無糖の日








足が見える。
カレンダーの前に佇む男が少し邪魔で、新八は動かしていた箒を止めて顔を上げた。
「銀さん、そこ掃きたいんでちょっとどいてもらってもいいですか?」
新八の声が聞こえていないのか、はたまた聞こえていてもそれを上回る何かがあったのか。
銀時は壁にかかった六月の暦を呆然とした表情で見詰めたまま動こうとはしなかった。
「銀さん?」
再度声をかけても動かない。
まったく、箒で掃けば片付く床のゴミより性質が悪い。
銀時の形に掃く事は容易いが、それでは掃除をした気にならない。
溜息を一つ吐いた新八は床のゴミよりもまず、目の前の銀時を先に片付ける事にした。
「銀さん」
ちょんちょんと袖を引く。
「うぉっ?」
「そんなに驚かないで下さい」
「ああ、悪ぃ……」
「どうかしたんですか?」
箒を手に持ったまま、新八は銀時に並ぶようにカレンダーの前に立った。
同じようにカレンダーを見る。
1日から30日まで。
桝目をたっぷり取った日付の下の空欄には無秩序に銀時・新八・神楽の名前が並んでいる。
毎月1日にじゃんけんで決める食事当番表だ。
カレンダーには新八の書き込んだその三人の名前以外、哀しいかな予定はない。
銀時が気にするような事は見当たらない、と思う。
強いてあげるなら今日の当番が神楽だという事くらいだろうか。
「今日の献立が心配なんですか?」
神楽の得意メニュー、玉子かけご飯の波状攻撃は確かに辛い。
けれどそれは万事屋の日常で、今更カレンダーの前で立ち尽くすほど衝撃を受けるような事でもない。
違うとは思ったけれどそれくらいしか思いつけなくて、新八は隣の銀時を見上げてみた。
「ちげーよ新ちゃん」
漸く新八を見た銀時は力なく笑う。
「5月3日はゴミの日、7月10日は納豆の日、11月11日はポッキーの日、だろ?」
「11月はちょっと違うんじゃ……」
「いいの、で、その理屈で行くと今日、6月10日は無糖の日になんだよ、糖が無とかありえなくね?」
「……はぁ」
溜息しか出なかった。
「ちょ、待て新八、これはすんげぇ重大な問題なんだって」
「はいはい、銀さんにとってだけね」
一体何事かと思ったのに。
新八は呆れた視線を隠さずに、カレンダー前に陣取る銀時の身体をぐぐっと押した。
「掃除します」
「新八っ」
押しながら、ちょっとだけ口元が弛む。
銀時の強さを知っている。
本気を出されたら自分などとても敵わない人なのだ。
なのに、こんなにも可愛いと感じてしまうのは愛故なのだろうか。
「銀さん」
「あぁ?」
取り合ってもらえない銀時はほんの僅かに機嫌が悪い。
新八は袂に手を入れガサリと探り、指に触れた一つを摘み出した。
銀時の大好きな甘い塊。
「今から床掃いちゃいますから、ソファにのっかっててください」
大きな手の平に可愛いピンクをそっと載せた。
「あ……はい」
思わぬ不意打ちに銀時は大人しくなった。
駄目な大人が可愛くて、可愛いと思ってしまう自分に苦笑が漏れる。
「なぁ、掃除終わったら神楽拾ってなんか甘いもん食いに行こうぜ」
現金なもので、新八に貰った甘味によって銀時は既に復活している。
背凭れに肘を載せ、箒を動かす新八に甘えてくる。
「今日は無糖の日なんじゃなかったんですか?」
「新八がくれたから、6月10日は甘味記念日」
「なにそれ」
「なんだろな」
見詰め合えば、笑みが零れる。
「な、行こうぜ」
「……はいはい、もう少し待っててくださいね」
甘い顔を見せないようにと思うのに、結局絆されてしまう自分がいる。
甘やかす自分が悪いのか、甘党な銀時が悪いのか。
絶対に銀時が甘党なのが悪いのだと心の中で責任を押し付けて、新八は残りの床を箒で掃いた。