眠る新八を腕に抱いている夢を見る。
これは、あの日の記憶の改竄だろうか。
銀時の腕に身体を預けた新八は丸くなって寝息をたてる。
小さな手の平がぎゅっと自分を掴むのに笑みが零れた。
これは自分の夢だけれど、新八が目覚めたら終わってしまうのだと銀時は知っている。
それを自分が望んでいるのかどうかはわからない。
眠る新八を見ていたい自分と、目覚めた新八に会いたい自分。
気持ちはいつも二つある。
終わる日を望みながら。
銀時はずっと新八を待っている。





目を開くとそこは、昨夜お登勢と飲んだままの見覚えのある場所だった。
酒に強い銀時は滅多に酔う事がないのだが、昨夜は酷く心地良く酔いが回り意識がぼんやりと遠ざかっていくのを感じた。
どうやらそのままソファで眠ってしまったらしい。
しんと静まり返った店内はとうの昔に閉店した事を告げていて、銀時はそのまま放置されたらしい。
仕方ないような気もするが、少しだけ遣る瀬無い気持ちを抱えながら身を起こした。
ちらりと見たテーブルの上は綺麗に片付けられている。
喉の渇きを覚えて水を飲もうと立ち上がった。
その時にカウンターの奥でかたりと音がして、咄嗟に視線を向けた。
じっと見ていると奥から人影が現れる。
黒髪、眼鏡、大きな瞳。
昨夜、ここで見た。
違っていたのは三つ編みがないことと、身に纏った紺の袴。
男の格好をしているけれど、昨夜ぱち恵として纏っていた柔らかな雰囲気は女装を解いた今もあまり変わらない気がした。
大きくなって初めて出会う姿なのに、とても懐かしい。
「新……八?」
名を、呼んでみた。
小さく噛んだ唇が、泣き出すのを堪えるように一瞬震える。
その様子に心を揺らされた。
「新八」
もう一度、確かな強さでその名を呼んでゆっくりと近付く。
新八は銀時を待つように、ただじっとその場に立ち尽くしていた。
一歩ずつ、確実に詰まってゆく距離。
カウンター横の扉を潜ればもう目の前。
手を伸ばせば届く位置に新八がいた。
腰ほどしかなかった背丈は肩口に届くまでに伸びていて、小さな顔が目の前で銀時を見上げている。
「新八」
三度目に呼ぶと漸く新八の唇がゆっくりと開いた。
「見つけた、よ」
震える唇と、昨夜の元気が嘘のように掠れた声。
「ああ」
「僕、ずっと探して……」
腕が伸びて、新八の指が袖口を掴む。
あの日の記憶を呼ぶような、布を引く手の力。
「銀……さん」
銀時を見詰める瞳の黒が涙でだんだんと潤んでいく。
それを見ていたら、抱き締めずにはいられなかった。
「見つけてくれて、ありがとな」
抱き寄せて、包み込む。
成長した新八の身体はそれでも細く、銀時の腕に小さく余る。
布地を通して伝わる体温は記憶の中にあるそれと同じもの。
肌が覚えている変わらない温かさに銀時の心は溶かされた。
腕の中の新八に、このまま心臓を刺し貫かれるなら本望だ。
震えている新八は、今何を思うのだろう。
「新八」
顔を上げさせ眼鏡を外し、頬に流れた涙を拭ってやる。
銀時を見詰める黒い瞳はきらきらと濡れていた。
「ホントに見つけてくれたんだな」
銀時の残した身勝手を、幼い心で受け止めて。
「だって……」
しがみ付く腕が強くなった。
「俺が何したか、お前はもう知ってるだろ?」
意外なくらいに穏やかな再会。
さっきからずっと、新八が腕の中に優しく在る事が嬉しい反面とても不思議で。
尋ねても、胸元に顔を埋めた新八は首を振りただ静かに泣くばかり。
幼い頃と変わらぬ泣き方に銀時は切なくなった。
「ごめんな……」
それを自分が口にすることは許されないのかもしれないけれど、言わずにはいられなかった。
新八から返る言葉はまだない。
頬にあたる髪に目を閉じて。
静かな嗚咽を聞きながら、銀時は新八が泣き止むまでずっとその身体を抱きしめていた。





「落ち着いたか?」
電源を落とした保温BOXはすっかり冷え切っている。
そこから取り出したお絞りで銀時は新八の顔を拭いてやった。
「う、ん」
目元は少し赤いけれど、泣き止んだ新八の表情は落ち着いている。
ソファに移動しようかとも思ったが、少し考えた銀時は新八の手を引いてカウンターを出た。
回り込んで、並んだスツールの上に新八の身体を持ち上げる。
自分はそのままカウンターに手をついて、座らせた新八を両腕で囲い込んだ。
「何、話そうか」
噤んでしまった新八の唇に指先で触れる。
昨夜のぱち恵の告白が偽りではないのなら、新八もまた十六だ。
この距離も行動も、十六才の男子に対するものではないと思うのに。
銀時の中で全く違和感がない。
幼い新八を腕に抱いたあの記憶が心の奥に植えつけられているからかもしれなかった。
「銀、さん」
甘い、声。
少し作ったぱち恵のものとは違う、新八本来の。
「ずっと……会いたかったです」
声も視線も。
新八のそれは銀時に向かって真っ直ぐに届く。
優し過ぎて、都合のいい夢をみているようだった。
「俺の事、恨んでねぇのか?」
「どうしてですか?」
「どうしてって……」
心底不思議そうな表情が銀時の時間をあの日に戻す。
自分が怖いかと問うたあの時も、新八は不思議そうにどうしてだと聞いたのだ。
「父が死んだ事は勿論、悲しかったですけど……」
脇にある銀時の腕に新八が手を載せる。
「殺されても仕方のない事を、していたんだって、わかったから……」
俯いて、指先がぎゅっと布を掴んだ。
銀時は自分のした事を知る為にあの後男について調べていた。
新八の父親は家族に隠した裏の顔を持っていた。
俗に“六角事件”といわれている大惨事がある。
とある旅籠で起こった過激攘夷派と警察組織真選組による争闘事件だ。
両者合わせて死者総勢三十六名。
当初攘夷派はその時全滅したといわれていたが、その後の調べで数名の生き残りがいる事がわかり公儀で行方を追っていた。
新八の父親はその生き残りの一人だったのだ。
「僕の姉の旦那さんが真選組の局長さんなんです」
「そう……か」
父親は公儀によって裁かれたという事実を新八は受け入れていた。
「事件はもう記録の上だけのものだけど、その頃公儀の隠密に白夜叉って呼ばれてた凄い人がいたんだって、教えてくれました…………それって銀さん、なんでしょ?」
公儀の隠密。
そういえば聞こえはいいのかもしれない。
だが隠密であるという事は即ち公にできない仕事を片付けるという事だ。
公儀の名を借りて何の躊躇いもなく人を斬る事に、新八と出会って迷いが生じた。
迷いがあればもう人は斬れないと、銀時はそれからすぐに公儀を抜けた。
「父が死んだあと家にかなりの金額の振込みがあって、それはきっと公儀の事後処理みたいなものなんだろうけど……」
指の力が縋るように強くなる。
「でもっ……それとは別に、僕の枕元にお金の包みが置いて、あって……あれは、銀さんなんでしょ?」
使い方もわからずにただ貯まっていくだけだった報酬を新八の元に全て残した。
あの時の銀時にできる事はそのくらいしかなかったから。
「お金なんて、要らなかったのに……」
新八の涙腺がゆっくりと弛んでいくのがわかる。
「銀さんに、会いたくて……寂しくて、寂しくて……僕、は……」
引き寄せれば、大人しく腕に納まる身体。
「俺も、会いたかった」
全身で抱き締めた。
「ほん、とに?」
「ああ」
嘘ではなかった。
「だって……ひっく、僕にっ……殺されたいとか、言って、るしっ……」
新八はしゃくり上げながら必死で訴える。
「僕、そんな事っ……思ってな、い……っ」
「ああ、そうだな……」
昨夜の銀時の告白に、ぱち恵だった新八は不健全だと怒り出した。
新八の歪みのない健やかな心根が、銀時に逃げる事を許さない。
「離れたく、ないよ……もう置いてか、ないでっ……」
とうとう泣き出してしまった新八の、熱い涙が布地を濡らす。
あの日置き去りにしてしまった魂が、変わらぬままで綺麗に育ち今この腕に在るなんて。
十年一日とはよく言ったものだ。
悪い意味ではなく、新八はあの頃と何一つ変わらない。
濡れた頬に手を添えて、自分を見つめる眼差しを上げさせる。
愛しさを、どうやって伝えたらいいのだろう。
「銀さん……」
自分の名を呼ぶ唇に触れたくて。
すっと口元に近付いた。
「いいのか?」
かかる吐息から新八は逃げない。
「何がですか……?」
銀時を見詰めたまま、触れられる事を当たり前のように受け入れようとしている。
きっと初めて出会ったあの日から、新八には敵わないのだと決まっていた。
考える事は無駄だと諦めて。
銀時は心の望むまま新八に触れた。





ちゅっと音を立てて唇が離れると息を吐いた新八が胸元にそっと寄りかかる。
髪を撫でてやると安心したように身体を預けてくれた。
「良かった」
「ん?」
「僕、初めては絶対に銀さんとって思ってたんです」
「んん?」
「だけど僕が勝手に決めただけだし、男だし……銀さんは嫌だったらどうしようってずっと不安だったから……」
「んんんっ?」
なんだかとんでもない告白が聞こえた気がして、銀時は耳を疑った。
「新八、何か今すごい事言わなかった?」
「え?」
尋ねると、身を起こした新八がきょとんと銀時を見上げる。
「初めてがどうとかって今……」
「初めては銀さんと、ですか?」
「そう、それ……ってマジで?」
「こんな事、冗談じゃ言いません」
少しむくれた表情。
「俺がおっさんだってわかってんの?」
「おっさんじゃないです、銀さんです」
銀時の軽い自虐は尖らせた唇で訂正された。
その尖りが可愛くて、もう一度唇を触れさせた。
「んじゃ俺が新八の十六才を貰っていいの?」
撫でた頬を甘えるように手の平に摺り寄せて、新八が銀時を見た。
「銀さんにしか、あげたくないです」
こんな殺し文句を聞いたのは初めてだった。
あの幼かった新八が。
そう思うとなんともいえず堪らない気持ちになる。
「年月ってこぇー」
「うわっ」
外していた眼鏡をかけさせて、細い身体をスツールから掬うように抱き上げる。
頬と額と目尻と鼻先。
愛しいと思う気持ちを込めて口付けを落とした。
「あっち、行くか」
ソファを見て誘えば新八は少し考えて。
「変な事、しませんか?」
小首を傾げた。
その反応に銀時は軽いショックを受ける。
「……銀さんに初めて、くれるんじゃなかったの?」
勿論こんな場所でどうこうするつもりはなかったが(間違いなくお登勢に殺される)さっきの今、でそんな事を言われては凹まずにはいられない。
「あのっ、違うんですっ……」
察した新八が慌てて銀時の衿を掴んだ。
目が合って、だんだんと顔が赤くなっていく。
「さ、最初はその、ちゃんとお布団とかが、いいなって……」
そこまで言うと限界を超えたのか、きゅう、とそのまま顔を伏せてしまった。
可愛さ余って憎さ百倍とはよく言うけれど、可愛さも余りに過ぎるとそれ以外の何かも絶対に爆発する、と普通に思う。
「新八さぁ……その可愛さは反則だわ」
「え……?」
「そんなん言われたらもうソファに行けねぇだろが」
「どうしてですか?」
「今行ったら確実に押し倒す」
ここで手を出すつもりはなかったのに、予想を遥かに超えた新八の可愛さに理性の箍が外れそうだ。
「え……っと、じゃあ銀さんの部屋に、連れてって、下さい……」
頬は羞恥に染まっていたけれど、心まで届くような真っ直ぐな眼差しに新八の覚悟が見えた。
「いいのか?」
聞けばこくんと頷く。
「もう、離してやんねぇぞ?」
触れてしまえばもう手放せない。
それは予感ではなく、確信。
銀時の宣言に、やはり新八は頷いた。
「銀さん、連れてって」
新八の腕が首に回る。
「こんな倖せ、初めてかもしんねぇな」
「本当に?」
「ああ」
「なら嬉しい……」
真綿の感触で、はにかんだ唇が頬に触れた。
「僕ね」
「うん?」
「銀さんに会えたら、銀さんのこと絶対に倖せにしてあげようって、ずっと思ってたんです」
新八の黒が銀時を映してきらきらとひかる。
「だから、銀さんが倖せだって思ってくれてるなら……凄く、嬉しいです」
あの日置き去りにしてしまった泣き顔が、今目の前でとても綺麗な笑顔に変わる。
それはまるで銀時の、十余年の後悔を許すような。
想いが言葉にならなくて。
銀時はただそっと、新八の顔に額を寄せた。



願う事はただ一つ。

"どうか君と僕が ずっと つづきますように"








20101031 天パとメガネ2発行コピー本 「今でもずっと」
20141022 加筆修正



銀新オンリーで発行した三冊目のコピー本です。
サイト掲載にあたって多少手を入れましたがあまり直したいと思う部分がなくてびっくりです。
成長がないともいえるかもしれませんが、その時の精一杯を出し切って書けたんだなと思う事にします(笑)
もともとパラレルは苦手なので無い知恵絞って原作エピソードに絡めたら新ちゃんのお父さんが悪者になってしまいました;
でも必要悪、ということで。
坂田さんが新ちゃんに見つけてもらうお話、です。
少しでも楽しんでいただければ嬉しいです。

もんぺ