朝の台所で新八はボウルに落とした卵を菜箸でかき混ぜる。
6個の黄色い丸い黄身がトロリと白身と混ざっていく様は昨夜の記憶を蘇らせた。
銀時と一つになってドロドロになっていく。
結局あの後新八はヘロヘロになってしまい自力では何もできなかった。
銀時にもう一度風呂に入れてもらい敷布をはがした布団で抱き締められて眠ったのだ。
恥辱にまみれた敷布は今洗濯機で回っている。
思い出したら身体が疼いてしまうような気がして顔が熱くなる。
振り払うように箸の動きを強くした。
「はよ、新八」
気を取られていたら背後から不意に抱き締められた。
旋毛に当たった唇から声が落ちてくる。
「お、おはようございます」
体温が一度上がる感覚。
でも、ドキドキするけれど、感じるのは緊張よりも安心だ。
「新ちゃん、腹減った」
懐くように甘えられて新八はつい笑ってしまった。
多分に甘ったるい気もするけれど、昨夜の事を蒸し返さない銀時の態度が新八をホッとさせる。
「卵焼いたら終わりですから、向こうで待っててください」
「んー、今朝は厚焼き?」
「神楽ちゃんが好きだから……」
「……銀さんの好物より神楽ちゃんなんだ」
「だって昨日の神楽ちゃん、やっぱり気になるから……元気出して欲しいし」
今日帰宅するはずの神楽はきっとお腹をすかせているに違いない。
だから好きなおかずを用意しておいてあげたかった。
額を肩に伏せられた。
「新八は一筋縄じゃいかねーな」
「はい?」
「なんでもね」
伏せた額が顎に替わって。
「見ててもいいか?」
「いいですけど、ただ焼くだけですよ?」
振り向きかけたら頬にキスをされた。
鉄板の上で固まり始める卵液を端に寄せ空いたところにまた液を流す。
それが固まりきる前に丁寧にくるりと巻いていく。
その作業を何度も繰り返すと卵は少しずつ塊になっていく。
銀時に見られながら焼いたそれは今迄で一番上手くできたような気がする。
ふっくらと焼きあがっていく黄色はまるで愛の塊みたいで。
鉄板から取り出して包丁を入れると綺麗な層になった断面が見えた。
「すげー美味そう」
耳元で褒められて。
新八は、早く二人のお腹を満たしてあげたいと思った。


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机の上にささやかだけれど暖かい湯気の立つ食事が並ぶ。
新八が玉子焼きを乗せた皿をことりと置いた時、玄関で戸の開く音がした。
「ただいまヨー」
「あ、神楽ちゃんだ」
パタパタと軽い足音を残して新八は神楽を出迎える為に玄関へと行ってしまった。
銀時はズルリとソファの背凭れから背を落とした。
「あー、まいった」
ごろりと仰向けになる。
欲しくて欲しくて。
こんなに誰かを欲しいと思ったことは初めてで。
昨夜とうとう新八を抱いた。
新八も自分のものになりたいのだと言ってくれて、銀時の腕の中であんなに可愛く溶けたのに。
それなのに今朝はもう、神楽のためにと玉子焼きを作るのだ。
銀時は白い皿に乗る綺麗な黄色い塊を見詰めた。
新八は自分のものになったけれど。
自分だけのものにはならないのだと思い知らされる。
「ホントもう、あいつなんなのよ。可愛くてたまんねーっつの」
そういう新八だからこそ惹きつけられて已まないのだと自覚して。
この先も、あの温かい掌はいろんな人間(に限らず生き物全てかもしれないとも思うが)に向けられるのだと思う。
それでも、分け合う熱だけは自分のものなのだ。
緩む頬を隠せなくて銀時は片手で口元を覆った。
「やべーな、歯止めきかねーかも」
呟いて部屋の入り口に目を向ける。
二人は一向に姿を現さない。
新八を見て、神楽はなんと思っただろう。
泣かせたらぶっ飛ばすと宣告された。
たくさん泣かせてしまった自覚はある。
少し腫れた新八の目元を見て、神楽がどう審判をくだすのかはわからない。
けれど、抱いてしまった事は間違いじゃないという自信はある。
ただ一つ後悔するとすれば、抱いてしまったが為に今後我慢を強いられるであろう禁欲との戦いかも知れなかった。
下手をすると抱く以前よりも己の妄想力は鍛えられる事になるのかもしれなかった。
それでも幸せなのだと感じてしまう自分につける薬はきっとないのだと思いながら銀時は立ち上がる。
二人を迎える為にゆっくりと玄関と向かった。






「何やってんですか、おめーらは」
迎えに出たら玄関先で神楽が新八の上に乗り上げていた。
呆れたように見下ろせば、逆に神楽に見上げられる。
「銀ちゃんただいま」
そういった神楽の笑顔が下された審判だった。
「おう、おけぇり」
自信はあったけれど、笑顔で言われた事で急に照れ臭くなってしまう。
銀時は誤魔化すみたいに頭を掻いた。
足元で軽口でじゃれあう二人。
腹がすいたと言いながらもいつまでも新八の上から降りない神楽につい子供じみた独占欲が顔を出す。
「んじゃ、いつまでも乗っかってねーでさっさと降りろ」
大人気ないなと自覚しつつ、銀時は新八の上から神楽を退かすべくその身体を持ち上げた。
自分と神楽はいつだって何かに飢えていて。
満たしてくれる新八を取り合う様に手を伸ばす。
新八の腕が二本あってよかったと心底思う。
もし一本しかなかったら大変な事になってしまう。
でも身体はひとつだけだから。
神楽には悪いけれど、自分だけのものだと思いながら銀時は寝転ぶ新八をそっと見た。




用意された綺麗な黄色い玉子焼き。
これを分け合う事は新八を分け合う事なのかもしれないなと思いながら、3人と1匹で囲む食卓はいつも通りとても温かかった。

20070420UP
20070421改稿                



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