校舎裏



校舎の裏側、なんてベタだけれど。
ベタ過ぎるからこそ意外と穴場なのだと、以前銀時が教えてくれた。
特別教室の入った別棟の裏庭。
焼却炉のあるこの場所は掃除の時以外は殆ど人が来ないらしい。
裏道の通りに面しているけれど目隠しの植え込みがぐるりと囲い、その外側を覆うように更にフェンスが立てられている。
おまけに中途半端な位置にトタン仕立てのお粗末な掃除道具置き場も建っていて、三部屋並んだ真ん中に位置する技術室の裏側は道路からは完全な死角になるらしかった。
朝は居たのに姿が見えなくなった銀時を、探しに来てみれば案の定。
建物の脇から覗いた新八はだらしなく壁に凭れた目的の姿を見つけた。
手には食べかけの菓子パン、傍らにパックの苺牛乳。
昼食中らしい。
「坂田君」
「ぅおー」
声をかけながら新八が近付くと菓子パンを咥えたまま銀時が軽く手を上げる。
悪びれた様子は全くない。
「暢気にお昼食べてる場合じゃないよ。4限目の英語、小テストだって昨日の帰り教えたじゃん」
「ほーらっけ」
パンでくぐもった気のない返事にため息をついて新八は隣に腰を下ろした。
「そうだっけ、じゃないし。……連続でさぼったって先生怒ってたよ」
「はは、まだ俺でも怒ってもらえんだ」
「あ、たり前じゃん……」
「まあ自分のクラスから落ちこぼれ出したら教師としては体裁悪ぃもんな」
まるでどうでもいい事のように銀時が話す。
新八の耳に銀時の不在を咎める教師の声が蘇った。
一欠けらの愛情も感じられなかった不機嫌そうなそれは生徒を心配するためのものではなく、その不在によって自分が被るであろう不利益を延々と綴っていて。
銀時の事を迷惑だと公言して憚らないその教師が新八は嫌いだった。
膝を抱えて足元に視線を落す。
「坂田君はさ、学校好きなの?」
妙に目立つくせに媚びる事をしない銀時はどこか近寄り難く、生徒からも教師からも敬遠される。
情けない話だが、新八だって保健委員というきっかけで接点ができていなければ敢えて関わろうとは思わなかっただろう。
「学校?何で?」
「だって、授業さぼったり寝てたりするくせに学校にはちゃんと来るからさ……」
堂々としているから孤立しているような悲壮感が銀時にはない。
もしも自分が学校中から遠巻きにされるような立場になってしまったなら通う事が辛くなるのが普通だと思うのに。
理由があるのなら是非とも知りたい疑問ではあった。
「べっつに好きでも嫌いでもねぇけど……」
昼食のゴミを袋に纏めた銀時はそれを脇に置きポケットから飴を取り出す。
いつも好んで舐めている球体に軸の付いたタイプだ。
「俺、ちょっと訳有りでさ……つか、親がいねーだけなんだけど」
包みを剥いで口に含む。
「理事長のババァんとこで世話になってんだよ」
舐めながら喋る呼気は仄かに甘かった。
「そうなんだ」
あまり多くを語るタイプではないけれど聞けばきちんと答えてくれる。
そうして少しずつ銀時を知っていける事が新八には嬉しかった。
「だから卒業だけはしねぇと殺されるっつか、まあ恩返しみてぇな?」
「恩返しならさぼっちゃ駄目なんじゃないの?」
「はは、細かいとこには目ぇ瞑ってくれてるし、卒業さえすりゃ文句はねぇよって事なわけ」
実際授業をサボってはいても銀時はそれなりに上位の成績を保っている。
学期ごとのテストもきちんと受けていて、結果が貼り出されるといつも50位までには名前があるのだ。
もともとできるのか影で努力をしているのかはわからないけれど、ただ不真面目なわけではないらしかった。
その辺りが教師陣から煙たがられる理由なのかもしれない。
「傷、まだ消えないね」
膝に頬を寄せ隣の銀時を見上げる。
数日前に新八が保健室で手当てした口元の傷は、瘡蓋にこそなっているものの皮膚はまだ微かに変色したままだ。
不可抗力で負った怪我も銀時自身が言い訳をしないので回りに大きな誤解を与える要因になっている。
「痛い?」
銀時の口元へそっと手を伸ばす。
指先で触れると瘡蓋がカサリと皮膚に引っ掛かった。
「擽ってぇ」
銜えた飴の軸を上下させて銀時が笑う。
「ごめん」
労るように一度だけ撫でて新八は手を戻した。
「普通にしてりゃ痛くねぇけんだけどさ、口開かねぇからデカマックの本気食いができねぇのがイタいっちゃイタいな」
「意味違うし」
溜息交じりの告白に新八はくすりと笑った。
「デカマックが駄目なら何食べるの?」
「100円の薄いやつ」
「まさかジャンクフードばっかり?」
「だって作んのめんどいし」
「でもさっき理事長先生のとこにお世話になってるって……」
この学校の理事長は一見強面(女性なのだけれど)なので初対面で皆大抵怯えるが実は面倒見のいい人徳者だ。
そこに世話になっているのなら食事はきちんとしているものだとばかり思っていたけれど。
「世話ンなってるつっても理事長の持ってるボロアパートに置いてもらってるだけだからさ、実質一人暮らしなんだよ」
「そっか……一人、なんだ」
よくよく思い返せば銀時はいつも購買かコンビ二の袋をぶら下げていた気がする。
親がいないというのは同じ境遇だけれど、新八にはたった一人とはいえ共に支えあっていける姉がいる。
そしてそういう存在がどれほど救いになるのかをその身で知っている。
銀時はいつから一人きりなんだろうか。
「あのさ」
「んー?」
「僕が作ってくるのって、駄目?」
「あ?」
「お弁当」
「新八が作ってくれんの?」
「うん……迷惑、かな」
姉弟二人きりの志村家で主に家事を担当するのは新八だ。
二人きりになった日から、生活費の為に働いてくれている姉に代わって家を守るのが自分の役目だと思っている。
男だからと恥じ入る気持ちは微塵もなく、学生服のままスーパーに寄る事も既に慣れた日常だ。
料理の腕には少しばかりの自信があるし、中学生の頃から姉の分まで弁当作りをしていたから今更一人分増えた所で手間だとも思わない。
何より、新八自身が銀時の為にそうしたいと自然に思うのだ。
新八の申し出を受けた銀時は飴を咥えたまま宙を眺めている。
その横顔を緊張したまま見詰めていたら不意に口元が動いた。
「すげぇ嬉しい」
「え?」
ボソリとした呟きを聞き逃し、新八は確かめようと身を寄せる。
けれど聞き直そうとした新八に、銀時が返したのは言葉ではなかった。
目の前で飴を口から離したと思った次の瞬間、間近に銀時の顔があって。
「坂田く……っん」
驚きに一瞬身体を強張らせたけれど、突き飛ばそうとかそういう事は微塵も浮かばず。
突然の口付けを新八はただ受け止めた。
勿論心臓は早鐘を打つけれど、嫌だと思う気持ちは欠片もない。
触れた隙間から忍び込む舌が新八の表面をさらりと撫でる。
「ぅ……」
首の後ろがぞわりと震えて思わず銀時の袖に縋った。
時間にしたら多分数秒。
でも新八にとっては数分にも感じられた触れあい。
やがて唇はゆっくりと離れていった。
解放されてはふ、と息を吐く。
舌の余韻は飴の甘さ。
「俺の好みの味、覚えといて」
飴を咥え直しながら告げる銀時の表情は悪戯っぽい。
「い、苺味のおかずとか無理だしっ」
両手で口元を押さえた新八は頬を染めて声をくぐもらせた。
「ははは」
止まぬ鼓動が全身に響くように激しい脈を打つ。
顔を見ているのが恥ずかしくて、新八はぎゅっと抱えた膝に顔を伏せた。
頭の中を!と?がぐるぐると回る。
「坂田君……今の何、かな」
単純に、行為としてならあれはキスだ。
でも新八が知りたいのはそんなことじゃなくて。
それを自分にした事に、意味があるなら教えて欲しい。
「もっかいしたら分かんじゃね?」
なんて。
銀時が耳の後ろから答えにならない答えをくれる。
「ホントに?」
「多分な」
ちらりと覗き見た銀時は何処となく楽しげだった。
銀時の傍にいると楽しいけれどドキドキする、この間から感じている戸惑うような不思議な気持ち。
もう一度触れてもらったら、その正体も分かるだろうか。
「じゃあもう一回、してほしい、な」
遠慮がちに強請ったら、髪をくしゃりと掻き混ぜられた。