充電
家事が一段落して僕はほっと息をつく。
昨日は用事があって午前中で帰らせてもらっただけなのに、今日来たら半日でよくぞここまでってくらい散らかってたのにはちょっとげんなり。
ともあれ片付けは終った。
まだやらなきゃいけないことは残ってるけど4時のタイムサービスまでちょっと一休み。
お茶を用意してTVをつける。
お茶請けは昨日仕込んでおいた白菜の浅漬け。
小皿にとったそれを出来具合を確かめつつ一つまみ。
白い肉厚の部分を奥歯で噛めばショリッという気持ちのいい歯ごたえが返る。
ご飯が欲しくなる塩加減は我ながら上出来かな。
銀さんはこの間「一回砂糖で漬けてみろよ」なんて言ってたけど。
一度実行して懲りさせた方が良い薬になるのかなぁ……って、懲りるわけないか。
ご飯に小豆のっけて食べるような人だもんね。
お茶を飲みつつショリショリやってたら、件の砂糖漬けが帰ってきた。
なんだかへろへろだ。
「お帰りなさい」
「たーだいまー」
居間に入ってきたかと思うと銀さんはソファに向かってダイブして。
ぼすん。
「ぅわ……っ」
器用に僕の腿に頭を載せて納まった。
お腹に顔を埋めてふぅっと一息。
いきなり何してんのこの人。
湯飲みを持ってる時じゃなくてホントに良かった。
「銀さん危ないでしょーが。僕が湯のみ持ってたらどうなってたと思うんですか」
下手したら今頃顔に大火傷してるとこだよ。
注意したら顔がちらりと動いて視線が合う。
「銀さんがそんなヘマするわきゃねぇだろが」
ちゃんと確認してるとかなんとか、ぶつぶつ言いながらまたお腹に埋まっちゃった。
隠れきらない銀さんの、目を閉じた横顔が見える。
少し疲れたその色は多分仕事の終わりを意味してる。
終わらなきゃ、こんな風に気は抜かない人だから。
「お疲れ様でした」
袴の、深い紺の上であちこちに跳ねる銀色。
「ん」
指を通せば気持ちよさ気に眉尻が下がった。
銀さんは万事屋の依頼を二つに分ける。
僕達を連れて行くものと行かないものとに。
それがどんな基準で分かれるのかを多分、僕は知ってる。
だから。
一人で仕事に出かけた銀さんを僕はここで待つ。
待つ事が、お帰りなさいと迎える事が、今は僕の仕事だと思ってるから。
「あんた、バカですよね」
一人で頑張って、一人で疲れて。
腹癒せの気持ちも込めてわしわしと銀色をかき混ぜた。
肌を擽る柔らかさは不器用な銀さんの優しさみたい。
銀さんは。
僕達を両脇に抱えて一人で歩いて行こうとしてる。
僕は。
僕達は。
本当はその手を繋いで一緒に並んで歩きたいのに。
「ホント、バカ。僕より大人の癖に」
指先に、跳ねる銀色をくるくる巻きつけてそっと引く。
「あのなぁ」
布地に埋もれる篭った声。
「長く生きたからって人間利口になるわけじゃねぇんだよ、ばーか」
……自分で言いますかね、この人は。
「バカはあんたでしょ」
「ばかって言った方がばかなの」
まるで子供のかけ合いだ。
よっぽど疲れてるんだろうな。
「新八ぃ」
「なんですか?」
「腹減った」
顔を押し付けたままの銀さんの声はくぐもって、耳からじゃなく腹を伝って僕の中に響いた。
その振動は心地良い。
「なら、支度しますから退いて下さいよ」
のっかった頭を軽く腿で持ち上げる。
「いーやーでーすー」
いやってあんた……はぁ。
でも、ま、予想通りの返しかな。
「じゃあ作れませんよ」
ため息に呆れた感を織り交ぜればごそっと動いた銀さんが仰向けになる。
絡めていた髪がするりと解けた。
「……腹減った」
子供みたいな駄々を捏ねる駄目な大人と絡まる視線。
この目、弱いんだよなぁ。
あーあ、仕方ないなぁ……なんて。
結局絆されちゃう僕が駄目なんだけどね。
「……口開けてください」
お茶請けにしていた浅漬けを一切れ抓む。
「あー」
塩味の白菜を、開いた口に放り込んだ。
雛鳥みたい。
銀さんの口元からシャクシャクと小気味良い音。
嚥下する音が聞こえて暫く。
「……甘くねぇし」
不満げな声がした。
「砂糖漬けなんてやりません」
「いっぺんやってみろって。ぜってー美味いから」
「ご飯に合わないからやです」
「んだよ、けち」
少し尖らせた唇が無性に可愛くて。
あまり色の無い、少し薄めのそれを僕はそっと人差し指でなぞった。
繋がる視線が僕を緩やかに絡め取る。
ゆっくりと辿ると開いた唇から指先に舌が触れた。
「っ……」
皮膚を濡らす熱さに肩が震えて慌てて引けば。
「砂糖漬けやってくんねぇなら」
銀さんの手が伸びてくる。
「代わりに甘いの」
大きな手の平が、頬から滑って髪に潜る。
「もらわねぇとな」
そっと引き寄せられた。
見つめる瞳も触れる手も、大人の余裕に溢れててちょっとムカつく。
あんたの方が甘いくせに。
近付いて、唇が触れる直前。
「こんな時ばっか大人ぶって……ずるい」
少し拗ねてみる。
「だって大人だもーん」
にやりと返す銀さんは。
「銀さんのバカ」
やっぱり余裕で笑ってて。
僕の文句は銀さんの口中でゆっくりと溶かされる。
砂糖なんて使ってないのに。
まるで砂糖漬けの白菜を食べたみたいに、銀さんの舌は甘かった。
☆