風呂上り。
俺や神楽と違って新八はきちんと髪を拭いてくる。
完全に乾く所まではいかないが、水分は殆ど飛んでいるからタオルはなくても構わない。
でも新八はいつも頭からタオルを被って部屋にくる。
それがとても可愛くて、俺はなんだか気に入っている。


「起こしちゃいましたか?」
新八が襖を開けても布団に入ったままでいたからか、目を開けている俺に気付いて申し訳なさそうな声が降ってきた。
部屋の明かりを消したままだったのも勘違いさせた要因の一つかもしれない。
「寝てねーって」
よっと勢いをつけ腹筋で起きあがって。
タオルの両端を掴んだまま突っ立っている新八に手を伸ばす。
「お前がいんのに寝るわけないでしょ。ほら、こいって」
呼べば素直に伸ばされる手を引いて、新八を傍らに座らせる。
そのまま抱きしめたかったのに、何故か新八は正座で。
物言わぬまま暫く何か考えこんでいた。
「新八?」
掴んだままだった手をそっと揺らして。
顔を覗き込んだら目が合った。


「どうして」
「ん?」
「どうしていつも抱きしめて寝るだけなんですか?」
? ? ? ?………………!!はいぃぃぃぃぃ!?
新八の発言は、静寂の中突然踏まれた地雷のようで。
俺の思考は粉々になる。
外は勿論、ぶっ飛んじまって中も真っ白。
俺の頭は今名実ともに真っ白だ。


衝撃が強すぎて新八の顔を見つめる事しか出来ない。
黒い瞳が濡れているのは涙の所為だろうか。
「僕がもし、女の子だったら何か違いましたか?」
なんでもない事をさらりというように。
けれど、真っ直ぐに俺を見つめる瞳の中に有るか無きかの小さな不安の種が見える。
新八が見せまいと気丈に振舞うほどにそれは芽を出し育ち始める。
俺は新八が好きで、新八は俺が好きで。
互いに気持ちは通じたけれど、くちづけ以上の欲望で触れようとはしない俺に新八は揺れ始めている。
気が狂いそうなほどに欲しいのに、一歩を踏み出せない俺の臆病さが新八を揺らしている。
「馬鹿な事言ってんじゃねーの」
自分の弱さを棚上げしている罪悪感。
見上げてくる新八の、頭から被った布地の白が遠い異国の殉教者にも似て。
苦しくなってそっと落とす。
「男とか女とか、そんなんじゃねーんだよ」


性別じゃない、肉欲じゃない、でも綺麗事だけでもない。
守りたくて、奪いたくて、毎日自分の中で気持ちがせめぎあってる。
「……そんな事、わかってますよ」
こつんと新八の額が肩に当たって。
「わかってますけど怖いんです」
ぎゅっと指を握られる。
「銀さんの事好きだとね、同じ気持ちの人のこと見えちゃうんですよ。みんな綺麗な人ばっかだから、僕なんて太刀打ちできないです」
僕可愛くないですもん,という呟きは独り言のようで。
俺は眩暈を覚えた。
「あんな、新八君。銀さんはこれでも君の約2倍は生きてるわけですけども。未だかつて新ちゃんより可愛いのにはお目にかかった事無いんですけど?」
「……うそばっかり」
「嘘じゃねーって。ほら、目ぇみてみ」
「……濁ってます」
「え、うそっ、マジで?」
いざという時にはきらめくはずの俺の瞳。
今きらめかないで何時きらめくんだっつーの。
焦ってぱちぱち瞬きを繰り返していたら目の前で新八が吹き出した。
腹を抱えて布団の上に転がる。
新ちゃん、そこで爆笑されるのって銀さんすげー微妙な気分なんですけど。
何がツボにはまったのか、ひとしきり笑い転げて。
さっきとは別の意味で涙目になった瞳が見上げてきた。


「ごめんなさい」
甚平の袖をきゅっと掴まれて。
「銀さんがそんな風に動揺してくれるのって、何よりですよね。少し自信が持てました」
少し、と言う所が新八らしいと思う。
でも、もうその瞳の中に揺れるものは無い。
腹を括ってしまえば新八は何よりも強い。
だから俺は安心して。
少し意地悪をしたくなる。
寝転がっている新八を起こして、小ぶりな顔を両手で挟んで額をつけて。
「新ちゃん、今度お尻舐めさせてくれる?」
「えっ」
目の前にある大きな瞳が更にひらいて、瞬間的に掌に熱が伝わってきた。
「だって新ちゃんが言ってんのってそういうことでショ」
「そ……れはそうですけど……」
真っ赤な顔でむーっと考えこんでるのはめちゃくちゃ可愛い。
こいつっていっつも一生懸命なんだよな。
真っ赤なままで唸ってる新八に、この辺にしとこうかと思った所で凄いしっぺ返しを食らってしまった。


「わかりました」
「はい?」
ワカリマシタ?
ワカリマシタッテナンデスカ?
俺はわかっているようでわかっていなかった。
新八が新八である事を。
ほうけている俺を置き去りにして自分の服に手をかけようとする新八の姿にようやく思考が戻ってくる。
「ちょ、まてまてまて、新ちゃんストップっ。お願いだから止まってっ。銀さん悪かったから。謝るからっ」
自分の人生の中でかつてこれほど慌てた事があっただろうかという勢いで俺は新八を制止した。
膝立ちで甚平の前を肌蹴ている新八の腕を掴んで止める。
そのまま抱きこもうとして……やめた。
開かれた布地から覗く日に焼けない滑らかな肌はあまりにも危険な気がしたからだ。
ただでさえこいつは風呂上りの香りを纏っている。
肌蹴た袷を整えてやって、俺はその肩に両手を置くだけにとどめた。
肺が空になるほどの息を吐く。
そのまま力を入れて浮いた新八の腰を布団の上に下ろした。


「銀さんが、言ったんじゃないですか」
ごもっとも。
返す言葉もございません。
新八にはあまり冗談は通じない。
それは言葉一つ一つを常に真剣に受け止めるからだ。
新八の長所であり短所でもある愛すべき部分。
だが、今回はそれが裏目に出た。
「新ちゃん。おっさんはデリケートだから。そういう捨て身の攻撃はやめてちょーだい」
「自業自得じゃないですか」
ほんとにね。
サルでも出来る反省を心の隅でちょっとしてみた。
新八の薄い肩に額を乗っけて。
抱きしめたいのを我慢して、間抜けだけれど手は両脇にたらしておいた。
「僕ね、銀さんにだったら何をされても、多分許しちゃうんだと思います」
足の間でちょこんと正座をして。
俺の髪に手を差し込んでゆっくりと梳きながら耳元で新八が言う。
閉じた目の奥で火花が散る気がした。
「新八くん」
「はい?」
「なんかもう今日は銀さん色々駄目だから」
「駄目じゃない時無いじゃないですか」
「……鬼ですか」
顔を上げて、あははと笑う新八の唇にちゅっと一瞬口付けた。
一瞬じゃないと俺がヤバイ。
朱に染まった頬ににやりと満足して、ポンと頭を叩いて立ちあがる。
「ちっと水垢離でもしてくるわ。先、寝てろな」
ひらひらと手を振って襖に手をかける。
「銀さん」
「はーい?」
「好きなんですけど」
背中越しの告白に心臓がはねる。
ほんとにもうね、俺を殺す気ですか、このやろう。


「新八君、俺が理性の人であることに感謝しなさいよ?」
「銀さんこそ、そのまま悟りとか開かないで下さいね」
「そんなご立派な人間ならこんなとこで万事屋なんかやってませんね」
それもそうですね、なんて失礼な言葉が聞こえてきて。
「そんじゃ、おやすみな」
「はい、おやすみなさい」
もう一回後ろ手にひらひらと手を振ってぴしゃりと背中で襖を閉めた。
そのまま床にごろりと延びて、できる事なら風呂場まで転がって行きたい気分だ。
水垢離で、身を清めたら聞けるなら。
俺は神様ってやつに聞いてみたい。


なぁ、神さんよぉ、理性って一体なんなのよ。


おわし。

20060803

水垢離=水を被って身を清める


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