夕焼け



傾いた西日が射して。
銀時の薄い茶色にほんのりとしたオレンジが混じる。
染まってしまいそうな空気の中で透ける瞳。
間近でそれを焼き付けた新八は、閉じ込めるように瞼を下ろした。
触れていいかと問いかけられた、それが答え。
時を置かず唇に押し当てられるゆるい熱。
嫌悪でなく反射で、新八はふっと息を止めた。
「新八」
口元に当たる息で銀時が笑う。
「口塞いでんだから、鼻で息しねーと死んじまうぞ」
「う……」
鼻で呼吸を。
事前に教えてもらったから、頭ではわかっていたけれど。
実際に触れられると傍にある銀時の顔に鼻息がかかってしまうんじゃないかなんて、馬鹿みたいな心配で顔が熱くなる。
「大丈夫だから、気にしねぇでゆっくり息してみ」
「は、はい」
笑う口元がまた優しく触れて、髪を撫でる手の平が根気良く待ってくれる。
それがとても嬉しくて、新八は胸元で蟠っていた手を思い切って銀時の首に伸ばした。
心得た銀時が引き寄せるように抱き返してくれる。
「銀さん」
「ん?」
「えっと……好き、です」
ずっと触れていてくれる、少しだけ慣れた唇。
勇気を出して押し返せば銀時が一瞬だけ目を見開いた。
「……おぅ」
照れ臭そうな顔は、けれど次の瞬間にはもう笑っていて。
「新ちゃんはやれば出来る子だって知ってたけどね」
楽しげな舌にぺろりと舐められた。
「わっ」
「いい感じだし、このままもう一段階進んでみっか?」
「えっ」
提案に驚いたけれど。
「……あ」
銀時の熱く濡れた舌先に口角を撫でられると思考が霞んでしまう。
舐めて溶かすように隙間から入り込む舌を拒みたくなくて、新八はゆっくりとそれを受け入れた。
「は、ふ……」
口内を銀時の舌に撫でられて、まわした腕から力が抜ける。
「お前ン中、溶けそうでやばい」
一旦唇を離した銀時が拘束の腕を強くした。
「ちょい本気でがっつりいっていい?」
「う……そ、それって何段階くらいです、か?」
「ん?……んーーーー2……か3?」
「さっ……って、具体的にはどんくらい……」
「いやいやいや、細けぇ事は置いといてさ」
つけられた額が瞳の距離を重なるほどに近くする。
「新八君を、がっつりといただきたいんですけども」
「あ、あ……の、その……」
「嫌か?」
西の空に姿を隠そうとする太陽の一瞬の残り火が煌めいて、反射したそれが銀時の瞳を深くする。
何も聞かずに奪ってくれたなら全てを委ねる事ができるのに。
そんな風に聞くのはずるい。
けれど銀時の、戸惑う気持ちに付け込まない優しい手はきっと嫌だと言ったら離れてしまう。
それを寂しいと思うから、新八は勇気を振り絞った。
「お」
「お?」
顔が熱くて背中が汗ばむ。
心臓が、破裂しそうだった。
「お腹一杯に、なってください、ね」
精一杯を振り絞った新八の言葉に、何故か銀時が固まってしまった。
「お……前ねぇ」
「は、はい?」
「知ってたよ」
戸惑う新八の肩口に溜息と共に突っ伏す。
「知ってたけどもねっ」
「ぎ、銀さん?」
「新八がやれば出来る子過ぎると、あんま心臓によくねーかも」
ぎゅぅっと抱きしめられる。
「っとによぉ、お前は俺だけの錆びた自転車のベルでいりゃいいんだっつの」
「錆……って、酷くないですか、それ」
「いいの」
「……横暴です」
「お前は俺ンだから、いーの」
きゅうきゅうと閉じ込められた腕の中は居心地が良くてとても安心する。
男だとか女だとか。
銀時の傍にいるとそういう固定観念がなくなってしまうのが不思議だ。
誰だって好きな相手に独占されるのは気持ち良い。
新八だって、銀時を独占したいといつも思っている。
「銀さん」
「あん?」
見上げる位置にある銀時の表情は、いつも通りぼんやりとだるそうで。
マダオだなんだとつい小言を漏らしてしまうけれど、その穏やかな眼差しが新八はとても好きだった。
平和の中に居る銀時は、いつだってのんびりと優しい空気を纏っている。
銀色の髪。
光に透ける薄い瞳。
節の目立つ長い指と肌の温度。
そして、胸の奥に宿る真っ直ぐな魂。
銀時が、坂田銀時として今ここに在る事がこんなにも嬉しいなんて。
「…………」
目の前の存在が自分のものなのだと思ったら、それだけで胸が一杯で。
告げようと思った言葉はどこかに消えてしまった。
「言おうと思ったこと、忘れちゃいました」
きっと、言葉じゃ足りない。
「なんだそりゃ」
呆れた苦笑には銀時独特の優しさが滲む。
それを見たら胸の奥から好きが溢れて、新八はなんだか泣き出しそうだった。
胸元に額を寄せると回った腕がぎゅっと抱きしめてくれる。
旋毛にそっと温もりが触れた。
「なぁ……続き、していい?」
腕を離す気配は無いくせに、問いかけはどこか遠慮がちだ。
何処までも強引で、何処までも優しくて。
気持ちを奪わないこの人がどうしようもなく好きで堪らない。
言葉なんかじゃ足りないけれど、でも。
きっと言葉にしなければ伝わらない事もあるから。
「あんたの好きに、して下さいよ」
胸に顔を埋めたまま、それだけを伝えた。




バラ色の人生、なんてよく言うけれど。
きっと倖せは人それぞれに十人十色。
今、新八の世界は暖かいオレンジ色で満たされていた。