倖福行き
金を入れた券売機の、ランプの灯った左から三つ目。
指先で触れたまま数秒躊躇って、銀時はつり銭の返金レバーに指をかけた。
仄かなオレンジに浮き上がるその駅名は甘過ぎて、どうにもこうにも踏ん切りがつかない。
そんな銀時の躊躇いを。
「銀さーん」
「銀ちゃーん」
「ワンッ」
ドスン。
「のわっ」
打ち砕くように体当たりしてきた神楽を多々良を踏んで受け止めた。
「な、んだよお前ら」
「なんだよ、じゃないです。まだ切符買えてないんですか?もう時間がないですよ」
「駅弁もバッチリネ。早くしないと電車が出ちゃうアル」
「お金入ってるじゃないですか、僕が買っちゃいますね」
点灯したままのオレンジのボタン。
目的地のそれを、新八の指がこともなげに押した。
吐き出された人数分の紙片。
同じ目的地。
「早く乗りましょ」
新八の手が銀時を引く。
「さっさと行くアルー」
その背を神楽が押す。
「ワウッ」
「ちょ、お前ら……」
「早く駅弁食べるアルッ」
「あはは、神楽ちゃん目的はそこじゃないでしょ」
「何言うアルカ。私には一番の目的ネ」
「しょうがないなぁ……ね、銀さん」
「え……ああ」
子供らのじゃれ合いに挟まれて、容易く前へと進む自分の脚。
小さな背と小さな手に自分はこんなにも救われている。
「はいこれ、銀さんの分」
手渡された一枚の切符。
「早く行きましょ」
新八が改札を抜けて向こう側で待つ。
「銀ちゃん、切符裏側で通すなよ」
「んなヘマすっかよ」
「じゃあ早く行くヨロシ」
「……ああ、そうだな」
急かす神楽に口元を緩め、銀時は手にした切符を改札機に通した。
吸い込まれていったそれは“倖福駅”行き。
遠くで発車のベルが聞こえた。
☆
☆
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「あ、起きたアル」
「おはようございます」
瞼を開けた視界の端に自分を覗き込むように新八と神楽の顔があって、銀時は一瞬思考を停止する。
「……何やってんの、お前ら」
ゆっくりと視線を動かすと、二人が自分の両脇で頬杖をついて寝転んでいるのがわかった。
表情が何処か楽しげだ。
「銀ちゃんの面白寝顔鑑賞会をしてたアル」
悪びれもせず神楽が言う。
「で、新八君も一緒になって見てたって?」
「ごめんなさい、最初は普通に起こしに来たんですけど……銀さん眉間に皺寄せて寝てるからどうしたんだろって……」
「見てたらだんだん顔が弛んできて面白かったからそのまま見物してたアル」
「……あっそ」
倖せは夢の中だけで。
それはいつも銀時にとって覚めたら終わってしまうものだった。
けれど今は。
覚めても尚、手の中に溢れている。
堪らない気持ちで銀時は両側の細い手首を握り締め。
「ぎゃ」
「うわ」
二人を布団に引き込んだ。
そのまま両腕に抱きしめる。
「思春期の娘布団に引きずり込むなんてとんだエロオヤジアル」
「僕、起こしに来たんですけど」
それぞれ文句を言いながらも新八と神楽は腕の中で大人しくしている。
その事実がまた銀時の口元を緩める。
「すげえいい夢見たからよ、お前らにも分けてやるよ」
「万事屋がお菓子の家にでもなったアルカ?」
「そりゃ見てのお楽しみだろ」
「朝ご飯冷めちゃうんですけど……」
「銀さんが温めてやっから、それは昼飯にしようぜ」
少しだけ不満そうな新八の、頬を指先で撫でれば微かに染まる。
「わかりましたよ」
渋々といった態を崩さず眼鏡を外す、隠しきれていない可愛い照れは見ない振りをしてやった。
二人が両肩に懐いて位置を探る。
頭が落ち着いたところで銀時もゆっくりと瞼を閉じた。
「おやすみなさい」
「おやすみアル」
「……おやすみ」
「クゥ」
頭上で定春の鼻が鳴った。
両脇の温もりにだんだんと意識がまどろむ。
三人と一匹で。
これからちょっとその先の。
倖福駅まで行ってきます。
☆
幸福駅って有名ですけど。
多分それをTVか何かで見たのがきっかけだったような。
この話は私の最も理想とする万事屋を表現できたんじゃないかと思います。
2015 7月補足
もんぺ