091026
看板の文字が一部欠けた雑貨屋の前。
一台置いてある煙草の自販機の、蜘蛛の巣の張った蛍光灯もチカチカしてる。
コインで気軽に買えなくなってから、ここの通りは深夜に人影が全くなくなった。
手を繋いで並んで歩く先生と僕と、すれ違う人は一人もいない。
僕のバイト先のコンビ二は先生と僕の家の間にある。
迎えにきてくれる日はいつも、駐車場の隅に原付を置いて歩いて僕を送ってくれる。
最初は原付で送ってくれてたんだけど、三回目から歩きになって。
それだと色々手間じゃないですかって聞いたら(だって先生はまたコンビ二まで歩いて戻らないといけない)
「ニケツだとすぐ着いちまうし、やっぱチャンスあったら手ぇ繋ぎたいしな」って悪戯っぽく笑った。
先生が僕の為に使ってくれる時間が嬉しくて。
自分でも予期しなかった涙が不意に溢れた事で、先生を慌てさせちゃったのを思い出す。
「何かいい事あった?」
気を取られてた僕の歩調が少し緩くなってたのかもしれない。
足を止めた先生が僕の顔を覗き込んで不思議そうな顔をする。
先生の担任する3年Z組は、曲者揃いで教師も含めて型破りだとか。
校内では破天荒な噂ばかりを耳にするけど、僕はこんな風に優しい目をしてる坂田先生しか知らない。
未だ知らない先生の事も知ってみたくて、姉さんが羨ましいなって時々思ったりする。
「先生と居られるのが、嬉しいなと思って」
繋いでもらってる手をぎゅって握り返したら先生はちょっと驚いた顔をして、それからどうしてか困ったみたいに笑った。
「ホント、新八君には困ったもんだね」
手を引かれて、僕は腕の中に閉じ込められる。
パーカー一枚じゃ少し肌寒い夜の中で、じわりと肌に溶け込むような先生の体温に泣きそうになる。
「先生我慢のしどころを見失なっちゃったよ……」
首筋にかかる先生の呼吸がくすぐったい。
「明日は土曜日、でも新八は昼からバイトだから我慢我慢って……ずっと呪文みたいに心ン中で唱えてたの、知らねぇだろ」
先生は大人で。
いつも僕の為に我慢をしてくれてる。
きっとそういうのが、僕の気付かない所でも沢山あって。
だから。
「我慢、して欲しくないです」
広い背中に精一杯縋りつく。
来週は学園祭で、今週は準備の追い込みだから多分終わるまで会うのは難しいと思う。
居られるなら少しでも、先生と居たい。
「……連れて帰って、いいの?」
少し空いた沈黙に浮かぶのは姉さんの顔。
メールを入れてもきっと帰ってから怒られるだろうけど、今はこの腕から出たくないから。
「先生の部屋に、行きたいです」
背中に回った腕の力が強くなって。
「家までもちそうにねぇ……ちょっとだけ、キスしていいか?」
切羽詰ったような先生の声に顔が熱くなる。
こんな先生、誰も知らないといいのに。
そっと顔を上げたらおでこから順番に触ってくれた。
先生の唇が温かくて、やっぱりちょっと泣きたくなる。
少し離れた自販機の、切れかけた蛍光灯がチカチカと点滅を繰り返す。
闇を照らす仄かな優しさに安心をして、僕はそっと目を閉じた。
☆