腕に納めた身体が身じろいで。
「眠れねーのか?」
闇の中、銀時はそっと声をかけた。
新八の薄い腹の上で組んだ手を解きそっと額を撫でてやる。
少し冷えた前髪がさらりと甲を擽った。
手のひらを掠める肌は暖かい。
自分の胸に触れる小さな背中も十分な眠気を誘うように温もっていた。
「ん……なんか……」
どこか舌足らずな返事。
意識はまどろみの淵にあるのかもしれなかった。
「……夢かなって」
「夢?」
乾いた衣擦れの音がして、新八の手が布団から伸びる。
すっと触れた指が額を覆う銀時の手首を掴んで引き下ろす。
寄せられた口元で柔らかい吐息が肌を擽った。
「夢、見てたのか?」
夢と現を行き交うような浮遊状態。
寝言かもしれないと疑いつつも銀時は返事を返す。
取られた手を好きに遊ばせて、指先を意識すれば温もりに埋まる。
撫でるように動かせば、むずがる新八の髪が口元でさらりと揺れた。
「ん……」
それは触れた銀時の指に反応したようにも否定の仕草にも、見える。
「温かいから……夢、みたいで」
「温かい夢?」
「……夢じゃないですよ」
「お前、夢っつったじゃん」
要領を得ない新八の発言に銀時の声に呆れの色が滲む。
力の抜けた肩が揺れて。
手の甲に当たる吐息で新八が笑ったのだと知れる。
「そうじゃなくて……」
自覚があるのかないのか。
「こうしてる事が、夢みたいだなって、思ったんです」
新八の指先がトントントン、と諭すように甲をなだめた。
「何、新ちゃん。銀さんの腕の中にいるのが倖せすぎて夢みたいだ……って?」
「……そうですよ。温かくて、ふわふわで……倖せだから、夢なのかなって」
冗談のつもりだったのに。
その声は確かな強さで銀時の耳に飛び込んだ。
そうしてそれは少しずつ銀時の内部に浸透する。
じわりと倖せに犯されて、我慢し切れず力を込めた。
「銀さん……苦しいです……ってば」
途端にあがる新八の苦情。
けれど。
声は穏やか。
腕に掛かる優しい手は抗議ではなく。
触れた部分から熱が伝わり否応無しに銀時を絡め取ってゆく。
「新八君、なんかあったんですか?……そんなに甘いと銀さん心臓止まっちゃうんですけど……」
埋めた首筋で新八が揺れた。
「大袈裟ですね」
銀時の髪に指を埋めて新八が笑う。
「今日はね……僕の大好きな人の、お誕生日なんです」
「……へぇ」
それが誰とは、新八は言わないけれど。
「だから、傍にいられて、温かくて……こんなに倖せでいいのかなって」
動く新八に、銀時は身体に回した腕の力をそっと弛めた。
「こんなのって……夢みたいじゃないですか?」
くるりと身を返し、新八が銀時と向かい合う。
淡い月明かりを微かに受けて新八の黒が艶やかに浮かぶ。
それがとても綺麗で。
銀時は新八に覆い被さるように身体を捻った。
いつもいつも。
温もりに倖せを感じているのは自分のほうなのに。
腕の中に息づく熱を夢のようだと感じているのは自分のほうなのに。
「ねぇ銀さん……」
見上げてくる新八の腕が遠慮がちに首筋へと伸びてくる。
「神無月には神様は留守なんですよね?……だから」
絡まるかと思った腕は力なく落ちて、新八はふい、と横を向く。
「だから……」
指先が所在無げに枕を弄っていた。
目に見える肌はきっとほんのりと色付いている。
健やかな首筋に息を寄せれば唇に触れるのは微かな鼓動。
新八の、命の証。
愛しくて。
銀時はそっと歯を立てた。
ピクリとした新八の手が、反動で肩口を掴む。
それを合図にするように、緩やかな浴衣の合わせをゆっくりと開いた。
清々しさを残した薄い肌を擽るように辿りながら、銀時はいつかの新八の言葉を思い出していた。
『来年、神様が見てない時ならしてくれますか?』
確かな約束ではないけれど。
でも、自分が「いつか」の言葉を交わすことができるとは思わなかった。
掴んだ手は、いつかは離すものなのだと知っていたから。
ずっとそうしてきたから。
それなのに。
新八も、神楽も、定春も。
当たり前のような顔をして、当然のような温かさで今も自分の傍らに在るのだ。
握った手のひらを、確かな力で握り返してくれたなら。
それは揺るがない強さになる。
出会って、教えられたことはきっと数え切れないのだろうと。
銀時は久しく忘れていた感情を飲み込むように懸命に堪えた。
鼻の奥がつんとなるような。
けれどきっと涙は出ない、遠い感情。
「銀さん」
「ん?」
「ありがとうございます」
顔を上げれば新八と目が合う。
いつも泣けない自分の代わりに泣いてくれる黒い瞳は少し潤んで。
「……なんで?」
意味が分からず見つめれば、薄闇の中で新八は微笑んでいた。
「今ここに、居てくれて」
ささやかで、当たり前のことなのに。
それがどんなに難しい事なのか、新八は知っている。
ただそれだけで喜びを与えられる存在が居る事、存在で居られる事に今更ながらに感謝したかった。
「どう、致しまして」
照れ臭さも相まって、つい出てしまった畏まった応答に新八がくすりと笑う。
「はい」
笑いながら、緊張がほぐれたのか。
しがみ付いてきた身体は柔らかかった。
「今日の為に、僕頑張って少しだけどへそくり溜めたんですよ。だから夕飯は少し豪華にしますね」
「あー……」
「何ですか?」
「いや、嬉しいけど……新八でお腹いっぱいになっちまうかなと思って」
「そっ……そういうエロオヤジなところは、直して欲しいんですけど……」
「いやいやいや、こういう部分もまるっと含めて銀さんだからね。エロの無い銀さんなんてアンコの入ってないタイヤキだよ?」
「あんたは糖尿なんだからアンコが入ってないくらいで丁度いいんです」
「だから予備軍だって何べんいったらわかんのよ。雲泥の差よ?」
「大差ないですよ」
「大有りだって」
「同じですってば」
視線が合って。
二人同時に吹き出した。
きっと、これが倖せなのだと感じてしまったから。
「少しくらい、糖分控えてくださいよ。これから先だってずっと隣に居てくれなきゃ困るんですから」
「まーなー、考えとくわ」
「お願いします」
「おう」
楽しげな瞳はきらきらとして、少しまぶしい。
甘そうで。
目尻に舌で触れたら瞼が閉じられた。
緩やかに辿って唇に触れれば、少し震えて薄く開く。
内側をそっと舐めれば思った通り甘かった。
新八は、きっとどこもかしこも甘い。
「続き、してもいいか?」
唇に軽く触れたまま問いかければ、目の前で開いた瞼が慌てて閉じられた。
ぎゅっと瞑ったまま。
「ど、どうぞっ」
「そんなんなられたら罪悪感で一杯なんですけど」
気負わないように、軽い口調で言ってやる。
「だって……してくださいなんて、言えないです」
「いや、今言ったよ……もっそいストライクゾーン入ったんですけど」
「じゃあ……してください……」
「……無意識に無敵だな」
「え?」
口には出さないけれど。
新八には一生勝てない事を、銀時は自覚している。
不思議そうに見上げる瞳。
慰めるように額を軽く撫でて。
応えない銀時に、啄ばむ口元は暫く不満げに膨れていたけれど。
やがて深くなる口付けに緩やかに溶けていく。
吐息が絡まり熱が移る。
声も震えも涙も。
全てが自分の為のものなのだと新八が言う。
言葉ではないけれど、触れる肌からそれは伝わって。
抱いているのに抱かれているような深い安堵を感じながら、銀時は新八の中にその身を埋めた。







「銀さん……」
声は既に眠りの淵。
抱き寄せて、緩やかに髪を梳きながら。
「ん?」
「明日、神楽ちゃん帰ってきますから……皆でお祝い……ちゃんと、家に……居て……」
最後までいえぬまま、言葉尻は寝息に変わった。
すやすや、と聞こえてきそうな穏やかな新八の寝相。
首筋にかかる吐息を感じながら銀時は考える。
明日は一日家に居て、自分の為にパタパタと動き回る新八を眺めているのも悪くない。
けれどパチンコにでも行って、夕飯ぎりぎりに帰って小言を食らうのも捨てがたい。
どちらにしようか迷いながら新八の寝顔を見つめる。
この顔が、落ち込むところはやはり見たくない。
そう思ったら選択すべきは決まっていた。



我侭を言える相手が居る事とそれが許される事。
ささやかだけれど贅沢すぎる倖せを噛み締めて、銀時は腕の中の温もりを起こさぬようにしっかりと抱きなおす。
「こんなすげープレゼント貰っちまったら、もうなんも返せねーじゃんよ。一生もんだね、こりゃ。大事にしねーとな」
眠る新八に、心の中でそっと誓って瞼を閉じた。
聞こえる寝息は穏やかで、腕の温もりは程よく高い。
明日晴れたら洗濯でも手伝ってやろうかとぼんやり考えて。
心と身体を満たすそれに誘われて、銀時の意識はゆっくりと眠りの淵へと向かっていった。



ありがとうと、言ってくれる君にありがとう。
今ここに、存在してくれることに感謝を込めて。



2007 1010 UP

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