新八の不在



社長机の上に角をきちんと揃え半分に折られた紙が一枚置かれている。
ちらりと内側を捲ると“パチンコ”の文字。
昨日入っていた新台入荷の折込チラシだ。
そのチラシの、白紙の面をメモにして文字がずらりと並んでいる。
新八らしい丁寧な整った文字。
箇条書きになっているそれを指先でなぞりながら、銀時は頭の中で項目を読み上げた。


・燃えるゴミは月曜日と木曜日。
・燃えないゴミは水曜日(今週は資源ゴミ)
・タイムセールは毎日四時からです。※月曜は必ず卵を買いに行ってくださいね(できれば神楽ちゃんも連れて二パック確保)
・お菓子も酢昆布も一回の買い物に一個厳守。
・冷蔵庫の卵は賞味期限を既に三日過ぎてるので必ず火を通す料理に使ってください(卵かけご飯使用禁止。神楽ちゃんにも注意お願いします)
・下着は箪笥の下から二番目の引き出しです(買い置きも一緒に入ってます)
・タオルのストックが無くなったら押入れの収納ケースから出してください(できれば下着もタオルもなくなる前に洗濯してくれたら嬉しいです)
・ストック類は、調味料が流しの下で日用品が洗面台の下です(使ったら買い足すの忘れないで下さいね。それが無理ならせめてメモしとくくらいはお願いします)


綴られているのは日常の細かな家の決まり事。
紙面の半分に来てもまだ終わらない箇条書きは読んでいるだけで家の中を動き回る新八の姿が自然と浮かぶ。
銀時は唇を緩やかな弓月に上げ笑みを作った。
「銀ちゃーん、新八いつ帰ってくるネ、お腹空いたアル」
ソファにごろりと不貞寝していた神楽が億劫そうに顔だけ上げて。
「お前はバカだろ、今朝見送ったばっかだっつの。あいつは来週の今日まで帰ってこねぇよ」
壁にかかったカレンダー。
日付の欄には三人の名前があり食事当番の分担表を兼ねている。
今日の日付から一週間分、新八の名前は線で消してある。
「それじゃあ近いうちに新聞沙汰になるアルネ。万事屋で二体と一匹の変死体。餓死か!?みたいな記事になるアル」
「あー、最悪そういう事もあっかもな」
放り投げるような銀時の返答に神楽ががばりと身を起こした。
「マジでか!」
「いや、冗談です」
軽く返して続きを読む。

・カレーは三日分位の目安で作ってありますけど量は調整して食べてください(火は必ず毎回入れてくださいね)
・コロッケとハンバーグは調理済みで冷凍してあるのでレンジで温めるだけです(でも付け合せ位は作ってあげてくださいね、銀さんお願いします)
・インスタントラーメンもたまにはいいですけど、ちゃんと野菜を入れるのが条件ですよ。

空腹を覚えるような文面を目で辿ってから神楽を見た。
「ちゃんと作り置きしてあるってよ」
「マージでか!」
「おう」
「それなら安心ネ」
「ただし、量に限りがあるから食い尽くすんじゃねぇぞ」
「了解アル」
「ホントにわかってんのかね」
「わかってるアルよっ」
勢い良く返事をした神楽はソファを飛び降りる。
そのまま定春に飛びついて。
「遊びに行ってくるネ!」
「はぁっ!?ちょ、おまっ……」
止める間も無く神楽は定春を駆る。
「夕飯までには帰るアル!」
捨て台詞を織り交ぜた、名残のような一陣の風が手にある紙をひらりと揺らす。
「ったく現金なやつ」
居なくなってしまった相手を咎めるわけにもいかず、銀時はただ苦笑を漏らした。
紙を置き、机に脚を上げ後ろ手を頭に当てる。
ぐるりと見渡す室内は隅々まで綺麗に、昨日新八が磨いていった。
それだけで。
足音も小言も、体温すらないのにそこかしこに新八の気配が漂うようだ。
君の不在を寂しく思う……なんて柄にもないフレーズが脳裏に浮かぶ。
万事屋は新八で回っているのだとつくづく思う。
居ないと何も機能しない。
きっと帰ってきたら開口一番の小言を皮切りにこの部屋は動き出すのだろう。
主はここに居るというのに。
「あンのクソババァ、新八攫いやがってよぉ……」
忌々し気に呟いて上から二番目の引き出しをちらりと見る。
そこには回覧板で回ってきた今回の元凶が入っている。
“かぶき町婦人会慰安旅行のご案内”
お登勢を筆頭とするかぶき町最強婦人会に、どういうわけか新八はメンバーとして組み込まれていて。
今日から一週間の豪華宇宙慰安旅行に強制的に連行されてしまったのだ。
脚を下ろして机に突っ伏した銀時は新八の書いたメモに頬を載せる。


『体調崩したりしないように気を付けて過ごしてください。
お土産たくさん買って帰りますね。
たったの一週間ですけど、やっぱりちょっと…………寂しいですね。
それでは行って参ります。     新八』


箇条書きの最後、少し離れて並んだ数行を指先で撫でる。
そこから感じるのはどうしようもない愛しさで。
「新八ィ、お前がいねぇとさぁ……」
見送ったのは今朝だろうと、神楽を嗜めた事は綺麗に忘れて。
「やっぱ銀さん駄目だわ……」
銀時は力なくそっと呟いた。





※裏タイトルは「かぶき町婦人会」です(笑)
新八は絶対にかぶき町婦人会に入っているという確信を元に妄想してみました(笑)
本人がいないのにその書置きとか読んでるのってなんだかときめく気がする、というのが発端。