微熱










社長机に突っ伏して銀時はふぅ、と息を吐いた。
何となく身体に力が入らないような気がする。
風邪だろうか。
無自覚だから性質が悪いといつも新八に叱られる、子供にするような小言を思い出して少し可笑しくなった。
しんとした万事屋には今銀時しかいない。
新八は買い物に。
神楽は遊びに。
一人残る銀時に今日も仕事がないんですね、とほんの僅か皮肉を込めた新八の台詞を曖昧に受け流した。
新八は呆れ顔。
でも仕事が無いのは本当で。
動くのも億劫で。
新八はなんだかおかしな顔でしばらく銀時を見ていたけれど、とりあえず買い物に行ってきますと出かけてしまった。
それからずっと一人きり、考える事を放棄した脳でただぼんやりと時間が過ぎるのを待っている。
コチコチと、ありもしない時計の音が耳の奥で鳴り響く。
少し息が熱い。
もう一度ゆっくりと吐き出すとそこに音が重なった。
玄関の引き戸。
がらりと開いた後に新八の、ただいま帰りましたの声が続く。
それだけで、苦しかった呼吸が楽になる。
瞼を閉じて新八の音を耳で追った。
廊下を歩いて台所、冷蔵庫の扉が開く。
食材を片付けているのだろう。
続いてカタカタと流しの辺りで。
何をしているのかはわからないけれど、新八が存在している音が銀時を安らがせてくれる。
人が居る気配を安らぎだと感じるわけではなく、新八の居る気配が好きなのだと気付いたのはいつだったか。
あまりにも当たり前になりすぎたそれは、ふとした時に銀時の中で大きな存在感になる。
他人だけれど他人ではない、不思議な存在。
カタ、と耳元で硬い音がしてはっとする。
意識が引き戻されて、考えながらぼんやりしていたのだと気付いた。
ヒタリと額に冷たい何か。
驚きは一瞬で、すぐに馴染んだ熱はよく知る肌だった。
瞼を開くと新八の手の端が視界に入る。
「やっぱりちょっと熱っぽいですね」
古典的な検温をして新八が僅かに眉を寄せた。
「銀さんだるいんでしょ?」
心配げな表情で覗き込まれる。
「んー」
言葉を綴るのが面倒で、生返事を返したら手の平がするりと離れていった。
「これ飲んで、今日はもう寝た方がいいですよ」
新八が机に伏せる銀時の顔の前にマグカップをすっと滑らせた。
耳元でカタリと音を立てたものの正体だった。
銀時はのそりと身体を起こす。
「なにこれ」
白い陶器の中で湯気を昇らせるのは茶褐色の液体。
鼻を近付けくん、と嗅いでみると仄かに甘い。
「コーヒー?」
コーヒーの香りではなかったけれど、色と形態からそれ以外に浮かばなくて聞いてみた。
「コーラです」
「は?……湯気出てるけど?」
コーラといえばグラスと氷の似合う冷たい炭酸飲料。
マグカップに入って湯気が出ている時点で何かが間違っている。
「下で聞いたらお登勢さんが教えてくれたんですよ」
頭上にはてなマークが浮いている銀時を楽しそうに見て、新八がカップを手渡してくれた。
「コーラに摩り下ろした生姜を入れて煮ると簡単な生姜湯が作れるんですって。風邪の引き始めにいいみたいですよ」
カップの肌から手の平にじわりと熱が伝わる。
少し吹いて、恐る恐る口をつけてみた。
「うま……」
温かいコーラ、と頭の中で想像したそれは思いのほか優しい味で。
炭酸の抜けた飲料は甘さが際立ち、そこに溶け込んだ生姜が程よい刺激を喉に残した。
「生姜が身体を温めてくれるからいいんだそうです」
「ふーん」
冷ましながら飲み干すと胃の中がじわりと温かくなったような気がした。
「布団敷いてきますね」
飲み終えたカップを受け取ろうとする新八の手を、カップを机に置いてからきゅっと掴む。
「銀さん?」
掴んだ手を引き寄せて腰を抱きこむと額が胸元辺りに埋まった。
ほっと、息が漏れるのがわかる。
「気持ち悪いんですか?」
気遣いと、労りと。
新八の気持ちが嬉しくて、愛しくて。
「んや」
伝えたいけれど、舌が重くて動かない。
だからただ抱き締めた。
ゆっくりと新八の手が上がり銀時の首元に回される。
そっと包まれる感覚。
「風邪、酷くなる前に早く治しましょうね」
「ん」
腕の中に新八を抱いているだけで意識が心地良くまどろんでいく。
「銀さん」
動かぬ銀時を促すように、ぽんぽんと背中を優しく叩かれた。
「早く寝ないと駄目ですよ」
少しだけ、困ったような新八の声。
「ん」
わかっていても、離したくなくて。
困らせているのを承知して、銀時はただ新八を抱き締めていた。