忘れても
俺を見た新八は不思議そうに小首を傾げた。
きょとんとした表情は知らないものに向けるそれ。
巻かれた包帯の、白に散る真っ直ぐな黒髪。
頬を掠めた擦り傷が痛々しい。
轢かれそうな子供助けて自分が怪我、なんてらしすぎて。
妙から連絡が来た時は心臓止まるかと思ったけど、怪我自体は大した事ないって聞いたからひとまず胸を撫で下ろした。
なのに急いで病室に来てみたら。
「坂田さん……ですか?」
「え?」
「あ、違いました?」
「や……坂田、だけど」
「良かった」
反応速度の鈍い俺の肯定に新八はほっとしたようだった。
妙は俺に何も言わなかった。
でも目の前いる新八が現実を教えてくれる。
「俺の事、知ってんの?」
事故の連絡を貰ってここに来るまで。
俺が新八に「坂田さん」なんて呼ばれるいわれの接触はないはずだ。
なのに新八は知らないはずの俺の名を呼んだ。
「姉上に言われたんです」
倖い無事だったらしい眼鏡越しから大きな黒い瞳が俺を見る。
「銀色の髪がクルクルした目の死んだ男の人が来るはずだけど、それは昔お世話になった人だから心配しなくても大丈夫だって」
「……あっそ」
妙は教えてはくれなかったけど、最低限の予防線は張っておいてくれたらしい。
「どした?」
椅子に座る為に近付くと新八が俺の顔を見上げてくすくすと笑う。
「姉上の説明を聞いた時は随分と失礼な表現するなって思ってたんですけど……」
「見たら正にその通りだったって?」
「はい」
ごめんなさいって言いながらも新八は楽しそうに笑い続ける。
その笑顔を見てたらなんかどうでもよくなっちまった。
怪我は大したこともない。
妙が何も言わないのは多分記憶喪失も一時的なものだからなんだろう。
例えそうじゃないとしても。
新八となら何度でも繰り返せる。
「なあ新八」
「なんですか?」
「そのリンゴ、旨そうだな」
ベッドサイトに置かれた見舞いのカゴ盛。
その中の赤を取り上げて新八に差し出す。
「僕、怪我人なんですけど……っていうか僕のお見舞いなんですけど」
リンゴと俺を交互に見て、少し呆れた声を出す。
それでも手は引き出しの奥から果物ナイフを取り出した。
すっと差し出された手の平に真っ赤なリンゴをのせてやる。
「坂田さんは寂しいおっさんだから優しくしてあげなさいって姉上が言ってたんですけど……そうなんですか?」
……あの女。
「まあ当たらずとも遠からずってやつかもな」
「ふぅん」
リンゴの皮が削られるショリショリという音だけが静かに響く。
白いシーツの上に無造作にとぐろを巻く赤い皮。
「うさぎにはしてくんねぇの?」
万事屋で剥くリンゴは神楽のリクエストでいつもうさぎの耳が付く。
「お皿がないんでまる齧りしてもらおうかと思って」
「お前の分ねーじゃん」
「食べたいのは坂田さんだからいいんです」
リンゴ果汁の甘い香りが新八の優しさを包み込む。
スタートが地味眼鏡だっていつの間にか惹かれてた。
全部知ってる今なら尚更だ。
「はい、出来ましたよ」
リンゴを差し出す新八の手首を掴む。
「坂田さん?」
その手から直接齧るリンゴの味は今までで一番甘かった。
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