疲れた時には甘いもの








大気が大きく動く日は、何かが通る証だという。
芽吹き始めた緑の木々を強い風が大きく揺らす。
巻き上げるようなそれに煽られた髪を手の平で押さえ、新八は景色の中に銀時を探した。
散歩帰りに見つけた屋台。
鯛焼きと、たこ焼きと。
道を挟んで向かい合う王道に、神楽の土産をどちらにするかで少し揉めた。
勝負は公平にじゃんけんで。
結果は珍しく新八の勝利。
嫌いではないけれど、餡子が入ってない事を嘆きながら渋々と買い物をする丸まった背中はまるで項垂れているように見えた。
神楽や自分は食べられればそれでいい。
どうしてもそれがいいという強い拘りがあるのは銀時だけなのだから、勝負などせず譲ってあげればよかったかと。
寂しげな様子に新八は少し反省をした。
屋台のオヤジに礼を言って銀時がこちらに歩みを向ける。
一層強く吹いた風が、着流しの抜いた袖をはためかせた。
近付いてくる銀時は何故か唇をへの字に曲げている。
どうしたのかと見上げるとぽすんと手の平を載せられた。
「おうおうぱっつぁんよ、ちょっとサラサラヘア自慢げに靡かせすぎなんじゃねーの?」
悔しそうに黒髪を掻き混ぜる銀時の髪は、風に靡く事無くふわふわと揺れる。
癖のある銀色の髪。
銀時自身あまり良くは言わないけれど、降り注ぐ日差しを淡く弾くそれが新八は大好きで。
ふいに泣き出しそうになる。
「新八?」
驚いて手を止めた銀時に、新八は瞼の裏に溜まった熱が表に出てしまった事を自覚した。
「ちょ、おま……どした?」
瞳が濡れる感触が分かる。
こんな場所でそれを零すわけにはいかなくて、新八は強く唇をひき結んだ。
言葉は出せず、ただ首を振る。
そんな新八の態度に銀時は困ったように自分の頭を掻いた。
新八自身困らせたいわけではないから止めたいのだけれど、そうしようと意識する程に瞼は熱くなっていく。
「こっち来い」
暫く辺りを見回していた銀時が新八の手を引いた。
連れて行かれたのは通りを外れたビルの間。
隙間を縫うように歩いて裏側へ。
鉄錆の浮いた非常階段のある建物脇で身体を引き寄せられた。
身体を覆う緩い拘束。
腰に回った銀時の手からぶら下がるたこ焼きの箱が軽く腿に当たった。
「どした?」
穏やかな問いかけに、新八はまた首を振った。
自分の中にあるこの気持ちを伝えても困惑させるだけだと分かっているから。
それがどんなに馬鹿げた事なのか知っている。
銀時に伝えた所でどうなるものでもない。
だから口を噤んだ。
春を運ぶ強い風が吹く頃に、新八はいつも不安になる。
風が強く吹いた後、閉じた瞼を開いたら銀時の姿が消えているような気がしてしまうからだ。
銀時の姿はまるで冬のようで。
時々、人ではないのかもしれないなどと浮世離れした事を考える。
それを言えば恐らく笑われるだろうし自分でも笑ってしまうのに、馬鹿げた思いはいつも頭の隅に留まっている。
「まだ少し、寒いですね」
やっと出せた声は少し掠れて。
添えた手で銀時の着流しを強く掴めば答えるように抱き返してくれた。
「風があっからな」
その腕が温かくて、新八はほっと息をつく。
「鯛焼き、買って帰ります?」
湧き上がるような甘い気持ちに心が丸くなっていく。
心も身体も、きっと道理は同じなのだ。
銀時が甘いものを欲しがる気持ちが少し分かるような気がした。
「……マジで?」
「ただし一個だけ。家に着くまでに食べちゃってくださいよ?」
「楽勝楽勝、なんなら一口でいけるっつの」
「甘いものの一気食いは駄目ですってば」
嬉しそうな声に新八まで嬉しくなってしまうけれど。
大事なのは銀時の身体だから、締める事も忘れないように。
「わっかりました……買って下さい」
「しょうがないなぁ」
「……言い出したの新八だよね?何で銀さんが反省する感じになってんの?」
「あはは」
笑い合う遣り取りが、ビルの隙間で鳴る春風を新八の耳からかき消してくれる。
触れた胸に額をあてて銀時の存在を肌で感じれば温かい。
吹きぬける風が外気に触れる体温を攫って行くけれど、触れているこの温もりだけは奪われてしまわないように。
新八は銀時の背中に回した腕に願いを込めた。