開けた窓から蝉の声。
これ見よがしに夏を演出するそれが、聞きたくもないのに朝からずっとBGM。
世間はね、所謂夏休みってヤツですよ。
一ヶ月以上、学校に行かなくて良い夢の期間。
けどな。
そんなん子供だけの特権で。
教師も一緒に浮かれて休めるかっつったら世の中そんなに甘くないわけです。
まあ盆休み分、ちっとは長く休めるけども。
基本的に給料分は働かされるわけ。
誰もただ飯は食わせちゃくれない。
そういうわけで、生徒が一人もいなくても俺たちゃせっせとご出勤。
かといって仕事三昧かっていったら……ま、息抜きってヤツも必要で。
今はちっとだけ、空っぽの教室で一服中。
今日も暑いけど、気温の割に風が強くて湿気が殆どないから過ごしやすい一日だ。
ホント俺、何でこんなとこいるんだか。
白衣のポケットから着信音。
仕事中って?
んな堅い事言わねぇの。
流石の俺でも普段だったら電源は切っとくけどさ、授業も無ぇし、生徒もいねぇし。
夏休み中くらいいいじゃねぇの。
ってことで取り出した表示を確認して、口元が弛んだ。
”志村新八”
「もしもーし」
『あ、先生ですか?』
「先生ですよ」
『新八です、こんにちは』
三日ぶり。
ミルク入りの甘い声が鼓膜で響く。
「ん、どした?」
『突然ごめんなさい。今、大丈夫ですか?』
「全然平気。ちょっとサボって一服してた」
『サボってって……先生お仕事中ですか?』
「うんそう。一応これで給料貰ってっからね。お前らと同じようには休めないのが現実なのよ」
ホントなら同じに休んで一日中新八拘束、部屋に閉じ込もっちまいたいけどね。
『ごめんなさい、僕知らなくて……』
「謝る事じゃねぇだろ?気にしすぎ」
『……はい』
「ん」
あー、やべぇよ、誰か今すぐ俺を転送してくれ。
ぎゅってしてぇんだけど。
新八抱き締めてやりてぇんだけど。
ああ、携帯握り潰しそう。
「で、新八君のご用事なあに?」
まあ転送とか普通に無理だからね。
あくまでも表面上は冷静に。
『あの、僕これから六時までバイトなんですけど、終わったら少しだけでいいから会ってもらえませんか?』
新八から会いたいなんてかなりレア。
勿論即答でOK、といきたいとこだけどちょっとだけ悪い癖。
「明日じゃ駄目な用事?」
『あ……き、今日がいいです、けど、無理なら……』
瞬時に気落ちする声。
ドストライク。
目の前にいたら速攻腕ン中引っ張り込むね。
「意地悪言ってごめんな。俺もすげぇ会いたいし、全然OK」
『本当ですか?』
「ホントです」
『ありがとうございます』
んな嬉しそうな声出すよなー。
俺がさっき何したとか、こいつにかかるとみんな浄化されちまう。
どこまで善良にできてんだろう。
「頑張って早めに終わらすわ」
『じゃあ帰ったら連絡もらえますか?僕先生のうちに行きます』
「あのさ」
『はい』
「お前今日、外泊できる?」
『あ……泊まるのはちょっと無理、です。ごめんなさい』
そんな申し訳無さそうな声だすなって。
「なら部屋で待っといて」
帰ったら速攻顔見たいし。
一分一秒が惜しいから。
『……はい』
電話越しなのに、桃色になった新八が目に見える。
可愛くて堪んねぇ。
ホント、こんなとこいる場合じゃねぇっての。
『あの、じゃあ切りますね。邪魔してごめんなさい、お仕事頑張って……』
「新八」
去ろうとする手を掴むように、声で引き止めた。
『はい?』
「誕生日」
『え?』
「おめでと」
今日は年に一度だけ、俺が神様に感謝する日。
残念ながら一番じゃないかもしんねぇけど伝えたい。
『先生、覚えててくれたんですか?』
「当たり前」
付き合ってるヤツの誕生日なんて手帳にメモったの初めてだよ。
「ホントは、帰ったら五分でも十分でもいいから新八の事掻っ攫うつもりでいたからさ……まさか新八から誘われるとは思ってなかった」
顔見て、新八が居ること確かめて、それだけでもしたかったから。
『僕、自己満足で、ちょっとでも顔見られたら嬉しいなって思って……覚えててもらえたなんて嘘みたいです……』
「先生浮かれて昨日ケーキとか焼いちゃったからね」
『本当ですか?』
「ホントですよ」
三十路オヤジのやるこっちゃねぇけど。
『じゃあ、先生が帰ってくるの楽しみに待ってますね』
「ん」
俺も。
帰ったら新八が待ってるなんて楽しみすぎて仕事が手につかねぇよ、ってのはナイショの話。
『先生ありがとうございます』
「何言ってんの。ありがとうは俺がお前に言う言葉だよ」
どれだけのありがとうを伝えればいいのかわかんないくらい。
隣に居てくれることがめちゃめちゃ嬉しいのに。
『でも、やっぱり嬉しいから。ありがとうございます』
ホント、敵わねぇな。
「んじゃ後で。一緒にケーキ食おうな」
『はい、楽しみにしてます』
「バイト頑張れよ、けどあんま客に笑顔見せねぇように」
『無茶言わないで下さいよ』
「お前の笑顔は俺だけのモンでいいの」
『せっ、先生用のは営業用とは別ですっ……じゃあ後でっ』
ピッ。
それきり携帯は沈黙する。
ディスプレイのライトも消える。
通話時間は約十分。
こんな短時間で俺のハートを鷲掴みって、ホントもう新八ってばさぁ。
こみ上げる笑いを噛み殺すように身体を折る。
どうすんだよ。
こんなに倖せでいいんですかって。
こんなにあいつの事好きでいいんですかって。
新八に聞いたなら、きっとにっこり微笑んで。
「いいんですよ」って全部許してくれそうな。
ああもうホント堪んねぇ。
あいつの誕生日なのに。
俺がこんなに倖せでいいんですか?
部屋でする、ケーキ味の甘いキスを想像して。
とりあえず新八の名残に唇で触れてみる。
吹き込む風がカーテンを揺らす。
振り仰げば高い太陽。
抜けるような青い空。
一年で、一番綺麗な日。
20090724UP
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