知恵の輪




カチャカチャと、かすかな金属音が響く。
「できたか?」
抱き込んだ新八の肩越しから、俺はその手元を覗きこんだ。
「……」
返事がない、ただの新八のようだ。
……集中しちゃってんのネ。
目の前の、可愛い後頭部にキスを一つしてテーブルの上、飲みかけの炭酸を一口煽った。
ここは俺ん家。
場所はリビング(つっても他に部屋ねーけど)。
時刻は18時40分。
腕の中には新八。
んで、その意識を奪ってんのは銀色の金属の連なり。
所謂「知恵の輪」ってやつ。
お恥ずかしい話、まだ俺の頭が湧いてた頃、オネェチャンとかに使ってたアイテム?みたいなやつ。
どんだけ掃除してねーのってなるけども。
新八が少しずつ片してくれて、そん時見つけたみたいで。
絶対解くって、この間から頑張ってる。
こいつに挑み始めて3回目の挑戦の日に、後ろから手を出したら(勿論知恵の輪にだよ?)説教食らった。
だからそれ以来俺は傍観者だ。
ただし、制限時間はいつも15分。
「新八、あと5分だぞ」
集中してるから、柔らかい耳たぶを噛みながら忠告してやる。
「っ……は、はいっ」
新八が首をすくめる。
腕の中で小さな身体が跳ねると、どうにもヤバイ。
なんか、飛びそうになんだよね。
大人の事情でいろいろと。
新八の肩に顎を乗せる。
俺の腕の中にいるのに、こんなちっちゃな金属の輪っかに真剣で。
なんかすげー悔しんだけど、その集中力すら可愛くて。
「あっ」
カチャ……っていう音がして。
新八の嬉しそうな声。
「取れました、先生、ほらっ」
ガチャッ。
「あっっ」
「うぉっ」
俺を振り返ろうとした新八と、肩に顎を乗っけてた俺の、眼鏡が見事にぶつかった。
「ごっごめんなさいっ、先生、大丈夫ですかっ?」
身体を裏返した新八が、うっかり後ろ手を付いてしまった俺を心配そうに見詰めていた。
「なんともねーよ、心配すんな」
ちょっとだけずれてしまった新八の眼鏡を直してやって、俺は黒髪をかき混ぜた。
あっちと、こっち。
新八の手から飛んでった解かれた輪っか。
それを見て俺は顔が緩む。
俺の眼鏡の勝ち。
「本当ですか?」
「ホント」
新八の手が俺の目尻に伸ばされる。
眼鏡のつるがあたる部分だ。
「痛くなかったですか?」
眼鏡をもぐって指先がそっと触れる。
「ダイジョブだって。お前こそなんともねーの?」
「僕は全然……良かった」
本当に安心したって表情で、ほっと新八が笑った。
俺は投げ出してた足を胡坐に組んで新八を引き寄せた。
横抱きに、膝の上に乗せる。
間近から、じっと新八の視線。
「どしたの?新八」
「先生の眼鏡って、あんまり度が入ってないですよね」
俺のレンズを見て新八が言う。
俺の眼鏡は、伊達じゃないけどそれに近いくらい度は軽い。
別に裸眼でも支障はないくらい、俺の視力はいい方だ。
なのにかけてるのは。
眼鏡のほうがインテリっぽいじゃん?という単純明快な理由からだ。
「もしかして、外しても普通に見えるんですか?」
「んー、まあ、見えるような、見えないような」
「……?わかんないです」
新八が首を傾げる。
「んじゃ試しに外してみ?」
ん、と首を突き出してやる。
新八の手が俺の眼鏡をそっと外す。
丁寧に折りたたんでテーブルに乗せた。
目の前からレンズが外れても、俺の視界はさほど変わらない。
じっと見てくる新八をぎゅっと抱き寄せて。
「眼鏡外すとさ」
そっと顔を寄せる。
「センセ、新八しか見えなくなんだよな」
そう言って口端をそっと上げると、レンズ越しの黒い瞳が数度瞬きをした後でだんだんとほっぺが赤くなる。
それもやっぱり可愛くて。
俺は目の前にある新八の甘そうな唇を、ゆっくりと舌でなぞった。



時刻は18時50分。
新八は、いつも姉ちゃんにバイトのシフトを30分だけ誤魔化して家を出る。
俺のためについてくれる、真っ直ぐな新八の小さな嘘。
仕事開始は19時ジャスト。
バイト先のコンビニは、俺の家から五分の場所にある。