繋いだ新八の手ごと上着のポケットに突っ込んで俺たちは並んで歩いた。
時々新八の持ったコンビニの袋が足に当たってカサリと音を立てる。
新八と手を繋いで夜を歩くのは二度目だ。
あの繁華街の夜の事ってまだ先月の話なんだぜ?
出会って3日で結婚とかそういうの、話には聞くけど半信半疑だった。
ありえねぇだろって気持ちのほうが強かった。
でも今なら有りだとすげえ思う。
だって俺の隣には新八がいる。
「そだ、新八。明けましておめでと」
さっき言うのを忘れてた事を今不意に思い出して、隣の新八の顔を覗き込むように挨拶をした。
俺のずれた間の悪さに新八は一瞬きょとんとして、それから嬉しそうに笑った。
「はい、今年もよろしくお願いします」
「ん、よろしく、てか今年から、だな俺たち」
「そですね」
新八が笑った。
過去に何度も他人と交わしたその言葉は今までの俺にとっては口先だけの単なる社交辞令でしかなかった。
同じ言葉なのに。
新八と交わす気持ちの伴ったそれは繋いだ手の温もりと同じくらい俺を温めてくれるみたいだ。
「あの、先生?」
「なん?」
「もし良かったら、あの、この後一緒に……っ」
何か言いかけた新八を遮るように腰の辺りから着信音が響いた。
新八の携帯。
空気を震わせる勢いで鳴り響く着信音に一瞬ビクッとした新八が可愛かった。
でも夜ってマジで響くな。
とりあえず立ち止まって。
携帯を取り出すために新八の手はポケットから出て行っちまった。
「姉ちゃんだろ」
当てずっぽうだったけど多分当たってる。
表示を見た新八はちょっと笑ってコクリと頷いた。
「もしもし」
電話をしてる新八の隣で俺は手持ち無沙汰だ。
そっと新八の手からコンビニの袋を取り上げる。
不思議そうに目だけ向けてくる新八を引き寄せてそのままゆっくり移動。
どこかの家のブロック塀に背中を預けると新八の身体に腕を回してがしっと組んだ手で閉じ込める。
当然ちょっと吃驚したような顔をしたけどそれは一瞬だけで、新八はそのまま俺の腕の中で会話を続けてくれた。
胸にもたれるように身体を寄せて片耳は俺の胸、もう片方は携帯電話。
「大丈夫だってば。やっと三軒目で見つけて買えたから。うん、今から帰るとこ」
夜の中で少し抑えられた新八の声は耳に優しく、腕の中の温もりは心地いい。
心も身体もぽかぽかで、すげー幸せなんですけど。
「あのね、姉さん。コンビニで坂田先生に会ったんだけど。うん、そう、姉さんの担任の坂田先生……それは、ほら、ボールが当たって倒れた時送ってもらったから……そうだよ。でね」
新八がちらりと俺を見た。
「この後の初詣に坂田先生も誘っていい?」
癒されるなぁとか思いながら新八の声を聞いていた俺は入ってきた言葉に自分の耳を疑った。
一緒に初詣……って、び・つ・く・り・な・ん・で・す・け・ど。
「だってお世話になったじゃない。それに今からうちまで送って下さるって。だから、ね、お願い」
ちょ、「お願い」って……お願いされてるのは電話口の志村なのにそのフレーズはかなりのパンチ力をもって俺をノックアウトした。
くそ、今すぐこの唇を塞ぎてぇ。
いいか?
いいのか?
やっちまうぞ?
脳内会議で自分にGO。
どうしても我慢できなくて、新八の頭をくいってやってちゅっと……やっちまった。
新八の声が(当然だけど)一瞬途切れる。
「っ……」
目が合った新八をにやっと見てそのまま唇でさらっと額を撫で、満足した俺は自分の顎を新八の頭に乗っけた。
ああ、乗せ心地もいいじゃんよ、駄目だよこの子。
「え、なんでも、ないっ。あ、歩きながら喋ってたから躓いただけ
でっ。う、うん、大丈夫。えと、じゃあ坂田先生誘ってもいい?」
空いた新八の手が俺の服をぎゅっと握る。
「うん、ありがと。ん、わかってる。じゃあ、あと15分くらいで帰れるから。はい、じゃあ切るね」
通話が切れた。
携帯を握ったまま俺の腕の中でしばしの沈黙。
「意地悪、しないで下さい」
「じゃあ可愛いことしないでくださーい」
「……何にもしてないのに」
新八は怒ってっけど。
それがもう既にカワイんだってのに。
無駄なのよ、新八君。俺にとってお前はもう存在してること自体が可愛いんだからどうしようもないんだよ。
お前が新八である以上はもう諦めてもらうしかねぇよな。
「……勝手に決めたから、怒ってるんですか?」
はい?
「先生の都合も聞かないで初詣の事決めたから、だから怒ってるんですか?」
……なんでそうなりますか?
「怒ってなくても意地悪はするだろ」
「しませんっ」
なるほど、まぁお前はしねぇだろな。
「俺はすんの。可愛いからすんの」
「か、かわいいって……なんですか……」
だから、それ。
もしかして新八と書いてかわいいって読んでもいいんじゃねぇの?
「ま、頭の湧いたおっさんの戯言だから。甘んじて受けてくれたら嬉しいです」
乗っけた顎で新八の頭を軽くぐりぐりした。
「怒ってないなら、いいです」
新八が胸に手をついて身体を離す。
俺の目をじっと見て。
「事後承諾でごめんなさい。先生、初詣、一緒に行ってください」
新八の素直さは真っ直ぐ、真っ直ぐに俺の心を貫く。
「やっぱ、断る理由がみつかんねぇんだけど」
その瞬間の新八の笑顔はきっと俺の初夢になると思った。
背中に当たるコンクリートブロックは冷たいし、空気はキンキン肌を刺す。
だけど俺たちは温かくて、抱き合ったままその場を動けなかった。
「あと15分かかんの?」
「え……」
「ここから新八ンちまでもう5分くらいだよな?」
「……」
新八は何も言わなかった。
たとえ5分でも、10分でも。
新八が俺と居たいと思ってくれてる。
年が明けてからこっち、俺は新八に貰いっぱなしで溢れる気持ちは止まらない。
俺はこいつに何を返してやれるだろう。
抱き合う俺たちの傍らを、初詣に出かけるらしい人たちが幾人か通り過ぎていく。
こんな路上で抱き合って。
きっと普段なら眉をひそめられるんだろう。
でも、今日だけは。
年に一度の特別なこの夜だけは、多分許されるんじゃないかと思う。
道行く人の表情はみんな幸せで一杯だからだ。
ふわりと、視界の端を影がよぎって、新八の黒髪に白い結晶が舞い落ちる。
外気に晒され冷え切った髪の上にそれは形を保ったまま暫く留まった。
「雪、降ってきた」
「あ……」
それは顔を上げた新八の眼鏡にもひらひらと舞い降りて。
俺は新八の頭を抱きこむように胸に抱えた。
「……どうすっかな」
呟きに返ってきたのは身体にぎゅっと回された新八の腕だった。
静かに落ちてくる雪の粒はまだまばらで、積もるには夜明けまでかかりそうだった。
昔何かで読んだ記憶が蘇る。
愛は静かに降り積もる、という。
一人で寂しく年越しするはずだったこの俺が、こんなにも幸せなように。
地上の全ての人々に幸せが降り注げばいいと思う。
一年に一度のこんな日くらいは俺だってこんな事を思ってみたりもする。
全てはこの腕の中に在る幸せのおかげだったりもするんだけど。
「新八」
「はい?」
「上着のポッケに飴が入ってっから出して」
さっきまで二人分の手を入れていたポケットを新八の手が探る。
指先が摘んだのはメーカー名だけが印刷されたシンプルな透明セロファンに包まれた小さなグリーンの球体。
「さて何味でしょう」
問う俺の顔を見て、指先に摘んだビー玉みたいなグリーンを見つめる。
勿論包装紙に味は書いてない。
「……メロン?……青りんご、マスカット……あ、青梅とか?」
新八は思いつく限りの青い味をあげていく。
「正解は自分でお確かめください」
そういって促すと、一拍の間を置いて新八の指先がセロファンの両端をそっと引いた。
指の間でグリーンの玉がくるりと回る。
口に入れてセロファンをポケットに仕舞うと新八が俺を見た。
「マスカット」
「正解。美味い?」
聞けばはいと答えが返る。
吐息が香って喉が鳴る。
「では、ここで問題です」
新八の唇に指先を乗せる。
「坂田さんはマスカット味の美味しい飴が舐めたいのですが、飴は一つしかありません。そのたった一つは既に志村君の口の中です。さて、どうすればよいでしょう」
そっと指を滑らせれば新八の頬が見る見る赤くなっていく。
「正月なので。ボーナストラックとして飴を噛んで無くしてしまうという選択肢が与えられますが、使いますか?」
逃げ道を用意して、赤い顔を見つめながら俺はじっと待った。
新八の口の中で飴玉がもごもごと動くのが微かにわかる。
「ふ……」
「ふ?」
「二人で舐める、は正解ですか?……」
新八が口をそっと開いて舌の上に乗った飴玉を覗かせる。
花の蜜のように誘うそれを俺は我慢できなくて。
掌で頬を包んで顔を近づけた。
頬に落ちた雪が熱で溶けて水に変わる。
その水滴をそっと舐め取って唇に触れてから、二、三度軽く啄んで重ね合わせると新八の瞼が閉じられた。
拒まない入り口からの進入は容易くて、伸ばした舌はすぐに新八の舌に触れる。
「ふ……」
初めて触れた新八の舌。
それは柔らかくて甘くて、その熱は俺の頭の芯を痺れさせる。
舌を探って飴に触れると反射的に新八の舌が押し返そうと無意識の抵抗をして、結果的に二人の舌の間に飴が挟まれた。
俺たちの口の中で甘ったるいマスカットの味が緩やかに溶けて広がっていく。
暫くそうして舐め溶かした後、新八の舌をなぞる様に辿って飴を俺の口に移した。
「んぅ……」
唇を離した時の濡れた音が恥ずかしかったのか、新八の手の甲がとっさに唇を押さえた。冷める暇のない頬は未だに綺麗に色付いたままでとても温かそうだ。
「気持ち悪くなかったか?」
手をどけさせた口元を親指の腹でなぞりながら我ながら弱気だな、と思うような質問が口をついて出ちまった。
新八の事がどうしようもないくらいに好きで、新八もそれに答えてくれて、それは奇跡みたいな事だけど。
触れる距離が近付く毎に新八がこの現実をどう受け止めるのかが怖くなる。
こう見えて結構繊細だったりすんだよ、この俺だって。
新八の口から移した飴は微かな甘さだけを残して溶けてしまった。
見つめる先で甘さを分け合った唇が開く。
「どうしてそんな事聞くんですか?」
「そりゃ、舌舐めちまったし……」
我ながら今更過ぎて恥ずかしい。
あんな事やっといて聞いてんじゃねぇって思うけども。
でも正直すげー気になんじゃん?
「先生以外の人とって想像したらやですけど、先生だったら全然嫌じゃないです」
情けなくもぐらぐら揺れる俺の心を新八はいとも容易く救い上げた。
「……すげー幸せ」
「ホントですか?」
「ん」
新八が俺に抱きついて。
「自分が誰かの事幸せにできるなんて思わなかったです……」
「そか」
新八の生きてきた16年を、俺はまだ何も知らないけど。
16年、生きてきてくれてありがとうって心から思う。
俺に出会ってくれてありがとうって思う。
だから新八にありがとなっていったらすげーかわいい笑顔が返ってきて。
ああ、絶対こいつ俺のものって思ったんだよな、っていうね。
「もうそろそろ行っとくか」
「……そうですね」
お互いに、離れ難くはあったけど。
あんまり遅くなると新八の携帯がもう一度なりだしそうな気がして俺たちは歩き出す。
やっぱりまた手は繋いで。
雪は庭の木や鉢植えなんかの植物だけを白くして、未だ道を白くするには至らない。
「実は俺、初詣行くの初めてかも」
「行った事ないんですか?」
「信心深くねぇからなー。それに寒ぃし」
「僕毎年行ってますよ」
「うん、行ってそう」
こう、クリスマスとかバレンタインとか、そういう浮ついた行事には疎そうだけど、正月とかお盆とか、伝統行事はきちんとやってそうだよな。
ホントに綺麗な子だね、色々と。
「何お願いすればいいんだかわかんねーな」
「そんなの、何でもいいんですよ」
「新八はいつも何願ってんの?」
「家内安全と交通安全、普通ですよ」
「ふーん。今年も?」
「……言ったらご利益なくなりますもん。内緒です」
「なるほどねー」
新八はそういうけれど、繋いだ手がちょっと緊張してたから、俺はちょっといい気になってもいいのかもしれない。
「俺は、何でもいいなら新八とデキますようにってお願いしとこうかと思うんだけどどうですか?」
「そっ、そんなの知らないですっ」
新八の所為で繋いだ手を入れたポケットの中はぽかぽかで。
俺は顔がニヤニヤしちまうのを止められなかった。
神社についたらとりあえず、いろんな意味を込めて「新八をありがとう」ってお礼だけは言っとこうかと思ってるんだけど。
そんじゃ皆さん、新八はやれねぇけど、幸せな新年を迎えてくださいな。
おめでとさん。
END
20061230UP
20070125 改稿
お世話になったソライロの樹林さんに捧げます。
そして勿論読んでくださる皆様へv
良いお年をお迎えくださいませ&本年もよろしくお願いいたします。
!!ソライロの樹林さんがこの話に素敵なイラストをつけてご自分のサイトに飾ってくださいましたっ。
もうそれだけで内容五割増し(笑)。
う、うちの子、こんなエロいことやってんのォォォォ?とオロオロしつつもにんまりです。
イラスト必見ですので是非ご覧下さいませ。ここで読むより断然いいです!
←から飛べますので。
注:PCサイトからそのまま移しておりますので上記FT中のリンク等へは飛べませんのでご注意ください。
2010424追記
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