門の鍵を開ける金属音が闇に冴える。
境界線を越えて敷地に入った新八が振り返った。
「えっと……こんな時間ですけど、お茶とか……飲んでいきますか?」
思いがけない申し出にうっかり頷きそうになって慌てた。
「すげー魅惑的なお誘いだけど、今日は帰るわ」
外側から門を閉めて鍵をかけてやる。
「俺が言うのもなんだけど、こんな時間に他人を気安く家に上げようとすんな。もっと防犯意識を持て」
ちょっと新八君、無防備なのにも程があるんじゃないですか?
直ぐには立ち去りがたくて、高さのちょうどいいそこに肘をかけて寄りかかった。
俺が帰らないもんだから、新八も家に入れず所在無げに立ち尽くしてる。
ああそうだ。
「新八、携帯貸して」
濃紺のメタリックボディを受けとって自分の携帯も取り出す。
断りもなしに勝手に操作してお互いの番号とアドレスを登録してしまう。
「それ、凄いですね」
操作してたら新八が俺の携帯を興味深げに指差した。
「ん?ああ、これなー」
俺がそういって携帯を揺らすとじゃらりとストラップも揺れた。
新八に凄いと言わしめたそれは12本ぶら下がる携帯ストラップ。
「どこで見つけてくんのか知らねーけどクラスの女子が勝手に付けんだよ」
プリンやらケーキやらアイスやら。
流行なのかなんなのか、やたらとリアルにできたデザートのミニチュア。
いろんな種類が出てるらしくて買ってきては俺の携帯につけるのが一時期ブームだったみたいなんだよな。
俺の携帯はおみくじ結びつける枝じゃねーんだっつの。
誰かが見つけてきたのを、俺が甘いもん好きだからって面白がってつけたのがきっかけだったような。
別に代金を請求されるわけでもなかったから勝手にやらせてたらエスカレート。
増えに増えていつの間にやら12本。
あいつらは限度を知らねぇ。
12で止まってよかったと思うべきなんかね。
こんな携帯持つ男ってのはどうなのよ、とか思わないでもなかったけども
、あんま使わねーし面倒なんでそのままにしてるわけだ。
でも。
「結構馬鹿にできない作りしてんだよな、これ。美味そうだろ」
実際じーっと見てるとやばいこともある。
人として、口に入れたりは辛うじてしねーけど。
ちょっと得意げに自慢する俺に新八がおかしそうに笑った。
やっぱこいつ、笑うと可愛い。
「ほんとに甘いもの好きなんですね」
「まーな。新八どれが好きだ?」
選びやすいように目の前に垂らしてやる。
「え?……えっと、これかな」
「まじでか」
「えっ、だ、駄目ですか……?」
「逆、逆。寧ろいい」
新八が選んだストラップをはずし、何も付いてない殺風景なボディに取り付ける。
そうしてから困惑顔の新八に返してやった。
「これからは、何かあったら……なんもなくてもいいから掛けてこいよ、な」
今はまだ、こんなもんでしかこいつと繋がれないけど。
何にもないとこから始めんだから贅沢なことは言ってられない。
新八は手の中に納まった携帯をただじっと見てた。
……やべ、引かれたか?
「まあなんだ、今日はもうさっさと寝ろ。じゃな、おやすみ」
踵を返して歩き出す。
とりあえずは平静を装って。
隣の家の角を曲がって志村家が視界から消えたところでため息と共にしゃがみ込んだ。
……逃げたよな。
俺、今確実に逃亡したよな?
何だこれ、何これ、情けねー……へたれ発覚ですか?
あーあーあー。
頭を抱えて唸ったところで今更どうにもならないわけで。
しゃーねーな。
もうやっちまったもんはしょうがねぇ。
はぁ、俺も帰ってさっさと寝よ。
よっこらせと立ち上がったところでタイミングを図ったように携帯が鳴った。
表示は「志村新八」。
俺は逸る心を抑えて通話ボタンを押した。

「新八?」
『あ……はい、あの、坂田先生……』
「どした」
声のトーンに軽蔑の色はない……と思う。
セーフ、なのか?
『……あの……』
「ん?」
『あの……』
「うん」
『……僕、お礼も言ってなくて……』
礼、といわれて俺は自分の一連の行動を振り返ってみた。
新八のしようとした事は決して褒められた事じゃない、けど俺の行動は全てにおいて「強引」の一言だったと思う。
新八にしてみたら文句の一つも言いたくなるのが普通じゃねーの?とか思うんですけど……お礼?
聞き間違いじゃなくて?
「お礼って?」
『僕……お金がどうしても必要で……でも待ってる間、凄く怖くて、後悔してたから……』
新八の言葉に俺は振り返る。
角を曲がれば携帯をぎゅっと握り締めた新八がきっとまだいる。
「なぁ、それってもしかしてあんなことすんのって初めてだった、とか?」
俺はゆっくりと、来た道を逆に辿って歩き出した。
距離にしたらたいしたことはない。
この角を曲がったらすぐそこだ。
それなのに、たった数メートルがもどかしい。
『うっ……ふっ……』
携帯から漏れる言葉にならない新八の声が門の前でしゃがみこむ姿と重なった。
「新八」
向かい合うように鉄の格子を挟んで俺もしゃがむ。
「今日が初めてだったんか?」
こくこくと、片手に携帯、片手で膝を抱えて頷く新八。
黒い瞳は濡れていたけど涙はこぼれてはいなかった。
それでも、きっと緊張の糸が切れたんだろうな。
「そか」
格子の間から手を伸ばして頭を撫でてやる。
普通に撫でるのは照れくさいから、かき回すみたいにくしゃくしゃにして。
何かにつけてこいつに触れたいという気持ちが溢れて止まらないらしい。
触れながら、そんな事をぼんやり考えてたら。
「ありがとうございました」
えへへと笑った笑顔で止めを刺された。
参ったね。
坂道で躓いたら後はもう転がり落ちるだけなんだよな。
もうこれって確信しちゃっていいんじゃないですかね。
俺、こいつ好きだわ……多分そういう意味で。
許されるなら抱き締めたい。
時間は関係ないって言うけど、ホント関係ねーな。
「なあ、新八。付き合ってくんね?」
向かい合ってしゃがんだまま、顔を見ながら携帯に声を通した。
ゆっくりいこうと思うけど、やっぱ始めの一歩は大事でしょ。
「どこにですか?」
少し小首を傾げ気味。
涙の余韻をうっすら残した黒い瞳は潤み気味。
そして激しく天然ですか。
これは反則だろ。
思わず頭に手がいった。
抱えたくもなるだろが。
可愛すぎだっつの、このやろう。
はぁ、門扉越しで良かった。
「そうじゃなくて。坂田銀時です。俺とお付き合いしてくれませんか……ってこと」
「……えーっと、つまり、デートしたりとか……っていうあのお付き合い……?」
「そうそう」
「え……えっ??なんで???……わっ」
驚いて、立ち上がろうとして、多分足が痺れてた。
よろけた身体を支えきれず新八はどさりと後ろに尻餅を付いてしまった。
足を崩してぺたりと座り込み驚きに見開かれた目が見上げてくる。
……だーかーらー、それは反則だって。
はっきりと自覚したからなのかどうなのか。
こいつのやることなすこと全てが可愛くて堪らない。
恋は盲目、痘痕もエクボ?
いやいやいや、だってほら、女の子座りが似合っちゃう男子高生って有り?
何かこれ以上ここにいたら鉄の門扉越しでもやばい気がしてきた。
「新八、携帯」
落としてしまった新八の携帯を指差してから耳に当てたままの自分の携帯を指先でこつこつたたく。
新八が携帯を耳に当てるのを確認してから俺は踵を返した。
「俺、お前の事好きなんだよね。気持ち悪っ……とか思わなかったら考えてみてくんねーかな」
『え?え?……だって……僕男だし……でも、えーっと……』
まだ混乱はしてるみたいだけど意外にも嫌悪感は伝わってこない。
最も、単に神経回路がショート中なだけって可能性もあるけどな。
「気持ち悪ぃ?」
『あ……なんか、それはない……です、けど』
「じゃあとりあえず飯食わね?」
『え?』
「飯、飯。俺いつも昼は屋上で食ってっから、月曜日一緒に食わねぇ?」
『は、はい』
「んじゃ、昼休みに屋上な」
『あっ、あのっ』
お休みを言って電話を切ろうとした俺の指を新八の慌てた声が止めた。
『あの、雨だったらどうするんですか?』
耳に届いた新八の至極まじめな声に俺は叫びだしそうな気持ちを抑えるのに苦労した。
……可愛すぎんですけど、こいつ。
もうホント勘弁してくださいっってーの。
「まあどっちにしてもとりあえず扉の前集合ってことで、な」
『わかりました。じゃあお昼休みに行きますね』
「よろしくな」
約束をして。
そして今度こそ、おやすみの挨拶をして通話を切った。
携帯を握ったまま上着のポケットに手を突っ込んで歩く。
……なんつーか、こう……甘酸っぱいんですけど。
思ったら背中がむず痒くて俺は笑い出しそうになった。
もちろん、嬉しくて。
自分でやっといて何だけど、今更青春ですか?みたいなこの展開。
更に同性で、16歳で、勤めてる学校の生徒で。
しかも受け持ち生徒の弟、ときた日にゃ一体何重苦よ?って話なんだけども。
そういうの、全部どうでもいいくらい嬉しくてたまんない。
制服着てた頃だったらスキップしてたかもしれねーな(柄じゃねーけど心境的にはそれくらいってことなんだよ)。
今日はどうして金曜なのかねぇ(ああ、日付変わってっから土曜か)。
休み明けが待ち遠しいなんて思うのは多分生まれて初めてだ。
頭ン中で思考がぐるぐる駆け巡る。
握り締めたままだった携帯を取り出して開く。
アドレス帳で探す志村新八の「し」
闇に浮かぶ発光するディスプレイの中で、それは一層輝いてる気がした。
今この通話ボタンを押せば確実にあいつに繋がる。
それはなんだかとても不思議な気がする。
昨日まではフルネームすら知らなかったのに。
閉じた拍子にストラップが手に当たってジャラリと鳴った。
11個。
外した一つは新八の携帯できっと揺れてる。
メタリックブルーの本体にぶら下がるミニチュアのパフェ。
それが俺の一番の好物なんだって事、いつあいつに教えてやろうか。
考えただけでわくわくが止まらなかった。


20061101UP


3Zというよりは銀八……?
銀さんが先生で新ちゃんが生徒だったらなんかそれだけでいいかなーと。
いい加減なんです、ごめんなさい。
頭がないのでこんな感じが精一杯。


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