許されるのかがわからないからだ。
こんな風に誰かを想うのは初めてで。
銀時もまたどうしていいのかわからなかった。
「やっと起きましたね」
いつもの空気を纏った新八。
「最近疲れやすいんだよねぇ」
「仕事なんかしてないじゃないですか」
「見てないとこで実はこっそり頑張ってんだよ?」
「だったら成果を目に見せてくださいよ。真っ赤な家計簿、見ます?」
繰り返される会話。
それは、薄氷を踏むような危うさで。
「だったら、仕事はいいですから回覧板回してきてください」
「屁怒絽ンちに一人で行け、と?」
「そうです。黒字にするか回覧板か、どっちかです」
「……わーったよ、行きゃいーんだろ」
銀時がソファから立ち上がると新八が回覧板を手渡してくる。
「無事を祈っといてな」
クシャリと黒髪をかき混ぜると小さな身体がほんの僅か緊張に強張る。
「ご、ごめんなさい……」
自分の一挙手一投足に一喜一憂する新八が愛しくないわけがない。
銀時は自分の手をじっと見る。
手の中をすり抜けていくばかりだった過去。
もう取りこぼしたくはなかった。
この手に掴んで二度と離さない。
一度拳をぎゅっと握って。
腹を括る。
「なあ、新八。一回り近い年の差ってどう思う?」
何かが、変わるのかもしれなかった。
☆
※サイトを立ち上げた年の日記で書いたものじゃないかと思うので2006年頃でしょうか。
まだくっつく前のちょっと切ない妄想とかしてた頃だと思います(笑)
2015 6月追記 もんぺ