暫く休みが欲しい。
そう言って新八が万事屋に顔を出さなくなってもう一週間になる。
理由を聞いてもはっきりした事は言わない。
銀時も、性格上しつこく言及する事ができなくて、結局有耶無耶のままに休みを与えてしまった(神楽には勿論馬鹿だと笑われた)。
新八がいない。
それだけのことが自分に及ぼす影響に、銀時の気は滅入るばかりだった。
「あーーーー、する事ねぇな。パチンコでも行くか」
そろそろ日も暮れようかという微妙な時間。
だが、新八はいない、仕事はない、神楽は遊びほうけている、ではやりきれなくて。
たまらず銀時はぼやいた。
舐めていた飴をガリッと奥歯で噛み砕く。
机から足を下ろし、飴の軸をゴミ箱へプッと飛ばして原付のキーを取った。






階段を降りていくとなにやら下が騒がしい。
段の途中でひょいっと覗いてみればなにやら人だかり。
開店準備中のスナックお登勢の前に行列ができていた。
「何これ」
スナックお登勢は悪い店ではないが、列ができるほど流行る様な店でもない。
ありえない光景に銀時は自分の目を疑った。
ふと見ると、列の中に見知った顔。
銀時は階段を降り切ってその人物に近付いた。
「長谷川さんじゃねーの?」
海老茶の着流しにサングラス、銜え煙草で待つその姿は馴染みのパチンコ屋の開店前でもよく見かけるそれだった。
「よぉ、銀さん」
「あんた、こんなとこでなにしてんの?」
店の前には長谷川も含めざっと20人ほど。
中には若いのもいるけれど、概ね「親父の聖地スナックお登勢」に相応しい面々が揃っていた。
前から5人目に並ぶ長谷川に銀時は探りを入れる。
「何、銀さん。あんた上に住んでんのに知らねぇの?」
長谷川の微妙な表情にちょっとムッとするけれどなんとか堪える。
「なんかさ、口コミなんだけど。ここにすっげー可愛い女の子が入ったって噂でさ」
俺は今日初めてなんだけどもね……などとやに下がる長谷川の言葉に銀時は首を傾げるばかりだった。
ここの店員といえばお登勢と猫耳、銀時の知る限りでは妖怪と色物しかいない。
可愛いなどという形容詞に該当する人物は存在し得ないはずだ。。
しかも新人を雇ったなどという話は初耳だった。
勿論ここ暫くは下には出入りしていなかったからなんともいえないのではあるが。
それにしても一体……と思っていると看板の明かりがついてお登勢が顔を出す。
やっぱり「可愛い」には遥か彼方、及ばない。
「お待たせ。大勢のご来店感謝するよ。けど、うちは狭い店だからね、入れ替え制だよ。文句のある奴はお断りだ。まずは半分、入っとくれ」
お登勢の出す条件に、みな文句も言わずにその場に留まっている。
そんなに可愛い人物なのだろうか。
多少の興味が沸く。
一目見るくらい、と5人目の長谷川にくっついて、銀時はどさくさ紛れに店内に入った。
「いらっしゃいませ」
いつもなら、お登勢の嗄れ声か怪しい片言語が出迎えるのに。
銀時の耳が拾ったのはいつもと違う声……だが、いつもと同じ声。
その声は店内と、出迎えられた客の気持ちをほっとさせる。
店内に広がる、身体が知っているこの空気。
カウンターの向こう、にこやかに出迎えたのは黒髪のおさげに眼鏡、薄桃色に白い花が散った着物を着ている大和撫子。
銀時はその人物をよく知っていた。
目が合って、相手は一瞬あっという表情で次の瞬間固まった。
銀時はお登勢を見る。
「おい、ババァ。ありゃ、何ですか。ありゃ、ぱち恵ちゃんじゃねーんですか?」
睨み付ける銀時に動じることなくお登勢は煙草を一服ふかす。
「おや、お知り合いかい?」
「すっとぼけんじゃねーっ。何であいつがここにいんだよっ」
お登勢の、胸倉を掴まんばかりの勢いで銀時は詰め寄った。
スナックお登勢で評判の可愛い新人は銀時のよく知る人物。
いつだったか、お妙の勤めるスナックのピンチで追い詰められてさせた女装の。
ぱち恵、即ち新八だった。






仕事を休みたいと言ってから一週間。
長谷川情報から推測するに、新八はずっとここで働いていたに違いない。
灯台下暗しもいい所だ。
間抜けすぎて笑えもしない。
ぎりぎりと、歯噛みをする勢いだ。
だが。
やはり動じないお登勢にふーっと煙を吹き付けられた。
不意打ちに、吸い込んでしまった煙に暫しむせる。
おさげの可愛い大和撫子は、こちらのやりとりを気にしつつも賑わう店内で懸命に接客をしていた。
営業スマイルにやに下がり、酒を出す手にさり気無く触れる、脇を通り抜ける時に故意に身体に触れる。
客どものやりたい放題に銀時は拳を握った。
「おっと、営業妨害はよしとくれよ」
「ババァッ、てめっ……」
「まぁまぁ、邪魔になるからこっちに来な」
店の隅に引っ張っられた。
余裕を持って客をもてなすためなのか、店内は少し余裕が残されている。
銀時は隅の空いているテーブル席に着かされた。
お登勢は隣で煙草をふかす。
「なんで、あいつがここにいんだよ」
少し落ち着いて、今度は冷静に問いただす事ができた。
それでも視界の隅に新八を入れておくことは忘れない。
「すまいるでの新八の女装、かなり似合ってたんだってね。店長がべた褒めしてたんだよ。あの子、絶対親父受けするってね」
銀時は脳裏にすまいるの店長を思い浮かべようとして失敗し、舌打ちする。
どうでもいいような男の顔など記憶に留めてはいなかった。
代わりに脳裏に浮かんだのはあの時の新八だ。
どっかの馬鹿が勝手に自滅して(そういえばその片割れは今目の前にいる)、その欠員を補うための苦肉の策だった。
本当は新八にそんな事はさせたくなかったが一生懸命な新八の説得に絆されたのだ。

できるだけダサく、芋っぽく、とみつあみの付け毛を選んだ。
時間がなくて、脱いだ肌にバスタオル一枚を巻かせた。
新八の女装なんて笑えるだけだろうと高を括っていたのだ。
それなのに。
完成した姿に愕然とした。
いつもと変わらない純朴な眼鏡顔。
すっきりとした襟足から自然に流れる長い黒髪。
普段露出が少ない新八の露になった肩と素足。
その全てが慣れない女装に恥らう様子と見事に相まって、スーパーコンボの大技ですかっってなものが完成していた。
銀時はたまらず、ただきつくその身体を抱き締めた。
十分に気をつけろと言い聞かせ、自分の傍を絶対に離れるなと念を押した。
新八が小さく頷いたのを覚えている。
その後、台に座らせた新八の片膝をあげさせて。
微かな抵抗を抑え込んで内腿に口付けた。
白い肌に浮かんだ所有の赤と裾を押さえた手の微かな震えを、今でも鮮やかに思い出せる。

「なんでてめぇがそんな話知ってんだよ」
すまいるでの騒動はお上絡みだった為に公にはなっていないはずだ。
「ふっ……かぶき町四天王を舐めんじゃないよ」
紫煙がふーっと吐き出された。
「くそっ。で、なんでいんだよ」
「親父受けするならここで使わない手はないじゃないのさ、勿体無い。でもあたしゃやってみないかいって声かけただけ。決めたのは新八だよ」
出される手に嫌な顔一つせず接客をする新八を見る。
初めてであったのはファミレスのバイト。
あの時は馬鹿店長に萎縮してしまいぎこちなかった新八だが、基本的に人当たりがよく気遣いのできる性格は接客に向いていると思う。
悔しいが、それは認める。
「あの着物は?」
「あたしの娘時代のもんさ。よく似合ってるだろ?」
「……そんな遺物、よく残ってたな」
拳が飛んできた。
春に咲く、桜の花びらのような淡い桃色の地に純白の花をあしらった控えめな柄は、怖いくらいに新八に似合っていて。
じっと見ていたら目が合った。
意を決したように、少し緊張した面持ちで水を乗せた盆を持って新八がこちらに歩いてきた。
テーブルに水とお手拭を置く。
「い、いらっしゃいませ」
座る銀時の隣に寄り添うように腰を下ろす。
一週間ぶりの体温。
「何か、お飲みになりま、すか?」
震える語尾を抑えるように、膝の上でぎゅっと掌が握られる。
自分の知らない新八の一週間。
ずっとこんな風に、知らない誰かの隣で過ごしてきたのだろうか。
それは隠されていた、という事実も相まって銀時の思考を絡めとっていく。
酷く、残酷な気持ちになった。
「水だけで結構ですぅ。そんな事より、ぱち恵ちゃん。向こうでお客さんがお呼びじゃねーの?行けば?」
自分でも驚くほどに冷たい声が口をつく。
瞬間、新八の肩がびくりと震えた。
俯く白い項。
握り締めた手も色をなくして。
ぽとりと、雫が落ちた。
「や、やだな、め、目から汗が、あはは……お登勢さん、ごめんなさい。ちょっとお化粧、直してきてもいいですか?」
「……いいよ。行っといで」
立ち上がる瞬簡に、すん、と鼻を啜る微かな音が銀時の胸に刺さった。
桜色の背中が奥へと消える。
去ってしまった隣の温もりがただ寂しくて、胸には罪悪感しか残らなかった。
「くそっ」
頭を掻き毟る。
抱えていた頭から冷たい水が垂れてきてぽたりぽたりと絨毯を色付ける。
慌てて頭を上げれば、水の入ったコップを逆さに掲げるお登勢の手があった。
「何しやがんだっ、クソババァッ」
「ホントにまあ、ケツの穴の小さい男だね」
お登勢は冷静にコップを置くと煙草をもみ消す。
また新たに取り出した一本に火をつけると深く吸い込みゆっくり吐いた。
「銀時。あんた、あの子首にしな」
「なっ」
「うちでちゃんと雇ってやるよ。その方が新八の為にもなる」
碌に給料も払ってやれない万事屋よりも。
そんな事は自分で百も承知だった。
お登勢のいうことは多分、正しい。
それでも、新八を手放す事など考えられなかった。
「言っとくけどね。あの子にはカウンターでの接客しかさせてないよ。一週間ぶりだったんだろ?あの子なりにお前さんの傍にいたかったんじゃないのかい?」
お登勢の言葉がガツンと銀時を殴りつけた。
新八の消えた奥の化粧室を見る。
「ちょっと、お登勢さーん。ぱち恵ちゃんはどうしちゃったのよ。俺たち彼女に会いたくて来てんだぜ?」
客の一人の声にそうだそうだの賛同の声。
「はいはい、ちょいとお待ちよ。今化粧直しして可愛くなってるところだよ」
よっこらせ、と立ち上がり、客をあしらいに向かうお登勢。
さっさと行ってやんな、という呟きと共にすれ違いざまに頭をぺしりとはたかれた。






安っぽい化粧版の茶色の扉。
聞こえてくるのは絶え間ない水音。
ノブに触れると鍵はかかっていないようでスルッと回った。
そのまま引いた。
目の前の洗面台では新八が顔を洗っていた。
長い袂を帯に挟んで、露になった肘まで水が流れている。
伝って落ちる透明な雫はさっき自分が流させたものを連想させて。
気配に新八が顔を上げた。
「ぎ……んさん」
驚きに動けない新八。
銀時は後ろ手に鍵をかける。
何をするつもりでもなかったが、誰かに邪魔はされたくなかった。
銀時は蛇口を捻って出しっぱなしの流れを止めると、傍らに用意してあったタオルを手に取り新八に渡してやった。
「ありがと……ございます」
新八は顔を濡らす水滴を丁寧にふき取っていく。
そうしても、黒い瞳はまだ微かに濡れていた。
「さっきはよ、その……悪かった。大人気なかったっつーかよ……」
まともに顔が見られなくて、鏡越しに新八を見詰めた。
新八はタオルで口元を隠したまま首を振った。
「隠してた僕が、悪いから……銀さんが怒るの、当たり前です」
伏せていた視線を上げて銀時を見た新八はふっと気付いたように動きを止めた。
「……髪、濡れてますよ?」
持っていたタオルを銀髪にかぶせられ、そのまま両端を引かれる。
少し前かがみになったところで新八の両手がタオルを動かした。
「何で濡れてるんですか?」
「頭、冷やしてた……なんてな、嘘。ホントはババァに怒られた……ごめんな」
「……風邪、引きますよ」
されるがままに頭を拭かれる。
揺れる視界の端で動く白い腕、目の前の滑らかな喉元ときっと拒まない胸元。
銀時は我慢することなく、誘われるままにその身体に腕を回した。
「銀さん……拭けないです」
「もう十分」
肩口に顔を埋める。
顎の辺りに当たるおさげ髪と腰元の帯。
いつもと違う感触だけれど、その温もりも愛しさも何一つ変わらない。
「新八。俺の事、嫌いになんねーでくれっと……嬉しんだけど」
いつもより大きくぬかれた女物の着物の襟は新八の健やかな項を惜しげもなく覗かせる。
触れたいと思う気持ちのままに唇を寄せ、指先で浮いた骨をなぞった。
新八が、揺れる。
「そんな事、するなら……嫌いになります、よ」
本気の色は全く見えない声で笑って、新八の指が髪をやさしく引いた。
顔を上げると視線の先には微笑む新八。
着物の地色の桜色みたいなはんなりしたそれに銀時はやっぱり誘われた。






「この間、洗おうと思って持ち上げたら、足が袖を踏んでて……銀さんの着物、破っちゃったんです……」
唾液を分け合う長いキスが終わっても銀時は唇を離さなかった。
新八の顔中を幾度も繰り返し啄ばむ。
その隙間を縫うように、新八はぽつりぽつりと告白をする。
「繕おうと、思ったんです、けど……よく見たら、あちこち、擦り切れてるし……。新しいの、仕立てられたら、いいなと……思って」
「それで、ぱち恵ちゃん?」
耳たぶを噛む。
「ん……だって、お登勢さんに相談したら、そうしろって」
「あんのタヌキババァが……」
新八の腕が首に回る。
「でも、おかげでお金、貯まりました。約束、一週間だったんです」
十度に一度、あるかないかの珍しい新八からの口付けは柔らかく。
「銀さん……勝手な事して、ごめんなさい」
「謝まんのは俺の方。ごめんな、そんで……ありがとな」
泣かせてしまった目元に触れて、こめかみに唇を落とした。
「じゃあ、お客さん待ってるんでもう行きますね」
銀時の腕を離れた新八は、眼鏡をかけると鏡の前で身なりを整える。
「明日からはちゃんと俺んとこ、来いよ?」
「はい」
「んで、これからは俺だけのぱち恵な」
「何ですか、それ。意味もなくこんな格好もうしませんてば」
「いやいやいや、すげー似合ってるし、勿体無いって。今夜は是非その格好でおっさんの布団に入っていただきたい、と」
「エロ親父」
「はいよ」
「肯定しないで下さいっ」
「だって事実じゃん。新八が一番知ってっと思うけど?」
後ろから肩を抱き締める。
「絶対着替えてから帰りますっ」
必死の新八に、けれど銀時の口端は上がるばかり。
否定の言葉を口にするけれど結局新八は拒まないのだ。
どこまでも柔軟に銀時を受け入れてくれる。
きっと今夜はこの着物を脱がせても、それに負けないくらいに桜色に染まった新八の肢体が布団の上に咲くのだろう。
ドアが、振動が空気を伝わるほどに叩かれる。
「銀時っ、いつまで篭ってるつもりだいっ。ぱち恵の拘束料取られたくなきゃ、さっさと出て来なっ」
痺れを切らしたお登勢の怒声。
そわそわする新八を一層強く抱き締めて。
項の、襟で隠れそうなぎりぎりのラインを強く吸い上げて、一番濃い花びらを一枚だけ散らす。
「これ、今日は身体中に付けっから」
鏡越しに視線を合わせれば新八が赤くなる。
キスで熟れた唇と上気した頬。
それはどちらも鮮やかな紅を差したようで。
「化粧直し、終わったな」
冗談みたいに言ったら新八が、鏡に映る銀時に怒ってタオルを投げつけた。





どこまでも深く柔らかく自分を想ってくれる新八を、有りっ丈の気持ちを込めて包み込む。
こんな新八を、本当は誰にも見せたくはないのだけれど。
でも、自分のものだと声を大にして言いたくもあって。
銀時は実に複雑な気持ちでドアの鍵に手をかけた。
その前に「腕を離してくださいっ」という新八の涙目の訴えがあったのは言うまでもなかった。




20070125UP




ちょっと意地悪な銀さんが書いてみたかった……のか?
核のネタは「銀さんに内緒でぱち恵やってる新ちゃん」でした。
話をどう作ればいいのやら(笑)。
妄想力のおかげでなんとか形になりました。
ぱち恵ちゃん可愛いです!
自分で言うのもなんですが、ぱち恵ちゃんが泣くシーンが好きですv
胸がキューってなります。
後、発想が親父で申し訳ありません(汗)。
ハグチューからこっち、ピンクばかりですがうち、ピンクサイトじゃないですからね(笑)。
綺麗な桜色とかはぱち恵ちゃんにとてもよく似合うと思います。
新八はやっぱブルー系かな(単純だな:笑)



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