立秋
「昼間はまだ馬鹿みてぇに暑いけど、夜は大分涼しくなってきたな」
日中太陽に照り付けられた大気を冷ますように、夕方辺りから吹きはじめた風がまるで秋を思わせる涼しさで僕達の頬を撫でる。
並んで歩く先生の、繋いだ手の平の温もりが愛しくなるような心地よさ。
いつもの、バイトの帰り道。
「今日は暦の上で立秋だって、TVで言ってました」
「今日から秋ですよーってやつね」
「ふふ、そんなに上手くはいかないですけどね」
「まあ、な」
0時を過ぎると人影が殆ど無くなる住宅街の、更に裏道を選んで僕らは歩く。
誰の目も気にしないで先生と手を繋げる数分間は僕の一番好きな時間。
「んでも今年の暑さは尋常じゃねぇし、少しでも楽になるに越した事はねぇよな」
「そうですね」
一昨日辺りまでは外に出た瞬間にもわっとするような湿気を含んだ外気があって、上がり際に僕が買ったアイスを食べながら帰ってたのに。
今日はその必要がないくらい快適な帰路。
いつもだるそうに、引きずるみたいだった先生の足取りもちょっと軽い気がする。
「先生夏、苦手そうですもんね」
きっと冬も苦手なんだろうなって思ったけど、脱いでも涼しくはならない夏の方が輪をかけて嫌いそうな気がする。
「そうなー、夏はヤダねー、やる気全部吸い取られるし」
ただでさえないのにねぇって冗談めかして僕を見たから僕も笑ってそうですねって返したけど。
やっぱり先生は夏嫌いなんだなって思ったら少し寂しくて、ちょっとだけ胸がきゅってなった。
「でもさ」
先生が急に脚を止めて、僕を壁際に寄せる。
ざらざらとしたブロックを積み上げた塀が半そでから出た肘に冷やりと当たる。
「12日だけは特別に好き」
壁との間に僕を挟んで、顔の脇に手を付いて。
「もうすぐ誕生日、だな」
見上げた僕のおでこに唇で触ってくれた。
夏の嫌いな先生が、唯一好きだと言ってくれる特別な日。
それが僕の生まれた日だって事が嬉しくて、瞼の裏が熱くなった。
知られないようにそっと下を向いたら。
「新八、先生に内緒で泣くとか無しな」
そう言って腕の中に閉じ込めてくれた。
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