坂田さんて新八が、他人行儀に俺を呼ぶ。
銀さんて呼んでくれるのが当たり前だと思ってたのに。


40巻分の思い出を金髪野郎に乗っ取られてから数週間。
主人公の座から一転、かぶき町の住人に格下げされた俺は住み慣れた家までも失った。
傍に残ったのは記憶を消されなかった機械のたまと犬の定春。
他には何も残っちゃいない。
追い立てられて、やっとの事で身を落ち着けたのは貧乏長屋の六畳一間。
当然着の身着のままだから家財道具も一切無い。
金も仕事も無い状況は悔しいけどもこうなる前と変わらない。
ただ決定的に違ってるのはあいつらが隣に居ない事。
『困った時には万事屋金ちゃんへ』
嘗て銀色だった俺の看板文句は見事金色に染め直されてかぶき町を駆け巡る。
現状困ってる俺は悲しいけどもただのかぶき町の住人A、立場的にはお客様だ。
でもだからって「万事屋金ちゃん」の看板求めて助けて下さいなんて依頼だけは、甘味と引き換えだとしても絶対にしたくねぇ(成り行きで相談した事はこの際置いといて)
町中の人間が信じてくれなくたってこちとら本家本元なわけで、そこんとこは譲れない。
とは言っても実際問題困ってる現状は目の前にあるわけだから何とかしなけりゃ立ち行かない。
どうしたもんかと思った時に真っ先に脳裡に浮かんだのは新八の顔だった。
困った時はメガネの新ちゃん、これは俺のモットーだ。
新八の行動パターンは把握してるから早速買い物帰りを狙って捕まえた。
俺の顔を見た新八は金髪野郎への仕打ちの所為で最初は警戒心剥き出しだった、けど今は貧乏長屋で一人暮らし。
おまけに家族に裏切られた可哀想な男、なんて誤解とはいえおあつらえ向きな裏設定まで付いてる可哀想なおっさんの相談に、元来善良な新八がいつまでも冷たい態度を取れるわけが無かった。
騙してる事に多少気は咎めたけど、心配してくれる優しさの前にその程度の後ろめたさはあっさり吹き飛んだ。
付け込む様に身の回りの世話を頼み込めば新八は快諾で、反りが合わない事を理由に金髪野郎には内緒にして欲しいと頼んだ条件もすんなり呑んでくれた。
思惑通り事が運んだ事は正直嬉しい。
けど反面、心配事も持ち上がる。
だってよ、常々攫い易そうだとは思ってたけど冗談抜きで人が善すぎじゃね?
こうして相談してるのが俺だからいいようなものの、可哀想だと思ったら知らねー奴にもほいほいついてっちまうんじゃないかと思ったら落ち着いてはいられない。
こんな事態で客観的に新八見たらマジで怖くなってきた。
やっぱこいつは俺がついてねーと危なっかしいわ。
「坂田さん」
「ほえ?」
「このお部屋ってやかん以外に調理器具が1つも見あたらないんですけど……お食事はどうしてるんですか?」
飯は適当に食うつもりだったから簡単な掃除と洗濯しか頼まなかったんだけど、流石は俺の嫁だよな。
数日通い続けてるうちにこの部屋の生活感の無さが気になってきたらしい。
金髪野郎にあんな事した俺をよく思っちゃいねーだろうに、そういうとこ気にかけてくれたりとかホント、新八だよな。
「主食はお湯さえあれば食えるカップ麺だからな」
「何でドヤ顔……って、毎日ですか?」
「偶に飲み屋でたかったりもするけど、まあほぼ?」
「そんなの身体によくないですよ」
「わかってっけどなんつーか……一人で作って食うのも虚しいってかさ」
「あ……」
ごめんなさいとは言わなかった、けどそういう顔をして新八はそっと俯いた。
気にすんなっていつもなら迷わず抱き締めてやれるのに、今それは許されない。
もどかしさに疼く心がほんの少し、少しだけ。
黒髪に触れたくて手を伸ばす。
「あの」
「な、何?」
眼鏡越し、黒い瞳が真っ直ぐに俺を見る。
届く直前、行き場を無くした指先を誤魔化すように握り込んだ。
「例えば、ですけどお弁当とか……僕が作ってくるのってご迷惑ですか?」
「え?」
「そんなに大したものが作れるわけじゃないですけど、カップ麺よりは栄養のあるものご用意できると思うんです」
「そ、りゃ俺はありがたいけど……志村君も色々忙しいんじゃねーの?」
俺と居た頃(この言い方は正直不本意だ)万事屋の生活は新八がいる事で回ってた。
金髪野郎に黙ってこの依頼をこなさせてる現状で(させといてどの口がって思われるかもしんねーけど)飯の支度までさせるのはさすがに悪い。
そりゃこんな状況で新八の飯が食えるのは涙が出るほど嬉しいけど、そう思ってくれる気持ちだけでも今の俺には十分嬉しいし。
「それは大丈夫ですよ。姉上の食事の支度ついでに多目に作ればいいだけなんで」
「え?」
「はい?」
「あ、いや万事屋……では家事とかやんねーの?」
「僕がですか?」
「ああ」
「特にはしませんけど……どうしてですか?」
俺の問いかけに新八は何故か不思議そうな顔をした。
いやいや待て待て、その顔したいのは俺の方だから。
万事屋の家事なんて当たり前の日常だったのに何でそんな顔すんの?
「だってよ、あの神楽って子は万事屋に住んでんだろ?けど器用に家事こなす様には見えねーじゃん」
神楽に家事スキルが無いことなんて俺が一番知ってるし、だからこそ新八がやらなきゃ万事屋の人間生活が立ち行かない事も十分にわかってる。
とはいえ知ってるからとは言えなくて、微妙な含みを持たせて疑問にしたら新八は納得したようだった。
「確かに神楽ちゃんはしませんけど、金さんがいますから」
「つまり、家事はあいつがやってるって事?」
「そうですね。昼間は依頼で飛び回ってるから買出しなんかは僕が代理でしますけど、基本的に万事屋の家事は殆ど金さんが片付けちゃいますね」
あの人本当に器用なんですよ、と新八は笑った。
「ただ人と食べるのはあまり好きじゃないみたいで、一緒にご飯を食べた事は無いんです。晩御飯前には僕も帰りますし、神楽ちゃんも夜は一階の大家さんの所でお世話になってて……」
新八は寂しげに眉を下げた。
「だから、坂田さんの食事の支度させてもらえるならちょっと嬉しいっていうか……」
新八の作る温かい飯も、いい匂いのする洗濯物も。
あいつの機械の身体は必要としない。
だから三人と一匹で囲む食卓も新八の整えてくれる居心地の良さも、取られちまったと思ったものはまだ俺だけのものらしい。
それがわかった途端、心の奥に懐かしい温もりが溢れ出した。
駄目なんだってわかってるのにどうしても、今新八を抱き締めたくて堪んねぇ。
「さ、坂田さん……あの」
戸惑う声を聞きながら引き寄せた身体を両腕に閉じ込める。
逃げはしなかったけど、新八は僅かに肢体を強張らせた。
その反応は俺のモノじゃないんだと思い知らされるようで辛いけど、それでも今は放したくない。
「悪ィ……少しだけ、だから」
襟足を鼻先で擽って、呟きを肩口に埋め込んだ。
薄く、優しい匂いがする。
「坂田さん……」
銀さんて、いつも呼んでくれた声。
当たり前に聞いてたそれはなんて大切だったんだろう。
「大丈夫ですよ、坂田さん」
害はないとわかったのか、新八の身体から力が抜ける。
遠慮がちにあてがわれた手の平が温かくて、的外れな優しさは愛しさと少しの寂しさを募らせた。
名残を惜しんで身体を離すと見慣れた位置に新八の顔。
何も変わらないように見えるのに、こいつの中には俺だけが居ない。
「きっと元通りになりますよ」
「……そうかねぇ」
「そうですよ。僕に出来る事があるなら協力しますから、遠慮しないで言って下さいね」
俺を見上げて新八が笑うとそれだけで胸が詰まりそうになる。
俺を忘れてるなんて嘘みたいな小さな顔が愛しくて、頬に手を添え額をあてた。
駄目だと知りつつ触っちまったのが運の尽き。
普通に考えて新八を我慢するとか俺に出来るわけなかったわ。
「ささささ坂田さんっ、あのかっ顔が近いんですけどっ」
鼻先が触れて息がかかると新八の声が焦る。
いつもなら近付けば自然に閉じるはずの瞼は驚きに見開かれたまま。
「キスしてぇ」
「き、きすっ?」
「そう」
「って何でっ?」
「そりゃしたいから、だけど」
「し、したいからってそんな……僕男ですよっ……それに」
新八の両手に胸元をぐいっと押し返された。
「こいうのは、好きな人とするものですっ」
そうだよ、だからお前としたいのに。
新八は間違ってると真っ赤な顔して訴える。
自然に歩み寄ってくれるから都合よく期待しちまったけど、やっぱ初対面でいきなりなんてのは新八が許すはずねーか。
残念だけど、でも新八が新八のままだって事に安心もした。
ただそうなると当然気になってくる事もある。
「もしかして好きな奴とか、いんの?」
俺の痕跡全てが金色に塗り替えられてるんだとしたら今まで新八に触れた俺の手は。
「な、んでそんな事坂田さんに言わなきゃいけないんですか」
「いーじゃん別に減らねーし。あの金髪?」
塗り替えられたこの世界では俺のした事をあいつがしてる。
だから考えたくなくても可能性を否定はできない。
「ちょ、さっきから変な事ばっか言わないで下さいっ」
覚悟を決めた問いかけに、返ってきたのは意外にも強い否定。
「違うの?あいつの事好きだったりしねぇの?」
「何でそうなるんですかっ」
「だってよ……頼りになるし、かっこいいんだろ?」
「だからってそんな……さっきも言いましたけど僕男ですし、男の人が好きとかそういうのないですから」
「なら、あいつはただの上司って?」
「当たり前です、そりゃ金さんの事は好きですけど……でもそれは尊敬からくる好意っていうか、そういう意味の好きであって坂田さんが言うみたいな気持ちじゃありません」
嘘が苦手で小細工が下手で、いつも俺に真っ直ぐで。
新八が俺を選んでくれた奇跡を、こんな時なのについ噛み締めちまった。
「そりゃ……変な事聞いて悪かったな」
「ホントですよ、全く」
新八は咎めるように僅かに口元を尖らせた。
あ、これ甘いもん食ったのがばれて説教する時よくする顔だ。
この顔見たくて偶にわざと見つかるようにしたりして。
流石に二日に一度のペースでやって泣かせちまった時は反省したっけな。
「さっきのさ」
「はい?」
「出来る事、協力してくれるってやつ」
「あ、何か思いつきました?」
尖らせてた口元がぱっと笑みへと変わっていく。
コロコロと変わる表情が懐かしい。
「名前をさ」
「名前、ですか?」
「そーそ、志村君俺の事坂田さんって呼んでくれんじゃん?それじゃなくて、銀さんて呼んでくんねーかなと」
俺の意図をはかりかねたのか、新八はきょとんと首を傾けた。
「や、あれだほら、俺銀さんて呼ばれること多くてよ、坂田さんなんて畏まられっと言われ慣れてねーから妙にムズムズするっつーかなんつーか……」
「そうなんですか?」
まくし立てるような言い訳に新八は数度ゆっくりと瞬きをした。
「……まぁ」
嘘じゃない、けど100パーホントなわけでもないから返事が濁る。
新八の黒い瞳は俺の下心を見透かすようで淀みがない。
「駄目なら別に無理にとは……」
「いいですよ」
「へ?」
「だから、いいですよ」
「って……え、いいの?」
「はい、できることは協力しますって言ったの僕ですもんね」
こうと決めたら潔いとことか。
新八は俺なんかよりずっと男らしかったりすんだよな。
「ならまぁ……宜しく、お願い、します?」
「あはは、何で疑問系なんですか」
「だってよ……」
「はいはい、了解です」
向き合った新八は少し緊張した面持ちで俺を見上げた。
「何か、改まっちゃうと恥ずかしいもんですね」
微かな照れ笑いを浮かべてそっと息を吸い込む。
「銀さん」
耳に届いたそれはいつも俺を呼んでくれた馴染んだ音。
なのに新八の声って……こんなに甘かったっけ?
「これだけでいいんですか?」
「ん、十分」
名前呼んでもらっただけで元気出ちまうとか、どんだけパワーの源なんだか。
元に戻っても絶対に内緒だな。
「ねえ銀さん」
「ん?」
「早く会えるといいですね」
「……そだな」
新八の笑顔も涙も説教も、出会ってから今日までの全部は俺だけのものだから。
一つだってあいつにくれてやる気はない。
眠るだけだったあの場所を家にしてくれたのは新八だ。
家族と思ってくれていいって言ってくれた、あの時言葉は返さなかったけど。
ずんずん歩いて行っちまうお前の背中見ながら俺さ、弛みそうな口元堪えんの大変だったんだぜ?
「新八」
「はい?」
「……って呼んでいい?」
この俺が寂しいとかホント、笑っちまうんだけどさ。
当たり前に許されてた事が出来ない今だから、せめて名前だけ。
いきなり呼び捨てたもんだから新八は少しだけ驚いた顔をしてたけど。
「銀さんって意外と律儀ですね」
「意外ってなんだよ、意外って」
「あはは、だって……」
まるで俺の事知ってるみたいに笑うから勘違いしそうになっちまう。
こんな些細な事が今の俺にはどれだけ嬉しいかなんてきっとわかんねぇよな。
「で、どっち?」
嬉しさの照れ隠しに口調がついぶっきらぼうになる。
「ふふ、ごめんなさい」
けど新八は気にした風も無く。
「構わないですよ、銀さんの好きなように呼んで下さい」
「え、いいの?」
あっさり許された事に驚いたら笑われた。
「そうしたいって言ったの銀さんじゃないですか」
俺の欲しいものを何の気負いも無くくれる。
新八はいつだってそうだ。
俺を忘れた今この時ですら。
「なら遠慮とかしねーけど?」
「いいですよ」
許されるとかえって意識して、緊張で咽がひりついた。
「……新八」
「はい何ですか、銀さん」
新八に初めて出会ってから、今日ほど強く俺のものだと思ったことはないかもしれない。
名前を呼ぶだけで愛しさが募る。
ファミレスで苛められてた泣き虫が、いつの間にか俺の太陽だなんてな。
「な、新八」
「何です?」
「俺、玉子焼き食いてーな」
「あ、おかずのリクエストですか?僕玉子焼きにはちょっと自信があるんですよ」
16なのに、おかん気質の笑顔は変わんなくて。
「出汁巻きじゃなくて甘いやつがいいんだけど」
「銀さんは甘いのが好きなんですか?」
「割とな」
「じゃあ、お砂糖多目で作りますね」
新八が作るのは基本出汁巻きで、俺が強請ると偶に甘くしてくれる。
糖分は控えろって説教しながら入れてくれる砂糖の量は物足りなくて、もっと甘くしろって口では文句を言ったけど。
その仄かな優しい甘みが、実は密かに気に入ってた。
「ん、楽しみにしとく」
明日の玉子焼きはいつもより甘いんだろうと思うと寂しいけど、久々に新八の手料理が食えると思うだけで正直な腹は鳴る。
その音を聞いた新八が可笑しそうに笑うから。
俺もつられて一緒に笑った。



一人の部屋に帰るのなんて当たり前だったのに、あいつらがおかえりなさいって笑うから、ただいまなんて言う癖がついちまった。
金色に染まっちまったこの町を銀色に塗り直すのは随分と骨が折れそうだけど、こう見えて銀さんやるときゃやるからね。
頑張ったご褒美は甘い新八がいいって強請ったら、一体どんな顔してくれんだか。
それ考えただけでパワー漲るっつーか。
んなわけで、新八と神楽と定春と。
あいつらの待ってる家にそろそろ帰るとしますかね。





銀さんが果たし状持ってウダウダしてた辺り、かな。
私なりの金魂篇補完。
記憶喪失ネタを書いてみたい気持ちもあったのでついでに何となく便乗してみました。
何ちゃって記憶喪失、みたいなもんですが(笑)
相変わらずチューの1つも無くてすみません。


20130529