銭湯










「新八、風呂釜が壊れたアル」
夕方、食事の支度をしている背中に神楽の申告。
野菜を切っていた手を止めて新八はその声に振り向いた。
「壊れたって……」
着物の上から着た白い割烹着の裾で軽く手を拭いて、新八は入り口で酢昆布を銜えている神楽に近付いた。
万事屋の風呂は設備的には安物だけれど一応スイッチ一つで沸かせる自動式だ。
スイッチ一つで全てが出来ると言う事は両刃の剣でもあって、一つが壊れると全てが機能しなくなる。
「お風呂が沸かないの?」
「風呂は沸かしたアルヨ」
首を傾げて質問すると何故だか少し神楽の目が泳いだ。
「?」
状況が良くわからない。
風呂が沸かせたのならば後は入るだけだ。
何処に不具合があるのだろうか。
とにかく様子を、と思い新八は神楽の後に付いて浴室へと向かった。
扉を開け脱衣所に入り浴室のドアを開く。
一番に、何故か定春と目が合った。
そこで新八が目にしたものは。
人間が二人も入れば一杯になってしまう浴槽に、めりっと嵌った定春だった。





濃紺の空に散らばる星が冬の澄んだ空気に煽られて、まるで電飾のようにちかちかと揺れる。
月のない星明りの下をもこもこと着込んだ三つの影が並んで歩く。
「馬鹿だ馬鹿だと思っちゃいたが、よもやここまで重症とはな」
左を歩く神楽に向かって銀時が白い息と共に呆れた声を吐き出した。
「うっさいアル。そんなアホみたいなスカジャン着た糖尿に言われたくないネ」
銀時の着たスカジャンの、胸元に刺繍された“糖”の字を指差して神楽が舌を出す。
桃色のマフラーに埋まった顔は明らかに不満で一杯だ。
「お前ね、糖を馬鹿にするものは糖に泣くよ?つか泣かすよ?」
銀時は神楽の額にごく軽くデコピンをした。
「新八ぃ、銀ちゃんがいじめるアル」
銀時を避けるように身体を寄せて神楽は自分を挟んで隣を歩く新八の袖を掴んだ。
くるりと場所を入れ替わる。
「ちょ、おまっ」
子供の特権で保身に走った神楽に銀時が慌てるけれど、新八を盾にされては分が悪い。
引きつつも、俺は一ミリも悪くねぇぞという不満げな顔を作った。
新八の脇から神楽は再び舌を出し、それを見た新八はおかしそうに笑う。
「失敗は成功の母って言うじゃないですか。失敗して色々覚えていくわけだし、神楽ちゃんが今回の事で定春にお風呂は無理ってわかっただけでも儲けモンだと思いますけど?」
多少不憫だと思うのか新八の声は慰めるように柔らかい。
「普通は入れる前に気付くだろが。どうみたって定春>風呂釜じゃねーか」
「銀ちゃんはねちこいアル」
ふん、とそっぽを向く神楽の抱えた手の中で、桶に当たった兎の形のシャンプー容器がカランと小さな音を立てた。
定春によって亀裂の入ってしまった風呂釜は金銭的な理由もあって修復の目途が立たず、当面の銭湯通いが万事屋の日課に加わってしまった。
それぞれに桶を抱えて並んで歩く寒空の下、思うことはきっと三人三様。
けれど口では喧嘩をしながらも、一緒に歩く数分間の道のりはとても楽しそうで。
その足取りは弾むように見えるのだった。