開け放した窓から覗く月。
濃紺の夜空にその円は冴え冴えと浮かび上がって。
真夜中の空にただ一つの輝き。
星達が姿を消した夜。





銀時が風呂から上がって部屋に入った時、新八は窓枠に腰掛けて外を見てた。
上空の、ただ一点を見上げた瞳は月に魅入られているのか微動だにせず。
「新八、風邪ひくぞー」
銀時の声に新八は反応しない。
吹き込む風が新八の髪を揺らし、銀時の頬を撫でる。
湯上りの火照った肌に丁度いいそれは、秋口の冷たさを確実に孕んでいて。
いつからそうしているものか、おそらく既に新八の身体から熱を殆ど奪っているのだろう。
甚平の袖から覗く腕は月明かりに青白く浮かび体温を感じさせない。
少年らしい細さの足首に浮き上がった裸足の踝が寒々しかった。
傍に寄って首筋に掌を当ててみれば案の定、その肌は冷たかった。
「ほらみろ、冷え切ってんじゃねーか」
掌の熱と首筋の温度。
自分の体温が優って冷えた薄い肌を温めてゆく。 
自分の体温が新八の冷えた肌にじわりと浸透していくのが心地よくて銀時はもう片方の掌も添えてみた。
細い首をゆっくり辿り色のない頬を包む。
湯上りの、眼鏡のない無防備な素顔。
節の目立つ銀時の長い指が素直な黒髪に絡みついて漸く新八の瞳がその手の主を映した。
「あったかい」
銀時の手に自分の手を添えて嬉しそうに新八が呟く。
「お前が冷え過ぎなの」
いつも人の世話ばかりで自分の事には無頓着な少年に銀時は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「月見もいいけどよ、なんか一枚羽織ってくれよ」
いつもは自分が言われる立場の小言を言いながら、銀時は新八の手を引く。
引かれた新八は月を名残惜しむわけでもなく、素直に窓辺を離れた。
布団の上に座らせて背中を覆うように包み込む。
「月ならこっからでも見えるだろ?」
見上げた先には満月に近い円。
四角く切り取った窓枠にまるで切り絵のように張り付く様は白々しくて。
そんなものに新八の意識を奪われることが不快だった。
銀時は月を見ず、ただ腕の中の冷えた身体を温めることだけに専念する。
それなのに。
銀時のぬくもりが新八に移る前にその身体は腕から抜け出してしまった。
「ちょ……新八っ」
とっさにすり抜ける腕を掴む。
「どこ行くんだよ」
思わず入ってしまった指の力に少し顔をしかめた新八は、けれどすぐに柔らかい笑みを浮かべ銀時の手に自分の手を重ねた。
そのままくるりと向きを変え、向かい合わせにぺたりと座り込む。
「どこにも行かないです」
銀時を見上げる小さな顔はどことなく嬉しげだ。
重ねられた新八の掌が温かかったから、銀時は安心して腕を開放した。
その動作に釣られて自然と二人の視線が同じ場所に向けられる。
半袖から伸びた腕には掴んだ痕がうっすらと赤く残っていた。
「わりぃ……」
自分がつけてしまった赤い痕を労わるようにさする。
銀時が掴めば軽く指が余ってしまう細い腕。
女のように華奢ではないけれど、それでも自分に比べればどうしても頼りなく見えてしまう少年の腕。
「へーきですよ」
なんともないのだと安心させるように目の前でぷらぷらと振って新八は笑って見せた。
新八が銀時を見る。
まるで何かを確認するように。
やがてふにゃりと笑みがこぼれて。
「月、見ねーの?」
今度は自分から視線をはずさない新八に、同じく瞳を見つめたままで銀時は問うてみた。
見つめ合うことは吝かではないが新八の真意がわからない。
珍しく困惑気味の銀時に、少し嬉しそうに新八が笑う。
小言を言われたり、逆に困惑させてみたり。
いつもと立場が逆な事が楽しいようだ。
「別にお月見してたわけじゃないです」
すっと新八の身体が伸び上がって膝立ちになる。
「銀さんのこと、待ってただけだから」
だからもう月はいいのだといって新八はゆっくりと両手を銀時の髪に差し込んだ。
見上げる銀時と見下ろす新八。
目線さえも今日は反対で。
銀時は、いつもは額にする口付けを目の前にあった顎にしてみた。
癖のある銀髪で遊んでいた新八の指が一瞬とまり銀時を見る。
そうして今度は新八の唇がゆっくりと銀時の額に落とされた。
触れるだけの微かな感触。
そこに新八の体温を感じた途端目の前にある身体との僅かな隙間がもどかしくて、銀時は細い腰を抱きこんでしまうと強引に自分の膝の上に跨がせてしまった。
「ぅわっ」
急に体勢を崩された新八はとっさに銀時の両肩にしがみついた。
「もー、急になんてことすんですかっ」
抱き締めた身体からは少し早い鼓動が伝わってきて新八の驚きを伝えていた。
慰めるように背を撫でて。
「お前が可愛いことするからだろが」
同じ高さになった新八の、今度は鼻先に口付けて瞳を覗き込む。
「何か珍しいな」
いつもとは少し雰囲気の違う新八に、嬉しい反面不安も感じて銀時は問いかけ。
新八は少し考えるように首をかしげて。
「月が、綺麗だからじゃないですか?」
本気とも冗談とも付かない不思議なトーンで新八が笑う。
「昨夜ね,夢に銀さんが出てきたんです」
肩に置いていた手を再び銀髪に差し込んで新八が謎解きを始めた。
いたずらに跳ねる銀時の髪に優しく指を絡ませる。
「夢の中の銀さんはどういうわけか金髪で」
新八が喋るのにあわせて開いた襟元から覗く首筋が微かに動く。
「金時って呼ばれてました」
「それってもう俺じゃねーんじゃん?」
くすりと笑う気配に合わせて喉が揺れたから。
銀時は吸い寄せられるようにそこに唇をあてた。
「顔は銀さんなんですよ」
「へぇ」
綺麗に浮き上がる筋を舌で辿り、その先の柔らかい耳たぶを甘く噛んだ。
「ん……ぼ……く、それがやで……」
「似合ってなかったって?」
「…………似合ってました、けど……」
胸に付いた新八の手が二人の間に距離を作る。
窓から入る月光が銀時の髪に溶け込んで淡く光る。
「僕はやっぱり、銀色の銀さんが……好きです」
外見が全てではないけれど。
初めて見て、ずっと一緒にいて好きになった姿だからと新八が言う。
「銀色が、よく似合います」
静かな月光をさらりと受けて新八が綺麗に笑う。
腕の中の体温と息が触れ合う距離での告白に銀時はどうすればいいのかわからなくなる。
全てをぶつけてしまいたいほどの激情は体中で渦巻いているのに。
壊してしまえない臆病な自分がいる。
簡単に抱き込んでしまえるこの小さな身体にどうしたって自分は太刀打ちできない。
戦場で剣をとって戦う事のほうがどれだけ容易いだろう。
「お前、無防備すぎんだよ」
「そうですか?」
新八の肩に額を乗せて、甘えるように抱き締める。
「そうだよ」
「でも、銀さんにだけですよ?」
「わかってねーよ。お前は誰にでも優しんだよ」
いつも傍にいて見ていれば嫌でも思い知らされる。
その分け隔てのない新八の優しさは銀時の中に愛しさと同時にもどかしさを募らせる。
自分だけのものにしてしまいたいという独占欲で新八を縛り付けてしまいたくなる。
「銀さんだって優しいじゃないですか」
新八の指が銀色をつまんでそっと引いた。
「僕、結構ひっそりとやきもちとか妬いてるんですけど?」
思ってもみない新八の告白に銀時はマジマジとその顔を見てしまった。
「ホントに今日は珍しいことばっか言ってくれんだな」
視線の先で新八が笑う。
「だから……月の所為、です。明日になったらきっともう言えないし、できないです」
そういって新八の唇が触れたのは銀時の唇だった。
いつも銀時がするのに習うように、けれど新八らしい初々しさでそっと舌が唇を辿る。
ゆっくりと撫でるばかりで入り込む勇気のない新八を銀時は口を開いて迎えにいく。
柔らかなピンク色を軽く吸うように誘い込むと新八の手にぎゅっと力が入った。
逃げ腰な新八の舌を擽るように舌先でなぞればピクリと肩が震える。
すぐ其処にある瞼を閉じた新八の、眉間によった皺が一生懸命さを伝えてきて。
その可愛さにくすりと笑って銀時は甘い新八の唾液を嚥下した。
耳の後ろから大きくゆっくりと髪を梳いて離れると濡れた赤い唇が声にならない吐息を零す。
自分を跨いで向かい合う新八の背に腕を回し布団の上にそっと寝かせる。
黒髪がさらりと流れて普段隠れている額が月明かりに晒された。
新八に覆いかぶさるように自分の身体を片手で支え、もう片方の指の甲で額に触れる。
返した指先を流すように頬、顎、首筋と辿ってゆく。
肩口から胸へと滑らせた指先が在るか無きかの突起を掠めた瞬簡、新八の肩が揺れた。
そのまま指を滑らせて腰の辺りで甚平の袷を閉じている紐の端を引くと呆気ないほど簡単にするりと解ける。
それはまるで新八の無防備さにも似て。
内側の結び目も解いて布を肌蹴れば纏うものをなくした肌が月明かりに白く浮かんだ。
滑らかな胸に当然膨らみはあるはずも無く、それは自分と同じ性を持つ身体だった。
自分よりも一回りは小さな少年の身体。
それでも銀時はその肉体に確実に欲情する己を自覚している。
「こんな簡単に、俺なんかに身体開いて。お前どうすんの」
黒い瞳が銀時をじっと見て両手がゆっくり伸ばされた。
ゆっくりと頬に添えられて……ぎゅっとつままれた。
「いひゃい」
「だから、銀さんにだけですってば」
指を離して唇を尖らせた新八がふいっと目を逸らす。
「銀さんだからです……ってば……」
消え入りそうな呟きを夜の静寂が銀時の耳にはっきりと運ぶ。
「こんなの、銀さんじゃなかったら絶対やです……」
銀時だからいいのだと新八はいう。
銀時でなければ嫌なのだと。
生きてきて。
何かに許されたいと思ったことなど一度も無かった。
奪った命と救えなかった命。
無意識の贖罪に魘され続けた夜。
許されたいわけではなかった。
ただ新八が傍にある事を望んでくれるから。
いてほしいのだと、自分を求めてくれるから。
だから、消えてしまった命の重さを抱えながらも歩いていけるのだと銀時は思う。
続く道を、ずっと一人で歩くのだと決めていたのだけれど。
自分はどうしてこの存在に出会えたのだろう。






薄い胸板に頬を寄せれば微かな鼓動が耳に届く。
ゆっくりと上下する胸は命の証の温もりで銀時を温める。
「銀さん……重い」
「わりぃな」
「……思ってないでしょ」
「んなことねぇよ?」
親指の腹で胸を撫でれば熟れた桃のような色付きにあたる。
視線の先、すぐ其処にあるそれは口に含めばきっと舌に甘い。
撫でるように何度か指を滑らせると恥らうようにたちあがる。
その突起を転がすように廻し撫でるとやんわりと新八の手に止められた。
「くすぐったいですってば」
まるで悪戯を咎めるような色を含まないその声を、今はまだ情欲で濡らしてしまいたくはなかった。
それは自分のエゴでしかないとわかっているけれど。
顔を上げ、止めた手に指を絡めて銀時は伸び上がる。
新八の顔の脇に縫い止めて。
「新八、口ん中舐めさせて」
軽く顎に歯を立てると僅かに喉が沿って誘うようにピンクの舌が歯の間から覗く。
それは勿論新八の意識するところではないのだけれど、銀時は誘われるままに舌を伸ばした。
官能を呼び覚まさないよう少し乱暴に咥内を辿れば息苦しさから新八の声が漏れる。
届く範囲で全てに触れて、新八の喉がコクリと鳴るころ銀時はようやく唇を開放した。
口元を濡らす二人分の唾液を丁寧に舌で舐め取ってやる。
「僕……」
整わない呼吸に重なった胸を上下させながら新八が言葉を紡ぐ。
「そのうち、溶けて、なくなっちゃうのかも」
銀時の舌で飴のように舐め溶かされてしまいそうだと笑う。
「そうなったら銀さん寂しくて泣いちゃうよ」
「……銀さんも月の所為、ですか?」
珍しい銀時の発言に新八が驚く。
「そうかもな」
月の魔力の真意の程は定かではないが、いつもに増して素直な新八に毒されているのは確かだった。
新八の上からようやく身体を退かせると銀時は布団の上に横になる。
寝転がったまま器用に肌蹴た新八の前を整えてやると傍らに引き寄せた。
「新ちゃん、珍しいついでにお願いしてもいい?」
「僕にできることにしてくださいよ?」
銀時が望むことは新八にしかできないことだ。
胴に腕を廻して抱き込むと胸元に額を寄せた。
「朝までよろしく」
「よ、よろしくって……」
銀時に抱き締められて眠るのはいつものことだったけれど逆に抱きつかれてしばし戸惑う。
それでも新八の腕は自然と銀時の頭を抱き締めるように落ち着いた。
「こんなんがしたかったんですか?」
「そ」
「へんなの」
自分よりも遥かに大きな大人を抱き締めて、新八はくすりと笑った。
「そういえば。夢の話したでしょ?」
「ああ、金さんね」
「その夢、僕もいたんですよ」
「どんなん?」
伏せていた胸元から顔を上げた銀時が興味深げに新八を見る。
「銀さんよりも年上っぽくて、身体もたくましくて……顎が割れてました」
新八は思い出し笑いをこらえるように肩を震わせた。
「なにそれ。ありえねぇんだけど」
銀時は目の前にある滑らかな丸みを帯びた新八の顎を見た。
自分よりガタイが良くて年上で顎割れ。
それは銀時の想像力を超えていた。
「夢でよかったって、思っちゃいました」
冗談に紛らすみたいに笑うけれど、銀時は新八の不安を感じ取った。
未発達のこの身体は完全に成長を止めたわけではない。
それでも、変わらないのだと銀時は思う。
抱き締める腕を強くして。
「心配しなくても、どんな姿でも中身が新八なんだったら可愛いだけだと思うけどねぇ」
そういってくすりと笑うと新八の手に頭を叩かれた。
「むかつく」
可愛いといわれたことの照れ隠しなのか新八の両手が銀時の頭をぱしぱし叩く。
兎に角新八は自分が可愛いのだということに対して懐疑的だ。
銀時が冗談めかして告げることにすら取り合おうとしない。
それがまた可愛いのだということに気付かずに。
「絶対銀さんよりおっきくなってみせますからね」
「そぉ?んじゃ楽しみにしとくわ」
「信じてないでしょっ」
「まーさか。明日から一緒に苺牛乳飲もうな」
「銀さん見てると信憑性がないです」
「……ホントに新八は可愛いよね……」
またぺしっと叩かれた。
「はいはい、もう寝ようぜ。寝る子は育つ、これが一番だろ」
額をぐりぐりと押し付けて足を絡めた。
「それも銀さん見てるとどうかと思うんですけどね」
「……新八はきっと立派な大人になるよ」
もう一度しっかりと細い身体を抱き締める。
きっとどんな風に変わってしまったとしても、新八が新八である限りそれは何も変わらないのと同じなのだろう。
「ま、顎が割れても銀さんの気持ちは変わんねーから心配すんな」
「僕だって……別に金髪だったら嫌いになるとかじゃなくて、ただ銀色のほうが好きだなって……」
「わーってるって」
ポンポンポンと背中を叩く。
「弁解してくれちゃうほど銀さんが好きなの?……ムゴッ」
頭を強く抱き締められた。結果顔が新八の胸元に押し付けられる。
「早く寝てくださいっ」
絶対に顔は見られたくない、という勢いでぎゅうぎゅうと抱き締められて銀時はひっそりと笑う。そんな事をしても意味はない。
だって見なくてもわかる。
きっと新八は耳まで真っ赤なのだろう。
ちらりと見た窓からはもう月の姿は消えていた。
顎が割れたってガタイが良くなったって新八ならやっぱり可愛いのだろうと確信する。
ホントにもうね、骨まで愛してるよ、新八君。





新八の腕に包まれて、触れた胸元から伝わる鼓動を感じて。
もしかしたら今日の夢には顎の割れた新八が出てくるのかもしれない。
でもきっと自分は好きになるのだろうと思いながら銀時はゆっくりと瞼を閉じた。

20061125UP

えーっと、えーっと……何かな……これ(汗)。
何でそんなにくっつくの?何でそんなにチューすんの?これはもう蜂蜜に砂糖混ぜて舐めるような暴挙だよ?……という感じでしょうか。
一度坂田さんと話し合う必要がありそうです。
金時批判とかではないです(汗)が、やっぱ私も銀色の銀さんが好きだなーと思って。
あ……すみません、鼻から蜂蜜が垂れてきたので失礼します。

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