満開、満開、花の海。
盛りを過ぎた海原に、桃色の雨が降り注ぐ。
買い物帰りの遠回り。
花の香煙るトンネルを、三人と一匹は並んで歩いた。



万事屋に着くとまず新八が玄関の扉を開ける。
「はい、どうぞ」
「悪ぃな」
新八の脇をすり抜けて、両手の塞がった銀時がまず最初に中に入る。
「たでぇまっと」
ぎっちり詰まった袋を置くとドサリ、と書き文字擬音のような音を立てる。
聞いただけで肩の凝るような重い音だ。
「あー疲れた……」
解放された銀時は強張った肩の肉をほぐしつつ三和土に座り込んだ。
「お疲れ様でした」
「おう」
神楽、定春と続いて中に入り、最後の新八が扉を閉めつつ労ってくれるのにほっとしたように力を抜いた。
「疲れたアルッ」
「ワンッ」
「何に疲れたっつーんだよ、お前ェは傘しか持ってねぇだろが」
「レディーに箸より重いもの持たすのは野暮な男のする事アル」
「……炊飯器ごと飯かっ喰らうようなのをレディーとはいわねぇだろ」
「銀ちゃん相変わらずモテない男を地で行ってるアルネ」
「うるせぇな」
「二人ともそこまでですよ。桜のトンネル、すごく綺麗でしたよね」
新八の慣れた仲裁に二人は口を止める。
唇を尖らせた神楽に軽いため息をついた銀時は後ろ手に身体を預けた。
今年は開花が早かった。
その所為でいつの間にやら花の頃は盛りを過ぎて、そろそろ見頃も終わりを迎える。
いつもの事ではあるけれど、今年も何処にも連れて行ってやれなかったから。
買い物がてら、定春の散歩を兼ねた遠回りの帰り道。
酒も弁当もない花見だけれど、十分に満喫したそれは。
ため息をついた銀時も、尖らせた神楽の唇も。
どちらの口元をも緩やかに綻ばせた。
喧嘩をしても結果的にそこに辿り着く、そんな繰り返しなのだとしても。
それは大切な日常茶飯事。
万事屋の天邪鬼ツートップは新八の素直さに構われる事に毎度毎度余念がない。
これは甘やかす新八が自制しない限りは止まらない、と三人ともが分かっている。
分かった上でのじゃれ合いのようなものだった。
倖せを噛み締めつつ、それにしても疲れたと銀時が大きく息を吐くと頭上から笑い声がした。
見上げれば新八と神楽が顔を見合わせてくすくすと笑っている。
「何?」
「銀さん、満開ですよ」
「はぁ?」
「銀ちゃん、頭に花が咲いてるアル」
「……そりゃつまり、銀さんの頭がおめでたいって事ですか?」
怪訝な顔で眉を顰めればそうではないと子らは言う。
互いに笑う楽しげな表情に、疑問は湧けども腹が立つ事はなかった。
ただ少し、面白くない。
「あーあ、おっさんは爪弾きなのねー」
大袈裟にため息を付けば二人の相好はますます崩れる。
「違いますよ」
「そうアル。マダオの被害妄想は救い難いネ」
「それって酷くね?」
神楽とのやりとりの間、新八の手によって銀時のブーツが取り去られる。
それを合図にしたようにアイコンタクトを取った新八と神楽は互いに頷いて銀時を見た。
「あ?」
草履と靴を脱いで両脇に立ち、右と左で銀時の腕をそれぞれ持つ。
「銀さん」
「銀ちゃん」
「「こっちっ」」
「は?……ちょっ」
両側から引き上げられた銀時は慌てて自力で立ち上がる。
が、そんな事はお構い無しに新八、神楽はぐいぐいと銀時を引いていく。
「何?何なのこれ」
両腕を絡めとられたまま後歩きを余儀なくされ、引きずられるままに廊下を抜ける。
のそりと付いてくる定春の表情すら何かを企んでいるように見えてくる。
楽しげな二人に連行されたのは居間のソファだった。
「ハイ、座ってください」
ポスンと真ん中に座らされ、二人が両側に陣取る。
といっても並んで座るわけではなく、銀時を挟んで向かい合うように膝立ちしている。
「お前ら一体何なのよ、銀さんをどうしたいの」
左右にある顔を交互に見ても二人はただ笑うばかり。
「ノミ取りするアル!」
挙句意気揚々と宣言される意味不明な神楽の言葉の内容に銀時は軽い眩暈を覚えた。
「……おいおい神楽ちゃん、足に虫のいる銀さんでもさすがに身体にノミは飼ってねぇよ?」
頼みの綱の新八はといえば。
「あはははは」
神楽の発言がツボに入ったようで楽しげに笑っている。
「ぱっつあん酷くネ?」
「ごめんなさい……でも」
謝りながらも口元は締まらず、小さく肩を震わせていた。
「ったくよぉ……銀さん拗ねてもいいですかぁ」
不貞腐れる振りをすれば神楽が呆れたような目をする。
「銀ちゃんはケツの穴がちっさいアルナ」
「ばっかお前ェ、穴がちっせぇのは新八だっつの。毎回挿れる度にどんだけ丁寧に広げてやっ……イテッ」
「あんた馬鹿ですか!」
後頭部をはたく手の容赦の無さ。
けれど、押さえた手の下に感じるのは痛みに勝る愛情だ。
銀時は勢いで俯いた口元をばれないようにこっそりと緩めた。
不意に、視線の端を影が掠める。
はらりと膝の上に落ちたのは桃色の、寄り道の名残だった。
「これ……」
「銀さんの頭にたくさん付いてるんですよ」
少し憮然とした声で。
摘み上げたそれを指先から新八が攫う。
見上げた頬にはまだ赤味が残っていた。
「銀ちゃんの天パは引っ掛かりが良いネ、花弁引っ掛け機アル!」
「いやいや、そんな需要のねぇもん存在しねぇから」
二人の話を総合して、銀時は己の状況を把握した。
今なら神楽の「ノミ取り」発言にも納得がいく。
降り注ぐ花弁を受け止めた自分の頭はさぞかしめでたい事になっているのだろう。
「銀さんの髪の色すごく綺麗だから、花弁の桃色がよく馴染みますよね……取っちゃうの勿体無いないなぁ」
惜しむような声と共に新八の指先が優しく銀の髪を探る。
丁寧に花弁を取り去る仕草が、見えずとも目に浮かぶような触れ方だった。
まどろみたくなるような感触に銀時は新八の方へ気持ち身体を傾けた。
「おっさんの頭がピンクでも仕方ねぇだろ?」
「中身がピンクなのは良いアルか?」
「毎日新八の事考えてっからな」
「じゃあしょーがないアルな」
「だろ?」
「……二人とも、いい加減にしてください」
「新八もピンクアル」
新八の頬を指して神楽が笑う。
「神楽ちゃんっ」
頭上でじゃれ合う楽しげな声、髪に触れる指先の感触。
両脇から与えられる溶けそうな温もりを抱え込むように銀時は手を伸ばした。
「銀さん、これじゃやり難いんですけど」
「ソーネ、銀ちゃんくっつき過ぎアル」
「ちっとくらいいーじゃねぇか」
腕の中に、簡単に納まってしまう小さな身体。
けれど。
何よりも確かな存在感に銀時は安心する。
「イッテェェェェ!……神楽ッ!!!今ブチッつったぞッ」
「御免アル、銀ちゃんの天パがしつこく指に絡まってくるネ」
「んなわけあるかァァァ、俺の髪はどんだけしつこく巻いてるんですかァァァァァ?」
「あはははは」
「銀ちゃんの毛根は根性ないアルナ」
「毛根鍛えんのは無理だからッ」
「やってみもしないで諦めるなんて臆病者のする事ネ」
「いや、あのな……」
「神楽ちゃん、年を取ると抜けた毛は生えてこなくなっちゃうんだよ、だから……」
「そっか、そうアルよな……銀ちゃん、私が悪かったアル」
「何これ、イジメ……?」
がくりと項垂れる銀時の頭にポンと優しい手の平が置かれた。
「終わりましたよ」
「おっさんは深く傷付きました。再起不能です」
二人を両腕に抱えたまま新八の胸元に擦り寄るように額を寄せる。
新八の両手がそっと頭を抱いてくれた。
「銀さんお給料くれないんですもん、たまにはイジワルしてたっていいじゃないですか」
「そうアル、いつもいつも酢昆布一箱で誤魔化せると思ったら大間違いネ」
「んじゃ来月は二箱やるよ」
「マジでか!?ひゃっほぅ」
銀時の腕を抜け、神楽はソファの上で飛び跳ねる。
それを見た新八が遠慮のない視線を向けてきた。
「まぁいいじゃねぇの、喜んでんだからさ」
「銀ちゃん、絶対アルヨ!」
「へーへー」
ぴょんぴょん跳ねる可愛いウサギに約束をして。
「新八は何して欲しい?」
「え?」
神楽が抜けて空いた腕で新八を引き寄せ膝の上で横抱きにする。
「今月もお金ないから現物支給で勘弁して」
「ちょっ……」
唇を寄せると不意打ちに対応し切れなかった新八が真っ赤な顔で銀時の口元を手で覆った。
「んー」
「何してんですかっ」
「ふぃふ」
塞がれた手の下でもごもごと答えればぐぐぐっと精一杯の力で押し返される。
「新八、恥ずかしがる事ないネ。チューすればいいアル」
「ばっ……かな事言ってないで助けてよっ」
銀時を抑えつつ、新八が神楽に助けを求める。
跳ねるのをやめた神楽は膝を抱えるようにソファの上に落ち着いた。
「何でアル」
「何でって……」
「パピーとマミーが仲いいのは嬉しい事アル。チューまでなら目の前でも許してヤルネ」
けろりとした顔で言ってのける神楽はいつの間にやら酢昆布をもごもご食べていた。
「あァァァァァッ、何で!?」
買い与えた覚えのないそれに新八は記憶を巻き戻す。
レジを済ませた後、トイレだといって銀時が引き返した。
素直にトイレだと信じていた自分が馬鹿だったのだと悟る。
神楽を買収するくらいの小銭はまだ財布に残っていたらしい。
「あんたら、最低……」
新八は脱力する。
銀時が掴めば両手は簡単に戒めを解いた。
諦めた新八の口元にそっと唇が押し付けられた。
「現物支給、何にする?」
掴んだ手首を無防備に開かれた新八はぷいと銀時から顔を逸らす。
”現物支給”といわれてぎくりとしたのだ。
給料は、勿論欲しい。
欲しいのにまともに貰えた事は数度しかなくて。
それなのにここにいるのは、一番欲しいものがここにあるからだ。
欲しいものなどもうとっくに貰えている。
でもそれを自分で言うなんて、顔から火が出るくらい恥ずかしい。
「……もういいですよ」
「何でよ」
「いいんですってばっ」
「んな真っ赤な顔で言われたら気になりまくんですけど」
「見ないでくださいってば」
「んな無茶な……」
腕の中にいる以上逃げられない事が分かっている新八は銀時から顔を隠すようにグッと首元にしがみ付 いてしまった。
「新八、銀ちゃんからは隠せても私には全部丸見えネ」
「うぅ……」
酢昆布を銜えた神楽と目が合った。
「もぅ……なんで僕ばっかイジメられんの?」
「「イジメてなんか」」
「ねぇよ」
「ないアル」
銀時の肩にぐったりと懐いた新八がぽろっと零すと異口同音に反論される。
そして。
「これは愛だ」と力強く揃った声に新八の耳は更に赤くなった。






「銀さん、さっきの現物支給のやつ、今日の食事当番代わってくださいよ」
「えー、さっきいいっつったじゃん」
「気が変わりました」
「うー……まぁしゃぁねぇか。んで、何か食いてぇもんあんの?」
「カレーがいいです」
「あっ、それ覚えてるアル!前に小麦粉から作ってくれたやつネ!」
「そう!アレって市販のルーとは全然味が違うんだよね」
「美味かったアル!」
「あー、君達ィ……アレ、どんだけ面倒臭いか知ってる?」
「知らないネ、私食べるの専門アル」
「おいィィィィィ!」
「僕、前に銀さんの作ってくれたカレーを食べてからずっと作り方教えてもらおうと思ってたんです。 だから……」
「ったく可愛い事言ってんじゃねぇっつの……あーあ」
「え?」
「何でもね。んじゃ一緒に作っか」
「はいっ」
「カレーは一晩寝かせたのが美味いアル。明日の分もあるように寸胴鍋に一杯作るヨロシ」
「お前ェは作んねぇ癖にそんな知識ばっかあんのな。食う以外にも少しは手伝えよ?」
「カレーを混ぜる係りをやるアル」
「調理の過程を手伝えェェェェェ!」
「あははははは」





絶えない笑い声。
触れ合う温もり。
温かい食事。
そんな当たり前のものが何よりも得難いのだと。
銀時は知っている。
新八は知っている。
神楽は知っている。
誰も口にはしないけれど。
それは。



何よりも大切にしたい

掛け替えのない

ありふれた

日常





20090403UP




坂田の髪に紙ふぶきが引っ掛かってそれを取る、という妄想をちょっとアレンジしてみました。
どうでしょう、K丸さん(笑)
期せずして、アニ銀四年目のOP/EDがこの話の仕上げに妄想パワーをくれました。
桜のトンネルとか坂田が二人を両脇からぎゅ、とかは先に書いてあったんですけど、偶然にもそんなシーンが公式でも見られてホクホクでした。
坂田家倖せパワー、半端ないです。

現物支給のところを書いていて、坂田の事を独り占めできる新八ってすげぇ、とかなり萌えまして、それを自覚しちゃった新八が、もうとっくに貰ってるけどそれを言うのは恥ずかしい、とかなったら可愛いよなとか。
そんな感じの妄想です。
坂田家ラブで。
相変わらずな垂れ流しですが少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

そして、誠に勝手ながらコレを16000で頂いたムッキー様からのキリリクとさせていただきます。
坂田にじゃなくて、坂田と神楽に苛められてますけど(笑)可愛さ余って、という感じで受け取っていただけたらありがたいです。
愛です、愛(キラン)
私には新八を苛めるのは無理です(嘘つけェェェェェェ!!!と新八に突っ込まれそうですが:笑)
大変遅くなりまして申し訳ありませんでした。


戻る