恥ずかしいから向かい合わせは絶対嫌。
逸らした視線と赤い目元で訴える新八を、俺は背中から回した腕で約束通りぎゅっと抱き締めた。
「今日はもう先生に顔見せてくんねーの?」
「だって……どんな顔したらいいのか、わかんないです」
「どんなって、いつもの可愛い顔みせてくれたらいいんじゃん?」
抱えた膝に埋まる顔。
ぽんぽんと手のひらで頭を叩くと新八の。
「恥ずかしいの、察してください……」
拗ねた声がくぐもった。
まったく、可愛さ天井知らずですかコノヤロー。
んなこたね、こちとら百も承知なんですよ、新八君。
やだっつーのを無理やり見た時の涙目で丼飯何杯いけるかって話なわけでね。
「恥ずかしがってる顔もか……」
かわいい、の『か』
俺が全部を言い切る前に新八の手のひらは耳を塞いだ。
その速さはイントロクイズの早押し並だ。
……わいいんですけど、ホントにこのこはよ。
塞ぐ手のひらを甲から覆って引き剥がす。
余裕で覆ってしまえる小さな手が見せた微かな抵抗を押し込めて、それごと新八の身体に回した。
「無駄な抵抗ですよ、新八君」
掴んだ新八の手も一緒に膝の辺りでゆさゆさ揺する。
「悪趣味……」
その動きにされるがまま、新八は俯いた。
「そか?この上なくセンスがいいと思ってんだけど」
染まった耳が誘うみたいに黒髪から出てたから、ちょっと齧りつきたくなったってそりゃ不可抗力ってモンだよね。
「……っ」
含んだ耳は熱くって、腕の中で反射的に新八が跳ねた。
と思ったその瞬間。
まるでそれが合図だったみたいなタイミング。
鳴り響く鐘の音が、漂いかけてたすんばらしい雰囲気を見事に四散させた。
おいおいおい、空気読みなさいよっての。
俺の気持ちもお構い無し(そら知らんわな)でのんびりと空気を揺らす独特の音色。
授業中は待ち遠しくてたまんねぇ終了の合図もこの状況では忌々しいばかり。
職場放棄の身勝手を棚に上げて俺は心で盛大に舌打ちをした。
「名残惜しいけど……そろそろ現実に帰っかな」
口は、そう動く。
でも身体ってやつは正直なモンで、新八を抱き締めた俺の腕は放す事を良しとしない。
新八も、何故か俺の腕でじっとしてる。
「戻んねーの?」
放す気もないくせに白々しく聞いてみる。
指先で旋毛をなぞってそこに唇で触れると新八が顔を上げた。
「もう少しだけ、駄目ですか?」
いつだって。
あと少し、もう少しって延ばしたがるのは俺の方で。
新八からの嘘みたいなおねだりに、否も応もあるはずがなかった。
「駄目なわけねーだろ」
ちらりと覗いた横顔が可愛くて、俺は迷わず唇を寄せた。
「夏休みの間、会えなくて……」
「うん」
「だから今日、窓から見てる先生と目が合って、それだけでも嬉しかったのに……こんな風に会えると思ってなかったから」
甲から覆って繋いだ手。
まるで俺を確かめるように新八の指先がしなやかに絡みついた。
夏休みなんてのは学生の為にあるもんで、休めるのは学生だけだ。
教師にしてみりゃ当たり前みたいに仕事もあるし、俺に至っては新八に会える機会も減らされる最悪の期間。
さっさと終われクソ休み、って思ったって罰はあたんねんじゃね?
だから、そんな風に喜んでもらえっと報われちゃうんですけど。
「夢じゃないですよね」
「夢にしてぇ?」
新八の言葉を問い返す。
その意味を考えるみたいにゆっくりと瞬きした新八は。
「先生が居るならどっちでもいいです」
その笑顔こそがまるで夢みたいで。
天にも昇る夢見心地、ってのもいいけどな。
でも夢で終わらせる気なんて更々ない。
もしこれが夢なんだとしても俺はちゃんとお前の手を引いて、お前を連れて夢から覚めっから。
「調子に乗って付け込んで、あんな事とかしちゃった事も夢にする?」
唇と、舌と粘膜で丹念に愛した新八の記憶は俺の中に鮮明で、脈打つ熱さや弾ける瞬間の震えまでちゃんと覚えてる。
半分涙声の新八の、指先が遠慮がちに俺の髪を引くまで放してやれなかった事も。
新八も思い出しちまったのか肌の露出してる部分が見事なくらいに赤くなる。
それでも。
「やっぱり夢は嫌、かも……忘れたく、ないです」
精一杯の勇気で踏みとどまる視線は真っ直ぐに俺を見た。
「言おうかどうか迷ったんですけど……」
「うん?」
「今日、僕誕生日で……」
「え、そなの?」
コクリと頷いて新八が身体を捩る。
拘束した手はするりと抜けて俺の首筋に回された。
無理に捩れた身体を横抱きに抱え直してやって据わりをよくする。
しがみ付く体温を包むように抱き返すと新八の身体から力が抜けた。
「朝、姉におめでとうって言われて思い出して」
「忘れてたんか、自分の誕生日」
「だって、いつも休み中に終わっちゃうし」
ま、そらそうだわな。
長期休み中の誕生日なんてそんなもんだろうな。
「でも、今日は友達も何人か覚えててくれて、おめでとうって……」
「高屋君とか?」
自分を犠牲にして体操服を貸す幼馴染。
顔は知らねーけどちょっとメラッとしたりしてな。
「う、ん……」
意地の悪い物言いに耳元の声が少し沈んで俺はすぐに反省をする。
大人げねーな、ホントによ。
「反省。新八の事になるとホント先生ダメダメなのよ、ごめんな」
耳の辺りに口付ければフルフルと首が動いて黒髪が軽く頬を打つ。
柔らかい香りが俺の心をふわりと包んだ。
離れる気配がして腕の力を緩めると、首から解けた新八の手が胸元に下りる。
シャツに軽く皺を作った新八は俺を見上げた。
「ありがとうございます。偶然でも先生の事独り占めなんて……こんな贅沢な誕生日、きっと一生に一度です」
微笑みに、縋るみたいに俺は抱き締める腕を強くする。
誕生日だなんて知らなかった、なんて理由にならない。
俺が新八にした事は……。
「ごめん、俺お前に……」
言葉にする前に、懺悔は新八に攫われた。
「あ、あんな事になるなんて、思ってなかったですけど……でも、誕生日に先生に触ってもらえて、う、嬉しかった、です」
なんでそんな嬉しそうな顔すんの。
誕生日ってのはプレゼントを貰う日だろ?
なのに何でお前は俺にくれちゃってんの?
何で俺はこいつにいっぱい貰っちゃってんの?
何でお前はそうやって俺の事メロメロに溶かしちゃうの?
何でお前は……俺の腕の中にいてくれんの?
新八がこの世に生まれた奇跡って、神様が俺にくれたたった一つなんじゃないかって、すげー恥ずかしいけどかなり本気で思う。
「新八……」
髪に沈めた指先を、素直に滑る感触が好きだと思う。
そのまま摘んだ一房は重力に従って綺麗に落ちた。
俺が、お前にしてやれる事って……なんだろうな。
新八が俺にくれるものは数え切れないほどあるのに、その逆を考えたら情けねー事に何も浮かばない。
「欲しいモン、何でも言えよ」
新八が望むなら、欲しいモンを欲しいだけ。
特別な日だからとかは関係なくて、それはいつも俺の中にある気持ち。
誕生日に託けて高いモンを強請るような女としか付き合ってこなかった俺は、新八に出会って初めて「与えたい」って感情を知った。
「もう貰いましたもん」
「んな事言わねーでさ、何かあんだろ?」
「だって、先生の事独り占めしてるんですよ?……それでもう十分です」
「新八ィ」
欲がなさすぎ。
「あ」
「ん?」
何々、何か思いついた?
何か閃いたらしい新八は膝の上から降りて居住まいを正す。
俺の膝の間で正座をして向かい合うその姿にちょっとばかしクラリ。
だからなんで正座なのよ、可愛いじゃねーか、こんちくしょう。
「あの、すごくくだらない事なんですけど、いいですか?」
「勿論」
てか、新八のおねだりが“くだらない”とかないからね?
自覚しなさいよ。
「えと、じゃあ右手、貸してください」
「ん」
欲しい気持ちが素直に出るから手のひらは上向きに。
それをくるりと新八が裏返した。
他意のないのがこれまた新八の新八たる所以で。
男心とかわかってねー感じがたまんねー、のに天然でツボを突いてくるから凄いよねって。
「さっき気付いて……痛そうだから絆創膏貼ってもいいですか?」
新八の指が触れる俺の。
人差し指、第一間接辺りに一本の赤い筋があった。
ああ、そういやノートの表紙で切ったっけ。
思い出したら地味な痛みが蘇ってきた。
「そりゃいっけど……」
新八君のしたいことってそれ?
や、勿論いいよ、嬉しいよ、君は僕の薬箱なわけだしさ。
でもも少しさ、幅を広く取ってお医者さんごっことかそういう感じにシフトチェンジしたりはしませんか?
ああしませんか、そうですか。
俺の腐れた妄想が新八に届くはずは勿論なくて。
何も知らない新八はジャージのポケットから俺の手当ての品を取り出して遠慮がちに聞いてきた。
「これ、なんですけど……本当に貼ってもいいですか?」
差し出された絆創膏は予想に反してやけに可愛いキャラもんで。
俺これ知ってる。
腹減ってる相手に自分の顔を食えって差し出す自己犠牲のシュールな正義の味方だ。
それが俺の指に似合うかどうかは置いといて。
新八が貼ってくれるってんなら大歓迎。
「ん、お願いします」
貼りやすいように他の指を仕舞う。
一本にして差し出すとその指先に絆創膏を巻いてくれた。
ガーゼ部分を傷口に当てて片側の剥離紙を剥がす。
形に添うように新八の指の腹が丁寧に粘着面を肌に当てる。
撫でるような滑らかな動きでもう片方も同じように……おなじように……って、この作業、なんかめっちゃエロくね?
新八の指先が俺の指先を丁寧に……ってのは軽く興奮すんですけど。
「出来ました」
「サンキュ」
満足気な新八に俺は精一杯冷静を装う。
「それで……」
と、もう一枚取り出したのは俺の指にあるのと同じ柄。
新八はそれを左手の、俺の右手と同じ場所に貼った。
そっと俺を見上げて。
「……いいですか?」
左右は違うけど、同じ指に貼った揃いの柄。
「こんなんで、いいの?」
コクリと頷く新八はやっぱり赤い。
「今日、だけでいいから」
拾い上げて手のひらを重ねると揃いの指先が触れた。
「僕だけの先生で、いてください」
密やかに繋がるこの場所だけでいいからと。
それは切ないくらいに控えめな、新八の望み。
「なぁ新八……」
白い肌に赤く痕を残した新八の内モモを思い出す。
俺が、新八に所有の印を刻みたいと思うのと同じように。
新八も同じように俺に印を付けたいと思ってくれてるなら。
例えそれが言われなきゃ気付かないような小さなモンだって、俺には十分で。
「もちっと涼しくなったら、一緒にどっか行くか」
指の隙間を埋めるように新八の手を握る。
「デート、してくれるんですか?」
「くれるんですか、じゃなくてさ」
して欲しいのは俺の方。
額にかかる髪の上から唇で触れて。
少し傾いた体勢で、正座したままの新八の腰を抱き寄せた。
肩に顎を乗せて。
「新八」
囁くように耳元で強請る。
「今度、先生と、デートして」
新八の表情は見えない。
けど、瞬間はきっと少し驚いた顔してて、んですぐに仕方ないなぁって甘やかすみたいに笑うんだと思う。
想像はきっと間違ってなくて。
俺の中で新八の笑顔が溶けるタイミングに合わせる様に控えめな手が背中に回った。
「どこ、行きましょうか」
ああ、受け入れられすぎて気持ちがぐずぐずに崩れそう。
「べったべたに遊園地とかよくね?」
「いいですね、僕一回しか行った事ないんです」
「マジで?」
「はい、しかも記憶がなくて」
「記憶がないって……」
「小さい頃に行った事があるらしいんですけど。観覧車に乗って、あまりの怖さに天辺で気を失ったらしいんですよ。その時に行ったって事実ごと記憶を飛ばしちゃったみたいで」
実は高所恐怖症なんです、ってくすりと笑った。
それ、初耳なんですけど。
ってことは、実は屋上デートも我慢してた?
聞いたら。
「下を見なかったら平気ですし、それに……」
言葉は途中で途切れたけど。
背中に回った、シャツを掴む指に篭った力がその続きを教えてくれた。
「んじゃ、一緒に観覧車、乗ってくれる?」
すぐ傍で。
新八がコクリと頷いた。
会いてーなとか触わりてーなとか。
生まれてきてくれた事が嬉しいとか約束に倖せ感じちまったりとか。
まるでついてても使わない携帯の機能みたいに俺の中に眠ってた感情。
きっと新八に出会わなけりゃ一生気付かなかったと思う。
出会うまでは一年365日、俺にとっちゃ毎日が昨日の繰り返しでしかなくて。
誕生日を特別な日だと思った事も一度だってない。
自分の生まれた日には元から頓着がなかったし、つき合う相手に至っては何かを要求されるだけの、ぶっちゃけ面倒な日だとすら思ってた。
けど遡って、この日新八がこの世に誕生したんだって思ったら……鳥肌が立った。
命が生まれて。
何億って人生が存在する中でたった二人が出会う奇跡。
新八に出会えた俺は、それがどんなに凄い事なのかをもう知ってる。
どっかで何かが一つでもずれたら起こらなかったかもしれない、すげー奇跡なんだよ、これは。
誕生日って。
生まれてきた事を祝うんじゃなくて、生まれてきてくれた事に感謝する日なんだな。
「新八」
離したくない体温を。
「ありがとな」
両腕でぎゅっと抱き締める。
「僕、何もしてないですよ?」
もぞもぞと腕の中の新八がおかしそうに笑った。
「いーのいーの、ありがとって言いたいだけ」
わかんなくても、いいよ。
ただ伝えたいだけだから。
新八とだったらしたい事がたくさんあって。
新八とだったら行きたい場所がたくさんある。
そう思える事に泣きそうだった。
俺の突拍子のなさに多少の免疫が付いてきたらしい新八は深く追求はしてこない。
その代わりなのか。
「じゃあ僕も」
狭い腕の中からぷはっと顔を上げて。
「ありがとうございます」
つって、ありがとう返しをされちまった
「何で?」
それこそ思い当たる節がない。
不思議がる俺に新八は。
「約束を、くれたから」
とても大事そうに、そう言ってくれた。
もういい加減タイムオーバーで。
名残は尽きねーけども戻るかと立ち上がる。
「ん」
迎えるように右手を差し出せば新八の左手が素直に触れた。
軽く繋いだ指先の、同じ柄にそっと触れながら俺は新八の手を引く。
今は、あの扉までで終わっちまうほんの僅かの距離だけど。
この先だってこの手をずっと離したくねぇ。
「遊園地でもさ、新八、手ェ繋いでくれる?」
いい年こいたおっさんのまともとはいえねぇ要求に、新八は俯いちまったけど。
握り返してくれた指先が、言葉よりも確かな返事だった。
きっと。
ずっと。
何処までも。
この体温が隣にあれば一緒に歩いていける。
そんな事思える自分がめちゃめちゃ倖せで。
「ありがとな」ってもっかい言ったら上がった新八の顔が綻んだ。
今日も。
明日も。
明後日も。
ああ、新八がいる。
それだけのことが嬉しくて。
だから。
傍にいてくれることに。
ただ、ありがとう。
20080828 終
長々とお付き合いくださいましてありがとうございました。
ナナシ様からいただきました8989「ハグチュー+αで嫉妬」のパチリクでございました。
もう多分ご覧になってない可能性のが遥かに高いのですが(汗)ナナシ様に捧げます。
大変遅くなりまして申し訳ありませんでした。
8月だったらぎりぎりセーフだろう(汗)ということでぱち誕です。
そういうつもりでは書いてなかったんですけど自然とネタがそっちに……8月の魔力ですかね。
結局先生はおめでとうは言ってませんけど、やっぱ私も誕生日はありがとう派なので(そんなんあるのか)まあいいかなと思って。
逆に新八は先生の誕生日はおめでとうございますって素直に言うかなと思います。
坂田は新八がこの世に生まれたことに感謝でいっぱいだけど、新八は坂田がこの世に生まれたことがとても嬉しいと思っているので。
ラストの方は現在のアニメEDが頭の中でグルグルしてました。
あの伸びやかな声と歌詞、それから何処までも続く海岸線。
手を繋いで歩く、っていうよりも、坂田が新八の手を引いて何処までも歩いていくっていうイメージなんですけども、一度湧いたら消えなくて。
曲を聴くたびに妄想です。
いい加減この人たちも頭おかしいよ(汗)と思っているのですが、どうにもイチャイチャが止まりません。
こんな16才男子でもいいですか?
苦情があればお寄せください。
改善はしませんけども(だってやつらは勝手に動くんですよ。私の手には負えません。その場合私に出来るのは書かないこと、しかありません)。
読んで皆様がご不快にならない事を祈るばかりです(汗)何かホントにすみません。
少しでも皆様の夏の疲れが癒えたらいいなとおこがましくも思ってみたり。
お楽しみいただければ何よりの幸い。
どうもありがとうございました。
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