三日ぶりに新八のいる万事屋。
心なし空気も違って感じるから我ながら単純なものだと銀時は思う。
結局万事屋についてからも部屋まで運ぶ運ばないで一悶着あったのだが、往来の視線が集中した隙を突いてさっさと運んでしまった。
今新八は和室で横になっている。
神楽は新八の家だ。
妙の事をしきりに気にする(勝手に退院させてしまったのだから無理もないが)新八に代わって退院の旨を報告にいく事を自ら買って出たのだ。
銀時はといえば、台所でお茶を入れていた。
そういえば、新八にお茶を入れてやるのなんて初めてかもしれないなどと思いながら煎餅と自分用の甘い茶菓子を用意すると足で器用に襖を開けた。
「茶ぁ入ったぞ」
銀時が声をかけると新八はすいませんといいながら律儀に起きあがる。
布団の上から自分を見上げるその姿はかなりくる。
なかなか視線をはずせなくて盆を持ったまま銀時は暫く立ち尽くしていた。
「銀さん?」
自分を凝視したまま立ち尽くしている銀時を新八は心配そうな声で呼ぶ。
その声にはっとして、けれど何食わぬ顔をして腰を下ろした。
盆の上から湯のみを取る。
貰い物で使っていないからと新八が家から持ってきた夫婦湯呑。
大きい方が銀時で小さい方は新八。
最初から、新八がそういう風に使ったのだ。
新八は、二つに分けてその大きさが違っていたなら大きい方を相手に渡す子だ。
銀時は二つ並んだ小ぶりの方を手渡した。
ありがとうございますといいながら受け取る新八は一口啜って意外そうな顔で美味しい、と呟いた。
そう言えば、銀さんにお茶煎れてもらうなんて初めてじゃないですか?と思わぬ発見をしたような顔で嬉しそうに笑うその姿に癒される。
「飲まないと冷めちゃいますよ」
いつの間に自分の湯呑を置いたのか。
目の前に銀時愛用の湯呑を持った新八の両手が差し出された。
はい、と渡されて反射で受け取る。
一口啜ったそれは自分で煎れたものなのに、新八から渡されたというだけで美味い気がした。
「あーっ、お饅頭二個もあるじゃないですか。一個は明日にしなきゃ駄目ですよ」
受け皿に二個乗せてきた酒饅頭に指導が入る。
「医者に止められてるんだから自己管理くらいきちんとしてくださいよ」
まったくもう、とぶつぶつ言いながら眉間にしわを寄せてお茶を飲む。
ただそれだけの事だけど、それが全てで。
銀時は堪らない気持ちになる。
湯呑を取り上げ脇に寄せると膝で詰めより身を寄せる。
「新八、ぎゅってしていい?」
食欲よりも睡眠よりも性欲よりも満たしたいものがある。
出来る事なら。
力の限りに抱きしめて、この身の内にその全てを取り込んでしまいたい衝動に駆られる。
抱きたいわけではなく、その身を犯したいわけでもない。
ただ純粋に、新八が欲しかった。
問いかけはしたけれど、答えを待つ事はせず銀時は新八の身体に腕を伸ばす。
ギプスに固められた左足に触れないよう気遣いながら細い身体を両手で抱きこむ。
一瞬新八の身体が緊張にふるりと震え硬くなる。
けれどそれは本当に瞬きの間の出来事で、すぐに力を抜いてその身を預けてくれた。
まるで銀時の為に誂えたように何もかもが馴染む身体。
その体温が腕の中に存在するこの喜びを言葉にするのは難しかった。
ただ感じていたい。
「……お風呂入ってないからやですって言ったのに」
伏せている為にくぐもった声と黒髪から覗く真っ赤な耳。
指先で摘んだそれは酷く熱かった。
耳から辿って髪に指を通してみる。
さすがにもう洗髪料の香りはないがよく馴染んだ新八自身の匂いがする。
新八であれば銀時にとってそれは全て愛しいのに。
恥じ入る心すら愛しさになる。
そっと黒髪に唇を寄せる。
「すげー気になってる事があんだけど」
「はい……?」
新八の顔が上がって銀時の視線を捕らえる。
「誰に身体拭いてもらった?」
質問の意味を新八の頭が理解する僅かの間の見詰め合い。
白い頬に朱が走った瞬間に銀時は押しやられた。
「おわっ」
手をついて押留まる。
「ちょっ、てっ、新ちゃん、痛いって、うわっ」
間髪入れずに枕で攻撃してくるのを腕で庇う。
「もうっ、あんたはっ、何考えてんですかっ」
真っ赤な顔でバシバシバシ。
我を忘れて足に負担がかかっては拙いと思い、甘んじて5発受けた所で腕を掴んだ。
万歳をするように手を上げたままで、新八は肩で息をする。
また涙目だ。
感情が高ぶると潤む新八の大きめの瞳は銀時のとっておきの一つ。
「だって気になんだろーが」
仕事とはいえ、誰かが新八の体に触れた。
それは銀時の心を少なからずざわつかせる。
「自分でしました」
呼吸の落ちついた新八の、咎める響きを含む声。
きっと呆れているのだ。
それでも気になるのだから仕方がない。
「自分で?」
「そーですっ。用意だけしてもらって自分で拭きましたっ」
これで気が済んだかといわんばかりに吐き捨てられる新八の声。
大きく息を吐いて一気に脱力。
ずるずると手を下ろす。
掴んでいた新八の手を、手首、掌、指先の順に滑らせながら銀時はゆっくりと後ろに倒れこんだ。
自分で、という言葉に取りあえずは安心をしたけれど、すぐに今度は着衣をはだけて自分で身体を拭く新八を想像してしまい、そのあまりの破壊力にくらっとする。
しかし、口に出せば鉄拳制裁間違いなしなので心にとどめておくことにした。
「銀さん」
着物の端をちょいちょいと引っ張られる。
「んー」
「ありがとうございます」
「あん?」
礼を言われて何事かと肘で起きあがると新八と目が合った。
「傍にいたかったから」
だから
「迎えに来てくれてありがとうございます」
とても綺麗に新八が笑って。
銀時の中がまた満たされた。





妙に報告に行った神楽が帰ってきて、一度家にも帰ってくるようにという伝言を伝えた。
勝手な事をした銀時に「姐御、指の骨ポキポキいわしてたアルよ」との神楽の言葉に冷たい汗が流れる。
新八と顔を見合わせて乾いた笑いをこぼした。
あとは自分がいるから大丈夫と言う神楽に送り出されて後ろ髪を轢かれつつ銀時は依頼に向かう。
けれど久しぶりの新八の「いってらっしゃい」に足取りは軽くなった。
依頼の帰りに買い物をして。
三日ぶりの賑やかな食卓は豪勢ではないけれど気持ちばかりの退院祝い。
はしゃいで行儀を気にしない神楽に新八の小言。
心なしか定春も嬉しそうでしっぽが揺れている。
当たり前の、けれどもとても得がたいありふれた日常。
取り戻した幸福を銀時は見つめていた。
「銀ちゃん」
「ん?」
神楽の声にふっと気付けば目の前で肉が浮いていた。
空飛ぶハンバーグ?
銀時が気を取られているとすーっと遠のき少女の口に運ばれる。
事態を把握した時には既に手遅れだ。
「なっ、てめ、何しやがるっ」
銀時の皿に転がるのは付け合せのプチトマトとブロッコリー。
ソースの跡だけが虚しかった。
「ボーっとしてるからヨ。食卓は常に戦場アルよ」
フォークを構えて戦利品を咀嚼する神楽はさながら戦国武将のようだった。
その横では新八が腹を抱えて笑っている。
それが無性に嬉しくて、銀時は新八の皿に残っていた四分の一の欠片をフォークに刺した。





「神楽ちゃん、もう寝ちゃいましたね。疲れたのかな」
いつもは押入れで眠る神楽が布団を抱えて一緒に寝るとやってきた。
その意味がわかるから、銀時は二枚の布団を繋げて並べ、それに対して垂直になるように新八を真中に寝かせた。
新八を挟んで左に神楽、右に銀時。
三人川の字になって、頭の上には定春が伏せている。
横になってほどなくして安心したように眠ってしまった神楽の寝顔を見ながら、あまり自由が効かない新八は精一杯手を伸ばして神楽の布団を直してやる。
「たまにはこういうのも良いですね」
自分の布団を口元まで引き上げて楽しげに笑う新八。
いつもより遠い距離。
腕を伸ばせば届く距離。
「そだねぇ……まぁたまにはな。銀さんは新ちゃん抱きしめらんないからつまんないですけど。新八がしたいなら年に一回くらいはいいかもな」
手枕で横になりながらにやりと笑う。
「今日はそんな事ばっか言ってっ。なんなんですか、もうっ」
更に引き上げた布団から目だけが覗いている。
でもその下の頬はきっと赤い。
「なんなんだろーねぇ」
手をはずして枕に頭を乗せる。
身体は新八にむけたまま両手を伸ばしてその手を取った。
包みこむように指先に口付けて。
新八の左掌に左手を乗せて繋ぎなおす。
「今日は手、繋いで寝っか」
ささやくようにそう告げれば呼吸1つ分躊躇して、そっと細い指が絡んできた。
月明かりの青い闇に溶け込むような新八の黒。
光を受けて濡れたようなその瞳と暫し見詰め合う。
新八がくすりと笑う。
「どした?」
「銀さんの髪って月の光によく映えるなと思って」
「何で笑うの」
「嬉しくて」
「嬉しくて?」
「銀さんの事好きなんだなって思ったら嬉しくて」
それだけいうと布団で顔を隠してしまった。
「おやすみなさい」
中からくぐもった声が聞こえてそれきり会話は途絶えた。
銀時は言葉もなく布団の塊を見つめていたが、やがて身体を丸めて片手で頭を抱えて小さく唸る。
嬉しいだとか、幸せだとか、上手く言葉に出来ない感情が身の内を駆け巡る。
ほんの些細なふれあいに顔を真っ赤にするかと思えば驚くほど大胆な告白をさらりと告げる。
臆する事のない強い心。
その強さにはきっと一生敵わない。
神に感謝なんて殊勝な心を持った事などないけれど、この手を繋げる事にただ祈りたかった。





規則正しい寝息と時折聞こえる少女の寝言。
掌から伝わる体温がゆっくりと瞼を重くする。
新八がいて神楽がいて定春がいて。
明日からまた始まる当たり前の毎日を思って銀時はそっと意識を手放した。

明日の目覚めはきっと優しい。


20060730 UP




この作品は←から飛べます「ソライロ」様でありがたくも飾っていただいている作品です。
私がまだ自分のサイトを開設する前に書いて、迷惑も顧みず送りつけたものをキノコさんが世に出してくださいました。銀新に嵌って、見ているだけでは我慢できなくて、自分でもどうしていいのかわからないくらいの内から溢れ出る何かをどうしても形にしたくて。
同時にいくつか書いていて、一番初めに形になったものです。
ある意味私の「一番最初の銀新」です。
これをきっかけにキノコさんに背中を押していただいてサイトを始めた、という経緯がございまして、キノコさんは私の銀新の母なのです(迷惑です)
エピソードとしてはお登勢さんの簪を探すお話あたりですかね。実はあまり考えて書いてないです(笑)
別件で怪我したのかも。
ずっと読み専だったので文なんて書いた事がなくて、初めて書いたに等しい作品だったのですが、自分では気に入っています。
自分の理想の万事屋、銀新像が拙いながらもちゃんと表現できた気がするからです。
私の基本はここに詰まってるかなって。
まあ自己満足ですけども(笑)

キノコさんの所では素敵なイラストつきでご覧いただけますv

20100306  もんぺ

※PCサイトのものをそのまま移してますのでリンク等はございません。
20100422追記

戻る