「あーーー、気ィ進まねぇけど……やっか」
椅子を左右に揺らしながら銀さんがだるそうに言う。
三人分の体重を受けて、(多分)安物の椅子がぎしぎし音を立てる。
「ちゃっちゃと片付けて新八サンドして寝んぞ。神楽、おめーの怪力が頼りだ」
「仕方ないネ。銀ちゃんに甲斐性ないから私が頑張るヨ。新八、私に任せるネ」
「わかってね−な。能ある銀さんは爪を隠してんだよ?」
「隠した場所を忘れるような爪に意味はないアル」
銀さんは首を振りながら大きなため息を一つついた。
「新八、言ってやって」
「えっ?」
急に振られて対応ができず僕は言葉に詰まってしまった。
その瞬間に二人の勝敗は決したみたいだった。
神楽ちゃんは勝ち誇った顔をしてる。
「新八冷てぇ」
「ご、ごめんなさい」
だって、急に何か言えって言われたって……。
銀さんのいい所。
それを言葉にするのはとても難しい。
駄目なところならいくらでもあげられるのに、良いところっていわれたら一生懸命考えても言葉にできない。
だってそれは形じゃない。
ずっと傍にいて。
気持ちで感じて心でわかるものだから。
きっとそれは10の駄目なところを補って十分に余りあるもの。
調子に乗るから絶対に言葉にはしないけど。
神楽ちゃんも僕も。
大事なことはちゃんとわかってる。
碌にお給料だってもらえてないのに万事屋をやめないのが何よりの証。
それはもしかしたら言葉にするよりもずっとあからさまなことなのかもしれない(もしかしてこういうところから露見してしまうんだろうか)。
「銀ちゃんのいいところはおしっこに蟻が集まるところネ。地球に優しい気がするヨ」
「それを聞いて俺は喜べばいいのか?」
「嬉しくないアルか?」
「複雑な乙女心だ」
「なるほど。ガラスの毛細血管アルな」
「……はい、そこまで」
放っておいたらどこにいってしまうかわからない二人の会話を僕は止める。
「馬鹿なことばっか言ってないで。一割増やされたらますます家賃滞納率が上がっちゃうでしょ。早く片付けに行きますよ。ほら、神楽ちゃん降りて、降りて」
神楽ちゃんの肩をぽんぽんと叩く。
「えー、降りたくないアル。新八の膝はなんか座り心地がいいネ。銀ちゃん、このまま新八ごと運んでヨ」
「却下。無茶を言うな。寧ろお前が俺たちを運べ」
「ヤーヨ。新八だけなら運んだげるヨ」
「や、それは遠慮するから」
「新八シャイネ」
「いや……そういう問題じゃ、っていうか。もう冗談はおしまい。仕事するよ、ほら」
ちょっと可哀想かなと思ったけど神楽ちゃんをぐいっと押して膝から降ろす。
ぶぅぶぅ文句をいってるけど取り合ってたらキリがない。
「銀さんも」
身体に回った腕を外そうと手をかける。
でもがっちり組まれた手と手が離れない……と思うまもなくそのまま身体を持ち上げられてしまった。銀さんの両腕に抱き上げられる。
「ちょっ……」
これはあれ、いわゆるお姫様抱っこっていうやつ。
これをされちゃうと僕はもう逃げられない。
足をばたばたしてみたところで無駄なことは実証済みだから。
「銀ちゃんずるいっ」
神楽ちゃんがぴょんぴょん跳ねる。
「わりィがこれだけは譲れねぇな」
今度は銀さんが勝ち誇ったみたいな顔をしてる。
はぁ、この二人は寄ると触るとこうなんだから。
喧嘩するほど仲がいい、の見本みたい。
「二人とも、いい加減にしないと僕一緒に昼寝しませんからね」
『えーーーー』
二人の声がハモる。
「えー、じゃないの。まじめに仕事しない人は嫌いです」
そう言ったら神楽ちゃんが酷く気の毒そうな顔で銀さんを見た。
「可哀想な銀ちゃんアル」
「いやいや、人事みたいにしてっけど、これお前も込みだから」
……否定はしないんだ。
「マジでか」
「マジでだ」
「だったら私の本気みせてやるヨ」
腕まくりのポーズで玄関に向かう神楽ちゃん。
「勝負ヨ、銀ちゃん。私勝ったら今日は新八貰うヨ」
「おいおい、話変わってんじゃねぇか。神楽頑張ってくれんだろ?」
「よく考えたら理不尽アル。私が頑張って銀ちゃんが新八と寝るのはズルくナイカ?」
「…………神楽、良く聞け。獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすという。わかるか?」
「何アルカ、それ」
「獅子は突き落とし谷から這い上がってきた子供だけを我が子と認める。神楽、行け。行ってお前も見事這い上がって戻って来いっ」
神楽ちゃん、銀さんの口車に乗せられちゃ……って思うのに、目の前で神楽ちゃんはなんだかメラメラ燃えていて。
「知らなかったネ、私は獅子の子だったアルカ……ヤルネ……銀ちゃん、私ヤルヨ。見事這い上がって見せるヨ。新八、待ってるアルッ」
そういうなり神楽ちゃんは定春を引き連れて表へと走っていってしまった。
どどどどどって。
なんだろう、これって舌先三寸で丸め込んでしまえる銀さんが凄いんだろうか。
それとも単純過ぎる神楽ちゃんが悪いの?
…… ちょっと頭が痛いかも。
「そろそろ降ろしてくれませんか」
未だに僕を抱き上げたままの銀さんにお願いをしてみる。
「え、何で?」
「……神楽ちゃんを手伝いに行くんです」
「あいつすげーやる気満々で出てったじゃん」
「そのやる気が空回ったらどうすんですかっ」
無駄とわかっていながらも僕はじたばたもがいてみる。
「ビールケースは運んでも中のビールが割れました、じゃ意味ないんですよ?逆にお金取られますっ。第一、神楽ちゃん一人にやらせるなんてずるいでしょーが」
「わーったから、ちょい落ち着けって、な?」
「……落ち着いてますっ……けどビールケース一個につきいくら取られるのかと思うときがきじゃないんですってば」
我ながら所帯じみてるなと思いながらも文句がでてしまう。
それを聞いてた銀さんは変な顔になって、ソファに移動すると座りこんでしまった。
勿論僕も道連れに。
「どうかしたんですか?」
「んーーーなんつーか、お前ってホント……」
いつもの癖で頭を掻いて。
「さっきババアが言ってた事だけどよ」
「?」
「その、嫁とかいうやつ」
「あ……」
お登勢さんに言われた言葉が蘇って顔が熱くなる。
今さっきの言動一つ取ってみても、僕は自分で墓穴を掘っているのかもしれない。
「……やっぱ嫌か?」
ちょっと困ったような表情で銀さんが僕に聞く。
ずっと傍にいたからわかる、気遣うような瞳の色。
いつも本気と冗談の境目でふらふらしている銀さんの、時々垣間見せる不器用な優しさが僕はたまらなく好きで、愛しくて。
「嫌かって聞かれたら、そりゃやですよ。だって僕男ですよ?」
「だよな……」
「でも」
普段は恥ずかしいばかりで伝える事ができないけれど、銀さんのことが好きだなぁって噛み締めちゃった今なら勢いで言える気がして。
ただ、顔は見られないからぎゅっと首に抱きついた。
「好きで一緒に居るんですって、言ったでしょ。あんたじゃなきゃこんな職場一日で辞めてますよ。もう嫁でも夫婦でも何でもいいですよ。銀さんが好きだから……甘んじて受けます」
「……新八」
銀さんの手がしがみ付く僕の腕に掛かる。だから僕は一層力を込めてしがみ付いた。
「やですよ。お願いですから、今は見ないで下さい」
「んな、殺生な。キス、してーんだけど」
「やです」
「したい」
「やだ」
「……新八、首が絞まって息できない」
「えっ……ちょ、うわっ」
しまったと思った時にはもう遅くて。
どさり、とソファの上に寝かされて、目の前には天井を背にした銀さんの顔。
息ができないって言われてつい腕の力を抜いてしまった僕の負けだった。
「したい気持ちが勝っちゃった。キスしていい?」
基本的には強引なくせにこんな時ばっかり選ばせて。
ホント、意地悪な人だよね。
悔しいけど、でも銀さんを好きな気持ちに負けてしまった僕は観念して腕を伸ばした。
「……してください」
銀さんの掌が肘まで露になった僕の腕を優しく滑る。
していいって聞いたくせに焦らすから、僕は我慢できなくて銀さんの首に回した腕をゆっくりと引き寄せた。
「なんか成り行きで昼寝する事になっちゃいましたけど、今日は徹夜になるし丁度よかったかもしれませんね」
玄関に座ってブーツを履く銀さんを壁に凭れながら待つ。
「年越しに並んでまで欲しいもんなのかねぇ。たかがゲーム機だろ?」
「価値観は人それぞれですよ。仕事受けたの銀さんじゃないですか」
僕たちは今夜、大晦日だというのに行列に並んで新年に発売される新しいゲーム機を購入するという依頼を受けている。
だから今日は徹夜で並ばなくちゃいけないんだよね。
「そらそーだけど、正月返上だよ?年末年始は炬燵でまったりしてーだろが」
準備のできた銀さんが立ち上がった。
「気持ちはわかりますけど」
不満を露にした顔を見上げて。
「僕はちょっと楽しみです」
そういったら不満顔から不思議顔に変わった。
「だって、堂々と銀さんと年を越せるじゃないですか」
姉上と二人きりで過ごすことが当たり前だった年越しが、銀さんと出会ったことで当たり前ではなくなってしまった。
少しでも銀さんと居たいと思ってしまう気持ちに姉上に対する罪悪感は消えないけれど、それでもこの人と居たい気持ちは増すばかりで。
今年は仕事を理由に堂々と一緒に居られる。
不純だとは思うけれど、でも嬉しいと思うのは正直な僕の気持ち。
きっとその場で言うのは無理だから。
「銀さん、今年もお世話になりました。来年も、傍にいさせてくださいね」
きっかけがあれば、その流れで素直になれることもある。
一晩寝たらきっと元に戻ってしまうんだろうけど。
今なら言えることがあって、今ならできる事があるのなら、後悔しないように伝えておきたいと思う。こんな風に思う事も今だからなのかもしれないけれど。
少しでも、僕の「好き」が銀さんを温められたらいいなと思う。
僕と神楽ちゃんと定春と。
皆で銀さんを「おかえりなさい」って迎えてあげられる場所になれたらいいなって。
体温を感じたくて銀さんの身体に抱きついたらぎゅって抱き返してくれた。
「新八、下行くのもう少し遅れてもいいか?」
鼻先をくっつけて銀さんがそっと聞いてくる。
珍しく神妙な顔をする銀さんに僕はなんだか涙が出そうになってしまって。
「じゃあ、一分だけ……」
目を閉じて、僕達は今年最後のキスをした。
緩やかに絡まる舌は優しいけれどとても深くて、僕は溺れそうになって銀さんに縋る。
支えてくれる腕の温もりにとても安心するけれど。
いつかは、僕も銀さんを支えられるようになりたいと思う。
抱き締められるだけじゃなく、抱き締めてあげられるように強くなりたいと思う。
だから。
年が明けたら皆で初詣に行きましょうね。
神頼みなんて銀さんは嫌いそうだけど、ずっと銀さんと居られますようにってこっそりお願いしてみようかな、なんてちょっと思ってる。
でも。
神様なんかより、僕が信じてるのは銀さんだから。
お賽銭が勿体無いだけなのかもしれないなと思いながら僕は銀さんの体温を感じていた。
銀さんは僕のものだからあげられませんけど。
皆さん、良いお年をお迎えくださいね。
今後とも万事屋をよろしくお願いいたします。
END
20061230UP
かぶき町では万事屋は公認だったらいいなぁと思います。
公然の秘密、みたいな。
玄子さんの万事屋幸せ親子が大好きです。
こっそり捧げさせていただきます。
そして勿論読んでくださる皆様にもv
2007年もよろしければお付き合いくださいませ。
ありがとうございましたv
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