告白





何かにつけて男にしては、と付け加えられる事の多い新八の。
男にしてはなだらかな肩に額を載せて、銀時はそっと瞼を閉じた。
一見して女だと勘違いするような部分はどこにもない、ごく普通の少年なのに。
志村新八は不思議とどこか柔らかい。
「あの……銀さん」
「ん?」
「ん、じゃなくて……ですね」
両脇から挟む銀時の脚の間に正座で納められ、揃えた膝に載った新八の手が戸惑うように拳を握る。
「あの、僕どうしたら……」
困り果てた声に鼓膜を優しく擽られ、銀時は背中に回した腕の輪を少し縮めた。
「どうもしなくていいって」
「でも、なんかこの体勢……」
「嫌か?」
「……じゃないですけど、なんか……恥ずかしいっていうか……」
「お前がそれ、言っちゃうの?」
「う……」
新八の身体に回した腕をしっかりと締め直し、銀時は自分にぐいと引き寄せた。
「いいから、もちっとこのままで」
「はぁ……」
困惑を隠せない新八の声。
けれど。
平然としているように見せかけて、実のところ銀時自身も戸惑っていた。
戸惑わせたのは困惑している新八自身。
好きだと、言われたのだ。
ほんの数分前、新八に。
畳に転がってジャンプを読んでいたら新八が来て、改まって正座なんかするものだから何事かと思い身体を起こした。
そうしたら、畏まった真面目な顔で“好きです”なんて言われて驚かされて。
だがその告白に驚きはしたものの、一拍の間を置いて銀時は事態を把握した。
思い詰めたような瞳の十六才。
銀の髪をワシャワシャと掻き混ぜ溜息を吐き、まずは思春期の勘違いと思い込みだと諭してみた。
けれど新八はそうではないと頑なで。
その頑なさこそが思春期特有なのだ思ったのだがそれをわからせるのは案外難しく、どうしたものかと暫しの思案。
押しても引いても動かない、のだったら取りあえず説得する事は諦めて。
新八がそう来るのならば自分的に有りか無しかを確かめてみようと腕に入れてみたのが多分、まずかった。
確認は、した途端に確信へと変わる。
新八以外の同性に同じ事をされたと仮定してみれば答えはあまりにも簡単すぎたのだ。
好きだと告げてきたのが新八以外の同性だったなら、考える余地もなく冗談ではないと突き返せただろう。
わざわざ諭そうなどと親切心を起こすわけもない。
男同士など、諭す以前に銀時の中でまず成り立たないのだ。
他に対してならこんなにも明確に想定できるのに、新八に対してはそうならない。
他者から飛んできたなら迷わず打ち返せるのに新八が投げた球だから思わず受け止めてしまったような状況なのだ。
自分の手に受け取った球がある時点で答えは出たも同然だった。
あまりにも自然に納まってしまったその身体に、開けてはいけない扉を開いてしまった事を自覚させられて。
けれど、だからと言ってすんなりそこを通り抜けていいものではない事もわかる。
だからこそのこの現状。
「お前はさ、おっさんと恋愛したいわけ?」
問いかけは単刀直入に。
曖昧にしてしまえば踏み止まるのは難しい。
これは銀時的には有りだと気付いてしまったのだから。
「恋愛……なのかはわかりませんけど」
好きだと告げた時よりは幾分弱く。
「銀さんの事が好き、なんです」
新八の声が項垂れる。
囲った腕をそっと外し、握られた新八の拳を包むように手の平を重ねた。
少年の手は無骨さには遠いけれど、女のようにたおやかなわけでもない。
それでも触れていることに性別の違和感は何もなく、ただ新八の手なのだと思うだけ。
試しに他の知った顔で想像してみたけれど、頭の中に速攻でモザイクがかかった。
馴染む新八の肌。
そこからすっと滑らせて、撫でる様に緩やかな袖口から入り込むと額を載せた細い肩がひくりと揺れた。
けれど身体は逃げない。
「お茶が好き、アイドルが好き、姉ちゃんが好き、銀さんが好き……って?」
瞼は閉じたまま、皮膚の感覚だけで新八の腕をゆっくりと上る。
女でもなく、男でもなく、ただ。
ああ新八だと思うだけの感情はとても自然だ。
なだらかな肌はさらさらと、銀時の手の平を柔らかく受け止める。
感情に一つの決まった形はなく“好き”にも多くの種類がある。
当然その全てが恋愛に結びつくわけではない。
新八の銀時に対する感情がそうなのかどうかをまずはきちんと確かめなくてはと思うのに、こうして間近に感じてしまったらそんな事はどうでもよくなってしまう。
好きだと言ってくれるままに感情を受け止めてしまいたい。
考える事を、放棄したい。
「難しい事なんてわかんないです。だって僕、恋愛なんてしたことないですもん」
新八の声は少し掠れているけれど、込められた意思は強い。
「でも、銀さんが他の人と楽しそうにしてるのを見てると寂しいなって思ったりするし、僕の事見てくれたらいいなって思うし……それだけで好きって思うのは駄目ですか?迷惑ですか?」
決して自信があるわけではないのだろうに、戸惑いを含んだ声は銀時が怯むほどに真っ直ぐ届いた。
偽らないというのはどうしてこうも強いのか。
手の平を戻して軽く掴んだ手首は少年の細さだ。
これから綺麗に育っていくかもしれないものを、この腕に留めても許されるのだろうか。
瞼を開いて視線をずらすと健やかな首筋に誘われる。
逆らわずにそこに唇を寄せて、ゆっくりと吸い上げた。
腕の中の身体は逃げはしなかったけれど、強張るように拳が固まるのが伝わる。
顔を上げ、肩を押して距離をとる。
「あんな、新八」
自分はこんなにも自然に新八に触れてしまえる。
頭で考える事をやめてしまえばきっと答えは簡単だ。
けれど、かけなければいけないブレーキはある。
「おっさんの恋愛は漏れなくセックス込みだけど……お前、俺とする覚悟あんの?」
「あ……」
見詰めて問いかけると新八の瞳が揺れた。
「俺は爛れた大人ってやつだから」
ずるいのは百も承知。
「お手々繋いで仲良しこよし、なんて可愛いお付き合いはしてやれねぇよ?」
相手はまだ十六才。
ずるくならなければこんな事態は怖くてとても乗り切れない。
「そ、それでも良いです」
薄い皮膚が瞬時に色付いて、纏う体温が香立つ様に空気を温めた。
押し付けがましさはどこにもなく、ただ必死なのだろう。
けれど、そんな新八の捨て身に銀時は眉を顰めた。
「それでもいいなんて、んな事簡単に言うもんじゃねぇよ」
自分の勝手を棚に上げ、やんわりと咎めれば。
「簡単になんか、言ってません」
選ばせておいて、と新八の声が少し憤る。
「後で怖くなってやだって泣いても止めてやんねぇぞ?」
「わかってます」
銀時の宣告を受け止める視線の強さに揺るぎはない。
大人の分別と子供の素直さ。
それはきっと永遠に答えの出ない押し問答のようなもの。
「お前はよぉぉぉ」
銀時は矛盾の由来を思い出す。
どちらが強いのかは知らないけれど、今貫かれたのは確かに銀時の方だった。
多分どんなに強靭な盾をもってしてもこの攻撃は防げないだろう。
「銀さん?」
突っ伏した銀時は新八を抱え込んだまま畳の上に倒れ込む。
「ぎっ、んさん?」
新八が身じろぐと渇いた畳の表面で擦れた布がカサリとした衣擦れの音を立てた。
「あの、重……い、です」
畳と銀時に挟まれた新八が素直な感想を漏らす。
「重いって、お前なぁ……」
色気の欠片もない新八の台詞に溜息を吐き、そのまま胸元に頬を載せた。
呼吸に合わせて上下する胸板は薄い。
膨らみの無いそこには頬を埋める谷間も存在しない。
女ではない以上それは当たり前のことなのだけれど、その硬さは妙に銀時を落ち着かせた。
「新ちゃん何カップ?」
「は?」
平らな胸は緊張した新八の、少し早めの鼓動を手の平に伝えてくる。
「新ちゃんの、このおっぱいは何カップですか?って聞いてんの」
「カ、カップはないです……ごめんなさい」
撫でながら尋ねると萎れた声が返ってくる。
そこで謝ってしまう新八の素直さが可愛いと思う。
「何で謝ってんだよ」
「だって……」
「お前ね……俺の言う事聞かなかったさっきの強気は何処いっちまったのよ」
今更のように自分が男である事を気にする新八に苦笑を漏らし、銀時は両脇に付いた肘で身体を持ち上げた。
新八の顔の位置に合わせるように擦り上がる。
「あんだけの覚悟決めて好きだっつってくれたんならよ」
額に流れる前髪を指で撫でる。
「僕ちんこ付いてますけどいいですか?くらい開き直ってみてもいいんじゃねぇかと思うけど?」
「なっ……」
頬を火照らせて、泳ぐ視線に口元が弛む。
傍にいるのが当たり前。
新八の存在が自分にとって自然であることはもう認めざるを得ない。
男だけれど、こうして触れている事はとても自然に受け入れられるし違和感は何処にもない。
新八の空気と肌の温度は多分、自分にとてもよく馴染む。
抱くのなら女だと、当たり前のように思っていたけれど。
今、銀時の中には新八の肌に触れてみたいと思う欲求が確かにあった。
「聞くけど。お前どっちとか考えてんの?」
「ど、どっち?」
唇にそっと触れてみても嫌悪感は全くない。
男相手にしたことはないけれど、多分自分は新八を抱けるだろう。
だが新八は。
触れた唇を噛み合わせ、口付けをより深いものにしようとすれば新八の手が慌てたように胸を押した。
「ぎ……銀さんっ」
「あ?やなのかよ」
「ち、ちがっ……でもっ」
あたふたと、自分の下で新八の表情がくるくる変わる。
その可愛さが銀時のツボに嵌る。
もしかして新八は途轍もない可能性を秘めているのではないだろうか。
「あ、あのっ」
「あん?」
「あの、さっきのどっちって……」
銀時が止まった事にホッとする表情はあからさまで、いきなり過ぎたかと多少の反省をしつつもやはり未だ十六なのだと思わされる。
「だからさ、おっさんとの恋愛はセックス込みだっつったろ?お前は挿れんのと挿れられんの、どっちを想定してんのかって事だよ」
勿論新八が挿れる側を希望したとしてもそこは譲るわけにはいかないと思っている。
主導権は握っていたい性質だ。
新八は性格上主導権を握りたがるタイプではないのでそこで揉める事はないと思っているけれど、もしそうきたらどう丸め込もうかと想像するのは案外楽しい。
「いっいれるとかいれられるとかっ、そんなのわかるわけないじゃないですかっ」
案の定新八はそれどころではない様で、どちらがどうこう以前に段階をすっ飛ばしすぎる銀時の質問自体に顔を真っ赤にしている。
「わかんねぇわけねーだろが、男の本能よ?好きな相手にだったら突っ込みたいと思うのが健全な男子の思考だろ?」
「そ、そんなの……」
頬を赤くしたまま新八が視線を逸らす。
下世話な言い方をするならば、愛はなくとも行為は出来る。
種別としてそうなのだと一括してしまえば反論もあるのだろうが、男とは概ねそういう生き物だと銀時自身は思っている。
だが新八はそこに当て嵌まらないのだろう。
文通騒動の一件で、それをつくづく感じさせられた。
新八はきっと身体よりも心に従う温かい恋愛をする子なのだ。
その新八が自分の事を好きなどと、もし勘違いだったとしたら取り返しがつかない。
心を伴わない行為は恐らく新八には無理だろう。
だが身体を繋げてからそれに気付いたのでは手遅れだ。
自覚させるのなら銀時自身がギリギリ止まれる今が最終ラインだった。
本当はこのままぐちゃぐちゃに抱いて確かめてみたいけれど、それで汚してしまうには新八はあまりに穢れがなさ過ぎた。
既にそんな事を考えてしまうほど新八に嵌りそうになっている自分には目を瞑って。
「お前今からさ」
唇に軽く触れて。
「俺に触られてると思って抜いてみろよ」
「は……え……?」
手の平を重ねて指を絡める。
「ん……」
指先を擽るように動かすと緊張で新八の喉が鳴った。
意図しないその仕草は妙な色気を醸し出し、銀時の理性を擽った。
「俺の手に触られてると思って自分でしてみてさ……もし萎えちまったら、やっぱ気の迷いだろ?」
閉じ込めて、捕まえておきたいのに鍵はかけず。
逃げろと出口に追いやった後できっと寂しく思うのだろうけれど。
踏み止まってやれるのは今しかない。
「……きたら」
いまだ赤いままの新八がボソリとした呟きを漏らす。
「うん?」
聞き取れなかった銀時は口元に耳を寄せた。
「それができたら、いいんですか?」
二度目の声は強い意思を滲ませてはっきりと耳に届いた。
「や、いいっつーか……やっぱお前は健全なる青少年なわけだし、普通に考えて三十路のおっさんの手とかあり得ねぇだろ?想像だけで萎えんだろ?」
同意を求めるための問いかけだったはずなのに。
「で……できました、けど」
覚悟を決めたような、真っ直ぐな視線が返って来た。
「は?」
新八の言葉の意味が理解できなくて、銀時の口から間抜けな声が漏れる。
「できました……って?」
「だから……その、銀さんでって、やつ……」
「は?何お前、できましたって……つまり、してみろってのをできましたって事はしちゃったって事で、それってようするに……え?は?意味わかんねんだけど」
問いかけたのは銀時で、新八はその答えをくれただけのはずなのに何を言っているのか理解ができない。
好きだと言われた銀時の方が立場的には優位なはずだった。
なのにこの数時間、振り回され続けているこの状況は一体なんなのか。
銀時は身体を起こし新八を引き上げる。
「ちょちょちょ新八君、新八君、銀さんお前が何言ってんのか全然わかんねんだけど」
居住まいを正して、向かいの新八の両肩をがしりと掴む。
「できましたって、どういう事?」
じっと見詰めると新八は何故か視線を逸らす。
「だから、この間タカチンの家でその……」
「まままままて、待て待て待てっ」
新八の頬が何故か赤らむ。
先に続くだろう言葉も怖かったが、その口から出た名前に染まった頬が絡まって、思わず気を取られた。
「タカチンてあのフランスパン野郎かっ?」
タカチン、という名を聞いた銀時の脳裏に硬く焼かれた細長いパンが浮かぶ。
生憎とそのパンに目鼻は付かず付属のパーツは親衛隊の鉢巻と飛び出す二本の前歯のみではあったけれど、人相としてはそれで十分だった。
そのフランスパンは新八の幼馴染だ。
久々に再会したそいつは人生の道を踏み外しており、それを新八が身体を張って更生させた。
その事件をきっかけに、以来親衛隊活動を筆頭にして何かと周りに出没している。
「あの野郎ン家にお前一人で行ったのかっ?」
「そ、そうですけど」
「何でっ?」
「何でって……親衛隊幹部の打ち合わせもあったし、しばらく一緒に遊んでなかったから……」
なぜ銀時がこんなにも慌てたような反応をするのか分からない新八は、途切れてしまった告白も忘れて困惑する。
それが空気で伝わって、気付いた銀時は我に返った。
「悪ぃ……」
「いえ……」
「んで、そいつん家行って?」
「えっと、その、タカチンの部屋に行ったら片付け忘れたDVDがあって、それがつまりその……んっ」
促しておきながら、その先を聞くのが怖くなった銀時は咄嗟に新八の口を手で塞いでしまった。
そのくせ自分で消した言葉の先が気になって仕方ない。
新八はどうしたらいいのかわからずに大人しくされるがままになっている。
それを見て、銀時の中にあらぬ妄想が湧いてしまった。
片付け忘れたDVDが散乱しているなどよくある話。
だが新八はそのDVDが何かという部分で僅かに言いよどんだ。
男の部屋。
新八の話を聞くに至った経緯。
言いよどむ新八。
これらの符号を合わせてみれば、DVDの種類は絞られる。
男のスイッチなど単純で。
そんなものが目に付くような部屋にこの新八と二人きり。
その状況であのフランスパンがとち狂ったとしてもなんらおかしい話ではない。
銀時の脳裏には一瞬にしてあられもない姿でフランスパンに組み敷かれる新八が浮かんでしまった。
慌ててフランスパンを抹殺する。
「ちょっと待てよ……なんだよコレ」
「うわっ」
新八を引き寄せて、腕の中に抱き込んだ。
この身体に、他の手が触れたかもしれない。
銀時は今その想像だけで打ちのめされている。
先走っている自覚はある。
現に新八はまだ何があったとも言ってはいない。
けれど、そんな先走りの妄想だけでこんなにも独占欲を自覚するほどに自分は手遅れだったのだ。
今ならまだ止まれるなどと、どの口で言えたのか。
「何か、されたのか?」
「え?」
「タカチンコに、何かされたのか?」
「何かって……別に」
「だってよ、さっき俺がしてみろっつったやつ、できちまったんだろ?」
腕を解き、前屈みに詰め寄ると気迫に怯んだ新八が畳の上を後ずさる。
「でもってそれにタカチンコが何か関係してんだろ?」
手を付いて後ろに少しずつ下がっていく新八を、銀時は這うようにゆっくりと追いかけた。
「あのフランスパン野郎ン家で何があった?」
「ぎ、銀さん落ち着いて……」
それ以上は下がれない壁際まで追い詰めると新八の手が宥めるように肩に触れた。
銀時がどうしてこんな風になってしまったのかわからなくて困惑している。
少し怯えの混じるその表情を見て何とか冷静になれた。
追い詰めた壁際で、まるで動物が甘えるように新八の首元に鼻先をつける。
「悪ィ、新八……俺、めちゃめちゃ情けねぇわ」
「銀さん……」
「偉そうな事散々言ったけど、お前がフランスパンになんかされたんだと思ったら頭ン中真っ白になっちまった」
新八が自分の傍にいる事があまりにも当たり前すぎて、心の一番奥に眠っていた本心に気付くのが遅れてしまった。
「なぁ、何された?」
新八が自分のものでなければ嫌なのだと、気付いてしまった独占欲はもう抑えられそうにない。
「教えてくんねぇと変な想像しちまって、銀さん頭おかしくなりそうなんだけど」
さらりと衣擦れの音がして新八の腕がそっと背中に回される。
「それ……本当ですか?」
布地を掴む指先の力に身体が熱くなるのを感じる。
始まりは新八の告白。
正に寝耳に水の驚きだったがそれは単なるきっかけで、答えは最初から銀時の中に眠っていた。
自覚症状がないと発覚した時の衝撃は倍になるのだと期せずして学んでしまった。
「ホント」
「銀さんも……僕が、好き?」
「ん」
肯定してやると新八の身体が壁伝いにずるずると傾いて。
「ちょ、新八?」
そのままパタリと畳に沈んでしまった。
「どした?」
「ずっと緊張の連続だったから……気が抜けました」
眼鏡のずれた新八が、畳に寝転んだままでふにゃりと笑う。
それに誘われるように銀時はそっと口付けを落とした。
唇を離すと倣うように隣に寝転ぶ。
「銀さんなんか寿命が三日くらい縮んだっつの」
「ごめんなさい」
玉砕覚悟の告白が報われた新八はすっかり気が弛み、銀時の愚痴に緩やかな笑みをかえした。
手を伸ばすと素直に身体を寄せてくる。
それをしっかりと腕に抱きこんで銀時は足まで絡めてしまう。
「ホールド完了」
「何ですか、それ」
子供染みた銀時の行動に新八が腕の中でおかしそうに笑う。
「何ですかじゃねーだろ、すっかり気ぃ抜いてっけどお前まだ俺に言ってないことあんだろが」
「言ってない事って……?」
「タカチンコ」
思い当たらないらしい新八に銀時は端的なヒントを与えてやった。
「それは言ってないっていうか、言おうとしたら銀さんが邪魔したんじゃないですか」
不可抗力だと新八は少しだけ憮然とする。
言われてしまえば尤もだったが、そんな事よりも内容の方が気になる。
「それは悪かったって。とにかく教えてくんねーと銀さん悶々としっ放しだから」
「えっと……怒りません?」
「あ?何で怒んだよ」
「だって……」
何故か新八は言い渋る。
「そんな焦らされると余計気になるっつの、分かった、怒んねーから言ってみろ」
よほどの事があったのではないかと気が気ではない銀時にせっつかれ、新八は観念したのか口を開いた。
「だから……タカチンの部屋にあったDVDのパッケージに男の人の背中が写ってて……ぱっと見た時に肩のラインとかが銀さんに似てるなぁって思ったらその、なんか頭がおかしな方向にいっちゃって……」
「おかしな方向って?」
「その……頭の中でそれが銀さんの背中になっちゃって、怪我の手当ての時でもそんな事思ったことなかったのに……そういうDVDだから女の人も写ってるし、銀さんのそういうの想像しそうになるし、他の誰かとは嫌だなって思うし、相手は僕だったらいいなとか、思っちゃうし……」
どうしたらいいのかわからなかった気持ちを思い出してしまったのだろう。
新八の唇からはどんどん言葉が零れ落ちる
銀時は落ち着かせるように背中を摩ってやった。
「んでタカチンコと何したんだよ」
「何もしてませんよ」
「はぁ?だってお前、その流れでタカチンコと抜きっこしたとかそういう話じゃねぇの?」
「な、何でそんな事しなくちゃいけないんですかっ」
「けどお前抜いてみろっつったらできたって……」
「だって銀さん自分の前でしてみろとかいうし……」
新八の目が泳ぐ。
「ようするに嘘ついたって事?」
問えば新八はバツの悪そうな顔をした。
「だから怒らないですかって……」
あそこでそう言わなければとんでもない事をさせられると思った新八は咄嗟にできたと言ってしまったのだ。
「でも、そういう気持ちになっちゃったのは嘘じゃないです」
行為にまでは至らなかったが確かにそういう対象として銀時を意識してしまったのだと新八は訴えた。
その気持ちを汲んでやれば腹を立てる道理もない。
「まああれは俺も無茶振りだったと思うしな……でもお前そんなんで俺とヤれんの?」
「そ、それは頑張りますっ」
「んな気合入れなくてもいいけどさ」
どこかずれた天然さが笑みを誘う可愛さだった。
咄嗟についた新八の嘘は銀時に対する想いの必死さの表れ。
そこに自身の保身が多少混ざったとしても勝るのは喜びだ。
結果的に新八の貞操が無事だったのだから銀時としては諸手を上げて万歳したいくらいだった。
顎に当たる真っ直ぐな黒髪。
指先で滑らせればするりと流れる。
その触り心地の良さを何度も味わいたくて、繰り返していると新八が気持ち良さそうに額を喉元に摺り寄せた。
「お前、ホントに俺でいいの?」
「今更そんな事聞くのはずるいです」
「そりゃそうかもしんねーけど、おっさんの身にもなってほしい訳よ……お前まだ十六だろ?」
恋愛かどうかはわからない、けれど好きなのだと新八は戸惑いながら告白してくれた。
そんな新八の、最初が自分でいいのだろうか。
銀時の腕を抜け出した新八が傍らに正座をする。
最初の告白を思わせる改まったそれに、銀時も倣うように身体を起こした。
流石に正座はしないけれど、胡坐を組んで新八に向き合う。
まじまじと見詰める新八は、今まで眼鏡としてしか認識していなかった事が悔まれる位にどこもかしこも可愛いかった。
眼鏡の向こうから黒い瞳に見詰められてドキリとする。
「銀さんが好きです」
可愛い新八の、妙な迫力に思わず怯む。
「あ、ああ」
「銀さんに会えて良かったって、心から思います」
逸らさない視線に心まで射抜かれそうだ。
「もしも十六才の銀さんに会えるなら、僕だって銀さんの忠告を素直に聞きます」
銀時は思い出す。
十六の自分は当然新八の存在など知る由もなく、刀を握り戦場に居た。
「でも、過ぎてしまった時間は戻せないでしょ?」
置いてきた時間の中でしか会えない人の姿が脳裡を過ぎる。
過ぎた時は確かに戻せず、自身ですらそこに居た自分には会えないのだ。
「そうだな」
頷いてやれば新八は安心したように口元を綻ばせた。
「銀さんを好きだと思うのは今の僕だから……十六才の僕は今ここにしか居ないから、だから」
親の居ない新八は、別れの悲しさを知っている。
二度と戻れない時間がある事を知っている。
だから今この時を後悔したくないのだと。
その相手が自分である事が、正しいのかどうかはわからないけれど。
選んでくれた事が嬉しいと思う。
「新八」
名を呼んで、膝を叩けば首を傾げる。
「銀さんの膝に載んなさいって言ってんの」
「え?」
色事に、どうにも察しが悪くてもどかしい。
けれどそういうところが愛しいとも思う。
目の前で正座をする新八の腕を引いて自分に寄せる。
膝立ちになった新八が戸惑うように見下ろしていた。
「跨いで座れ」
「ま、跨ぐんですか?」
「そ」
「で、でも……うわっ」
恥ずかしがる新八を強引に寄せて、胡坐の上を跨がせた。
人を跨ぐなど恐らく新八には初めての経験なのだろう。
顔が近過ぎる事も相俟ってなかなか目を合わせようとはしない。
告白はあんなにも真っ直ぐだったのに。
わかり易過ぎるあまりに可愛い反応に笑みが零れた。
「こんなんでもじもじしてたら銀さんお前のパンツ脱がせるのに何年かかんの?」
「ご、ごめんなさい……頑張りますから」
冗談口調でからかえば、新八はやっと合わせた視線を涙で潤ませた。
本当に、自分がこれを貰ってもいいのだろうか。
神棚に飾らなくても罰はあたらないだろうか。
神に誓って倖せにしなければ地獄に堕とされる気がする。
「言っとくけど、銀さん割と亭主関白よ?」
眼鏡を外して目尻の涙を舐めてやる。
「すんげー束縛するし、浮気も絶対許さねぇし」
そんな性質ではないと思っていたのだが、新八に関してはどうやら箍が外れてしまうようだ。
それはタカチンコの件で実証済みだ。
銀時の関白宣言を聞いていた新八はおかしそうに笑った。
「何で笑うのよ」
「だって、今更過ぎて……」
そんな事が駄目ならば万事屋などとっくに辞めていると新八は言う。
「あのね」
少し慣れた距離から新八が鼻先をくっ付ける。
「銀さんは、出会った時から総じて我が侭です」
宣言してにこりと笑った。

全てを包み込むようなその微笑に。
これなら地獄に堕ちても引き上げてもらえそうだと、銀時は心から安堵した。








20110213発行 「はなうた」より
20150720 加筆修正 
もんぺ