距離


終業のチャイムが鳴って教室がざわめき出す。
なんたって一日で一番のメインイベント、昼休みだもんな。
何しに学校来てるかっつったら飯食いに、って答える奴がきっと9割占めてんじゃねーかと思うわけよ。かくいう俺もご多分に漏れず。
食う寝る遊ぶ、人間の基本だからね、これ。
俺もそろそろ購買寄って昼飯調達してくっかな。
弁当ねー奴は皆チャイムと同時に猛ダッシュしてっけど、俺はちゃーんと取り置きして貰ってっから焦る必要はない。
職権乱用と言わば言え。
こんくらいの役得ねーとやってらんないのよ、この職業(全国の教師の皆様ごめんなさい)。
そろそろ行くべとずらした視線が新八を見つけて一瞬止まる。
「おーい、志村ァ、弟来てますぜィ」
入り口付近にいた沖田が珍しくも親切を買って出て。
かかった声にイスをずらす音が重なった。
入り口に佇む新八に志村が近付いて、何事か交わされる遣り取り。
新八から志村へと手渡された弁当が見えて用件は知れた。
用事が済んで踵を返す新八と一瞬視線が交差する。
軽い会釈。
曖昧な相槌。
教室の中と外。
これが、俺達の距離。


******


「姉ちゃんの弁当運ぶのも仕事なの?」
ちんまりと膝を抱えた新八を腕に囲って、食後のデザートと称して項に触れる。
俯き気味の新八の首が無意識に俺を誘惑する。
だから。
ちょっと唇で触るくらいいんじゃね?ってことにして。
「今日はちょっと寝坊しちゃったんです」
「そんな時くらい購買とか使ったらいーじゃん」
「お弁当作った方が安上がりなんですよ」
「そらそうだけど、たまには楽すりゃよくね?」
瞬間に、新八の体温が上がった。
触れた皮膚が熱を帯びる。
「ん?」
何でもないというように新八が首を振る。
フルフルと頭が揺れるたび、首にかかる髪が乱れる。
「言いたくねーの?」
俺の質問にこくこくと頷く頭。
分かれた黒髪から覗く綺麗な襟足。
ただでさえ誘われて堪んねぇってのに。
「秘密にされると先生寂しー」
音を立てて一度触れると俯いた顔が渋々上がる。
俺に甘い新八はいとも簡単に陥落してくれる。
目を合わせてくれないのはささやかな抵抗。
「毎日先生とお昼食べられるわけじゃないじゃないですか……だから」
伏目がちな瞼を縁取る睫毛が意外に長いのを、知ってるのが俺だけならいいと思う。
おでこと鼻と顎先の、丸みを帯びた曲線が縁取る輪郭。
それをこんな間近で見られるのは、俺だけならいいと思うのに。
「そっか、だから俺はいつでも新八の弁当摘めんだな」
いつだったか新八の弁当を羨んだ俺に、多めに作っておかずを分けてくれると言ってくれた。
普通なら社交辞令で済ませちまうな遣り取りなのに。
「僕が勝手にしてるだけなんで……」
膝に埋もれそうなほど顎を下げて新八が俯いた。
「だから、嬉しんじゃん」
新八が俺を想ってしてくれる事なら何だって。
「けどさ」
身体に腕を回したまま、膝を抱えた新八の手をそっと解いて指先を重ねる。
「あんま無理はすんなよ?」
新八がしたくてしてる事を止める権利は俺にはねぇけど。
一番大事なのは何を食うかより誰と食うかだと思うしな。
覗き込むと膝山の上で新八が俺にコテンと顔を向けた。
「毎日お昼、楽しみなんです」
まるで心を溶かすような柔らかい笑顔。
腹いっぱい食ったはずなのに、別腹とはよく言ったもんだね。
「もう少し、貰ってもいい?」
返事を聞く前に唇はもう頬に触れていて。
そのことにクスリと笑った新八の、吐息が耳元を擽った。
「ご飯一口分だけにしてくださいね」
「了解」
それがどれくらいかなんてきっとお互い知らねーけども。
新八が目を閉じて、俺はそっと唇に触れた。



触れる体温。
混じる吐息。
これもやっぱり、俺達の距離。